第二幕 帰還の物語 第九章 戦いの空へ……
------ 第二幕、第九章 ------ 戦いの空へ…… ------
……雨が、茨城県小美玉市百里を、しっとりと濡らしている。
その地に在る百里基地の管制塔の隣の “ ハンガー(Hangar:格納庫) ” では、出撃する機体の “ PR(Pre-flight check:飛行前点検) ” が終了し、 “ プリタク(Pre-taxi check:発進前点検) ” の内で “ 各動翼 ” と “ ブレーキ ” 等の点検も終了していた。エンジンを始動し、 “ 安全ピン ” を抜いて機体内に収容すれば、直ぐにでも発進出来るまでに成っている。
そこへ神田川空将補と太田空将補の二人が、 “ パイロットスーツ ” に身を包み、姿を現した。
二人の目の前には、一目で新品と解る位の “ RF‐4EJ ” ……。ではなく、精霊側から貸し出された “ RF‐4EJ改 ” が、駐機している。機体番号は、昨日の段階では “ 67‐638○ ” だったはずだ。但し、二人の目には、その隣で “ リストア(Restore:修復) ” が開始されて “ 分解 ” されている本物の “ RF‐4EJ、67‐638○号機 ” とは、明らかに塗装が違って見える。
「……本当に、水平尾翼以外、 “ ファントム○頼 ” の “ 68○、ファントム ” オリジナル塗装を忠実に再現して、塗ってあったのか……。機体番号が “ ○7‐868○ ” なら、 “ 後期型 ” だな……。
“ 神 ” さん。これを、このまま飛ばしたら……。今年の “ 百里航空祭 ” は、 “ 老頭児無頼 ” に陥るのが決定だぞ……」
「うん……」
その機体の姿は、二人の目の前で、元の “ 67‐638○ ” の姿へと戻った……。整備員達は、何食わぬ顔で作業を続けている……。太田空将補が、呆れた口調で口を開いた。
「……『俺達にだけ見える』と言っていた精霊の言葉は、本当のようだ……。 “ オーバーテクノロジー(Over Technology:超越技術) ” とは、この “ HiDeCE ” 一つ取っても、恐ろしい限りだな……」
「うん……」
太田空将補は、言葉を続ける。
「それにしても、 “ ハリネズミ ” 状態だなぁ……。
2番と4番にASM‐1が付けてあるのは普通として、なんか地面ギリギリに付けてあるし……。無理やりAAM‐5が片翼4発も付けてあるし……。支障は、無さそうではあるが……。
……ウチ等の設計基準じゃ、考えられんな!」
「うん……」
……目の前には、本来なら、神田川空将補が涎を流して喜ぶ機体が置かれていた……。
通常時のRF‐4EJ改の “ 主要兵装 ” は、元々の “ AIM‐7F、Sparrow ” 用 “ ミサイルステーション(Missile Station:誘導弾の装着場所) ” を改造して “ 99式空対空誘導弾〔B〕(AAM‐4B) ” 中距離ミサイルを合計四発、主翼下 “ 2・4番ステーション(Station:装着場所) ” に “ 短距離ミサイル用レールランチャー(Rail Launcher:軌条型、発射装置) ” を二基装着した “ 標準仕様の多目的パイロン(Pylon:取付け支柱) ” を介して “ 04式空対空誘導弾(AAM‐5) ” 短距離ミサイルを二発づつ合計四発の装備なのだが……。
今回は、その内容を大幅に変えている。具体的には、 “ 中央線上、3番ステーション ” の “ 統合型偵察Pod ” を精霊オリジナルの “ 対艦ミサイル用ラック(Rack:装吊装置) ” 付き “ 多目的パイロン ” に換装して、 “ 80式空対艦誘導弾(ASM‐1) ” 対艦ミサイルを一発搭載している。次に、主翼下 “ 2・4番ステーション ” の “ 標準仕様の多目的パイロン ” を、精霊オリジナルの『“ 対艦ミサイル用ラック ” を中央の出来るだけ下側に付け、 “ 短距離ミサイル用レールランチャー ” を外側と内側に取付けた』 “ 多目的パイロン組 ” に換装して、片翼にASM‐1を一発とAAM‐5を二発、両翼でASM‐1を合計二発とAAM‐5を合計四発搭載している。更に、主翼下 “ 1・5番ステーション ” の “ 370Gallon落下型増槽( ドロップ タンク) ” を、これも精霊オリジナルの『“ 中射程ミサイル用レールランチャー ” を中央に付け、 “ 短距離ミサイル用レールランチャー ” を外側と内側に取付けた』 “ 多目的パイロン組 ” に換装して、片翼にAAM‐4Bを一発とAAM‐5を二発、両翼でAAM‐4Bを二発とAAM‐5を四発搭載している。そして、システム機器搭載の為に取外された “ JM61A1、20mmバルカン砲 ” の代わりに、砲口の内側へ小型の “ SeNeHos ” を装着して “ in quarter有翼式高速射滑腔砲ユニット ” を使用出来るようにしている。……これにより、 “ AAM‐4B ” 合計六発、 “ AAM‐5 ” 合計八発、 “ ASM‐1 ” 合計三発、 “ in quarter有翼式高速射滑腔砲ユニット ” 一門の重武装と成っていた。
そして “ 機体・構造系 ” では、 “ TEG‐QU(Three-Dimensional Network Structuer of Enclosing the Gravity to Made by Quarks:クオーク重力内包立体網目状構造体) ” で作成された “ コックピットを含む、機首先端部 ” を除き、一般的に知られている素材の中で “ 構造強度 ” と “ 軽量化 ” を確保出来る “ チタン合金 ” と複数の “ 複合素材(特殊な “ B-FRP(Boron Fiber Reinforced Plastics:ホウ素繊維強化プラスチック)等) ” を多用し、それだけでは補い切れない “ 搭載機器の一部 ” を精霊オリジナルの物に換装している。このことで、 “ GVCE ” の支援が無くても、機体の “ G(荷重) ” 制限が “ 7.33G ” から “ 9G ” にまで拡大している。また、 “ EJ型 ” の原型である “ E型 ” には装備されていた前縁の “ スラット(Slat:隙間式、前縁フラップ) ” が復活しているだけではなく、 “ スラット ” のみで行っていた “ 空戦フラップ ” 動作を元々ある “ エルロン(Aileron:補助翼) ” と “ 後縁フラップ(Flap:下げ翼(高揚力装置の一種)) ” を一体でマニューバーに使用する “ 空戦フラップシステム ” へと進化させている。更には、 “ 主翼折り畳み機構 ” の先の翼端側に追加された “ 低速用エルロン ” と “ 三次元、ベクターノズル(Vector nozzle:推力偏向型、噴射口(主に『動翼動作や機体重心等の “ 補償制御系 ” 』として駆動。最大屈曲量は、機体構造による制約を受け、2~15°の範囲)) ” によって、 “ 低速、大迎え時 ” の “ アドバースヨー(Adverse yaw:補助翼で旋回した時に、逆の方向へ機首を振る悪癖) ” への対策も行われている。勿論、 “ フライングアーム式、空中給油口 ” も復活している。
更に “ 操縦・操作系 ” では、 “ F‐15DJ、J‐MSIP ” に準じた “ HOTAS(Hands On Throttle-And-Stict:人間工学に基づいた、スロットルと操縦桿へのスイッチ類の配備)概念 ” は勿論のこと、付け替え式で “ センタースティック(Center stick:中央部取付け式、操縦桿) ” と “ サイドスティック(Side stick:側面取付け式、操縦桿) ” に両対応する最新の “ FBL(Fiy by Light:光ファイバー使用型、操縦系) ” を装備している。そして、この “ FBL ” を “ センタースティック ” で使用している場合には、 “ 低速かつ大迎え角でのロール制御 ” 以外ならば、 “ F‐4 ” の操縦感覚を忠実に “ 再現 ” 出来る。
加えて “ 情報・兵器制御系 ” では、これも “ F‐15DJ、J‐MSIP ” に準じた “ HUD(Head Up Display System:正面パネル上の透過表示型、多事象情報表示システム) ” と、 “ HMD(Head Mount Display System:ヘルメット装着型、多事象情報表示システム) ” を装備した。その上で、ヘルメットの外側からでも “ IAUCE ” ヘッドセットを装着すれば、 “ MR(Mixed Reality:複合現実) ” にも対応した “ 空間透過視認対応型、三次元バーチャルディスプレイ ” や “ 思考制御対応型、視線誘導ロックオン ” 等も使用可能と成る。よって、二人の “ FHG‐3、航空ヘルメット ” には、外側に貼り付ける形で、左耳の部分に “ IAUCE ” ヘッドセットを付けてもらってある。
また、これらの制御は、 “ 人工知能を超える存在 ” によって管理されている……。
ところが、これ程の “ オモチャ ” を目の前にしているにも関わらず、それを見ている神田川空将補の顔色が冴えない……。遂に、太田空将補が “ 半ギレ ” した!
「先刻から、生返事ばかりじゃないか! 神さん、シャキッとしろよ!」
「だって、御前よ……」
「“ 神田川女性連合 ” の脅威には、心から同情する。俺も鳩子には頭が上がらんし……。とは言え、そんな調子じゃ、返り討ちに遭うのが “ 落ち ” だぞ! “ ヤマザル ” !」
「分―ってるよ! “ キュウビ ” !
……ハー」
“ ヤマザル ” が、深い溜息を付きつつ、 “ RF-4EJ改、67‐638○号機 ” の前席へ座る……。そこの在り様は、昨日の “ それ ” とは明らかに違っていた。
[昨日は、 “ 普通のファントムのコックピット ” だったんだがな……。少なくとも、正面の機器は、先刻の説明のとおり、全くの別物だ……。
ん?! “ 電源車 ” は、繋がっていなかった筈だが……。何で電源が入っているんだ?!]
神田川空将補は、キャノピーの右側から顔を出した、情の大精霊に詰問した。
「ソニアさん!
電源は、何所から取っているんだ? この機体には、何も繋がっていなかったが?」
“ ネゴシエーターの長 ” は、明瞭に答えた。
「“ 電源 ” と “ 油圧 ” は、私共の “ 基地 ” の “ ジェネレーター(Generator:発生機) ” から、 “ SeNeHos ” を介して直接この機体へ供給しています。 一般の戦闘機 ” と違って、エンジンとは完全に独立していますから、その影響を受けません。
同じ理屈で、エンジン始動も “ 基地 ” の “ JFS(Jet Fuel Starter:ジェットエンジン始動専門の “ APU(Auxiliary Power Unit:補助動力装置) ” )に相当する機材 ” から供給する “ 圧縮空気 ” を引き廻して使っています……」
そこへ太田空将補が、 “ ヤマザル ” と大精霊の話に割り込んで来た。
「だとしたら、 “ JP‐4A(航空自衛隊で使用している航空燃料) ” も、この機体へ飛行中の供給が出来るんじゃないのか?」
ダイアが、苦笑した。
「実は、可能です。
でも、私共も万能ではありません。そちらが、燃料を何とかしてくれた分……。私共の資源は、別の分野に振り向けることが出来ます」
「例えば?」
「“ 救命 ” とかです……」
「成る程ね……」
“ ネゴシエーターの長 ” は、太田空将補が納得した所で、下へ降りつつ声を掛ける。
「では、後は “ 整備担当 ” が御世話します」
「分かった」
代わって “ 整備担当の精霊(“ EAUS‐Type-MeJo ” を使用して、人間と見分けがつかない程の “ アンドロイド ” を、自らの体として使用している) ” が左右から顔を出した。二人は、気を取り直して、シート周りの機器を “ 彼女の身 ” 達の介助で装着し始める……。
……パイロット二人の準備が終了した所で、 “ 整備担当の精霊 ” 達も下に降り、ハシゴを外して機体から離れる。それと前後して、其々のパイロットの正面の大部分を占める “ 大型三次元ディスプレイ ” に、司令官応接室でタブレット越しに見た “ ヤマザル ” の娘が、パイロットスーツを着た姿で現れた!
『お父さん! もっとシャッキリしてよ! もー』
真奈美が、ディスプレイ越しにハッパを掛けて来る。父親は、思わず抗弁した。
「……何で御前は、そんなに母さんに似ているんだよ……。俺の記憶の中では、もっと線の細い、優しい娘だったはずなのに……」
『そりゃあ、お母さんの子だもん。似ていて、当たり前でしょ』
「……イメージが……」
『悪う御座いました!』
“ ヤマザル ” にも、 “ キュウビ ” が今にも吹き出しそうなのは、容易に察しが付く。しかし今は、そんなことは、どうでも良い。父親の最大の懸念は、たった一つ……。
「どうしても、付いて来る気か?」
娘が、父親を睨み返した。
『“ 栗林 ” の小父さんを後席から降ろさないと、お母さんが付いて来れないから、『私が付いて行ってナビゲートする』って、先刻、司令官応接室で、ちゃんと、そう決めたでしょ!』
この娘は、気分が高ぶると……。母親に似て、言葉に切れ目を沢山入れて、一言一言はっきりと主張する癖が有る。
そこへ、後席から声が掛かった。
「真奈美ちゃん。だったら、俺の仕事の半分が無くなる……」
太田空将補のツッコミを、生まれてから通算すれば “ 三十路 ” を越えているはずの “ ヤマザルの娘 ” が、声を大にして言い返した。
『もー、小父さんまで! 小父さんの仕事は、 “ 作戦参謀 ” でしょ!
……付いて来たって、良いじゃない! お父さんは、あまり自覚していないようだけど……。前に座って居る “ ゴリラ ” と、自分が死んだ後で合わせて五年間、一緒に飛んで訓練した娘です!』
“ ゴリラ ” 改め “ ヤマザル ” が、涙目で反論する。
「……だから、御前が死んでから五年程度、調子が悪いことが多かったのか……。俺が、どれだけ苦労を……」
モニター上の娘は、肩を竦めて言った。
『ごめんなさい、お父さん。
……でも、足手まといには、成りません!』
太田空将補が、諭すように言う。
「真奈美ちゃん。今回は、失敗が許されないんだ。俺達を納得させるだけの実績を、真奈……」
神田川の娘は、即時、反論した!
『実績なら有ります! お兄ちゃんが新人の時に、後席の教官が “ ブラックアウト(Black Out:+Gによる失神) ” を起こして、現在位置を見失って、遭難事故を起こしたでしょう? あの時、お兄ちゃんに憑依して、生きて帰還させたのは、私です! お兄ちゃんは、あの当時、まだ半分素人だったから、 “ 航法 ” が、あれほど上手く出来るなんて、おかしいでしょ?!』
「まぁ、そう言われてみれば……」
『それに、私の “ タックネーム(TAC(Tactical: “ 戦術的な ” の意味)name:戦術名) ” は、 “ ローランド ” です! 家のお父さんが、最終的に、そう決めたんじゃない! 作戦終了までは、こっちの名前で呼ぶ約束でしょ?! “ スペクター ” の小父さん!』
「……何を言っても無駄そうだな……」
『あれ? “ スペクター ” の小父さんは、もう解っていたと思ったけど?』
「こら、 “ ローランド ” ! 『小父さん』は要らない。それに今は、 “ キュウビ ” だ!」
『失礼しました、 “ キュウビ ” 。機体側のナビゲートは、務めさせて頂きます。よろしく御願いします!
太田空将補に於かれては、予定どおり、参謀の仕事に集中して下さい!』
「負け……」
“ キュウビ ” の小父さんが、観念した……。 “ ヤマザル ” が、諦め顔で、口を開く。
「……仕方ない、連れて行こう。
“ キュウビ ” ! そっちは、 “ GCI(Ground-controlled intercept:地上要撃管制) ” に連絡を……。
こっちは、 “ 安全ピンの “ リリース(Release:解放) ” と機体への収容 ” を “ 整備 ” とする」
「はいよ」
後席要員は、直ぐに気を取り直すと、もう使えるようになっている無線機の周波数を “ GCI ” に合わせた。
「“ GCI ” . This is “ Shinsengumi 01 ” . Permission to sortie…… (地上要撃管制へ。こちら “ Shinsengumi 01 ” 。出撃許可を……)」
……通信を終えた参謀の額に、無数の青い縦線が入る。
[……やれやれ、 “ スクランブル ” の可能性が有るから、『さっさと03Rから逆風で離陸しろ』とは……。……連中も、半分、匙を投げているな……]
“ キュウビ ” は、システムを操作しつつ、 “ GCI ” との合意内容に自身の意見を添えて “ ヤマザル ” へ伝えた。
「…… “ ヤマザル ” 。南端の “ E5誘導路上の待機場所 ” まで行かずに、 “ アラートハンガー(Alert Hangar:緊急発進機用、格納庫) ” 手前の “ E4 ” から “ 03R ” へ進入しよう」
“ ヤマザル ” が、何時もの一言で “ 承認 ” する。
「あいよ……」
……その時、 “ 神田川 真奈美 ” は、父親の目に恐ろしい野獣のような光が宿っているのを確認し、父親の “ 神田川 鉄朗 ” へ微笑み返しつつ報告した。
『“ システムチェック ” 及び “ 外部チェック ” は、全て終了しました! 何時でも、どうぞ!』
それを受けて、神田川空将補が号令を発する!
「了解した! “ 新撰組、二号作戦 ” により出撃する!!」
機長が発した号令に一番早く対応したのは、その “ ヤマザル ” の娘であった。
『“ ローランド ” 了解!
エンジンは、此方で始動します。 “ ヤマザル ” 、 “ スロットル・レバー(Throttle:燃料絞り弁、操作レバー) ” から手を放して下さい』
「ほぅ……」
機長が試しに “ スロットル・レバー ” から手を放すと、娘はテキパキと作業を続ける。
『両エンジン、同時に “ 始動開始 ” ! “ エンジン始動用、圧縮空気ユニット ” 、 “ ノーマル(normal:正常) ” ! エンジンへ動力接続! 10……。15……。 “ イグニッション(Ignition:点火) ” ! “ ライト・オフ(Light off(Flame out(消炎)警告灯、消灯):点火成功) ” ! 30……。35……。40、 “ エアーカット(Air cut:外部圧縮空気、供給遮断) ” ……』
程無く、左右のエンジン二基が正常に “ アイドリング(Idling:自立運転) ” 状態と成った。 “ ローランド ” がエンジンテストをすると、何時もの “ ファントムⅡ ” よりも大きな騒音がハンガーを満たす……。
[流石は、 “ ○○アビエーション ” の “ F○14EPE ” だな……。
……おっと、何時もと手順が違うんだった。もう “ チョークアウト(Choke out:輪留め除去) ” か……]
“ ヤマザル ” が、手信号で “ ナンバー1(Number one:第一整備士) ” へ、 “ 車輪 ” に噛ませてある “ チョーク(Choke:輪留め) ” の除去を指示する。それを受けて、 “ ナンバー2(Number two:第二整備士) ” と “ 整備担当の精霊 ” が、速やかにチョークをリリースした……。
…… “ ローランド ” が、全ての準備完了を確認して、報告する。
『オールグリーン! 発進良し!』
機長の “ ヤマザル ” と参謀の “ キュウビ ” は、娘の報告と “ ナンバー1 ” の合図を確認して、キャノピー(Canopy:透明風防)を閉じる。機長が、 “ 車輪のブレーキ ” をリリースした……。
……RF-4EJ改は、エンジンの始動開始から一分四十七秒で、整備員と整備担当の精霊に見送られて、滑走路に向けて “ エプロン(Apron:駐機場) ” を南の方向へ “ タキシング(Taxiing:地上滑走) ” して行った。
整備班長が、感慨深げに、呟く。
「……まさか、 “ 伝説のコールサイン ” を復活させるとはな……」
……整備班長への敬礼を終えた “ キュウビ ” は、無線で “ 地上管制 ” へ申請する。
「Hyakuri ground. “ Shinsengumi 01 ” request taxi. (百里基地、地上管制へ。 “ Shinsengumi 01 ” 、地上走行を申請する)」
『“ Shinsengumi 01 ” . Runway03R, Taxi via “ A3 ” to holding point “ E4 ” . Read back. (“ Shinsengumi 01 ” へ。滑走路03R入口までの移動を許可するので、A3誘導路を通り、E4取り付け誘導路上で待機。復唱せよ)』
「“ Shinsengumi 01 ” , Roger. Taxi via “ A3 ” to holding point “ E4 ” . (“ Shinsengumi 01 ” 、了解した。A3誘導路を通り、E4取り付け誘導路上で待機)」
そうは言いつつも……。太田空将補は、苦笑いを禁じ得ない。
[“ 復唱せよ ” ねえ……。 “ 仕様が無い ” とは言え、完全に信用されてねえな……]
…… “ くの字 ” に曲がったA3誘導路を “ ファントムⅡ ” は、各機器の最終チェックをしながら進んで行く。やがて、 “ キャノピー ” 越しに、誘導路の左先に在る “ アラートハンガー ” が大きくなって来た。 “ キュウビ ” は、 “ アラートハンガーの扉 ” が閉まっていることを確認してから、滑走路南側から二番目の “ E4取付け誘導路 ” の手前で管制塔へ離陸を申請する。
「Hyakuri tower. “ Shinsengumi 01 ” number one. (百里管制塔へ。こちら “ Shinsengumi 01 ” 、最優先離陸を申請する)」
百里基地管制塔の先任管制官が、即座に返答して来た。
『“ Shinsengumi 01 ” . Wind 185 at 3 knots. Runway03R, cleared for take off. (“ Shinsengumi 01 ” へ。風は磁方位185°から3knot(約1.54m/s)で吹いている。滑走路03Rより、離陸よし)
……余り、無茶せんで下さいよ! “ 野生時代 ” の再来は、御免です!』
“ キュウビ ” が、いきなりの日本語に再び苦笑しながら、管制塔へ答える。
「“ Shinsengumi 01 ” , Roger. Cleared for take off. (“ Shinsengumi 01 ” 、了解した。離陸する)
分かってるよ。地味にやる」
“ 67‐638○号機 ” は、アラートハンガーの手前でA3誘導路から右へ曲がり、E4取付け誘導路上で停止することなく、滑走路へ向かった。機体は、そのまま滑走路03Rへ向けて “ T字路 ” を右へ切り、滑走路への進入を始める。
その時 “ キュウビ ” は、アラートハンガーの扉が、一気に解放されるのを視認した!
「“ ヤマザル ” ! さっさと滑走路を開けろ! スクランブルだ!」
「あいよ!
“ ランニング・テイクオフ(Running Take off:無静止離陸) ” で行くぞ!」
「はいよ!」
『“ ローランド ” 了解!』
神田川空将補は、素早く機体を滑走路へ正対させると、凛とした声で自らに号令する!
「Go gate! Zone max! (“ オーグメンター(Augmentor:〔推力〕増強装置(同じものを指す “ アフターバーナー(After Burner) ” は、 “ GE ” の登録商標であり、 “ MIL規格(Military Standard:米軍物資調達規格) ” では此方が正式名称)) ” 点火! 出力最大!)」
精霊仕様のファントムⅡが、 “ ウォーター スクリーン ” と “ バーナー リング ” を幾重にも従えて、雨模様の百里基地から北の空へと進空して行った……。
……丘珠空港では、十七時二十五分発 “ H○C‐243便 ” の搭乗手続きが始まっていた。ただ、『今日は、函館行のチャーター便が、定期便の十分前に飛ぶ』とのことで “ H○C‐9245便 ” の搭乗手続きも一緒に行われている。
亮圭達は、 “ 売店 ” 横の “ 保安検査場 ” へ入ると、正面の係員へ荷物を預け、右側に在る “ 保安ゲート ” を潜り……。左側の “ 手荷物、受け取り台 ” に並べられた荷物を受け取ると、直進して “ 搭乗待合室 ” へ入った。
既に長椅子には、多くの人が座って居る。その中には、親子連れも何組か含まれていた……。
[この人達を、無事に函館まで連れて行くんだ。気合入れろ、亮圭!]
少年は、決意を新たにし、踵を返すと “ 搭乗手続きカウンター ” へと向かう。樞警視正が代表して搭乗手続きをした。
「……座席は、 “ 11B ” と “ 11C ” 、それに “ 12A ” と成ります」
「分かりました」
「では、表に出たら、左の “ 白と赤の飛行機 ” に乗って下さい。右の “ 白と緑の飛行機 ” は、チャーター便ですから、御間違え無く……」
「ありがとう」
“ 叔父役 ” が代表して礼を言う。道案内された一行は、カウンターを正面に見て左斜め後ろの扉を抜け、多くの “ ヤクザと思われる男 ” 達に囲まれながら階段を下り、徒歩で “ エプロン ” へ出た。そこには二機の “ Sa○b340B ” が駐機している。
[ヤクザ達は、右の緑と白の飛行機に乗って行く……。僕達は、左の赤と白の飛行機か……]
精霊の主が、そのまま顔を左方向へ振ると……。陸上自衛隊側のエプロンに、昨日から見慣れた “ F‐15DJ ” が二機、滑走路側を向いて駐機して居た。二機共、落下型増槽を装備せず、AAM‐4BとAAM‐5を四発づつのみ装備している。その奥には、迷彩柄の “ 川崎C‐1 ” が、 “ Tテール ” の尻尾を此方に向けて駐機して居た。更に、その奥にも、何か居るようだ。軍用機ファンならば、垂涎物の光景だが……。
[やっぱり、大事に成ってる……]
亮圭が青い顔をしていると、 “ IAUCE ” ヘッドセットから、聞き慣れた声が聞こえて来た。
『どうした? 昨日、あれだけ大暴れした “ 悪ガキ ” にしては、殊勝な顔をしているな』
少年は、その声に、慌てて答える。
「九条三佐!?」
『こら! 作戦行動中だぞ。 “ マロ ” と呼べ! “ キッド(亮圭の “ タックネーム ” ) ” !』
「はい! “ マロ ” !」
別の声も、重なって聞こえて来た
『俺等も居るぞー』
『んた、んた』
『“ 前席 ” は確かに返してもらったぞ……』
少年の顔が、ぱっと明るく成る。
「“ ゴリラ ” 、 “ カンガルー ” 。それに “ ボーン ” も!」
“ 二代目、ゴリラ ” こと、 “ F‐15DJ、82‐8○91号機 ” の前席に座る “ 神田川 鉄哉 ” 一等空尉が、苦笑いしながら返答して来た。
『何だ! 俺達は、いきなりタックネームかよ』
心の立て直しに成功した精霊の主が、きっちり切り返す。
「作戦行動中でしょ?」
『ハッ! 言ってくれるぜ!』
早速ヒートアップしそうな所を、神田川一尉の後ろに座る “ 太田 翔 ” 一等空尉が、止めた。
『“ ゴリラ ” 、一旦ストップ!』
『何だよ “ カンガルー ” ! 止めるな!』
『さっさと搭乗させないと、 “ キッド ” が置いて行かれるぞ!』
『おっと、そうだった。積もる話は、後だ……』
ここで、前日に亮圭が座って居た “ F‐15DJ、92‐8○68号機 ” の前席に座る “ 水澤 健太郎 ” 一等空尉が、口を開く。
『まぁ、こんな調子で……。俺達は、絶好調だ!
……済まんが、 “ 初撃の回避 ” のみ集中してくれ。
後は、此方で対処する』
「分かりました。 “ ボーン ” !」
最後に水澤一尉の後ろに座る “ 九条 邦博 ” 三等空佐が、話を締めた。
『……では “ 作戦 ” に従い、 “ キッド ” は “ JA0○2○ ” に搭乗せよ! 築城基地司令の “ 志村 亘 ” 一等空佐が、支援の為、同乗する。彼から “ 支援物資 ” を受け取れ』
精霊の主が、 “ Wizard隊 ” 隊長へ明瞭に答える。
「了解!」
『良し、その意気だ! ……御前は、自分の使命を果たせ! 健闘を祈る!』
「はい! 行きます!」
少年は、踵を返して、 “ Sa○b340B、JA0○2○ ” へと掛けて行った……。
……亮圭は、飛行機に備え付けの “ エアステア(Airstair:搭降乗用階段) ” で機内に入ると、一番後ろの “ 12A ” へ行く。既に二人は、修平が窓側の “ 12C ” に、最上刑事に扮したダイアが “ 12B ” に、座って居た。ダイアと席を交換した亮圭が、修平へ声を掛ける。
「ごめん。遅くなった……」
「やっと来たな……
先刻の話は、聞いていた。 “ アグレッサー ” と知り合いなんだ……」
「うん。昨日から助けてもらってる。
……南 少尉との話は、終わった?」
「ああ。使うレバーやスイッチの場所は、大体聞いた。後は、作戦中に……」
不意に南 少尉が、話に割って入って来た。
『二人共、一寸待て。もう一人、 “ 参加者 ” が来たようだぞ』
そこへ現れたのは、敵の首魁たる志村空将補に良く似た男だった。双子の設定の少年二人が、身構える。相手は、敬礼すると、名乗った。
「“ 樞警視正 ” に “ 樞警視 ” 、そして “ 最上警部 ” 。それに “ 川口 亮太 ” 君に “ 川口 修太 ” 君ですね?
私は、 “ 航空自衛隊、築城基地 ” で副司令を拝命している “ 志村 亘 ” 一等空佐です。 “ 榊 防衛大臣 ” と “ 柴 航空幕僚長 ” の直命により、今作戦に参加します。よろしく御願いします」
亮圭は、気付かれないように、素早く “ 副官指定 ” をする……。
[“ 志村 亘 ” 一等空佐を “ 副官 ” に指定します]
“ 副官 ” のプレートが表示された後、半透明に成り、副官指定の作業が滞り無く終了した。
……樞警視正が、グループを代表して、答礼する。
「……先程、搭乗時に連絡は受けております。
着任、御疲れ様です。此方こそ、よろしく御願いします」
“ 志村一佐 ” は、一人一人と握手すると、持って来た大きな袋の中から “ 迷彩柄のポーチ ” を取り出した。中から出て来たのは……。
「…… “ ガスマスク ” ?」
亮圭の呟きに、志村一佐が笑って答えた。
「そうさ。最新式の “ 00式個人用防護装備防護マスク ” 。これは “ 陸上幕僚長 ” と “ 陸上自衛隊、丘珠駐屯地司令 ” からのプレゼントだ……。
情報によると……。パイロットと入れ替わったテロリスト二名は、 “ オートパイロット(Auto pilot:自動操縦) ” に切り替えた後、麻酔ガスで乗客を全員眠らせてから、パラシュートで脱出するそうだ。
此方の作戦は、『まず、このガスマスクを使い、昏睡することを阻止する。次に、脱出する為にコックピットから “ キャビン(Cabin:客室) ” へ出て来た、パイロット二名を実力で制圧し……。この機体を掌握して、 “ 臨時、第60航空隊 ” “ 第26飛行隊 ” 所属の “ F‐15J ” 四機の攻撃を回避する。……以後の予定は、問題が無ければ “ 函館空港 ” へ着陸し、緊急時には “ 八雲分屯基地 ” の “ 八雲飛行場 ” へ着陸する……。これを基本に、後は、出たとこ勝負』と聞いている。それで間違いないかな?」
「はい」
「はい」
“ 志村一等空佐 ” は、二人の返答に肯くと、次の質問を小さな声でする。
「ところで……。亮圭君は、どっちかな?」
精霊の主が小さく手を上げると、 “ 築城基地副司令 ” はニヤッとした顔をして言った。
「君か……。
君の “ 昨日の活躍 ” は、良く聞いている。君には、既にタックネームが有るな……」
亮圭が肯くと、志村一佐は言葉を続ける。
「では、私は、君を “ キッド ” と呼ぶ。私のことは “ スペクター ” と呼んでくれ」
「分かりました、 “ スペクター ” 。
……ねえ “ スペクター ” 。皆も “ スペクター ” って呼んで良いの?」
志村一佐は、亮圭の言葉に、ニヤッと笑って言った。
「勿論!」
その言葉に呼応して、 “ 11B ” に座って居る樞警視正が口を開く。
「私の “ コードネーム ” は、 “ カーディナル ” です。妻は、 “ カオス ” です。以後、このコードネームで構いません」
「分かりました。
しかし、 “ カオス ” とは、貴方のことでしたか……。とても細身で、嘗て警視庁の “ SAT(Special Assault Team:特殊部隊) ” 最強の要員だったとは思えない……。
おっと、口が過ぎました」
“ 11C ” に座る樞警視が、一頻り苦笑いした後、口を開いた。
「昔取った杵柄ですよ。当時は、 “ デュアル・エッジ ” でしたが……。それにしても、良く御存知ですね」
「私も、 “ 情報畑 ” に居たことが有りまして……。御噂は兼ね兼ね、耳にして居りました」
樞警視正が、深い溜息の後、言葉を発する。
「やっぱりね……」
樞警視は、夫の樞警視正を睨みかえしたが、それ以上何も言えなく成ってしまった……。
「では、 “ これ ” の使い方の説明を……」
志村一等空佐の言葉に、一同、私語を止めて注目する。築城基地副司令は、荷物を自分の席の “ 19A ” に置くと、通路を塞ぐ形で立つことで前方からの視線を阻止しつつ、説明を始めた……。
……ドアが閉められたらしく、機内の騒音に変化が有った。亮圭達が、 “ 00式、防護マスク ” の使い方の “ レクチャー ” で忙しくしていると、前方から声が掛かる。
「皆さん。そろそろ出発します。御席に着いて、 “ シートベルト ” をして下さい」
志村一佐とダイア以外の全員が、その聞き覚えのある声に、戦慄した。修平が、シートから身を乗り出して、思わず声を上げる。
「“ 夏美 ” 御姉さん! それに、小父さんまで! どうして此処へ?!」
澤田親子は、一瞬キョトンとしたが、直ぐに娘の夏美が口を開いた。
「上司に言われたのよ。『函館まで送ってこい』って……」
父親の “ 澤田 健太郎 ” も口を開いた。
「私は、急遽、函館から今日中に “ ディーゼルエンジンの制御パーツ ” を受け取って、 “ 石狩当別駅 ” へ運ぶことに成ったんだ……。それにしても、新品が “ 苗穂工場 ” に有るはずなんだが……」
[くっそー。やられた! ヤクザの野郎……]
[サタン……。こんな “ 人質攻撃 ” までしてくるなんて……]
少年二人が臍を噛む。しかし、既に “ ドア扱い ” がされたから “ 出発後 ” だ。まして機長が “ 敵 ” であっては、澤田親子を降ろすことが出来ない! 二人は、樞夫妻との会話の後、夫妻の前の “ 18A ” と “ 18B ” に座った……。
……亮圭は、覚悟を決めた。そして “ 念話 ” の回線を開いて、丘珠空港に存在する全 “ IAUCE ” ヘッドセットに宛てて、通話する。
[予定外のことが有ったけど、このまま離陸します。僕達の目標は、この飛行機に乗る人を誰一人死なさないで、地上に返すこと! だから、全員、力を貸して! 御願い!]
返信は、左耳の音声として直ぐに、重なり合いながら来た。
『我々 “ 帝国海軍関係者、有志連合 ” は、常に君と共に在る! 心配するな! 心置きなく、やってくれ!』
南 少佐に続いて、修平が話し掛けて来る。
『エンジン回りは、俺と南 少尉に任せろ! 亮圭は、操縦を全力でやれ!』
更に修平は、無言で笑いながら、自身の右拳で亮圭の右肩を優しく “ コツン、コツン ” と “ ノック ” して来た。そして樞夫妻が続く。
『“ カーディナル ” 了解。君なら、油断しなければ、大丈夫だ!』
『“ カオス ” 了解。貴方なら、きっと出来る。自信を持って!』
“ マロ ” と “ ボーン ” も返信して来た。
『“ Wizard 01 ” 了解』
『昨日、この席に座って “ 空戦 ” を経験している御前だ! こんなことは、大したこと無い! ドンと行け!』
“ カンガルー ” と “ ゴリラ ” も続く。
『“ 02 ” 了解』
『御前の実力は、昨日証明済みだ。昨日と同じく、南 少尉も参加するのだろう? ケツは、この “ ゴリラ ” がキッチリ守ってやる。安心して、全力でやれ!』
[有難う! 皆!]
亮圭は、微笑みながら、何時しか涙を流していた……。
……今は、東南東の風が約8knot(約4.12m/s)で吹いているので、管制塔より “ 滑走路14 ” が使用滑走路と指定された。
少年達の乗る “ Sa○b340B、JA0○2○ ” は、既に滑走路へと向かった “ Sa○b340B、JA0○H○ ” の後を追うように動き出した。 “ 白と緑の飛行機 ” に続いて “ 白と赤の飛行機 ” が、飛行教導群所属の “ F‐15 ” 二機の前を、斜めに付いた “ 取付け誘導路 ” へと “ 地上滑走 ” して行く……。
“ 九条 邦博 ” 三等空佐 隷下の “ Wizard隊 ” は、四人全員の敬礼を持って “ JA0○2○ ” を送り出した。そして自身も、その後に続いて、管制塔の指示に従い滑走路へ向かう。ここで “ マロ ” は、隷下の隊員へ、号令を発した!
「“ Wizard隊 ” 。以後の “ 隊内通話 ” は、 “ 秘匿回線〔B〕 ” を使用せよ」
『“ 02 ” 了解』
直ぐに “ カンガルー ” の声が、もっと明瞭な音声で聞こえて来た。
『“ 02 ” 、回線を “ 精霊側 ” へ変更しました』
「“ 01 ” 了解」
やがて二機の “ Sa○b340B ” は、 “ CT‐7‐9B型、ターボプロップエンジン ” を “ 離陸出力 ” にして、順番に離陸して行った。二機共、丘珠空港 “ SID(Standard Instrument Departure:標準計器出発方式) ” の規定に沿った左に約200°の旋回を実施し、丘珠空港から見て磁方位で約325°の方角に在る “ 札幌VOR/DME(VHF Omnidirectional Range/Distance Measuring Equipment:超短波全方向式無線標識、距離測定装置) ” へと飛んで行く。
「予定どおりに飛んだか……。
我々も “ 札幌VOR/DME ” を廻る。 計画通り、 “ ミリタリー(“ ミリタリー推力(Military thrust:オーグメンター(アフターバーナー)を使わない最大推力) ” のこと) ” で上がるぞ」
『“ 02 ” 了解』
そこへ、 “ 丘珠管制塔 ” から離陸の許可が出た。
『“ Wizard 01 ” , “ 02 ” . Wind 115 at 8 knots. Runway14, cleared for take off. (“ Wizard 01 ” 及び “ 02 ” へ。風は磁方位115°から8knot(約4.12m/s)で吹いている。滑走路14より、離陸よし)』
……陸自が “ 管制業務 ” をしている丘珠管制塔が、『ただでさえ狭く “ クラッシュバリアー ” の無い丘珠空港の滑走路で、 “ 二機、同時離陸 ” を認める』こと自体、 “ 作戦行動 ” であることを認識している証拠だ。 “ Wizard隊 ” 隊長は、 “ 丘珠駐屯地司令 ” と防衛大臣の友人である “ 国土交通大臣 ” の配慮に感謝しつつ、管制塔へ返答する。
「“ Wizard 01 ” , Roger. Cleared for take off. (“ Wizard 01 ” 、了解した。離陸する)」
『“ 02 ” ,Copy. (“ Wizard 02 ” 、 “ Wizard 01 ” に同じ)』
二機のF‐15DJは、 “ ミリタリー推力 ” で離陸した。そして、ほぼ真反対方向の “ 札幌VOR/DME ” を目指して、左旋回を実施する……。
そこへ、亮圭から報告が入った。
『“ Wizard 01 ” へ、こちら “ キッド ” 。 “ マロ ” 、聞こえますか?』
「どうした、 “ キッド ” ?」
『周りの人達が、おかしくなって来ている。皆、上手く喋れないみたい……』
“ 九条三佐 ” が、血相を変えて指示を出す!
「“ 陸自 ” から “ ガスマスク ” 貰って有るだろう?! 直ぐに着けろ!!」
『もう着けているよ。僕達は、大丈夫』
“ マロ ” が、深い溜息を付いた。
「……音声が明瞭過ぎたから、着けていないかと思った。心臓に悪い……」
『こめんなさい』
「まぁ、良い……」
俺達は、ここから先……。そっちと距離を取って、相手方に気付かれないようにする。
以下、南 少尉の指示に従え」
『了解』
「通信終わり……」
“ Wizard隊 ” 隊長は、憮然とする。
[昨日から、色々有り過ぎだ。寿命が、何年縮むやら……]
“ ボーン ” が、話し掛けて来た。
「大丈夫ですか? “ マロ ” 」
「ああ、大丈夫だ……
しかし、まぁ……。昨日から、心臓に悪いことばかりだがな……。この後、それが極まるぞ」
「……覚悟しています……」
その時、人一倍目の良い “ ゴリラ ” が、自分達とは違う高度で “ 札幌VOR/DME ” へ接近する航空機を、薄い靄の掛かる中、はっきりと視認する。 “ Wizard隊 ” 二番機の前席要員は、速やかに隊長へ報告した。
『右前方下方に “ ヘリ ” の集団! “ タワー(Tower:管制塔) ” から報告が有った “ 特戦群(陸上自衛隊、特殊作戦群) ” ですね……。 “ VOR/DME ” 廻りで、丘珠への “ アプローチ(Approach:進入)コース ” に入ろうとしています……』
「ああ。そうだな……」
九条三佐は、そう答えつつ、再び感謝の念に包まれる。
[確か……。 “ 特戦群 ” は、 “ 上富良野(陸上自衛隊、上富良野演習場) ” で演習中のはずだ。
此方の為に、そこまでの支援体制を整えてくれるとは……。我、感謝、ここに極まる……]
“ Wizard隊 ” 隊長は、心の中で、関係者一人一人に敬礼をしていた……。
二機のF‐15DJは、 “ 札幌VOR/DME ” 上空で磁方位325°にコースを取り、 “ 石狩湾 ” 上空へ出る。そして洋上で “ 八の字旋回 ” を実施して “ Sa○b340B ” との間合いを取ると、函館への “ 空路 ” に乗るべく “ モイワ、トランジション(MOIWA Transition:空路点 “ MOIWA ” への遷移コース) ” に従い左に約155°の緩旋回を実施して磁方位170°にコースを執り、 “ 札幌市南区 ” の “ 豊浦 ” と “ 小金湯 ” の境付近の上空に在る “ ウェイポイント(Way point:空路点) ” の “ MOIWA ” を目指した……。
……“ Wizard隊 ” から遡ること約五分前。 “ Sa○b340B、JA0○2○ ” は、 “ 札幌VOR/DME ” を通過して、石狩湾上空を “ モイワ、トランジション ” に従って飛行中だ。その “ 客室 ” では、 “ 00式、防護マスク ” を使用する亮圭達を除いて、全員が “ 意識混濁 ” し……。機体が約115°の左緩旋回を半分終えた頃には、皆寝入っていた。ここで “ スペクター ” が、 “ キッド ” へ話し掛けて来る。
「……パイロットは、洋上飛行中に脱出し、 “ 新川のパラグライダー・エリア ” へ脱出するつもりだ。そろそろ、出て来るぞ……。
……それにしても、私には、君は『何か手を考えている』ような余裕を感じるが……」
精霊の主は、それに答えて、シートベルトを外すと大精霊へ指示を出した。
「ダイア、御願い」
「ダー。マイン・マイスター」
「え?!」
志村一佐は、思わず声を上げる程に、自らの耳を疑った。今、自分の斜め後ろで立ち上がった男は、明らかに少女の声だった!
[何で、わざわざ “ オッサン ” が女の子の声を出したんだ? それより、最上警部のタックネームって “ ダイア ” なのか?]
いきなり当の本人が、 “ スペクター ” へ返答して来た。
「その答えは、『私が、人間ではない』からです」
「はぁ?」
太田空将補からタックネームを贈られる程の実力者をしても、この返答の意味を理解することが出来ない。志村一佐は、短い間の後、一言だけ呟いた。
「貴方は、一体……」
“ キッド ” は、 “ スペクター ” へ話し掛ける。
「見て貰った方が、早いよ。吃驚しないでね」
「へ?」
精霊の主は、状況を理解していない大人の仕草に苦笑いしながら、僕へ命ずる。
「ダイア、変身を解いて、元の姿に戻って」
「ダー。マイン・マイスター」
最上警部が、少しカールした透明感のある白銀色の髪の少女に変態した! 志村一佐は、腰を抜かして、 “ 11A ” の席に崩れ落ちる!
「では “ 喧嘩 ” に、行って来ます!」
そう口走った少女が、次の瞬間、目の前から消えた! 周りを見回した “ スペクター ” が、前方の “ 物凄い音 ” に驚いて、通路前方を見渡すと……。少女は、半壊しのドアが開け放たれたコックピットの中から、大の男二人を摘み上げて出て来た。その仕草には、まるで重さが感じられない。
亮圭が、戻った少女に話し掛ける。
「二人共、気絶しているの?」
少女は、得意げに答えた。
「はい、マイスター。
二、三か所骨折させてはいますが……。命に別状有りません」
「……そう……。
その二人は、此処に座らせて置こう。修ちゃん、コックピットへ行くよ」
「うん」
「じゃあ、その男は、貴方達が座って居た所に縛り付けておくわ。後は、よろしくね」
樞警視の言葉に、少年二人と精霊一身が答える。
「はい!」
「心得ております。後は、御任せ下さい」
「行ってきます」
少年二人は、少女を伴い、前方のコックピットの中へ消えて行った……。志村一佐が、ようやくのことで樞警視正へ質問する。
「“ カーディナル ” 。これは、一体 “ どういうこと ” なんですか……」
その質問に、間もなく警視庁公安部外事第四課長に就任する男は、築城基地副司令に “ ある物 ” を差し出すと、口を開いた。
「これを左耳に付けて下さい。 “ ある方 ” が、貴方と御話が有るそうです」
それは、何の変哲も無い “ 携帯電話のヘッドセット ” のようだ。志村一佐が、それを装着すると……。
「“ スペクター ” ! 聞こえるか?!
此方は、 “ 航空戦術教導団 ” 司令の “ 太田 ” だ!」
築城基地副司令は、聞き覚えのある声に、直ぐに応答する。
「“ キュウビ ” ! 御久しぶりです。
“ スペクター ” 、 “ メリット5(Merit5:無線感度、最良) ” 」
「了解した。
状況を説明する。現在、我々は……」
……精霊の主がコックピットへ入ると、旧帝国海軍の撃墜王から早速の指示が有った。
『二人共、取り急ぎ、やって欲しいことが有る。 “ 光る矢印 ” で示した此処……。この “ 上のモニター ” の “ 左上、隅 ” の表示は、何に成っている?』
“ 機長役の少年 ” が、答える。
「緑色で、 “ VOR1 ” だよ」
『……つまり、今は “ 函館VOR ” へ真っ直ぐに飛んでいる。直ちに進路変更して、通常の空路に戻す!
亮圭君、このボタンを押してくれ!』
精霊の主が、身を乗り出して機長席側の “ MSP(Mode Select Panel:〔飛行の〕形式設定盤) ” の中の “ 一番左上のボタン ” を押す。すると撃墜王から、直ちに次の指示が出た。
『次に、 “ 光る矢印 ” の指示に従って、手前側の “ これ ” を左へ回せ! “ 戻せ ” と言ったら、直ぐに戻すんだ! 良いな?!』
「了解!」
亮圭が慌てて “ APP(Auto Pilot Panel:自動操縦盤) ” の “ ターン・ノブ ” を操作すると、機体が左急旋回を始めた。直ぐに撃墜王の指示が出る!
『戻せ!』
指示のとおりに “ ノブ ” を直ちに戻すと、機体が水平飛行に戻った。南 少尉の声が、少し落ち着く。
『良し! 進路も、ほぼ正確だ!
“ 札幌コントロール(“ 札幌ACC(Sapporo area control center:札幌航空交通管制部) ” のこと) ” が何も言って来なかったから、此処までは “ 合格点 ” だな……。
では……。亮圭君は、左の機長席へ。修平君は、右の副操縦士席へ座ってくれ』
撃墜王は、二人がドタバタと席に着くのを確認してから、言葉を続けた。
『次に……。二人の “ 正面、上のモニター ” の左隣に在る “ 丸い計器 ” ……。何だか解るな?』
“ 副機長役の少年 ” が、答える。
「“ 速度計 ” でしょ?」
『そうだ。
君には、先刻、説明したな……。計ったままのスピードである “ 指示対気速度 ” と言うものを表示している。では、 “ 本当の対気速度 ” は何処だ?』
修平の正面には、二つのモニターが在る。 “ 副操縦士席の少年 ” は、上側の “ EADI(Electronic Attitude Director Indicator:電子式姿勢指示器) ” モニターの下に在る “ ND(Navigation Display:航法表示) ” モニターの中の左上の “ 表示 ” を指差しながら答えた。
「この “ TAS ” って所でしょう?」
『その、とおりだ! 良く覚えていたな! 偉いぞ!』
亮圭そっくりの少年は、鼻の下がムズ痒く感じて、手で擦った。撃墜王が、言葉を続ける。
『さて……。今の数字は、 “ 200 ” から増え続けている。これを “ 180 ” まで落とす!
修平君、 “ パワー・レバー ” と隣の “ プロペラピッチ・レバー ” を指示された位置まで戻せ!』
「はい」
“ 副操縦士席の少年 ” が “ 二対のレバー ” を “ 光る矢印 ” の指示位置まで下げると、増え続けていた “ TAS(True AirSpeed:真対気速度。 “ IAS(〔計器〕指示対気速度) ” に、 “ 位置誤差 ” と “ 計器誤差 ” や “ 空気圧縮誤差 ” や “ 空気密度 ” 等の補正をした “ 真 ” の『空気との擦れ違い』速度。水平飛行状態で、風の影響が無ければ、 “ GS(対地速度) ” と同じ) ” の表示が “ 180 ” へ再び落ちついた。
『……今の操作で、速度を “ 真対気速度 ” 180knot(約333km/h)まで落とした。これで、彼奴等の “ 攻撃想定位置 ” である “ 室蘭市 ” 沖、 “ 内浦湾、入口の上空 ” までの時間を稼いで、最後の準備をする』
「了解。準備に入ります……」
……その時、機体が雲の中へ入り、それまで見えていた札幌の街どころか、何も見えなく成った。気流も安定せず、細かい揺れが機体へ伝わって来る……。精霊の主は、その状況を気にすること無く、僕の大精霊へ指示を出した。
「昨日、エリーがやったように……。 “ EAUS‐Type-STWM ” で、僕と修ちゃんの “ シート ” を作って! それから、 “ マルチプル・ハンドガン ” を “ 穴 ” から出して、使えるようにして!」
「ダー。マイン・マイスター。
南 少尉との打ち合わせ内容に従い、作業します……」
瞬時に、後ろの扉の所に控えていた大精霊の姿が、崩れた!
『シート調整開始! まず……』
ダイアは、作業内容を早口で読み上げながら、次々と実行する……。
まず、二人の体が斜め前へ持ち上がり……。亮圭は、操縦桿を楽に持てる位置に固定され、足元の “ ラダーペダル(Rudder pedal:足元のペダル。主に “ 垂直尾翼 ” の “ 方向舵(Rudder) ” を操作する) ” 部分が合成されて “ 元々のラダーペダル ” と連動するように成る。修平は、 “ 各種レバー ” を操作しやすい位置に固定される。
次にダイアは、機長席の左下にある “ 書類受渡し用の穴 ” を “ Type-STWM ” で覆うと……。その蓋を開けて、マルチプル・ハンドガンを機外へ出し、 “ half in(12.7mm砲) ” と “ in quarter(31.75mm砲) ” と “ フレア・ディスペンサー(太陽弾、射出機) ” 及び “ チャフ・ディスペンサー(電波欺瞞紙、射出機) ” の “ 展開ステーション ” を出した。そして、 “ in quarter ” には “ 対空用HE‐FS(翼安定付加、榴弾) ” を、 “ half in ” には『被弾させても、相手が火を噴き難い』 “ AP‐FS(翼安定徹甲弾) ” を装填する……。
『…… “ 思考制御システム ” 、リンク確認。 “ 照準システム ” 微調整、終了。
南 少尉に指定された全 “ ウェポン(Weapon:兵器)システム ” 、展開終了。使用、出来ます。…… “ half in ” の “ 照準 ” と “ トリガー(Trigger:引き金) ” は、南 少尉へ。後は、よろしく御願いします……』
『了解……。確認した!
改めて宣言するが……。 “ 12.7mm ” の使用は、私が勝手にやることだ。亮圭君には関係無い! 以上!!』
……精霊の主の弟分が、精霊の主や僕の大精霊の会話、それに “ Type-STWM ” 製の椅子の感触に肝を潰していると、兄貴分が更に指示を出す。
「ダイア。次にコックピット内の “ IAUCE ” を全部使えるようにして、 “ 三次元バーチャルディスプレイ ” を “ 空間透過視認モード ” で起動!」
『ダー。マイン・マイスター』
突然! 修平の前に在る計器やパネル類が消えた! 周りを見渡せば、自分一人が体一つで雲の中を飛んでいる!
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
修平が、大悲鳴を上げた。亮圭が、慌てて指示を取り消す。
「一旦、カット!」
次の瞬間、目の前の景色が元に戻る! 弟分は、何とも言えない顔をして、兄貴分を見た。亮圭が、手を合わせる。
「ごめん! 修ちゃんは、慣れていなかったっけ……」
「何これ……」
「えーっとね、 “ 空間透過視認モード ” と言って……。分かり易く言えば……」
そこへ、ダイアが話に加わった。
『修平さんは、 “ ヘッドギア ” を使った “ バーチャル・ゲーム ” をやったことが有るでしょう? あれの “ 最上級バージョン ” です。ゲームとの違いは、自身の視野内の全景色が “ 現実と区別が付かないレベル ” で切り替わります。これは、一寸歳の行った人になら、『自分の視野が、 “ ガン○ム ” のコックピットの “ 三百六十度、全周スクリーン ” と同じ状態に成る』と言えば、解ってもらうことが容易なんですが……
私も、マイスターに確認せずに起動させてしまいました……。済みません』
「……いきなりやるのは、勘弁だ。死ぬかと思った……」
「ホントにゴメン! “ 空間透過視認モード ” は、僕だけで良かったんだよね……
では、改めて。 “ 空間透過視認モード ” を僕のみ動かして! 視認時間設定は、お昼。雲と雨を半透明にして。それから、 “ IAUCE、センサー群 ” の “ 三次元表示 ” を一緒に出して」
『ダー。マイン・マイスター……』
……修平が落ち着く暇も無く、南 少尉が “ IAUCE ” ヘッドセット越しに話し掛けて来た。
『余り時間が無い! 修平君、頭を “ こっち ” に戻して聞いてくれるか?』
「うん……大丈夫」
『『大丈夫』と言っても……。君は、もう少し落ち着いた方が良いな。樞警視に言って、何か飲み物でも持って来てもらおう……
……樞警視、聞こえますか? 操縦室まで御足労、願う。
御茶を二つ……。いや、三つ持って来て欲しい……』
『三つですか? ……分かりました……』
……その時、雨が降り出し始めた。南 少尉は、 “ カオス ” との話を終えると、少年達へ話し掛けて来る。
『……さて、進路を変更する “ 空路点、MOIWA ” が近付いて来た。そういう訳で、亮圭君。時間が無いので、取り急ぎ次の操作をする。
修平君は、特に仕事が無いから、そのまま座って居てくれ』
「うん……」
「何をするの?」
『作業は、簡単だ。このボタンを押してくれ』
「はい」
精霊の主が指示されたボタンを押すと、機体が右旋回をした。南 少尉は、状況の説明を始める。
『今、 “ MOIWA ” を越えた……。開戦まで、後、十三分位だ。
此処からは、 “ 函館VOR ” まで磁方位203°で一直線だが……。亮圭君。君の “ 正面、上のモニター ” で “ 函館VOR ” を捉えていることは、分かるな?』
「はい。……大丈夫。一寸前と同じ “ 緑色で、VOR1 ” 」
『良し……。戦闘後に、 “ 自動操縦 ” のスイッチを入れて同じ動作をすれば、 “ 函館空港 ” 上空までは行ける。覚えて於いてくれ……。
それと、先刻よりも “ 高度 ” が上がって来ているのには、気が付いているか?」
「あっ……。本当だ……」
『“ 室蘭市、上空 ” までに雲の上へ出るように、正面の “ APA(Attitude Preselect Alerter:高度任意設定器) ” で “ 計器指示高度 ” 24000ft(約7315m)に設定している……。今日の気流は、雲の上の方が安定している。彼奴等にとっては、その方が “ 機銃 ” で狙い易いからな……。
何時もとは違う高度だが、この機動で “ 飛行計画書 ” が提出されているから、 “ 札幌コントロール ” は、何も言って来ないよ』
「そうなんだ……」
旧帝国海軍の撃墜王が、言葉を続ける。
『……では、 “ 敵 ” の話をしよう。
現在、 “ 第26飛行隊 ” 所属の “ F‐15J ” 四機は、此方の前方の “ 千歳基地 ” の “ 誘導路、上 ” だ。離陸後に、一旦洋上へ出てから、室蘭市と “ 駒ヶ岳 ” の間の “ 内浦湾入り口、上空 ” で攻撃に入ることを想定している。有り難いことに、『正面の “ レーダー・レンジ ” に入らないように近付けば、気付かれることは無い』と思っているようだが……。
亮圭君。 “ IAUCE ” は、捉えているだろう?』
「はい」
既に、 “ IAUCE ” センサー群の “ 三次元表示 ” には、はっきりと四つの “ 赤いシンボル ” が表示されていた。また、自身の後方10nm(約18.52km)には、飛行教導群のF‐15DJが、二つの “ 緑のシンボル ” で表示されている。
『どうやら、精霊達の対策で……。彼奴等は、我後方のF‐15DJを捉えることが出来無いようだ。 “ HiDeCE ” の “ 選択的、欺瞞能力 ” は、大したものだな……』
……そこへ “ カオス ” が、四杯の御茶を、御盆に載せて運んで来た。何時もの亮圭なら、『“ 航空会社のロゴ入り、紙コップ ” が、機体のロゴと違う』のに直ぐに気が付くはずだが……。今の精霊の主に、そんな余裕は無い。
「有難う、小母さん。助かったぁ……」
そう言った修平は、即座に一杯を飲み乾し、もう一杯を少しづつ飲む。亮圭も一杯を手に取った。 “ カオス ” が、右の席の男の子に、声を掛ける。
「修平君……。慣れるまでは、大変そうね。でも、余り気に病むことは無いわ。
後ろの “ キャビン ” じゃ、 “ 現実の衝撃 ” に耐え切れず、志村一佐の腰が抜けちゃって……。太田空将補が、まだ “ 活 ” を入れているわよ」
南 少尉が、志村一佐の執り成しをする。
『……まあ、そうは言わんでくれ。私も、同じ立場なら、同じに成っていたかもしれん』
「えー? そうなんですか?」
『誰もが、君程の “ 胆力 ” を持って居る訳では無いさ』
「いいえ。それ程でも、ありません。
私も、もう少しで呑まれてしまう所だったんですから。……ねぇ、亮圭君」
樞警視の “ ウィンク ” に……。左の席に座る精霊の主は、笑って肩を竦めた。
「では……。私と主人は、後ろに居ます。
“ これ ” は、 “ スペクター ” へ……。彼、ひょっとしたら、こっちに来るかもしれません」
『了解した』
樞警視が、御茶を一杯持って、 “ 客室 ” へ下がる。それを見ていた亮圭は、 “ あること ” に気が付いた。
「ねえ、ダイア。機内の重力を、何時も “ 地上と同じ ” にすることは出来る? そうしないと、多分、大変なことに成るんじゃないかなぁ……」
精霊の主の質問の後には、少しの間が有った。主の問いに、筆頭精霊長が答える。
『マイスター。マリーが答えます。
少々 “ 解債条件の無駄使い ” ですが、可能です。やりますか?』
「御願い。
それから僕だけは、操縦しないといけないから、飛行中の “ G ” が “ 感じられる ” 方が良いよね?」
『……そうですね』
「じゃあ、そうして」
『ダー。マイン・マイスター。
では、マイスターに関しては……。体には床方向への “ 1G ” のみとし、感覚として “ 機動のG ” が感じられるようにします』
「うん。
……それと。ダイアは、修ちゃんに付いて居て! 指示を受けたら、操作が追い付かない所を助けてあげて」
『ダー。マイン・マイスター。
心得ております。御任せ下さい。
……修平さんとは、浅からぬ縁が有りますから』
「ちぇ……」
一寸浮かれたダイアの声に、右席の少年が剥れた顔をする……。
……南 少尉が、精霊の主へ呼び掛けた。
『そろそろ、話を戻すぞ。
初撃を躱したら、地上の被害と “ 空路 ” の障害を避ける為に、基本的には右方向の内浦湾上空へ行く……。後は、彼奴等が撃墜されるまで、逃げ回るだけだ。
但し、戦力が三対四……。いや、初期には二対四の為、状況に応じて私も攻撃に加わる。
それと、この作戦では、事を大きくしない為に、 “ 情報管制 ” をする。具体的には、空域全体に “ レーダー・ジャミング ” をするそうだ。なお、『情報管制を解いて、事を大きくするか、しないか』の判断は、 “ 防衛大臣 ” 自らが判断する……。
此処までの話で、何か質問は?』
「ありません」
修平も答える。
「俺も無い……。ありません」
……そこへ、筆頭精霊長が主へ話し掛けて来た。
『マイスター。一寸、よろしいですか?』
「何? マリー」
『報告と提案が有ります……。
継続しているサタン側との交渉で、合意事項が出来ました。『もし、 “ 機内重力 ” 以外に “ 特別の処置 ” をしなければ、 “ 特別に良いこと ” を進呈する』そうです。但し、『“ 特別の処置 ” をすれば、何かの “ 解債条件 ” を払う』ことに成ります。
…… “ この提案 ” を飲むか拒むか、判断を御願いしたいのです』
精霊の主が僕へ質問する。
「“ 特別の処置 ” って?」
『“ オーバーテクノロジー ” の使用です。例えば、この機体を “ GVCE ” を使い、機動をコントロールしたりすることです。これには、自衛の為の “ 兵器 ” 使用も含まれます……』
南 少尉が、主と僕の会話に、割って入った。
『……と言うことは、今日の天気を考えれば、 “ 正に、4倍の荷重 ” 、 “ 負に、1倍の荷重 ” を超える機動が出来ないぞ! しかも、 “ 12.7mm ” も使えない! 恐ろしく不利だ!』
『仕方ありません。彼等も手を拱いてはいませんから……。ただ、サタン側も “ 大きな博打 ” を打って来たことは、疑いようが有りません。僕の長として、『この提案は、飲むべき』と強く進言します!
なお、実測値で “ +4.40G ” と “ -1.25G ” を超えた場合は、マイスターの安全の為、たとえ “ 解債条件 ” 失敗となっても、自動的に “ GVCE ” を使用します。
それと、兵器の使用ですが……。自衛以外の目的でならば問題ありません。F‐15DJへの “ 援護射撃 ” も可能です』
亮圭が、徐に口を開く。
「南 少尉。これで、何とか成る?」
旧帝国海軍の撃墜王は、精霊の主の質問に対して、冷静に答えた。
『正直言って、厳しい。
最新の情報によれば、 “ Shinsengumi 01 ” が空中給油時の妨害で、最低でも十分は遅れる。今迄は、 “ Shinsengumi 01 ” が遅れても、九割九分、大丈夫だったが……。この提案を飲めば、『五割程度は、此方が撃墜される』と考える。
但し、修平君が “ 万全の働き ” をしてくれれば、もう少しは確率を下げられる……』
亮圭は、修平を見る。弟分が、右手で拳を作り、親指を上に上げた。その表情から、まだ心のダメージが有りそうだ。だが目の光は、凛として強い!
兄貴分は、肯くと、即決で判断を決した。
「マリーの提案を受け入れます!」
『ダー。マイン・マイスター』
『……やれやれ、仕方あるまいな。指揮官は、君だ。
ところで筆頭精霊長……。使い易い “ Gメーター ” 位は、付けてくれるのかね?』
『勿論です。支援体制は、キチンと構築します』
『分かった……。
さて、修平君』
撃墜王に呼び掛けられた少年が、自分を鼓舞するように、強い声で返事する。
「はい!」
『良い声だ。もう大丈夫だろう……。基本的な機械の配置は、覚えているか?』
修平が肯くと、南 少尉が説明を続けた。
『良し……。では、その次の話。……既に君は、やって見せたことだが……。
君の仕事は、スイッチやレバー等を、此方の言うとおりに操作するだけだ。指示は、私の声と半透明の矢印で示す。……例えば、『“ フラップ・レバー ” を、此処まで下げてくれ』の場合……』
南 少尉の言葉を待たず……。半透明の矢印が “ フラップ・レバー ” を指し示し、レバーの根元に移動後の位置を示す矢印が出る。
「ここまで下げれば良いんだよね?」
『そうだ。
ただ今は、 “ レバー連動スイッチ ” が入っているから……。隣の二対のレバーは、片方を動かしても両方一緒に動くが……。もう外して於いて良いな……。
では修平君、このスイッチを反対方向へ倒してくれ」
弟分の少年が、 “ フラップ・レバー ” の前に在るスイッチを、指示された方向へ倒し直すと……。
「何も起こらないよ」
『“ 見た目 ” 上はな……。今、左右のエンジンやプロペラピッチの連動が、切れた状態と成っている。 “ やろう ” と思えば、片方のエンジンを止めて飛ぶことも出来るぞ。
因みに、 “ パワー・レバー ” と “ プロペラピッチ・レバー ” は、左右バラバラに使う。覚えて於いてくれ……』
「ふーん。そうなんだ」
『……なお、君達には先刻の亮圭君の指示によって、空戦機動による一切の “ 荷重 ” が掛からないように成っている。 “ 飛んでいる現実感 ” が湧かないかもしれないが……。
何にしても、指示されたことだけは、即座に実行し絶対に遅れないように! 以上だ』
「分かった……」
……そこへ、別の人物の声が、二人のヘッドセットに響いた。
『亮圭君、聞こえる?!』
「えっ? 真奈美 教官?!」
“ 神田川 真奈美 ” は、亮圭とは最初の “ セスナ ” の飛行から “ 指導教官 ” を務める “ 旧知の仲 ” だ。 “ ローランド ” は、 “ キッド ” へ謝って来た。
『ごめんなさい。 “ タンカー(Tanker:空中給油機) ” で “ 小さな反乱 ” が遭って……』
男二人の声が、少女の声を掻き消した!
『こら! “ ローランド ” ! 人聞きが悪い! “ オペレーター ” の “ サボタージュ ” だ!』
『“ ヤマザル ” の言うとおりだぞ! まったく……』
直ぐに太田空将補は、神田川空将補の娘への非難を止め、亮圭へ呼び掛けて来た。その口調からも、緊張感がヒシヒシと伝わって来る!
『“ キッド ” ! 遅れは、七分以下に詰めてみせる! それまでキッチリ逃げ延びろ!
……それと、これにだけは注意しろ! “ 初期型、Stinger ” の射程は、水平方向で13150ft(約4008m)、真上で11500ft(約3505m)だ。だから絶対に13500ft(約4115m)以下には下がるな! 良いか? 分かったな?!』
精霊の主は、強い声で返答した。
「了解!」
“ キュウビ ” の声が、落ち着いた物と成った。
『良し、良い声だ! 心配するな。昨日の実績を見れば、御前なら出来る! しっかり……』
……その時、機体が雲の上へ出た。機体の振動が収まる。高度は、 “ 計器指示高度(Indicated Altitude:気圧高度計の表示高度) ” で24000ft(約7315m)だ。南 少尉は、太田空将補の話を遮って、自身の話を聞くことが出来る全員へ通告する。
『もう直ぐ、室蘭市の上空だ。 “ 会敵 ” まで、後、二分半!』
大人達全員が、その声の意味を悟り、口を噤んだ。撃墜王は、修平に指示を出す。
『修平君。スピードを上げる! 指示位置まで、 “ 二対のレバー ” を一組づつ、左右一緒に押せ!』
「はい!」
“ Sa○b340B ” の機体は、副操縦士席の少年の操作によって、 “ TAS(真対気速度) ” 230knot(約426km/h)まで増速した。撃墜王が、作戦前最後の一番重要な指示を出す。
『二人共、此処からは、『やれ』の言葉が有ったら、説明した操作を間髪入れずにやるんだ! コンマ一秒の遅れが、命取りになるぞ!!』
「はい!」
「了解!」
旧帝国海軍の撃墜王は、少年二人の返答に満足し、言葉を続けた。
『良し……。では、 “ 初撃を躱す機動 ” の手順を説明する!
私が指示をしたら……。まず亮圭君は、操縦桿の左側の上に付いている “ 赤いボタン ” を押して、同時に……』
…… “ IAUCE ” センサー群の三次元表示には、左後方から真後ろへ回り込み、急速に接近する四つの “ 赤いシンボル ” が示されていた。先行する “ 赤いシンボル ” 一つが、一気に間合いを詰める! その時、精霊の主は、昨日聴いた “ ある言葉 ” を思い出していた……。
撃墜王が、説明もソコソコに、声を上げる!
『二人共、準備しろ……。やれ!!』
“ 機長の少年 ” が、機体操作をしつつ、宣言した!
「“ エンゲージ(Engage:交戦) ” !!」
“ Sa○b340B ” は、……。
------- 更新履歴 -------
2017.03.11 初版公開 (Ver 1-01.00)
2017.03.23 Sa○b340の仕様の認識不足による機体操作の間違いを修正、加筆修正版公開 (Ver 1-02.00)
2017.08.28 読み易くする為の修正、百里基地の誘導路番号を訂正、用語変更、一部加筆修正版公開 (Ver 1-03.00)
2018.08.16 設定、誤字、ルビ修正版公開 (Ver 1-04.00)
------- 参考資料 -------
・フォネティックコード
0 ゼロ
1 ワン
2 トゥー
3 トゥリー
4 フォウア
5 ファイフ
6 シックス
7 セブン
8 エイト
9 ナイナー
A アルファー
B ブラボー
C チャーリー
D デルタ
E エコー
F フォックストロット
G ゴルフ
H ホテル
I インディアナ
J ジュリエット
K キロ
L リマ
M マイク
N ノベンバー
O オスカー
P パパ
Q ケバック
R ロメオ
S シエラ
T タンゴ
U ユニフォーム
V ビクター
W ウイスキー
X エックスレイ
Y ヤンキー
Z ズール




