第二幕 帰還の物語 第八章 大人達の蠢(しゅん)動(どう)と鳴(めい)動(どう)……
------ 第二幕、第八章 ------ 大人達の蠢動と鳴動…… ------
……新十津川で北海道警の渡部警部補が得た情報は、約三十分で全ての関係部署へ伝達された。それは、警察組織に限らず、暴力団互助組織の “ 破綻会 ” へも、もたらされた。
「……詰めが甘いな!」
「はい、申し訳ありません。お兄さん……」
「“ 小暮会 ” の若頭。そう慌てることも無い。こういう時には、『急がば、廻れ』ってこともある……。
今、内の組織の若いのに、 “ 協力者 ” と思しき奴のリストアップを、させている。じきに、正体が分かるだろう……」
「恐れ入ります、 “ 山羽組長 ” 。
“ 鉄砲玉 ” は内の領分ですが、どうも “ 情報戦 ” と成ると……」
「その為の互助組織 “ 破綻会 ” であり、実働部隊としての “ 破滅組 ” さ……。
……冗談みたいな名前だが、作っといて罰は無かったろう?」
「ええ……」
その時、山羽組長のスマートフォンの着信音が鳴った。
「一寸、失礼」
そう言って自身のスマホのメールを見た “ 山羽 健一 ” は、小暮会若頭の “ 小暮 大輔 ” に声を掛ける。
「情報が集まったようだ。奥の部屋へ……」
「分かりました」
二人は、奥の部屋へ行くと、タブレットを前にして次の動きを討議する。短い時間で、それは決した。小暮会若頭が、自分の部下へ指示を出す。
「今、御前のスマホへメールでリストを送った! リストアップした奴を、二十四時間、見張れ! 動きもトレースしろ!」
「分かりました……」
メールを開いた部下が、思わず口走る。
「ん? 此奴は……」
「知った名前でも有ったのか?」
若頭の質問に、部下が即答した。
「ええ。あの “ 女 ” の家族ですよ……」
そこには、JR運転手の “ 澤田 健太郎 ” と、その娘の “ 澤田 夏美 ” の名前が在った……。
……山羽組長は、奥の部屋で一人、コーヒーを口にする。その時、スマホに着信が有った。画面を見た組長の顔が曇る……。
[“ Mr.Tyu ” から……。先刻、話したばかりだろうが……]
そう思いつつ、電話に出る……
「山羽だ」
『組長さん。度々、済みませんね……』
相手は、中国人訛りの日本語で喋っている。しかし山羽健一は、彼と彼の組織を中国系とは見做していなかった。ドイツ語やロシア語、それにスペイン語の訛りを持つ男も居るのだ。しかも、いくら調べても、その素性が様と知れない……。
「今度は、何の用かね? 人間なら、手一杯だが」
『もちろん、それには心から感謝しています。
……一寸、緊急事態なんですよ。 “ 対象、A ” のバカ息子の方が大きなヘマをしましてね。友軍機にミサイルを二発撃ったとか……』
「それが、どうしたと……」
次の瞬間、山羽組長の目に、後の事態が走馬灯のように目に浮かぶ……。
[あの “ 糞っ垂れ ” のガキがぁ!]
“ 破綻会 ” 最大勢力の組長が、顔を激しく紅潮させた。暫しの無言を相手が破る。
『……もう気付いていますね。彼奴が逮捕されれば、徹底的に調べられます。結果、彼方達の全組織が芋蔓式に挙げられます……。私達としても、長年の友人である彼方達を、このまま見捨てるのは、忍びないです。今まで、本当に御互い “ 麻薬の密輸 ” で良く儲け合った仲じゃないですか……。
そこで、私達に “ 腹案 ” が有ります……』
相手の組織は、これまで約定を違えたことが無いだけではなく、自らの依頼には資金的にも援助を惜しまない。 “ 竹脇の件 ” も、『私達の組織防衛にも係わること』と多額の資金を援助している……。それが山羽組長の信用を、確固なものとしていた。
「腹案? 聞かせて貰おうじゃないか……」
『単刀直入に言えば、『彼奴に旅客機を撃墜させ、更に彼奴の乗る戦闘機を仲間に撃墜させる』のです。 “ 標的 ” は、丘珠空港を十七時二十五分に離陸する “ H○C‐243便 ” か直後の “ チャーター機 ” を想定しています』
「そんなことが……」
『もう、準備が進んでいます。我々の協力組織の “ 草 ” が、 “ 自衛隊基地 ” の中に大勢居るのですよ……』
「何十人単位で死人が出る!
それにチャーター機なら、東京の組の人間が大勢死ぬぞ! バレたら、如何言い訳するつもりだ?!」
『……彼方の組織の数百人が、挙げられるよりマシですよ』
暴力団に限ったことでは無いが……。身近な者の親切は、その結果がどうであれ、心の琴線に響くものだ。山羽組長も例外では無かった。
「確かに……
それで、我々は何を……」
『竹脇少年を、その飛行機の何れかに乗せられれば最良。それが難しくても、 “ 竹脇少年のソックリ ” が空港へ向かっているのでしょう?』
流石の組長も、気色ばんだ。
「警視庁の警視正が一緒だぞ! そんなことをして、警視庁が黙っているはずが……」
『構いませんよ。
紛らわしい奴は、手を汚さずに消せれば一番! それに、これは自衛隊の不祥事ですから、我々は安全です。違いますか?』
「……そのとおりだ」
山羽健一は、一応納得する。
「それに、これを竹脇に対する圧力とすることも出来るか……」
『流石は組長。早速、この鞭と後の飴を組み合わせることに、思いが至るとは……』
「フッ、何時ものことだ」
[それにしても……。この男から、あからさまなオベッカを言われても、悪い気がしないのが不思議だがな……]
……あれこれと考えを巡らす山羽組長よりも先に、相手が喋り出した。
『では、少年二人を追い込むのは御任せします。
……後、こちらに何が有っても、彼方は『知らぬ存ぜぬ』を通して下さい。
それでは、又……』
そのまま、火が消えたように電話が切れた。
[あれ? 何時もなら、何か “ 終わりの句 ” を、必ず言うはずだ……]
組長は、それまでとは違う電話の終わり方に、少し不安を覚える。
[拙いことに……。いいや、恐ろしいことに成っているんじゃ在るまいな……]
…… “ 千歳基地司令 ” の “ 志村 新之助 ” 空将補は、 “ Mr.Tyu ” を名乗る男からの私用スマホへの着信に、顔から血の気が失せて行った……。今日は、これで三回目だ。
出たくはない電話だが、出ない訳にも行かない。意を決して、通話ボタンを押す……。
「志村だ……」
『シムラさん、度々済みません。決意はしてもらえましたか……』
「で、私に『あの話を信じろ』と言うのかね?!
私に『次男を殺せ』と……」
『ええ。背に腹は変えられません。
もはや御次男、 “ 純之助 ” さんを救うことは不可能です。分かるでしょう?
前の電話でも言いましたが……。『彼には、夢を叶えた後、空に消えて頂く』のです。これ以外に、彼方と御長男の “ 亘 ” さんを御助けする方法が有りませんので……』
「他に何か手が……」
その言葉に、相手が痺れを切らした。
『何度も同じことを言わせるな! 無理なものは無理だ!
……更に犠牲者が必要なら、我々は躊躇しない。次は、誰を痛めつければ良い? 奥さんか、それとも……』
新之助の頭の中は、混沌として、思考が堂々巡りを始める。
[昨日、純之助は……。日本海での “ ACM(Air Combat Manoeuvring:空中戦闘機動) ” 訓練中に訓練空域を逸脱し、突然実施された “ 特殊医薬品等、特別緊急輸送訓練 ” で付近を飛行していた “ 飛行教導群 ” のF‐15DJを標的と誤認識して、 “ 90式空対空誘導弾(AAM‐3) ” を二発誤射している……。
いいや! 問題は、その誤射の原因と成った誤認識の原因が “ 麻薬 ” だと言うことだ! これが露呈すれば、自分は疎か、 “ 亘 ” にも累が及ぶ! 此奴の提案は、『これ以上、傷口を広げない』ことだけを考えたら、正に “ 渡りに船 ” だ……。
しかも此奴等、それを言い当てただけで無く……。宣言の上で、一番可愛がっている末娘を病院送りにしやがった! 恐らく、我が家の名誉も、家族の命さえも簡単に刈り取れるのだろう……。
言うことを聞く以外の選択肢は、無い!
……しかし、私に末息子が殺せるのか?! 恋女房の子供だ。亘と純之助が逆であったなら、こんなに苦しまなくても “ go ” を出せるかもしれんのに……]
『キイテイルノカ?! シムラさん!』
志村空将補は、中国人訛りのドスの利いた声で、我に返った。
『今の彼方に選択権は無い! “ 我々と生き延びる ” か、 “ 全てを失う ” かの二者択一だ!
いい加減に決断しろ! シムラ空将補!!』
その言葉に、志村新之助の最後の良心の箍が、砕けて外れた……。
「分かった……」
……謹慎中の “ 志村 純之助 ” 三等空尉は、謹慎の為の部屋へ一人で入って来た人物に立ち上がって儀礼上の敬礼をすると、そのまま座って居たソファーにドカッと腰を落とした。
「こんな時に、ヘマをした息子に会いに来たら、拙いんじゃないっスか? 司令だろ……」
父親の志村新之助は、余り表情を変えることなく反対側の席に座ると、御手持ちのコーヒーを進める。
「……どうだ?」
息子は、何時もとは違う父親の態度に、違和感を覚えた。ただ、これを受け取らないのは失礼に当たることを、志村三等空尉も理解していた。
「……どうも……」
志村空将補は、息子がコーヒーに口を付けたのを確認したようなタイミングで、話し始めた。
「……御前に任務を与える!」
思わず缶から口を離した志村三等空尉の目が、点に成っている。
「え!? どう言うことっスか?」
「『汚名を雪ぐ機会を与えてやる』と言うのだ……。
いいか、良く聞け! テロリストが、自身の関係者と自衛隊の兵器の機密データを、航空機を使って海外へ持ち出そうとしている……」
「それで、俺に何をしろと言うんスか?」
「単刀直入に言えば、『小型機の撃墜』だ。大型の旅客機に乗り換える前に仕留めねばならない。
出来るな?」
「『出来るな』って……。担いでるんスか? 人の悪い……」
「こんな話を、冗談で言えるか!!」
空将補の迫力に、息子が気圧される。真顔に戻った三等空尉が、口を開いた。
「……良いんスか?! 犠牲者が出ますよ」
司令の迫力は、元に戻らない。
「大丈夫だ。北海道警の協力の元、敵の関係者以外が乗ることは無い! 内偵調査も終わっているし、航空会社の協力も得ている。ただ、正規のルートで部隊を動かすには数日の時間が掛かるから、今回は不可能だ。……そこで、私の一存で動かせる人材となると、御前達が適任と成る訳だ」
「『御前達』って……。俺一人で実行んじゃ無いっスか?」
「ああ……。 “ 有田 ” 、 “ 霜島 ” 、それに隊長の “ 森 ” が同行する。有田と霜島は、知っている顔だろう?
……本当なら、この三名に任せる所なんだが……。彼奴等、『最後に、純之助に花を持たせてやりましょう。あわよくば、その花は司令へのプレゼント用にすることが出来るかもしれない』と言ったんだぞ。有り難いことじゃないか?」
ドラ息子の目に、涙が有った。父親が、司令として言葉を続ける。
「……千歳基地司令として、命ずる!
二十分後に、司令官室へ集合せよ!
詳細は、その時……。 “ 森 二佐 ” 達との “ ブリーフィング(Briefing:飛行前の打ち合わせ) ” で説明する!」
「はっ……」
……一連の会話を、そこから約744キロメートル離れた場所で、一部リアルタイムに見聞きしている一群が居る。
「……この複数の動画は、事実なのか? ルリーさん……」
「はい、防衛大臣。特に今見て頂いている志村空将補と息子の会話は、Live映像ですので、極めて確度の高い情報です……。
……残念です」
その映像は、百里基地司令官室に詰める全員の心を、深い憂いの闇の中へ沈めて余りあるものだった。
「まさか、 “ 彼の国 ” の “ 工作員 ” の手が、司令官クラスにまで及んでいたとはな……」
頭を抱えた防衛省のトップの心に、情の精霊長の言葉が寄り添う。
「これが、航空自衛隊に残された “ 膿 ” の片方です。もう片方は、内々に処分可能です。そして私共は、その情報だけでは無く、自衛隊全体の “ 他国の工作員 ” に関する情報も皆様に提供する用意が有ります。
ただ……。今は、 “ 彼の者共 ” の手を払い除け、マイスターの御命を安寧に保たなければ成りません……」
防衛大臣たる榊 征太郎が、間髪入れず、答弁する。
「もちろんだ! 身内の恥は、身内で濯がせて貰いたい!」
その勢いに肩を竦めた情の精霊長ルリーは、精霊の “ 共有ネットワーク ” を開いて、配下の “ ネゴシエーターの長 ” へイメージを送る。
(後、御願いしちゃって良いかな? 私は、他の情報をコーディネートするから……)
(ええ。構いません)
自らもイメージで返答した情の大精霊ソニアが、情の精霊長の意を受けて発言した。
「如何なさる御積りですか?」
「志村一派のF‐15Jを急襲し……。その際に此方の命令に従わなければ、撃墜する!!
……自衛隊は、第一義的に、日本国民の生命と財産を守る為に存在する! 既得権益に浸かり、搾取に明け暮れた “ 旧帝国軍の一部将校 ” 共とは違う! ましてや、自らの保身の為に、国民を何十人も殺す輩が存在して良い組織ではない!
……今こそ、自浄能力を見せる時だ……」
榊 大臣の視線は、神田川空将補と太田空将補へ向かう。二人は、静かに肯いた。
「……分かっていますよ、 “ ローレル ” ……。我々の手は、あの “ 新撰組作戦 ” で、既に血で汚れています。しかも『同族殺し』なんて言うんじゃ……。若い者には、させたくありませんね」
「私も同感です。…… “ ヤマザル ” と私の二人でやりますよ」
「……済まんな。苦労を掛ける……」
不意に、ソニアが口を開いた。
「『自衛隊同士で殺し合う』、そんなことに成ったら……。私共は、マイスターから、大変な御咎めを受けてしまいます。そこで、私共から、提案が有ります。
……まず、神田川空将補に質問なのですが……。機材は、 “ 第3○5飛行隊 ” のF‐15Jを考えていらしたのですか?」
「そうさ。二機で “ 空対空ミサイル ” が合計十六発に成る。それが一番現実的な選択だと思うが?」
「出来れば、私共の “ RF‐4EJ改 ” を使って頂けると助かるのですが……」
「何故?」
「そうすれば、御二人の御命の安全が100%確保出来るだけではなく、相手のパイロットの救命が大変容易に成るのです。あれが向こうへ行っていれば、こちらがミサイルやバルカン砲で撃墜しても、打撲一つ無く救命して見せます」
「そんなことが……」
「可能です! RF‐4EJ改には、皆さんの未だ知らないオーバーテクノロジーが、多数搭載されています。それらが使えれば、マススターの意にも適いますので、こちらが大変助かります。また、そうして頂ければ……。その御礼として、その際に損失したF‐15Jも補填させて頂きます。
……如何ですか?」
「しかし、部外者の機体を実戦で使うのもなぁ……」
此処で、それまで聞いていた太田空将補が、手を上げて発言する。
「現実的に考えれば、無理だ。相手が “ J‐MSIP ” ならば言う及ばず、 “ Pre‐MSIP ” であったとしても、 “ F‐15J ” 4機に “ RF‐4EJ改 ” 1機で対抗するのか? それこそ、オーバーテクノロジー頼みに成るのでは?」
ソニアが、微笑みながら、答えた。
「……確かに、オーバーテクノロジーを使用する部分も、有ります。例えば、 “ 対レーダー、ステルス ” として、 “ HiDeCE ” と言う物を使い、 “ パックマン・パターン ” の “ RCS(Radar cross-section:レーダー反射断面積) ” 低減を予定しています。これ等は、この作戦に参加される他の戦闘機にも行うことを想定しています。また兵器側では、発射速度が毎分6000発で携弾数が639発なのに連射定格時間が二秒しか無い “ JM61A1、20mmバルカン砲 ” に替えて、発射速度毎分12000発で装填弾数12000発以上を全弾連射しきれる31.75mm “ in quarter有翼式高速射滑腔砲ユニット ” を “ SeNeHos ” 経由で使用出来るようにしています……。
ですが、それ以外に現代テクノロジーの装備として、 “ AAM‐4B ” を六発と “ AAM‐5 ” を八発に加えて “ ASM‐1 ” を三発、装備します。
火力的に、これでは不足ですか?」
「はあ?! 自衛隊外の機体に、 “ そんな物 ” は、付けられないだろう!
それに……。もし、そうだとしたら……。何処からミサイルの機密を?!」
「人間の “ セキュリティー ” 位、私共には大したこと有りません。
ちなみに、昨日、展示飛行して頂いた時には……。コックピットの半分以上は、 “ HiDeCE ” を使って、認識出来ないようにしていました。だから、自衛隊が使用する兵器の搭載能力が有ることに、気が付かなかっただけです。
……もし、御不満でしたら、 “ AIM‐120、AMRAAM ” と “ AIM‐9X、Sidewinder ” 、それに “ AGM‐84D、Harpoon ” を装備しましょうか?」
「……いや、米軍を巻き込むつもりは無いから、 “ 4B ” と “ 5 ” と “ 80 ” で良い……」
太田空将補が、項垂れた……。
……防衛大臣は、情の大精霊の言葉尻を捉えて、質問する。
「“ ASM‐1 ” や “ AGM‐84D ” なんて話が出で来るのは、対艦戦闘を考えてのことなのか?」
「その、とおりです。
それは、 “ 彼の国 ” が “ 潜水艦搭載型の小型潜水艇 ” を北海道内浦湾近海へ侵入させ、闇市場より仕入れた “ FIM‐92A、Stinger ” で、マイスター機乗の “ H○C機 ” を撃墜する計画を進行させている為です。但し、これ等は、飽く迄も最終手段として考えているようですが……」
死線を潜った経験を持つ大臣も、この大精霊の言葉には困惑した。
「随分、大事だな……。ここまで来ると、『麻薬以外に、何か “ 理由 ” が有る』って考えないと説明が付かないだろう?」
「はい。御考察のとおりです……」
「その “ 理由 ” ってのを聞きたいんだが……」
ソニアは、視線でルリーに許可を求めた。情の精霊長が、肯いて同意する。 “ ネゴシエーターの長 ” は、防衛大臣へ改まって向き直ると、返答した。
「……よろしいでしょう。既に親族が加害された榊 大臣には、真相を知る正当な理由が有りますから……」
榊 征太郎には、 “ 理由 ” を悟るのに、その言葉だけで十分だった。
「まさか、例のナノマシーンか?」
「はい。
全ては、日本円で延べ13兆円もの金を注ぎ込んだ “ キラー・アイテム ” を守る為です。
竹脇 修平さんの持っているパソコン……。今は、マイスターの管理下にありますが……。その中に、全部のデータが保存されています。これが有れば、誰でも容易に複製を作ることが出来ますし、対抗手段を用意することも大変容易です」
「彼は、このことを?」
「今まで知りませんでした。マイスターもです」
榊 征太郎は、『フッ』と笑った。
「……成る程、知らなきゃ嘘を言う必要も無いからな」
「その、とおりです」
防衛大臣は、昨日あったことも踏まえて、内心穏やかではない。
[やれやれ……。喰えない連中だ……]
「……御心を乱し、申し訳ありません」
[……そうだ……。心の中すらも、見透かされているのたったな……]
この場の最高権限者が、項垂れて言った。
「……負けたよ。あんた達には……」
「恐れ入ります」
……太田空将補が、話を引き継ぐ。
「……私としては、データ流出の経緯も聞きたいですね」
ソニアは、微笑みを絶やすこと無く、答えた。
「経緯は、長くなりますから、ここでは割愛します。ですが例えるなら、『第二次大戦後、 “ 爆縮型原爆 ” “ Mark3、FatMan ” のデータが旧 “ ソ連 ” に流出した』のと同じような経緯と成っています」
「成る程ね……。その関係者は、『“ パワーバランス ” の拮抗』を考えたのか……」
「御明察のとおりです……」
……ここで、ソニアが話を元に戻した。
「済みませんが、時間が切迫してきているので……。単刀直入に、大臣へ御願いが有ります!」
「私に? 何かね?」
「今回のRF‐4EJ改の武装では、 “ 増槽 ” を携行出来ません。よって、 “ 内浦湾 ” 周辺で対空、対艦戦闘するとなると、どうしても “ 津軽海峡 ” 上空での空中給油が必要です。それに、女満別空港から駆け付けるであろう二機も、増槽を捨てています……」
「確かに、そうだ! 昨日使った “ KC‐767J ” を “ 小牧 ” へ戻したのは、下策だったか……」
「こちらでも用意が可能ですが、どうしますか?」
大臣は、壁掛け時計を暫く見詰めた後、表情を緩めた。
「それには及ばん。大丈夫だ。今なら、まだ間に合う!
ソニアさん。 “ 航空幕僚長 ” への “ ホットライン ” を使うので、席を外させて貰うぞ」
「よろしく、御願いします」
榊 大臣は、ソニアへ肯くと、机の上の電話を取って話し始めた。
「榊です。 “ 柴 重雄 空幕長 ” を御願いします……」
……話が途切れたタイミングを狙ったように、ロジャース大佐が、ソニアへ話し掛けて来た。
「先刻から “ 彼の国 ” と言っているが、それはヒョットして……」
突然、防衛大臣を除く、この場の全員の唇同士がくっついてしまい、誰も発言出来なくなってしまった。ネゴシエーターの長が、人差し指を口に当てて警告する。
「単刀直入に申し上げます。ロジャース海軍大佐に於かれては……。いいえ、この場に居る全員に於いても、 “ 彼の国 ” の国名を言うのを御控え頂きたい!」
突然、唇の拘束が解ける。最初に口を開いたのは、やはり “ アメリカ海軍情報局・太平洋艦隊情報部長 ” であるロジャース大佐、その人だった。
「……一体どうやって我々の口を塞いだんだ?」
ソニアは、明確に答える。
「“ GVCE ” と言う物を使い、重力で一時的に口を閉じさせて頂きました」
相手の抗弁には、怒気が含まれていた。
「……当然、正当な理由が有るのでしょうな!」
ネゴシエーターの長が、平然と返答する。
「勿論です!
米軍の皆さんには実感が無いかもしれませんが、霊界は存在します。そして、そこに存在する “ 知的存在 ” は、私共のような “ 仕える霊 ” だけではありません。 “ 地上の人間 ” が肉体を脱ぎ捨てた後の存在、 “ 霊人 ” も存在して居ます。
……ここで質問です。ロジャース大佐。もし『御孫様の “ エミリー ” 様が殺される』と分かっていたら、貴方は如何しますか?」
「そりゃあ、助けるさ!」
「“ 彼の国 ” の霊人達も、自分の子孫や同胞が “ ひどい目 ” に遭うならば、助けたいと思うのではありませんか?」
「……確かにそうだが、これとそれとが、どういう関係と成っているのだ?」
「……日本では、 “ 言葉は、言霊 ” と言います。日本通のロジャース大佐は、この言葉を聞いたことが御有りですね」
「ああ、あるよ」
「つまり、言葉には霊力が有ります。何億km離れていようが、ある霊人達のコミュニティーが敏感に反応する “ 言葉 ” は、現実に存在するのです。その一つが “ 彼の国 ” の国名です。正式国名ならば効果絶大な “ 言葉 ” が含まれていますし、最近では略称名でも良く反応するように成りました」
「……つまり、どう言うことなのかね?」
「この場は、霊的に封印されてはいない空間ですから……。もし、 “ 彼の国 ” の国名を口に出せば、 “ 彼の国 ” の霊人達を引き寄せてしまいます。世界有数の人口を持つ “ 彼の国 ” です。霊人の数も馬鹿に成りません。その霊人の中には、極めて強い霊力を持つ “ 歴史的な英雄 ” も四桁程度の数は居ます。そのまま敵に回せば、とても厄介なことと成ります」
「だから、国名を出してはならないと言うのか?」
「はい!
こちらも多くの霊人の助力が有ってこそ、この計画が成り立っています。マイスターに空を飛ぶことの楽しさと技とを最初に伝授したのも霊人ですし、昨日の “ F‐15の件 ” も旧海軍や元空自パイロット出身の霊人の助力が有ればこそです」
ロジャース大佐が、その言葉に吃驚して、オウム返しをした。
「『F‐15の件』、て?」
その質問には、神田川空将補が答える。
「……そこの河村さんの九歳の息子は、昨日の朝、 “ 飛行教導群 ” のF‐15DJを駆って、百里から小松を経由して北海道の津別町上空まで飛行している。それも、日本海上空で、90式空対空誘導弾(AAM‐3)二発を躱す “ 離れ業 ” まで遣って退けた……」
「九歳が?! そんな馬鹿な!」
「……いや、今の話を聞けば……。少しは、納得出来無くもない。
普通に考えたら、いくら『“ セスナ ” から初めて、延べ約150時間の飛行経験が有る』と言っても、戦闘機の中では比較的操縦が容易なF‐15だって一朝一夕には無理だからな……」
「……まさか、 “ イーグル ” を子供に貸してしまうとは……。
何と、まあ、無茶苦茶なことを……。……体のサイズからして、操縦は無理だろうに……」
神田川空将補が、自分と同じ位 “ アメリカ海軍 ” で武勇伝を誇る次期 “ アメリカ海軍情報局・太平洋艦隊情報部長 ” の発言に、嫌な顔で反論した。
「サイズの問題は、そこの精霊さん達が何とかしちまった! 操縦の不安も、飛行教導群ベテランの “ マロ(“ 九条 邦博 ” 三等空佐のタックネーム) ” を付けたから、問題無かった!
……だいたい、これから “ アメリカ海軍情報局・太平洋艦隊情報部長 ” やる “ どこかの誰かさん ” も、 “ TAV‐8A ” に試乗した時に無茶して、百里の “ くの字型、誘導路 ” へ強行着陸して、もう少しで基地反対派の土地に突っ込むような真似をしたんだろうが! 人のこと言えるか!
それに、 “ アメリカ合衆国 ” の方が、やることが派手だぜ! 当時七十四歳の爺ちゃん “ 『Glamorous Glennis』のロゴ入りイーグル ” に乗っけて、 “ エドワーズ空軍基地 ” 上空で “ 超音速飛行 ” させたんだろうよ! 八十九歳の時には、 “ エリス空軍基地 ” でも、同じようなことをやっているし……。
……こっちのこれだって、似たようなもんだ」
「片や “ 英雄 ” 、片や “ ド素人 ” ! 一緒にして欲しくない!」
神田川一等空佐が、素早く二人の間に介入する。
「まあまあ、 “ ケニー ” も、そこまでに……。ここで “ キングコング ” と “ ハンニバル・スミス ” が格闘戦闘しても、周りに被害が大きいだけでしょう?
あなたも、やめなさい……」
その凄みは、一気に部屋の空気を換えてしまう程だ! 二人は、渋々、引き下がった……。
「……おいおい、大丈夫かよ」
その声に全員が振り向くと……。榊 防衛大臣が、司令官の机の横で受話器を持ったまま、蒼い顔をして立って居た。神田川一等空佐が、ニコニコした顔で、報告する。
「御心配ありません。状況は、終了しました」
「それなら、良いが……」
ソニアが間髪入れず、榊 大臣へ質問した。
「“ 空中給油の件 ” は、どう成りましたか?」
「それは、問題無い。もう一回、 “ 小牧基地 ” からKC‐767Jを一機、緊急発進させることに成った。後、二時間半も有れば、津軽海峡上空の “ マッチングポイント(Meeting point:会合点) ” へと到達する。
それと、事件を未然に防ぐ観点から、 “ 二羽 千歳基地副司令 ” へ『必要な措置を取るように』と “ 柴 ” の奴から下命させた。更に、九州の “ 築城基地 ” へも内々に伝達し、『基地副司令の “ 志村 亘 ” 一等空佐にも必要な説得をさせる』そうだ」
太田空将補が、呟く。
「やっぱり、 “ スペクター ” も担ぎ出されたか……」
榊 大臣は、耳に届いた言葉に、応じた。
「それは、仕方あるまい。親子、兄弟なのだからな……」
神田川空将補が、口を挟む。
「それにしても……。 “ 重さん ” も苦労が絶えないことで……」
その発言に、榊 征太郎 “ 退役二等空佐 ” が雷を落とした!
「何を言ってやがる、御前! 何回『無茶な管制塔への幅寄せ』で、高級官僚の彼奴を『来るたびに、管制塔で卒倒させた』と思っているんだ! “ 新撰組作戦 ” の事務方の戦友だぞ!
……まあ、その結果、今の地位が有るのは皮肉だがね」
「その分、苦労させられましたよ! 『“ 高級幹部過程 ” を消化しながら、 “ パイロットの資格 ” を維持しろ』なんて、前代未聞の真似をさせられたんですから……。脳味噌も体も、ガタガタに成りましたよ」
「自業自得だ!」
「それに付き合わされて……。俺と “ 久美子ちゃん ” は、とっても大変だったんだけど……。いや、犠牲者は、もっと多いか……」
「“ 栗 ” ! “ クー子 ” の前で、そっちに話を持って行くんじゃない!」
「そうよねぇ……。その割には……」
「おまえ……」
神田川一等空佐に睨まれて冷や汗タラタラの神田川空将補の様子に、一同、大笑いと成った……。
……精霊達と自衛隊高級幹部と防衛大臣の真剣な討議が続き、作戦の骨子が固まった。最後にソニアが、榊 征太郎へ、呼び掛ける。
「榊 大臣。そろそろ、 “ 下命 ” 頂けませんか?」
「おっと、もう時間だな……。
全員、聞いてくれ!」
その場に居る全員が、個々の会話を止めて、防衛大臣へ注目する。榊 征太郎は、凛とした声で宣言した。
「これより日本国国民の保護の為、私 “ 防衛大臣、榊 征太郎 ” の責任により、極秘作戦 “ 新撰組、二号作戦 ” を発令する!
神田川空将補! 太田空将補!」
「ハッ!」
「ハッ!」
「精霊より貸与されたRF‐4EJ改を使用して出撃し、津軽海峡上空で空中給油を実施の後、内浦湾周辺空域で自衛隊内反社会勢力の説得……。いいや、此方の命令に従わない “ 敵性F‐15J ” を撃墜せよ! その際、 “ 彼の国 ” の攻撃が有れば、それも排除せよ!
また、女満別空港に駐機中のF‐15DJ、 “ Wizard 01 ” と “ 02 ” の二機も参戦させる。その為、既に “ 飛行教導群整備隊 ” を主体とした “ 特別支援隊 ” が、 “ 川崎、C‐1 ” にて新田原を出発し、女満別へ急行している。
なお、バックアップとして “ 八雲分屯基地 ” の “ 第6高射群、第○0高射隊 ” 及び “ 第○3高射隊 ” にも準備させる。但し “ 極秘作戦 ” に鑑み、彼等の出動が必要と成るまでの間は、精霊達によって “ 基地配備の各種レーダー群 ” の “ 無力化 ” が行われる。
さらに、対象の機体に乗る乗員の命は、精霊側によって救命される。此方が撃墜したF‐15Jも、損失補填される。考慮する必要は無い。
存分にやれ!」
「拝命しました!」
「直ちに準備に入ります。失礼します……」
直ちに司令官室を出て行こうとする二人を、情の精霊長が止めた。
「……神田川空将補、太田空将補、少々御待ち頂けますか」
ルリーは、言葉を続ける。
「RF‐4EJ改に係わることで、御二人に引き合わせたい人物が居ます。 “ 司令官応接室 ” まで御出まし下さい。それと、 “ 神田川夫人 ” と “ 太田夫人 ” も同席して下さい。
なお、これは神田川家に取って、家庭的なことでもありますので、この四名以外は、御遠慮を頂きます。
……では、神田川家と太田家の四名の方は、こちらへ……」
ルリーは、ソニアと肯き合うと廊下へ出て、率先して先頭を歩いた。
「何で、かみさん達まで?」
「来れば、分かります」
情の精霊長が、にこやかな表情で太田空将補の質問をスルーすると、司令官応接室へと入って行く。四人は、怪訝な顔をしながらも、その後に従った……。
部屋に入ってみると、中央の大テーブルの上に、一台のタブレット端末が立てて在る。ルリーは、その前まで全員が来たのを確認して、口を開いた。
「私は、この方を此の場で御紹介出来ることを、とても嬉しく思います。
今回、RF-4EJ改の “ 機付長 ” をされ、この作戦に同行されます “ 神田川 真奈美 ” さんです! 真奈美さん、姿を御見せ下さい」
タブレットの画面の中に姿を現したのは、小学校高学年位の少女の姿だった。神田川夫妻は、その姿を見て、腰を抜かしそうに成る……。そこに映っているのは、十歳の時に死んだ、自分達の娘だ。病院に居た時よりも少しふっくらとして居るが、見間違えるはずが無い……。
相手が、先に口を開いた。
『お父さん、お母さん、御無沙汰しています。真奈美です』
しかし四人は、余りの驚きと恐怖に似た感情によって、固まってしまい……。そんな彼等が、声を出すまでには、少し時間が必要だった……。
……警視庁の警視正一行を乗せたタクシが、丘珠空港の車寄せに着いた。車内の時計は、十五時二十七分を示している。旭川で少し良くなっていた天気は、徐々に悪化して来て、雲が厚く垂れ込めて来ていた。まるで車内の大人二人の心のように……。
運転手が、後席の三人に声を掛けた。
「料金は、¥1,670‐に成ります」
女性が、ハッとしてシドロモドロな返答をする。
「……あっ、御免なさい。えーっと……」
「¥1,670‐です。……皆さん、御疲れの様ですが、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。一寸、色々有りまして……」
「そうですか……。どうぞ御気を付けて下さい……」
「有難う……」
亮圭は、冴子に財布を預けながら、 “ 対人・対物アラーム ” で “ 丘珠空港ビル ” の内部をスキャンして見る。……どうやら、危険は無いようだ。
精霊の主が、率先してタクシーを降りる。そして、叔父役の樞卿一に、小声で報告した。
「……危険は無いようだよ」
「了解した。じゃあ、行こうか……」
一行は、目の前の入り口から、そそくさと丘珠空港ビルへ入る。一階にある “ チケットカウンター ” で手続きを済ませると、すぐ横の “ 曲がり階段 ” を上り、二階の出発ロビーへ向かった。そこには、ベンチが整然と並んでいる。二人は、亮圭を間に挟む位置取りで、ベンチの中程へ『ドカリ』と音を立て座り込んだ。飛行機の出発までには、後、一時間四十八分の時間が有る……。
樞警視正が、自身の隣に静かに座った少年に、小声で話し掛けた。
「亮太。これは、結構疲れるな……。私も冴子と同じく、音声だけにすれば良かった……」
少年が、これも小声で返答する。
「……だから、『無理しないで』って言ったんだ。小父さんは、空間にモニターが現れるのに、慣れていないんだから」
樞警視も、二人の話に参加して来た。
「“ AR(Augmented Reality:拡張現実) ” なんて最先端の物を、この土壇場で使おうとするからよ!
……そうね、今からなら……。小一時間は、寝て居られるから、二人共、少し休んだら?」
「そうしようか……。十六時半には起こしてくれ」
「分かったわ」
樞卿一が、直ぐに寝落ちした。樞冴子は、傍らの少年を引き寄せる。
「……この枕を首に付けて。少しでも、ゆっくり休みなさい。この後が、大変でしょう?」
「うん。有難う……」
亮圭は、携帯枕を身に着けた次の瞬間には、直ぐに寝てしまった……。
……精霊の主が、意識を取り戻す。どうやら此処は、テントの中のようだ。亮圭の左側には一面にモニターが有り、中央の大型モニターには、道央から道南地方の地図が表示されている。さながら、野戦基地の作戦室の様相だ。 “ 九歳の少年 ” は、この場所を良く覚えている……。
(昨日、百里へ行く車の中で眠っている時、マリーの案内で来た “ 作戦司令室 ” ……)
そこへ全精霊の長であるマリーが入って来た。マリーは、余り浮かない顔をしながら、主に椅子を勧める。
「マイスター。どうぞ御掛け下さい」
「うん」
精霊の主が一番上等な “ ディレクター・チェアー ” に腰を下ろすと、筆頭精霊長も近くの椅子を主の正面に置き、着席した。
「マイスター。私共は、御考えを既に理解していますが、僕として敢えて聞きます……。正面突破をされる御心算ですか?」
「そうだよ!
札幌の駅や千歳の空港、それに苫小牧や小樽や函館の港もダメなんでしょう?
後は、函館から “ 青函トンネル ” しか残ってないじゃない!」
「確かに、そうですが……。
まだ、他も方法が有りますよ」
精霊の主が、語気を強めた。
「“ アッチ行ったりコッチ行ったり ” していたら、本当に追い詰められちゃうよ!」
「確かに、そうですが……。
此方の情報に拠ると……。マイスターが乗る定期便のパイロットもヤクザ者の配下で、 “ パラシュート脱出 ” を考えているようです。良しんば捕縛出来ても、此方に協力させるのは無理と思われます」
「後は、僕が操縦すれば? 多分、 “ 南 少尉 ” は、協力してくれるんじゃない?」
「確かに、そうですがぁ……」
「それに、この作戦に係わって、関係の無い人が死ぬのは……。僕は嫌だ! 絶対、助けたい!
……今の僕の考えは、皆にも伝えて置いて! この話を撮った動画を見せても良い!」
その時、横から声が掛かった。
「それでこそ、日本男児だ! 童の歳で、立派なものだ! 曾孫は、良い男と縁を持ったな!
……そう言うことならば、昨日と同じく、協力しようじゃないか!」
亮圭が、思わず立ち上がる。そこには、昨日指導を受けた “ 旧帝国海軍 ” の “ エース・パイロット ” が、飛行服を身に着けて立って居た。
「南 少尉!」
「南さん、マイスターを茶化さないで下さい!」
最終階級が “ 旧帝国海軍、大尉 ” である “ 南 義美 ” は、マリーの気勢を押さえつつ、言った。
「……それに、あの戦争当時……。現場の人間は、『日本を……。日本人を……。家族を守りたい』と思って戦っていたさ。俺を含めて……。
亮圭君! 君の “ その思い ” は、あの時に死んで行った多くの者達への手向けとも成る!」
「……その、とおりだ!」
南 少尉が、声の方向を向いて、姿勢を正して敬礼する。
「“ 山口チュウショウ ” 。御疲れ様です」
“ 山口チュウショウ ” と呼ばれた男は、全身に白の “ 学ラン ” のような服を着て、警察官が被るような形の白の帽子を被っている。知る者が見れば、それが『太平洋戦争当時の “ 旧帝国海軍の夏服 ” である “ 第二種軍装 ” で、着ている者の階級が “ 中将 ” だ』と分かる。だが、精霊の主は、初めて見る物だった。
「この “ 場 ” の “ 最高権限者 ” まで、君を “ 少尉 ” と呼ぶとは……。君は、相変わらず、最終階級の “ 大尉 ” で呼ばれたくは無いのだね」
「ええ。 “ 大尉 ” は、戦死してから贈られたもの……。……これも性分です」
「私も、君の最後の出撃時の心情は、理解する。自分に厳しい人間は、嫌いではない……。
但し、私は、これに関しては慣例に従いたい。君を呼ぶ時の階級は、 “ 大尉 ” で構わんかね?」
「勿論です! 御心に掛けて頂き、感謝します!」
「うむ……」
そして恰幅の良い提督は、南 少尉に敬礼を返すと、精霊の主へ歩み寄って敬礼しつつ挨拶をした。
「こういう形では、始めて御眼に掛かります。 “ 山口 多聞 ” と言います。
帝国海軍での最終階級は “ 中将 ” ……。おっと、今は “ 中将 ” と言うのだったね……」
亮圭は、吃驚した。
「え?! “ チュウショウ ” って名前だったんじゃ……」
「やっぱり間違えていたようだね……。もっとも、これは南 君が悪い訳では無い。私が『余り名前を出さないでくれ』と頼んでいたからなのだよ……。失礼を許して貰いたい」
少年が、首を軽く横に振った。山口中将は、精霊の主の仕草にニコッとすると、直ぐに表情を戻し、場を仕切る。
「……昨日と同じく、こちらの準備の都合上、無駄話をしている時間が無い。本題へ移ろう。
作戦実行で良いのだね?」
「はい!」
「……君に感謝する。
筆頭精霊長、それで良いかね?」
マリーが、観念した表情で肯いた。中将が、話を続ける。
「後の話は、実務担当の “ 南 義美、海軍大尉 ” に任せる。私は、昨日と同じく、 “ 全体の取り纏め ” をするとしよう……。
……亮圭君。積もる話は、後で、ゆっくり……。それで良いかね?」
「はい!」
「良い返事だ……。
南 君! 後は頼むよ」
「ハッ!」
山口中将が、南 少尉の再敬礼に送られて、退出する。旧帝国海軍の撃墜王は、精霊の主をモニターの前に招くと、説明を始めた。
「時間が無いので、単刀直入に……。
今回の敵の “ その一 ” は、新田原基地の “ 臨時、第60航空隊 ” “ 第26飛行隊 ” 所属の “ F‐15J ” 四機だ……」
「……聞いたこと無い名前だけど?」
「『つい最近出来た』と言うより、『作った』と言った方が正しいな……。『昔在った “ 第22飛行隊 ” を復活させる』と言うのは建前で、高級自衛官の子弟で “ 戦闘機パイロット不適合者 ” なのに “ しがみ付いている者 ” を『それと無く配置換えする』為の組織さ。
何も知らない一般人に『第26飛行隊の所属でした』と言ったら、『戦闘機パイロットだったんだ!』って思われて、人生に “ 箔が付く ” ってことで高級自衛官の方も納得させる……」
「“ 箔が付く ” って?」
「要は、『凄い人だ!』ってチヤホヤされるだろ……」
「……何と無く分かった」
「話を元に戻すぞ!
その第26飛行隊に “ 千歳基地司令の二番目の息子 ” が所属していて……。『昨日のACM訓練中に訓練空域を離脱して、 “ 特殊医薬品等、特別緊急輸送訓練 ” を実施中だった飛行教導群の “ F‐15DJ ” 一機を標的と誤認し、AAM‐3を二発ぶっ放した』ことに端を発する一連の話は、既に君自身が体験したり見聴きした動画のとおりだ」
「うん。
そいつと、そいつの教官と、訓練生二名の四機で襲って来るんでしょう?」
「ああ、そうだ。
もっとも……。訓練生の二機は、飛行隊の中でも “ 司令の息子 ” の “ 御付 ” をさせられていて、 “ 26飛 ” の中でも “ 建前 ” に含まれる優秀な男達だ。既に “ この作戦 ” 後、 “ 第23飛行隊 ” へ復隊することが決まっている。だから、脅威度は低い……。
実質、二機が相手だな」
「うん」
南 少尉は、亮圭の返答に肯くと、話を続ける。
「既に百里基地では、要撃の為に “ RF‐4EJ改 ” が武装満載で出撃準備中だ。こっちの出撃は、特に問題無い……。
問題は、女満別空港に居る “ F‐15DJ ” 二機だ。筆頭精霊長からの報告では、『防衛大臣と国土交通大臣の “ 特認 ” が有ったにもかかわらず……。『地上に “ クラッシュバリアー(Crash Barrier:ネット式、着陸拘束装置) ” が無いために着陸出来るはずの無いF‐15が、着陸するとは何事だ!』と筋金入りの “ 反戦主義者 ” である女満別 “ 管制塔 ” の “ 主任管制官 ” が腹の底から怒っている。このままでは、サタン側に利用され、離陸が妨害される恐れが高い』と分かった。……そこで、報告を受けた防衛大臣が、 “ 新撰組、二号作戦 ” の一部を変更している」
「如何?」
「彼等には、女満別から丘珠へ来て貰うことにした。『新田原基地へ帰投する』と理由を付けて、既に此方へ向かっている。その件に付随して、新田原基地から急行している “ 特別支援隊の川崎C‐1 ” も丘珠へ進路を変えている。……もうすぐ三機共、着陸する頃だ。
それに、築城基地副司令 “ 志村一等空佐 ” の初動が早くてな……。彼の乗る “ F‐2B ” が千歳基地へ直接乗り込む勢いだったから、防衛大臣の “ 直命 ” で丘珠へ廻って来る。これも、君の起きる頃には、着くだろう……。なお、大臣より『彼の今後の動きに関しては、不確定な部分が有るので、決まり次第報告する』とのことだ」
精霊の主は、肯くと口を開いた。
「敵の “ その二 ” は?」
旧帝国海軍の撃墜王は、肩を竦めながら、その問いに速やかに答える。
「“ 携帯型誘導弾 ” を搭載した “ 潜水艇 ” 二隻と、その親玉の “ 潜水艦 ” 一隻……。
精霊達の報告によると、『潜水艇には、 “ スティンガー ” と言う名の “ 携帯型、対空誘導弾 ” が四発づつ積まれている。潜水艦の方は、此方の動きを気取られる恐れが高かったから、霊的に調査が出来ず、詳細不明』だそうだ。 “ これ等 ” と “ 携帯型誘導弾 ” に対しては、RF‐4EJ改に搭載してある “ 80式空対艦誘導弾 ” と友軍機に搭載してある “ 04式 ” もしくは “ 99式 ” の “ 空対空誘導弾 ” で対処する」
……ただ、少し困ったことが有る」
亮圭が、少し困惑した顔の南 少尉の言葉をオウム返しした。
「『少し困ったことが有る』って、何?」
撃墜王は、言い難そうに答える。
「自衛隊は、その立場上、攻撃されるまで反撃出来ない……。つまり、最低でも『敵性F‐15Jからの “ 初弾 ” は、君が自ら回避しなければならない』ってことだ! 防衛大臣の話によると、『各自衛隊機は、いきなりF‐15Jから攻撃を受けた “ H○C機 ” からの無線による救助要請を受けた形で敵機を排除する。この手順ばかりは、どうすることも出来ない……。なお、潜水艇からの攻撃は、友軍機への攻撃とみなして、此方で全面的に対処するので心配無用だ』そうだ……。
亮圭君、やってくれるか?」
精霊の主は、深く肯いた。百戦錬磨の猛者が言葉を続ける。
「最高権限者の君に苦労を掛け、申し訳ない。
……回避方法は、その場で私が指示する。
最初は、九分九厘、機関砲を撃って来るだろう……」
「如何して分かるの?」
「“ 指令の息子 ” は、昨日の一件で、誘導弾を打つことに潜在的な恐怖感が有る。また、それ以上に “ 機銃による空戦 ” への憧れが強い……。
教官も、そのことは分かっていて、『初撃は、機関砲を使かえ』と指示している」
亮圭が、もう一度、肯いた。南 少尉も肯き返し、温かく力強い声で言葉を続ける。
「心配しなくて良い!
言われたとおりにやってくれれば、まず一発も当てさせない! この点は、信用してくれ」
「うん。大丈夫だよ。必要なら、僕も反撃するし……」
ここで、マリが精霊の主に進言した。
「それは、余り御勧め出来ません」
「何で?」
「確かに、コックピット左側に付いている “ 書類受渡し用の穴 ” からマルチプル・ハンドガンを “ EAUS‐Type-STWM ” 援用で外へ出して、 “ in quarter(31.75mm)有翼式高速射滑腔砲ユニット ” を “ HEAA‐FS(High Explosive Anti-Air Fin-Stabilized Ammunition:翼安定付加、対空榴弾) ” で使えば、 “ 20mmバルカン砲 ” の代わりに成ります。
でも、直接手を下せば……。サタン側が、どんな讒訴をするか想像が出来ません! リスクが大きすぎます!」
旧帝国海軍の撃墜王が、発言する。
「確かに、相手を直接撃墜すれば、そうだろう。
しかし、相手が最初から “ 空対空誘導弾 ” を使う可能性を少しでも残している現状では、装備して置くべきと考える。これには、 “ 対、赤外線誘導弾用、太陽弾(“ フレア(Flare) ” のこと) ” と “ 対、電波誘導弾用、電波欺瞞紙(“ チャフ(Chaff) ” のこと) ” の “ 射出機(“ ディスペンサー(Dispenser) ” のこと) ” も装備してあることだし……。
小型旅客機が出来る “ 空戦機動 ” では、機関砲の弾は避けられても、誘導弾は避けられないからな……」
その発言に、筆頭精霊長が即答した。
「勿論です! マイスターの安全は、何よりも優先されます。
それに関連した話ですが……。 “ 敵の矢玉 ” から守られるのは、マイスターと副官だけです。同乗者は、 “ 解債条件 ” の不足等から対象外に、せざるを得ません」
「つまり……」
マリーは、自らを見据える南 少尉を見据え返して、口を開く。
「弾が当たれば、『普通に死亡する』と言うことです」
精霊の主は、この遣り取りを聞いて、身震いをした。旧帝国海軍の撃墜王が、先刻にも増して、明るい声で話し掛けて来る。
「心配するな! 俺のは、単なる “ 精神論 ” や “ 机上演習 ” じゃ無い! 精霊達の情報による “ 相手の実力 ” や “ その思考方法 ” をも考慮した上で、実戦に基づいた経験から構築した話だ!
しかも今回は、相手の思考を “ 時間差無しで逐次読取り(“ IAUCE ” の “ リアルタイム・スキャン(Real Time Scan) ” のこと) ” する。君の “ 精神負担 ” を考えて、此方で操作するが……。私の指示に従えば、相手の射撃と同時に回避することも可能だ!
……こんな訳で、上手くやれば誰も死なない!大丈夫だ!」
“ 九歳の少年 ” は、 “ 人格者でもある、旧帝国海軍の撃墜王 ” の確信に満ちた霊的波動に、心から安心出来た。
「うん!」
「では此処からは、時間が迫っているから……。この後の基本的な行動計画を、時間を追って、要点だけ説明するぞ……。
“ 管制 ” との通信は、基本的に此方で偽装するから心配しなくて良い。
それから……」
……精霊の主は、要約された南 少尉の説明を、全て理解した。最後に、旧帝国海軍の撃墜王は、文言を付け加える。
「……それと、敵が四機に対して、味方が三機であるので……。私も攻撃に参加する!」
「え?! どうやって?」
「相手に “ 手傷を負わせる ” だけだから、マルチプル・ハンドガンの “ 12.7mm機銃 ” を使えれば十分だ」
「“ 12.7mm ” って……。あっ、 “ half in(half in(12.7mm)有翼式高速射滑腔砲ユニット) ” のことか……」
「そういうこと。
勿論、 “ 徹甲炸裂焼夷弾(“ SAPHEI‐MPFS(Semi-Armor Piercing High Explosive Incendiary Multi-Purpose Fin-Stabilized Ammunition:翼安定付加、多目的準徹甲炸裂焼夷弾) ” のこと)を使わずに通常の “ 徹甲弾(“ AP‐FS(Armor-Piercing Fin-Stabilized Ammunition:翼安定徹甲弾) ” のこと) ” を使って、相手の生存率を上げるよ」
精霊の主は、僕の精霊長へ質問した。
「マリー。それで良い?」
「……今の所は、それで大丈夫でしょう。
サタン側との交渉も継続していますから、状況が変わるかもしれませんが……」
「じゃあ、そうしよう。マリー、良いね?」
「ダー。マイン・マイスター」
南 少尉が、凛とした声で宣言する。
「なお、 “ これ ” の使用は……。私、南 義美が独断で行うことだ。全ての責任は、私が負う! このことに関して、亮圭君には一切の責任が無い。以上、宣言する!」
……ここで時間を確認した筆頭精霊長が、突然、主へ進言した。
「取り敢えずは、ここまで! 脳を休める時間も必要です。少し御休み下さい」
一瞬の間の後、少年が肯いて口を開く。
「そう言うことなら……。後は、操縦席で、その都度……」
「ああ、そうしよう。私も少々迂闊だったな……。
休むことも、 “ 搭乗員(パイロット) ” には必要だ。今は、少しでも、ゆっくり休みなさい」
精霊の主は、撃墜王の言葉に、再び肯いた……。
……少年の目は、オホーツク2号の車内で感じた時と同じく、瞼の下から外の明るさを感じた。眼を開ける直前に、筆頭精霊長の思念が聞こえる。
[余り、冴子さんを怒らないで下さいね]
[え? 何で?]
そう思った精霊の主は、誰かに右の “ ほっぺた ” を突っ突かれた。
「……おい、亮太。一寸起きろ」
亮圭が目を開けると、隣に座って居たはずの樞卿一の顔が、左へ九十度横を向いて、 “ ド・アップ ” で在る!
「うわ!」
少年が、飛び起きた! 樞警視も、その衝撃に驚いて、眠い目を擦りつつ起きる。
……樞警視正が、黙って “ ウェットティシュ ” を差し出した。
「これで、顔の左側を拭きな……」
「顔の左側って……。!!」
手で顔を触ると、確かに左側の “ ほっぺた ” が、粘液質の物で濡れている……。
「……何これ?」
卿一が、済まなそうに言った。
「済まん! それは、冴子小母さんの涎だ」
「えっ! ……」
少年は、絶句した。腰を抜かして、ソファーに、へたり込む。
隣を見ると……。樞の小母さんは、赤い顔をして、ハンカチで口を拭っている。
[こんな所、サリーに見られたら、誤解されて大変なことに……]
マリーが、ヘッドセット越しに、話し掛けて来た。
『マイスター。御懸念には及びません。
幸来様は、状況が『双方にとって不可抗力である』ことをキチンと理解されています。『後で、冴子小母さんに、文句を言う』とは言っていましたけど……』
[なら、良いけど……]
精霊の主は、胸を撫で下ろした。
『もし気になるなら、後で何か願い事を聞いてあげたら如何ですか?』
[そうだね。そうしよう]
『では、そのように伝えておきます……』
……少年が、ウエットティッシュ三枚を使って顔を拭い終わると、冴子小母さんが手を合わせて来た。
「御免なさい! か……」
亮圭は、咄嗟に人差し指を冴子の口に当てる。
「小母さん!」
樞警視が、少年の一言で、その意味を悟った。冴子は、亮圭へ肯きを持って答える……。
精霊の主は、一瞬、強い視線を感じた! 直ぐ様、 “ 対人・対物アラーム ” を発動させると、該当人物をロック・オンする。彼は、黄色の “ 中立 ” であったが、暴力団関係者だった……。
[……あのガキ、まだ四時半前だと言うのに、 “ 艶っぽい話 ” だ。なかなかの “ マダム・キラー ” っぷりだったな……。大したもんだ……]
そのまま男は、ベンチの後ろの “ 曲がり階段 ” を下りて、視線の先へと消えて行った……。亮圭が、 “ IAUCE ” の質問に従い、ロック・オンを解除する……。
[……何で、そうなるの……]
精霊の主は、心の底から凹んだ……。
その時、亮圭は、あることを思い出す!
[そうだ、忘れてた! 修平君と連絡を取らないと! 丘珠空港へ着いた時に、連絡するはずだったのに……]
考えてみれば……。ADHDやASDに対する手当ては、作戦遂行を不可能にしかねない部分を除き、昨日の百里基地の出発を以って停止している。ここまで “ 注意欠如 ” の一部分である “ ど忘れ ” が出なかったのが不思議な位だ。だが、平時でも “ 何時も出る ” 訳では無く、思い出した頃に “ 出る ” ので始末が悪い!
……亮圭は、臍を噛んだ。でも、もう失敗を挽回する術が無い……。精霊の主は、一回、深呼吸した。そして、此処までの行程を頭の中で整理する。
……修平は、丘珠空港の “ 地上接客要員 ” をしている澤田夏美と十四時二十分に北海道○療大学駅の駐車場で落ち合い、最上警部補に擬態したダイアと一緒に車で丘珠空港へ直行している。……亮圭達は、修平達を見送った後、北海道○療大学駅を十四時三十分に発車する札幌行き電車に乗り、百合が原駅には十四時五十八分に到着し、そこからタクシーで丘珠空港へ到着した。修平には、マリーからの報告を元に『自分達が見る情報の全てを見ておいて欲しい』とダイアを通した形で依頼した以外、まだ連絡を取ってはいない。
しかも……。
[あっちでも、こっちでも、大事に成っている……]
ターミナルビルの中は、ヤクザで溢れ返っていた。出発ロビーは言うまでも無く、レストランの店内へも休憩や食事をしていると思しき組員が頻繁に出入りしている。但し “ IAUCE ” の “ 対人・対物アラーム ” の反応は、黄色の “ 中立 ” が大部分で、僅かに橙色の “ 注意 ” が出る程度……。『心配は、余りない』と思えた。
精霊の主は、もう一度仮眠をしている振りをする。そして、 “ 念話 ” の回路を開いて、修平へ思念で呼び掛けた。
[修ちゃん、遅くなってゴメン! 今、何所に居る?]
直ぐに、左耳の “ IAUCE ” ヘッドセットから、修平の声が聞こえて来る。
『今、飛行機が入る建物の中の飛行機の内に居るよ。整備の小父さん達の話だと、『こっちが定期便になる』って言ってた。席は、一番後ろの “ 12C ” 』
[本当にゴメン! 悪気が……]
『大丈夫! 分かっているよ。ダイアから聞いていたから……。
到着して居たのも知っていた……。そうじゃなかったら、最初から怒鳴っていたさ』
亮圭は、胸を撫で下ろした。
『……でも、こんなことが何度も起こると、拙いよな……』
[……注意するよ……]
精霊の主が、いきなり話題を変えた。
[ルリー達の話は、聞けた?]
その口調は、一般の感覚からは信じられない豹変ぶりで、先の失敗を反省しているのか疑わせる程のものだった。修平も、ダイアからASDの “ 障害特性 ” に関する理論と “ 感覚的な疑似体験のレクチャー ” を受けていなかったら、腹を立てていただろう……。
亮圭そっくりの少年は、出来るだけ普通に応じた。
『それは、バッチリ……。でも、まさか、そんなことに成ってるなんて、考えてもみなかった』
[同感……。
でも、マリーに指示して、ヤクザや百里基地の様子を全部見ておいて、良かったのかなぁ?]
『ダイアが、こうも言っていた。『マイスターの “ 何にでも首を突っ込んで背負いこむ、完璧主義 ” は、良い面も悪い面も、両方ある』って……』
[まあね……]
亮圭にも、それには少し自覚が有る。でも、それを押し止めることが本能的に無理なのだ。
[でも、どっちも……。このままでは、ダメだね……]
『俺も、そう思う。何か、治す手が有るの?』
[それは、作戦が全部終わったら話すよ。今、ここで考えたら、マリーと喧嘩に成りそうだから……]
『じゃあ、今は聴かない』
[有難う……]
『……ああ、そうだ。これを聞いて置かないと……』
修平が、改まって質問して来た。
『先刻、 “ 亮ちゃん ” が夢の中で、霊人と話していたこと……。俺も、 “ IAUCE ” で見ていた』
[うん。マリーに『今の僕の考えは、皆にも伝えて置いて!』って言ったからね……]
『それで、一つだけ聞きたい。この空戦、どうしても、やる気?』
[もちろん!]
精霊の主の返答は、明確だった。副官の少年が、はっきりとした声で答える。
『……分かった。じゃあ、俺も手伝う! 操縦法、教えて!』
そこへ、亮圭と夢の中で話した南 少尉が、話し掛けて来た。
『おーい、亮圭君。竹脇君とも、話をする必要があるようだ。音声を繋いでくれないか?』
[……分かりました。マリー、御願い]
『ダー。マイン・マイスター……』
……三人は、挨拶もソコソコに、この後の “ 作戦 ” の手順を打ち合わせた。
『……では二人共、手筈は、理解したな?』
『はい』
[はい……。
……ダイアも聞いていたよね?]
その呼び掛けに、意の大精霊が即答して来る。
『ダー。マイン・マイスター』
[では、 “ 喧嘩 ” は、任せるよ。良い?]
『勿論です。御任せ下さい……』
作戦の懸案は、まだ有る。当然、飛行機の操縦は、経験者である亮圭が “ 左の機長席 ” で操縦を、修平が “ 右の副操縦士席 ” でエンジン回り等の担当をするのだが……。完全なド素人の修平には、南 少尉が予め “ レクチャー(Lecture:詳細な説明会) ” をして於く必要があった。
『……さて、修平君。君には、操縦席周りの機械類の説明から始めないと成らない……』
『はい……』
…… “ 搭乗案内の場内放送 ” が流れた。大人二人が立ち上がって、移動の準備を始める。精霊の主は、既に御互いに話しを始めていた “ 自らの分身のような少年 ” と “ 旧帝国海軍の撃墜王 ” へ、声を掛けた。
[ゴメン、修ちゃん! 南 少尉!
今、放送が有った。もう、搭乗の検査が、始まっているみたい]
『じゃあ、機内で待ってる。その間に、南 少尉から飛行機の操作方法とかを、聞いて於くよ』
『後でな!』
[うん!]
亮圭は、徐に起き上がる。その眼に宿る決意に気付くヤクザは、一人も居なかった……。
------- 更新履歴 -------
2016.10.29 初版公開 (Ver 1-01.00)
2016.12.21 時間軸修正の為にエピソードの挿入と前後の修正、文章量増大に伴い第九章へ送られる部分を先行公開として残す[第九章の正式公開時に消去予定]版公開 (Ver 1-02.00)
2017.03.11 第九章の先行公開分を消去、第九章の先行公開分を含めて設定追加と加筆、及び階級等の間違いと誤字脱字とルビ、等々の修正版公開 (Ver 1-03.00)
2017.08.28 読み易くする為の修正、一部加筆、誤字脱字、ルビ修正版公開 (Ver 1-04.00)
2018.08.16 一部設定の修正版公開 (Ver 1-05.00)
------- 参考資料 -------
・フォネティックコード
0 ゼロ
1 ワン
2 トゥー
3 トゥリー
4 フォウア
5 ファイフ
6 シックス
7 セブン
8 エイト
9 ナイナー
A アルファー
B ブラボー
C チャーリー
D デルタ
E エコー
F フォックストロット
G ゴルフ
H ホテル
I インディアナ
J ジュリエット
K キロ
L リマ
M マイク
N ノベンバー
O オスカー
P パパ
Q ケバック
R ロメオ
S シエラ
T タンゴ
U ユニフォーム
V ビクター
W ウイスキー
X エックスレイ
Y ヤンキー
Z ズール




