第二幕 帰還の物語 第六章 竹脇修平のことわり……
------ 第二幕、第六章 ------ 竹脇修平のことわり…… ------
亮圭が新十津川駅の待合室で “ 捕り物 ” を見ていた時から、遡ること約八時間前……。 “ 旭川 ” の町中を、一台のタクシーが、北へ向かって走っていた。
道端の男が、タクシーを拾おうと、手を上げる。だが、直ぐに手を引っ込めた。そのタクシーの表示には “ 賃走 ” の二文字が書いてある。
「なんだ……乗っている車か……。……あれ、ずいぶん乗っているな?」
運転手が、済まなそうに手を上げた。こちらも釣られて、手を振る。
「まあ……仕方ないか。なんか、病気持ちが乗っているようだし……」
数分の後に、同じ会社のタクシーが来た。
男は、それもあって……。先のタクシーを、それ以上、気に掛けることは無かった……。
「……そうだ。神楽14条5丁目の交差点を超えた、富良野国道の北行きで、一人客待ちしている。向かわせてくれ……」
『……了解……』
運転手の “ 寺田 忠志 ” は、無線を置くと、助手席の男の子に話し掛けた。
「……頼まれた車椅子は、後ろのトランクに有る。死んだ、俺の祖母ちゃんのだ。向こうで、兄に渡してくれれば良い。気にせずに使え……」
「有難う小父さん。これで、 “ 兄ちゃん ” も必ず連れて行ける……」
後ろには、中学生の少年と、小学生と幼稚園児の姉妹が乗っている。パジャマの少年は、酷く衰弱していて、自力では歩けない。
運転手が、一言、一言、ぼつぼつと話し続ける。
「“ 修平 ” ……。右も左も分からない御前が、初めて旭川に来た時に、 “ 旭川駅 ” から、あの家まで乗せて行ったのは、俺だったな……。……だから、これも縁だ……」
「……うん……」
「……御前が、あの家の前で受けた仕打ちを見てから、『ひょっとして……』とも考えて、兄とも相談していたが……。
あれから半年後。駆け込みの為に、旭川駅まで送ることに、なるとはな……」
「……うん……」
後席の少年が、前席の二人に話し掛けて来た。
「御免なさい……。僕が、もっと……。しっかりしていれば……」
運転手が、少年を制する。
「“ 健介 ” 君! 何、言っているんだ! 君が悪い訳、無いだろう!
君だって、明らかに、栄養失調だ! それに修平ばかりか、妹達までガリガリじゃないか……。
……学校にも、行ってないんだろう?
親が、『役目を、果たしていない』証拠だ! 君達が、 “ 札幌西部児童相談所 ” に逃げ込んだって、誰も文句は言えない!」
「小父さん……」
「大丈夫だ! 君の弟分は、けっこう切れる男だ。そうだろう?
この計画を考えたのも、この修平なんだ! 大したもん、じゃないか……」
ここで運転手の声のトーンは、ハッキリ分かるほど落ちた。
「……それにしても “ 南旭川児童相談所 ” が、当てにならないとはな……」
修平が、吐き捨てるように言う。
「善人に化けた、 “ 暴力団 ” の小母さん、一人のせいだよ!」
善良な大人は、居た堪れない気持ちに成る。
「……すまん……。
俺は、 “ 北旭川児童相談所 ” の協力員だ。だから、隣の児童相談所への越権行為に “ 暴力団絡み ” とあっては、ココまでだ……。だが、五時十八分発の “ スーパーカムイ2号 ” には、きっちり乗せてやる。健介君、心配するな!」
「有難う……。……ございます……」
修平は、後ろを振り向き、健介と目を合わせて笑った。
「“ 健 ” 兄ちゃん、心配しなくて大丈夫だよ。小父さんと二人で、きっちり練り上げた計画だから。
もう、切符の予約も出来ているんだ!
それに、昨日も言ったけど、小父さんの御兄さんが、 “ 札幌児童福祉事務所、西地区センター ” にある児童相談所で働いているんだって。 “ 寺田 斉志 ” って名前で、札幌の隣の “ 桑園 ” の駅まで、車で迎えに来てくれるんだ」
最年長の少年は微笑んだ。だが、肯きに力は無い……。
タクシーは、それから程無く、旭川駅の南口に着いた……。
……寺田運転手は、駅の “ タクシー寄せ ” の隅に車を停めた。次に、後ろのトランクから使い古しの車椅子を出して、健介を座らせる。そしてジャンバーを着せながら、こう言った。
「御嬢ちゃん達も、厚着した方が良いぞ。 “ 智慧 ” ちゃん、ここに来て……」
「じゃあ “ 美咲 ” は、これを着て」
年長の少女が、リーダー格の少年から手渡されたトレーナーを、黙って着始める。
修平は、運転手が年下の智慧に一枚余計に着せる間に、リュックサックから封筒を取り出して美咲の前に立った。
「美咲、良く聞いて。
この金は、元々、君の家の金だ。だから、今回の全交通費と今から使う分を除いて、四人で同じ金額に分けた内の三人分を君に渡す。十二万円づつ小さい封筒に入れて、それが三人分入っていて、全部で三十六万円ある」
修平と同じ年の少女は、黙って封筒を受け取った。運転手が、見咎めたように急かす。
「金勘定は後だ! ここでは目立つ……。
……行くぞ! 付いて来な!」
四人は、寺田運転手の先導で南口から入る。そして、真っ直ぐに北口中央の “ みどりの窓口 ” を目指す。少年の車椅子は、運転手が押してくれた。
みどりの窓口での事務も、大人が一人いることで、スムーズに済んだ。支払いを修平がしたことも、不審には思われなかったようだ。
寺田運転手は、西改札口に移動しながら、修平に質問した。
「随分、持っていたな……。その金、どうしたんだ?」
修平は、自分の背負っているリュックサックを指さした。
「昨日、彼奴等が家を出る時に……。このリュックごと、くすねた!
『親戚の所に行く』とか言っていたから……。多分、彼奴等の軍資金なんじゃないかと思う。
『……夜通し走る』って言っているのを聞いたから、まだ気が付いてないんじゃない?
……こんなにあるなら、『飯を食わせてくれ』ってんだよ!」
タクシー運転手は、苦笑いした。
「良くやるよ……。
……その金は、役所と警察に巻き上げられなかったら、 “ 迷惑料 ” として受け取っておけ」
寺田運転手と修平が笑うと、後の三人も自然と表情が緩んだ……。
…… “ 大竹 健介 ” の乗る車椅子は、西改札口前で、タクシー運転手の “ 寺田 忠志 ” から “ 脱出チーム ” リーダーの “ 竹脇 修平 ” へ引き渡された。
「俺は、ここまでだ。
列車は……。今日は、3番線から出る。
……じゅあな。幸運を祈る!」
「うん!
あっそうだ。これ、小父さんの取り分」
寺田運転手は、修平から差し出された五枚の “ 福沢 諭吉 ” を、子供の手ごと自分の両手で包み込む。
「出発の時の、 “ 樋口 一葉 ” 一枚で十分だ」
「え!? ……あれは、僕達の朝飯代……」
「良いんだ! 残りは餞別だ。金は、大事にしろ。この後、何が起こるか分からんぞ!」
「小父さん……」
美咲が、壁の時計を指差して、声を上げる。
「あと、十分チョットしかないよ!」
タクシー運転手は、修平に気合を入れるように、急かした!
「もう行け! 車椅子が一緒だから、ホームまでの道と乗車時には、駅員が介助する!
良いか、後ろは見るな! 前と横だけ、見て行くんだ!」
「うん! 有難う! 小父さん!」
寺田 忠志は、直ぐに踵を返すと、通路の先へと消えて行った……。
改札口の駅員一名が、車椅子を押しながら、修平達を先導する。それでも、車内に入れたのは、出発の二分前だった。席は、四号車の “ 1A ” “ 2A ” “ 1B ” “ 2B ” だったので、壁と席の間に畳んだ車椅子を仕舞える。
「御前たちは、窓側に座ったら良いよ。俺は、 “ 健 ” 兄ちゃんと通路側に座るから」
「はーい」
歳下の女の子が、嬉しそうに答える。
修平が、兄貴分の少年を、車椅子から席に座らせる。それと同時に、列車は走り始めた。窓側に座った女の子二人は、流れる景色に、かぶり付いている……。
[……あっ!? これって……]
リーダーの少年は、リュックサックから寺田運転手に前もって買っておいてもらったコンビニの袋を取り出すと、中に入っている御粥のパックに、特大の付箋紙が二枚貼ってあることに気が付いた。それには、こう書かれている……。
・健介君に食べさせる前に、お前の懐の中で使い捨てカイロを使い、
暖めておくこと。
カイロを片側だけに入れても、パックを開けないで揉めば、
中で混ざって均一な温かさになる。あまり暑くし過ぎないように注意。
・暖め終わったら、袋に一緒に入れてある介護用スプーンで、
一回にスプーンの二分の一以下づつ、すくって食べさせること。
・相手が食べたのを確認して、次を食べさせること。
・時間を掛けて、ゆっくり食べさせること。
・一回に、パック二分の一以上を食べさせないように注意。
[……おじさん、今日の朝に会う前から、知っていたんだ……。兄ちゃんの、状態を……]
九歳の少年は、御粥のパックと使い捨てカイロを一緒に懐へ入れて席に着くと、泣くまいと下を向いく。でも涙は、静かに止めどなく、頬を伝って行った……。
「“ 修ちゃん ” 、どうしたの?」
“ 健、兄ちゃん ” の問いに、弟分はポツリと答える。
「……大人って、悪人も善人も居るんだなって……」
「そうだね……」
それ以上、二人の会話は続かなかった……。
御粥の準備が出来ると、四人で食事にした。食べ物は、 “ おにぎり ” と各種の “ パン ” を中心に、食べ切れない程ある……。
……健介も、御粥を口にすると、幾分元気になって来たようだ。それが弟分には、とても嬉しかった……。
[兄ちゃん、何時も俺達に、自分の分を分けていたもんなぁ。もう、そんなことをしなくても良いんだ。……良かった……本当に……]
……その両目は、すっかり赤くなってしまった。智慧が覗き込んで来る。
「お兄ちゃん、目、赤いよ……」
「何でもないよ。平気、平気……」
「修平君……」
修平は、寡黙な美咲に、不意に話し掛けられてドキリとする。
「な、何?」
「……ううん、何でもない……。……向こうに着いたら話す……」
「……うん……」
少女の、その言葉の意味するところが、少年には、どうにも分からない……。
……やがて修平と健介は、札幌までの残り四十分程をウツラウツラと微睡みながら過ごす……。桑園までの旅は、札幌駅の乗り換えが少し面倒だったが、とても快適だった……。
待ち合わせ場所の桑園駅西改札口へ、七時前に着く。すると、 “ 旭川のタクシー運転手 ” に良く似た男から、声を掛けられた。
「君が、 “ 竹脇 修平 ” 君? それと、 “ 大竹 健介 ” 君に “ 美咲 ” さんと “ 智慧 ” ちゃん?」
修平が、代表して答える。
「はい、そうです。小父さんは?」
「旭川でタクシー運転手やっている “ 寺田 忠志 ” の兄、 “ 寺田 斉志 ” だ。君達のことは、あいつから良く聞いている……」
四人の表情が、一気に明るくなった。彼は、言葉を続ける。
「……立ち話もなんだ……。センターの方で、ゆっくり話そう。
車寄せに、車椅子を乗せられるワゴン車を用意している。付いて来てくれ。こっちだ……」
……六分程で、目的地の “ 札幌児童福祉事務所、西地区センター ” へ到着した。
修平達は、三階の部屋へ通される。中は、一部が畳六畳程の小上りになっていて、既に敷き布団が四枚敷いてあった。
「じゃあ……。朝も早かったろうから、少し寝なさい。
午後になったら、 “ ソーシャル・ワーカー ” さんと話を聞きに来るから……」
「有難う御座います」
「じゃあ、ゆっくり……」
寺田忠志は、四人に優しい目線を回すと、部屋を出て行った……。
早速、健介と智慧が布団へ上がり、横になった。釣られて、美咲も横になる。修平が布団の横に積まれた毛布を各々(おのおの )に掛けてやると、直ぐに静かな寝息が聞こえて来た。
[俺も、寝よっか……]
少年は、リーダーの大任も終わった安堵感に満足しながら、三人の横で眠りに着く……
「……修平さん。竹脇 修平さん。起きて頂けますか?」
その声と共に、お腹を揺らされている……
「え! 誰!」
少年が吃驚して飛び起きると、自分が寝ていた布団が有るだけで、周りには何も無かった。
「ここ、どこ?
……ってアンタ誰?」
「ここは貴方の夢の中です。修平さん」
自分より年上の少女が、左隣に座って居る。少しカールした透明感のある白銀色の髪は、この世のモノとは思えない……。修平は、少し後ろへ引いた。
「もぉ! そんなに引かなくて良いでしょう! ひょっとして、一寸、臆病さん?」
修平の心は、恐怖と怒りでゴチャゴチャになる。
「臆病って……。こんなん、普通じゃない!
周りには、何もないし! アンタ、人間に見えないし!
……あれ?! 健 “ 兄ちゃん ” 達はどこへ行ったぁ?!」
少女は、困った顔をして言った。
「先刻も言ったとおり、ここは貴方の夢の中です」
「夢の中ぁ?!」
「ええ、そうです。今、貴方は寝ています。私は、貴方の脳に直接呼び掛けているのです」
「そんなことが……」
相手は、修平の話を遮って言う。
「出来るんです! 私共のテクノロジーを持ってすれは!
……それに貴方は、それと無く、私の声を何度も聞いて居るはずでしょう?」
[そう言われてみれば……
今回の逃亡計画を作っている時に、寺田の小父さんと話している時に出て来た細かいアイデアは……]
少年の表情に、少女は肯いて言葉を続ける。
「そうです。今回と同じ方法で “ 声掛け ” をしました。貴方は、このことについて、とても感受性が良いのですよ。起きて居たので、 “ 思念 ” としては認識しなかったのね……。
あっと……。申し遅れました。私は、意の精霊長エリーの副官を拝命している大精霊の “ ダイア ” と申します」
修平が、言葉尻を捕らえる。
「意の精霊長って……。天使長の間違いじゃあ……」
復も、相手が修平の話を遮った。
「ありません! 天使は男! 精霊は女! ……貴方も何処かで聞いたことが有るはずですけど?」
[……言われてみれば……。昔、親父が生きていた時に、そんな話をしていた……]
意の大精霊が、少年の顔を覗き込む。
「……思い出したようですね」
「……ああ。親父が、そんなこと言ってたかもな……。
……それで、俺に何の用?」
大精霊は、胡坐をかいた少年の前に正座をすると、真顔で話し始めた。
「直ちに、ここを出て下さい。このままでは、貴方の命が無くなります」
「え?! ……それって?」
「『殺される』ってことです! 相手方の包囲網が内外共に二十分少しで完成するでしょうから、その前に建物の外へ出て!」
「ここは、安全じゃあ……」
「ないです! 寺田さんの御兄さんは、味方になるでしょうが、『少数の内部犯が薬殺を実行する』とは考えてもいません! それに、建物の外に包囲網を構築された後では、建物から気付かれずに出るのが大変困難に成ります!」
「それじゃあ、どうやって “ 兄ちゃん ” 達を連れて行けば……」
「彼等の安全を確保するには、『貴方が持って来たリュックサックを、この場から持ち出す』ことだけでOKです。それが出来のは、貴方だけです!
……美咲ちゃんに代わってもらって彼女を犠牲にしたり、自分だけ逃げ出して生き残りたくはないでしょう?」
修平は、キレた。
「当たり前だ! 女や子供を守らないで、何が男だ!」
ダイアが、ニコッと笑う。
「そうです! その意気! 流石は男の子!
では、直ぐに行動に移って下さい! 詳しいことは、後でヘッドセットから御話します。早ければ早いほど良いから、とにかく急いで!起きたら、テーブルの上の物を左耳に……」
「……分かった……」
いきなり、横に寝ている健介の顔が、目に飛び込んでくる!
「えっ!」
修平は、いきなりのシーン・チェンジに、驚いて飛び起きた。……三人は修平の物音に気付かず、まだ寝ているようだ。壁を見ると、時計は七時十九分を指している……。
[……五分も寝ていなかったんだ……]
ふと横のテーブルに視線を移すと、先刻までは無かった物がメモと一緒に置いてある。メモの文面を読むと……。
ヘッドセットです。左耳に付けて下さい。
付け方は、下の図を見てね(^o^ )
[『これを、付けろ』ってか……]
寝惚け眼のまま、それを説明図のとおりに左耳へ着けると……
『……聞こえますか?! 修平さん、聞こえますか?! 聞こえたら返事を!』
聞き覚えがある、その声の剣幕に……。一瞬、腰が抜けそうになる。
「大きい声を出さなくても、聞こえてるよ!」
『付けてくれて良かった……。
では、荷物を持って直ぐに出発しますよ! 協力者がいることを悟られない為に、手に持っているメモもポケットへ入れて下さいな。
まず、廊下に出たら左へ! 急い……』
ダイアの話が終わらない内に、修平に声を掛ける者が居た。
「……修平君……」
「えっ?」
美咲が体を起こして、こちらを見ている……。
「行っちゃうの?」
修平は、バツの悪そうな顔をした。
「……ああ。
俺は、『知り合いの居る “ 横浜 ” へ行って、そこの “ 児相 ” に保護してもらう』って話してたろう。多分、生まれ育った向こうの方が、居心地良いと思うし……。
それに情報によると、彼奴等の関係者が、このリュックを狙っているらしい。『一刻も早く、皆から離さなきゃならない』って言われた。行きがけに目立つ場所にでも捨てて行くよ……」
「……でも、そんなこと、寺田さんに頼めば良いんじゃない……。……もう少し一緒に居よう……。
……私、アンタに言わなきゃならないことが……。……あんな、ひどいこと言って、ごめんなさい……。……私、アンタのこと……」
美咲のタドタドしい会話に、ダイアが被って叫んで来る!
『時間が有りません! 一刻も早く、会話をまとめて下さい!
ここからは予定を変更し、扉を出たら右へ行って! そうしたら、左の階段を降ります!
“ 暗殺者 ” の女性は、ここの様子に気付かず、左の給湯室へと入りました。二分以内に部屋を出て下さい! 今回出される御茶には毒が入っていることを、女の子にも教えてあげて!』
少年は、少女に優しく話し掛けた。
「……美咲。それだけで十分だよ。
あと、守ってもらいたいことが有るから、良く聞いて!
俺が出た後に、女が御茶を持ってくる。それは絶対に飲んじゃだめだ。毒が入っている。
リュックは、『修平が持って行った』と言うんだ。中身を聞かれても、元々知らないんだから、『知らない』と答えておけば良い。
それと、『出来れば』で良いけど、俺に協力者がいることは黙っていて……。
……じゃあ、時間が無いから、これで!」
修平が踵を返そうとすると、美咲が泣きながら言った……。
「また、会える?」
少年に核心は無かった。だが、首を縦に振る。
「……元気でね……」
「ああ。美咲も元気で。横の二人にもよろしく……」
少年は、部屋を出ると右へ走り、左の階段を下りる。ダイアが話し掛けて来た。
『まずは、 “ 暗殺者 ” に気付かれずに済みました。
そのまま階段を一階まで行って右へ行き、右側二つ目の部屋へ入って下さい。部屋は、今は使われていませんし、窓ガラスが二枚交換中です。丁度、交換業者が全員、その場を離れています。このワンチャンスに、その窓から北側駐車場へと出て下さい。そこ以外は、内側から施錠されていたり守衛が立って居て、大人に見られずには出られません』
「分かった」
修平が地面から1m40cmの窓枠から駐車場へ飛び降りると、次の指示が有った。
『出たら道を左側へ走って行くと、直ぐに公園が在ります。入ったら左方向へ突っ切って出口から出て、駐車場を斜めに突っ切って左へ、真っ直ぐに続く道を行きます』
「分かった!」
……細い道を行くと、広い道へ出た。ダイアの指示が有る。
『……目の前の横断歩道を渡って、そのまま続く道を真っ直ぐに行って下さい』
やがて、道は再び広い道へと出た。此処で、また指示が有る。
『……此処からは、歩いて呼吸を整えて下さい。
この道を左へと行って下さい。次の大きな交差点を左へ曲がると、直ぐに “ 札幌市営地下鉄、東西線 ” の “ 西28丁目駅 ” の “ 1番出入口 ” が在ります。地下に潜って、券売機の前まで行って下さい』
……修平は、“札幌児童福祉事務所、西地区センター”の窓を飛び下りてから七分程で、地下鉄の券売機の前へ到着した。着いた途端、修平が喋る間も無く、ダイアが次の指示を出して来た。
『横に “ 車いす用トイレ ” が在るでしょう? 中に入って、着替えて下さい』
「“ 着替え ” って、一枚しか無いぜ」
『あなたのリュックの中に、健介君の物も一組有るでしょう? 有り難く、使わせてもらいましょう! 着替えただけでも、発見率は一気に下がります!』
「分かった……」
修平は、トイレに入ると扉を閉める……。
[これで誰も15分間は入って来れない。……ただの気休めだけど……]
『そうですね。気休めですね……。出口を塞がれたら、御仕舞ですよ!』
「ああ、まったくな……。て、何で俺の考えたことが分かった!!」
ダイアが、あっけらかんと答える。
『夢で会話出来たでしょう? 当然、今も同じですよ。
難しく言うと、『言語を使って思考すれば、声を出したのと同じ状態になる』ってことなんですよ。注意して下さいね』
「うそだろ……」
『慣れれば、何てことは無いですよ。コツみたいなモノが有って、……。
おっと、今は、そんなことを話している場合じゃない! 死にたくなかったら、上のシャツとウインドブレーカーを取り換えて、帽子を被って! 券売機の操作も有るから、二分三十秒以内で!! 早く!!!』
[……今は、従っておいた方が良いか……]
ヘッドセット越しでも、ダイアが笑っているのが分かる。
『だから……。思考を文章にしないようにすれば良いんです。
ただ、先刻の考えは、最も良い答えですよ』
少年は、ただゲンナリした……。大精霊が言葉を続ける。
『……そのやり方で良いんです。今のは読み取れなかったですよ……。
……うわ! 二分を切ったぁ! このままじゃあ、殺されるぅ!』
「……急かさなくても、やるよ……」
修平は、一分五十秒で支度すると、券売機の前へと出て来た。ダイアが指示を出す。
『券売機では、ICカードの “ SAPIC○(サピカ) ” を買って下さい。値段は、¥2,000‐です。手続き無しには “ 大人用 ” しか買えませんので、 “ 子供用 ” は諦めて!
自動改札機の使い方は、横浜で使っていた “ Suic○(スイカ) ” や “ PASM○(パスモ) ” と同じです。
…… “ 新さっぽろ ” 方面の電車に乗ります。改札を入った目の前のホームです』
「はいはい……」
言われたものを買うと、電車がホームへ入って来るのが見えた。少年は慌てて改札を通り、車内へ飛び込む。それと同時に、ドアが閉まって……。
「……どうだ、アメジスト? 今の状況は?」
留守居役の大精霊は、この言葉だけで、全ての合点が行った。何故ならば、この場に居る人物の中で、この件を知るのは精霊の主の父親である河村 政志だけだ。
問われた大精霊は、人目を避けて、綿織スポーツ店の隅へと主人の父親を誘う。 “ 彼女の身 ” にとっては、 “ 意の精霊長 ” を通して非常時の行動の指示を受けていたから、既定の行動だ。アメジストは、深く首を垂れると、 “ マイスター・ファーター ” の質問に答え始めた。
「……戻った伝令の報告によると、マイスターは御無事です。ラピスラズリを中心として制圧戦闘を開始していますので、もう大丈夫です」
「やれやれか……。ひやっとしたよ……」
「御心労を御掛けしまして、申し訳ありませんでした……」
「さて、こっちの件は乗り越えられたとして……。そこでだ……」
精霊の主の父親、政志が徐に話題を変えた。
「食事の前に聞いたエリーの話……。例の “ 竹脇 ” 君の話だが……。今、如何している?」
「……興味が御有りですか?」
「……もう全部、知っているんだろう? 俺の記憶が正しければ、彼の父親と母親は……」
アメジストが肯く。
「はい。ファーターの御考えのとおりです。あの会場で亡くなられた五人の内の二人が、竹脇 修平さんの御両親でした。警備担当として……」
アメジストの発言に、政志の言葉が重なる。
「……俺達の展開する時間を作るために、分裂派の盾と成って……。結果、撲殺された……。
俺は、その “ 犠牲 ” を生かせなかった……」
「それは、仕方が有りません! 本来ならば、余裕で “ 停電作業 ” が間に合って、教会の崩壊を食い止められたのです!
……別の言い方をすれば、あの方達の “ 犠牲 ” が『サタン側の決定的なミスを誘発した』とも言えます」
「そのとおりだ!
だからこそ、俺は『竹脇さん達の息子の将来に、力を添える責務が道義的にも有る』と考える! 違うか?」
大精霊は、当惑した表情を隠さずに言った。
「……ファーター。何も、そこまで考えられずとも……」
……そこへ大人が三人、声を掛けて来た。
「あなた! そんな大声で話していたら、ヒソヒソ話には成らないわよ!」
「…… “ 母さん ” !
スティングレーさん達も……」
「やれやれ……。先刻、ファーストネームか “ あだ名 ” で呼び合うことを決めたばかりですよ。政志 “ 兄さん ” 」
「そうですよ。ここまで来て、内緒話は無しです」
「愛実さん……
……どこまで聞こえちゃいました?」
その質問には、妻が答えた!
「全部よ!
亮圭が危なかったんですって? だから、言わんことじゃない! 子供達四人の内、一人にでも『何かあったら、半殺しじゃ済まない』と思いなさい!」
「……全部、俺のせいか?」
「そうよ! 幸来ちゃんや健斗君に何かあっても、全部アナタのせい! それで全て丸く収まるのよ!
……今までのことを考えれば、アナタの罪の重さは、分かっているわよねぇ……」
「まあまあ……。京花 “ お姉さん ” 、押さえて押さえて……」
アーサー・スティングレーは、亮圭の母親を宥める自分の妻を横目に、義理の息子の父親へ囁く。
「……やっばり、そう成りましたねぇ……。
……奥さんの意向を無視して『百里で話を纏めてくれた』ことに、今と成っては感謝しています。ただ、ここは『仕方ない』と諦めてもらうしか……」
「アーサー。 “ 情報戦 ” で、何とか……」
「無理、無理……」
精霊の主の父親は、苦笑いして項垂れるしかない……。とは言え、娘の義父のピンチに何もしないアーサーでも無かった。
「ところで、 “ 竹脇 修平 ” 君の話ですが……」
「そうそう。その話、なんだが……」
「……それで? あなたは、どうする心算なの?」
妻の京花に凄まれて、流石の政志も後ろに半歩引く……。
「『彼が困っている』のなら、助けてあげたいと思うんだが……」
「なら、 “ 里子 ” として引き取るのね? あなたが『家事と子育てを、今以上に手伝う』なら認めてあげるわよ!」
この発言には、亭主の方が腰を抜かす。
「えっ……。何も、そこまでとは……」
「当然分かっていると思うけど、犬や猫の世話をするんじゃ無いのよ! そこまでの覚悟が無いなら、手を出すのは無責任! 私が言いたいのは、それだけ! ふん!!」
そのまま京花は、部屋の方へ、ドスドスと足音を響かせながら引っ込んで行った!
「……いやはや……。100tハンマーの直撃で済むかと思ったら、100t爆弾の直撃を食った気分だな……」
「これが、TNT火薬100t相当?」
政志は、アーサーの問いに笑って返答する。
「警備業の俺にとっては……。子供が二人から三人になるのは、経済的に壊滅するかもしれない……」
「成る程……。
まぁ……。その節は、出来る範囲で応援させてもらいます。但し、『ことが全て成就した後』に……」
アメジストも言葉を添える。
「……余程、特別なイベントでも考えなければ……。河村家の “ エンゲル係数 ” は、実質ゼロに成っていることも、どうぞ御忘れなく」
河村家の家長が、安堵の表情を浮かべた。
「……その節は、皆、よろしく……」
ここで、愛実が呆れた表情で口を開く。
「将来のことより、目の前のことじゃないの? 政志さん」
「……そうでした!」
「じゃあ……。私は、 “ お姉さん ” と御茶でも飲んでいるわ。後は、男二人で何とかして下さいな」
「……はい……」
アーサーの妻は、政志の妻の許へと赴く。その場に残された男二人と一身は、竹脇対策の検討に入った。短い協議の、その結果……
……電車は、西28丁目駅を、定刻の午前七時三十七分に発車した。
『ここまでは上手く行っています。追跡者を振り切れました。次に乗り換えるのは、 “ 大通駅 ” です。ホーム先頭側のエレベーターに乗りますから、先頭車両へ移動して下さい』
[分かった]
『……慣れが早いですね。そうやって思念を文章化することで、口元を動かすこと無く、私と意思疎通が出来ます。この調子で行きますよ!』
[はい、はい]
『『はい』は一回で良いです』
[はーい]
『もお……。素直じゃないなぁ……。女の子を邪険にすると、どうなるか……。後で思い知らせてやるんだからぁ!
……折角、『思念での会話が上手ですね』って、褒めてあげようと思ったのに……』
[ちぇっ……]
『……それはそうと、先頭への移動には途中駅のホームを使っても良いですよ。但し、貴方は慣れていないので、ドア二つ分が限界です。乗り遅れないように注意してね』
[はーい、だ!]
憎まれ口を叩きながらも……。修平は、指示されたとおりに、電車の先頭車両へ移動する。車内の移動はもちろん、途中の駅ごとにホームへ降りて移動を繰り返し、大通駅までには先頭車両の一番後ろまで到達する。電車は、定刻の七時四十四分に到着した。
『降りると、すぐ傍にエレベーターがあります。それに乗って一番上へ行きます。エレベーターを出たら改札を出て、そこにある “ 車いす用トイレ ” に入って下さい。そこで、ある人達と会います』
[協力者の人?]
『そんなところです』
[分かった]
修平が、言われたとおりの順路をたどって “ 車いす用トイレ ” に入ると……。いきなり “ ダイア ” が実体として現れた!
「うわ! お化……」
ダイアが慌てて修平の口を塞ぐ!
「大声、出しちゃダメです。周りに気付かれたら、どうするの?!」
「う、うん……。分かった、よ……」
少年が、ようやく心を落ち着ける。それを確認して、大精霊が口を開いた。
「今、私は “ EAUS‐Type-STWM ” 、別の言い方で『実体を持たないものが実体世界で活動するためのアイテム』を使って貴方の前に立っています」
「そんな物が在るんだ……」
「ええ。ただ、これは本当に特別な許可の許にしか、使用が認められていません……。
……それに私が突然、実体として現れた理由も、また然りです。 “ HiDeCE ” と言う物を使用しました。ほぼ全ての感知システムから、物質を意のままに隠せます……」
修平には、直ぐに疑問が湧く。
「だったら、最初から俺を隠せば良かったんじゃないの?」
「そうも行かないんですよ。これ等は全て、現代のテクノロジーを遥かに超える物です。今回の貴方には、サタンに渡すべき何の “ 解債条件 ” も無しに、使うことが出来ません」
少年が、ある言葉に反応した。
「今、 “ 解債条件 ” なんて言葉を使ったよね……」
「……はい」
「それって、 “ 統合宗教連合世界化教会 ” が使っていた言葉だよね! 何か関係が有るの?!」
大精霊は、少し悲しそうな表情を見せて、その問いに答える。
「残念ながら、その名は既に最も悪しき “ 忌み名 ” と成っています。今後は、使われませんように……。ただ “ 教会 ” とだけ言って下さい……」
「質問に答えていないよ!」
「……私共と教会に、直接の関係は有りません。しかし、『彼等が言っていたことは間違いではなかった』と言うことです」
「それって……」
突然、ダイアが堰を切ったように話し始めた。
「今、貴方に特別な対処が出来るのも、御両親の “ 血の犠牲 ” の賜物です……。
……御両親は、大変立派な方々です! 亡くなられたことは、今の人類にとって損失です! 『御二人を誇りに思わない』なんて、私には考えられません!」
その言葉で、修平の心を如何にか支えていた柱の一本が音を立てて折れた。表情を失った少年の目から、涙が静かに頬を伝う。
「そんなモノいらない……。僕は、お父さんと、お母さんに、生きていて欲しかった……」
ダイアが、そっと修平を抱き寄せる。少年は、しばらく大精霊の胸で泣き続けた……。
「修平さん」
“ 彼女の身 ” が、少し重い声色で話し掛けて来る。少年は、それに驚いて泣き止んだ。ダイアは、声色を元に戻して話し続ける。
「……驚かせて、ごめんなさい。
でも、もっと驚いてもらうことが有ります。しばらく口に手を当てて、絶対に喋らないで下さい……」
大精霊は、修平の準備を確認して、用意が整うと、自らに号令を掛ける!
「では、始めますよ!
“ HiDeCE ” 、起動! “ GVCE ” による重力制御、開始!」
……そしてダイアと修平は、空中に浮かび上り、天井に張り付く! 少年は、必死に声を殺した。
「……ヤクザが中に入ってきますよ。黙って居て下さいね」
[え?!]
中から施錠したはずの扉が開き、男が二人は行って来た。手には拳銃を持っている!
「……誰も居ないぞ! どうなっているんだ?
おい、 “ 黒沢 ” ! てめえ、本当に見張って居たんだろうな!」
「そんな馬鹿な……。俺は、顔に痣の付いたガキが、手配書のリックサックを持って、ここへ入って行ったのを見た! それから、ずっと見張って居たんだ! その間、片時も目を離しちゃいない」
「じゃあ、何で居ないんだよ!」
「こっちが聴きてえよ! 入ったのは、絶対に間違い無い!」
そこへ、スーツを着た初老の男が入って来た。
「どうなっているんだ? 黒沢……」
問われた男が答える。
「姿が見えません……」
「あの天井の口は何だ?」
「直ぐに調べます!
“ 熊田 ” 、俺が下で肩車するから、あそこの蓋を開けてみろ!」
「ああ」
熊田の手が、修平の横へ伸びて来る。少年は、必死に声を殺した。
点検口の蓋は、錆びているのか、なかなか開かない。熊田が張り手で強引に外す。
「…… “ 津田 ” さん。天井裏には、通った形跡が在りません……」
そこへ、警備員が二名来た。黒沢と熊田は、素早く拳銃を懐へしまう……。
「そこで、何をしている?!」
赤いモールの付いた制服を着た男の職務質問に、スーツの男が応対する。
「失礼しています。私、こういう者です」
警備員の態度は、男の提示した物を見て、明らかに変わった。
「札幌道警の津田警部ですか……。どうしたんですか?」
「九歳の少年を探しています。『ここへ入った』と連絡が有って来たのですが……。既に立ち去った後のようです……」
「そうですか。……では、点検口の蓋を元に戻して頂けますか?」
「あ……。はい」
熊田は、そう返答してから蓋を元に戻すと、黒沢の上から降りて来る。
「警部さん。まずは “ 防災センター ” の上司に、事情を御話して頂けますか? 設備関係を動かす場合には、然るべき者の許可が必要ですので……」
「分かりました……。御前達、行くぞ」
三人は、警備員二名に伴われて、トイレを出て行った。……静かに扉が閉まる。
ダイアと修平が、天井から降りて来る。 “ 彼女の身 ” は、少年を床に立たせて言った。
「先刻、私が言ったこと……。覚えています?」
「……『先刻、言ったこと』って?」
「『ある人達と会います』って、言いました……」
[言われてみれば、そうだった……]
大精霊が、話を続ける。
「……それは、貴方の御両親の知人です。
今回、貴方に対して、支援を申し出ています。また、 “ お願いごと ” も有るそうです。
……会いますか?」
修平は、精神がガタガタで、立って居るのもやっとだ。少年の返答は、最も答えやすい言葉と成った。
「……良いよ……」
ダイアが、満面の笑みを浮かべる。
「有難う。貴方を、ここまで導いた甲斐が有りました。ては、ここから “ SeNeHos ” を使って、 “ 網走郡 ” の “ 津別町 ” へと移動します。
……今まで驚いた序でに、もう一回だけ驚いてね」
大精霊が、手に持っているベルトのような物を丸く広げると……。
[天井が見える……。向こうって、別の場所?]
その思念に、ダイアが答えた。
「ええ。 “ SeNeHos ” は、二か所の空間を繋ぐ物。向こう側は、 “ 津別町の、とある御店 ” の中です。
向こうでは、私の仲間の “ アメジスト ” が御世話しますから、大丈夫です。
では貴方の上から、これを被して行きますよ……」
……修平は、奈落から競り上がるように反対側へと出た。横から、ダイアに良く似た、透けるような紫色の髪の少女が、声を掛けて来る。
「こんにちは、修平さん。先程、ダイアから紹介に与りました、大精霊のアメジストです。どうぞ、よろしく。
……では、こちらまで御願いします」
“ 彼女の身 ” は “ SeNeHos ” を畳みながら、修平をエスコートして店の奥の “ 小上がり ” まで連れて行く。そこには、大人の男性と女性が二人づつ、小上がりの “ 上がり框 ” に腰を下ろして居た……。
四人共、とても驚いた顔をしていて……。 “ 白髪交じり黒髪 ” の男性が、思わず呟く。
「……これ程、似ているとは……」
隣の金髪の男性は、白髪交じり黒髪の男性の様子を見て、自らが少年を招いた。
「……さあ、ここへどうぞ。竹脇 修平、君。
積もる話もある。楽にしてくれ……。荷物は、足元へ……」
「……はい……」
少年は、小上がりに向かって右側の丸椅子に腰を下ろすと、背中のリュックサックを足元に置いた。アメジストは、亮圭似の少年の後ろに付いて、優しく肩に手を置く。修平は、心が落ち着いて来るのを感じた……。
「マイスター・ファーター。只今、戻りました」
その言葉に、少年が左後ろへ振り向く。すると、紺色の地に紫色のアクセントが入ったボティーアーマーと迷彩服を着た少女が、奥へ続く廊下から此方へ入って来るのが見えた。彼女は、驚いた顔をしている。
「彼が、ここに来られて居るとは……。思ってもみませんでした!
……この事態に於いて、マイスター・ファーターに御願いが有ります。この場に居る少年との会話の為に、此のまま “ EAUS‐type-STWM ” を使用する許可を下さい! 是非にも御願いします!」
黒髪の男性が、応じる。
「相、分かった!
亮圭の父親に委任されている権限範疇において、目的外使用を許可する!」
ここで男性が、命令口調からフランクな口調へ、話し方を変えた。
「……御苦労さま……。
ラピスラズリ。首尾は?」
少女が、右手を左胸に当てて、返答する。
「はい。あちらの状況は、終了しております。もはやサタンは、マイスターに対して何も出来ません。御安心下さい。
また、マイスターに於かれましては、皆様の安全を第一に考えられまして、私に此方の護衛をするように直接の指示が有りました」
「分かった……。報告、御苦労さま。
では、ラピスラズリ。この子に話したいことが有るのだろう? この場にて話してあげてくれ。恐らく、私達も知って置くべきことでも、あろうから……」
「はっ!」
そして少女は、少年へ向き直り、一礼した。
「こんにちは、竹脇 修平さん。私は、意の精霊長エリー直属の大精霊、ラピスラズリです。以後、よろしく!
では、武装を解かせてもらいます……」
“ 彼女の身 ” の戦闘服が、カジュアルなTシャツとジーンズへと変化して行く! 少年は、腰が抜けそうに成るのを、必死になって耐えた。ラピスラズリは、微笑みながら口を開く。
「御両親に似て、精悍な御顔をされて……。あの日のことが、昨日のようです……」
修平は、その言葉に驚いて我に返り、 “ 彼女の身 ” へ大声で尋ねた!
「まさか! お父さんと、お母さんを知っているの?!」
「ええ。私は、あの会場に、たまたま居合わせましたので……。
もちろん、人間の側から、私の姿を見ることは出来ませんでしたが……」
「僕の、お父さ……」
ラピスラズリは、修平の言葉に、自らの言葉を重ねる。
「……お父様と、お母様の最後について……。私は、貴方に伝えたく思います。また、今の状況や、今後どのように行動するのが一番良いのかについても、順を追って御話します。
しばらく、私の話を聞いて頂けますか?」
少年は、肯いた……。
……一時間程で、修平が津別から札幌の大通駅へ戻って来た。その表情は、とても晴れやかだ。顔の痣もメイクで消してある。そして服は、健介の “ お古 ” の “ 白いシャツ ” と “ 紺のジャージのズボン ” から、 “ 黒のボタンダウンのシャツ ” と “ 黒のジーンズ ” に着替えている。ただし、眼は真っ赤に腫れていた……。
こちら側で待機していた大精霊が、少年に声を掛ける。
「修平さん。目、大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫だよ。眼薬、もらったし……」
修平は、薬を眼に差すと、ダイアの目を真っ直ぐ見詰めて真顔で言った!
「向こうでの話し合いの結果……。 “ 亮圭くん ” との会合場所の “ 新十津川駅 ” までは、『精霊のアドバイスをもらったとしても、自分で決めて自分の力で行くこと!』に成りました。
ダイア! この後も道案内を御願いします!」
大精霊が、胸に手を当てて応じる。
「分かりました。あちらでの話し合いの状況は、全て理解しています。
出来る限りのことを、させて頂きます」
少年が、何時もの表情に戻って、言葉を続ける。
「……それに、 “ 健ちゃん ” と “ 幸っちゃん ” の為にも、俺は必ず “ 亮圭君 ” を東京まで連れて行くんだ! ……もっと、気合を入れないとな!」
少年の明るい口調に、大精霊は安堵の表情浮かべた。
「流石は男の子! 頼もしいですね……
……でも偶には、自分のことも気に掛けて! 他人のことばかりだと、精神が持たなくなるよ……」
修平が笑って答える。
「俺は、何時も、そうして来たんだから大丈夫。心配無いって……」
「だと良いけど……。私は、一寸心配よ……」
“ 彼女の身 ” は、歯を見せて笑う少年に呆れつつ、話を本題に戻した。
「……そろそろ時間も無くなって来ましたから、この後の行動計画を御話しします……。
まず、ここを出たら……。ここに入る直前に出て来た改札とは逆の方向へ行って、大きな十字路を右へ行きます。正面に “ 南北線 ” の改札が有るから、入って左側の階段を “ 麻生 ” 方面のホームへ。九時三十二分発の麻生行きの先頭車両に乗って、終点の “ 麻生駅 ” まで行って下さい。
麻生駅のホームに降りたら、すぐ傍の階段を上がって改札を抜けて、地下通路を何処までも真っ直ぐに行きます……。一番奥の左に在る “ 一番出口 ” を出て、大きな通りを左側へ行って下さい。四車線の道を道形にカーブしながら北西方向へ行くと、JRの “ 新琴似駅 ” のロータリーへ突き当たります……。麻生駅の改札から新琴似駅の入り口まで、約700mです。
まずは、そこまで行って下さい。途中の要所要所で『右へ……』『左へ……』と道案内しますから、大丈夫ですよ。
……これ、略図とメモです」
「了解!」
修平がメモを受け取ると、ダイアが少し怖い顔をして話しを続ける。
「……それと、くれぐれも言っておきますけど!
津別で貴方に渡された “ 銃 ” は、 “ IAUCE ” の一機能である “ 対人・対物アラーム ” の “ ロック・オン ” 機能を使うためのものです。
つまり、発砲するのは、最後の手段です! 私共が許可していない状態では、照準が定まっても発砲しませんからね! 軽々しく使おうとしないように!」
「……でもさぁ……。銃って、右の太ももに付けたホルスターに入っているんだよね……。付けている感じがゼロで、しかも全く見えないんだけど……」
「……でも、握れるでしょ?」
確かに、それは透明なままだが、握ってみれば確実な手応えが在った……。
「確かに……」
「隠蔽欺瞞制御機器群、 “ HiDeCE ” を舐めちゃダメですよ!
それと、折角 “ 対人・対物アラーム ” が使えるようになったから、常に動作させましょう……。 “ 動作モード ” は、 “ 全周警戒 ” に……。 “ 動作レベル ” は、 “ 自動設定 ” に……。そうすれば、周りをキョロキョロしなくて済みますから、周りの人に不審者と思われる確率が劇的に下がります」
「分かっているよ。もう、している」
少年の素直な返答に、大精霊は微笑むと最後の指示を出す。
「……おっと、時間です。出発して下さい。ホームまでの進路は、 “ クリアー ” です」
亮圭と瓜二つの少年は、肯くと、ドアを開けて連絡通路へ飛び出して行く……。
「武運長久を……。修平さん……」
ダイアの姿が、すぅーっと消えて行った……。
……修平は、油断無く状況を警戒しつつ、歩を進める。新琴似駅の入り口には、道に迷うこと無く、九時五十三分には到着した。
『……では、まず……。券売機で、¥1,450‐の切符を買って下さい。
……改札を通ったら右側に在る、 “ あいの里教育大・石狩当別 ” 方面のホーム行エレベーターでホームへ上がって……。エレベーター風除室の自動ドアを出ると、ベンチに女性が座って居ます。その女性が “ キーマン ” です』
少年が思念で質問する。
[キーマンて、何で?]
『……時間が無いので、ここからは手と足を動かしながら聞いて下さい。
彼女がキーマンである理由は、『リュックの中のパソコンの元所有者の双子の妹だから』です。彼女の姉は、麻薬の中毒で廃人と成り、それが原因で事故死しています。……だから、家族一同、『ヤクザと麻薬密売人への恨みは物凄い』んです。事情を話せば、協力を受けられる確率が、とても高いです。
……そうですね……。話の掴みは、『お姉さん……。ボク、教えて欲しいことが有るんだけど……。新十津川を通って旭川空港に行って、東京の “ 警視庁 ” に行きたいから道を教えて……』で良いでしょう。その後で、リュックの中のパソコンを見せて『これを東京の警視庁まで持って行けば、ヤクザが壊滅するんだよ……。でも、北海道警察の一部がヤクザに取り込まれていて、そっちに出すことが出来無くなっているんだ』とでも言えばバッチリです。ただし、パソコンを、その場で回収されないように注意して……』
[了解]
修平は、言われたとおりにエレベーターでホームへ上る。扉の外はガラス張りの風除室に成っていて、自動ドアから外を覗くと、ペンチに女性が一人座って居るのが見て取れた。
[交渉は得意じゃないけど、やるしかない!]
少年が覚悟を決めて、ドアを開ける……。
……話は、呆気無い程、簡単に付いた。
「……そう言うことなら、大いに協力させてもらうわ! 修平くん」
「良いの?」
「このパソコンを見せられて、あんな話を子供の貴方からさせられたら、助けない訳にも行かないわ……。
それに、君の話の内容からして、 “ 組織 ” の罠とは思えないし……。今の私達に、そんなことを仕掛ける価値が有るとも思えないし……」
「そうなんだ……」
「……彼奴等が一番に欲しいのは “ 金 ” よ! 次に “ 権力 ” かな……。
……私と家族は、立場上『北海道警の庇護下に在る』のよ。ただ彼等は、姉の死から半年しが立って居ないのに、現実的には『何もしていない』に等しいけど!
道警の一部が “ ヤクザ ” に取り込まれているなら、尚のこと……。『道警の “ 顔を潰し ” て、重要な情報源を使い難くすること』は、しないでしょうね……。
そんな訳で、貴方が私と一緒に居ても、ヤクザにも道警にも見つからないと思うわ……」
その時、十時八分発 “ 北海道○療大学行 ” の電車が近付いて来るのが見えた。
「……続きは、中で話そうか」
「うん。
御姉ちゃ……。じゃなかった! 御姉さん……」
青年期の女性は、修平の返答に、少し嬉しそうだった。
「『御姉ちゃん』の方が言い易いなら『御姉ちゃん』で良いよ。
……そうだ、ごめんなさい。まだ名前、言って無かったね。私は、 “ 澤田 夏美 ” と言うの。
よろしくね、修平くん」
車内に入った二人は、シートへ腰を下ろす。それを待ったように、電車がホームを離れて行った……
……澤田家の次女は、少年と二人で “ 北海道医療大学駅 ” の2番線に在るベンチに腰を下ろしていた。本当なら夏美は、今頃 “ あいの里公園駅 ” から五分の “ 実家 ” に居て、弟に愚痴を言いながら寛いで居たはずだ……。でも、今の夏美の心は、とても高揚している!
「修平くん」
呼び掛けられた少年が、顔を上げた。
「何? 御姉ちゃん……」
もう二十四歳になる女性の心に、その言葉が何度、甘美に響いたか……。
「……もう、だめだ! 修平くん、一寸ゴメン……」
夏美が修平を抱き寄せる! すかさず、ダイアが話し掛けて来た。
『拒否しないで! されるままにしても、変なことには成らないから……。
序でに、愚痴も聞いてあげましょう……』
修平は、安定しない思念で返事する。
[はーいー]
……しばらくすると、夏美が顔を摺り寄せながら質問して来た。
「おねえさん綺麗? それとも老けてる?」
「綺麗って言うより……。可愛い系じゃない?」
それは、修平の本心だった。夏美の歳は、世間一般の基準では、高校卒業前後の年齢に見える……。
「うれしい! ありがとう!
この間、同級生の子供から『小母さん』だの『年増』だの言われちゃって……」
[……そう言うことか……]
ダイアが、ヘッドセット越しに笑っている。
『女の子が邪険にされた結果が、これなんですよー。覚えておきましょうねー』
[はい、はい。分かりました!]
少年は、女性の腕を優しく撫で続けた。『頭を撫でる代わり』の心算だった……。
……不意に携帯の着信音が鳴った。夏美が、修平の拘束を解いて、メールを確認する。
「お父さんからメールで、『定刻通り出発する』って連絡が来たわ。
後、五分で……。十一時二十分発の新十津川行、気動車が来るよ」
修平も落ち着きを取り戻して答えた。
「有難う、御姉ちゃん。御父さんにまで話を付けてくれて……」
「お安い御用よ! たまたま今日、お父さんが新十津川まで往復する日だから……。運転席の隣にでも乗せてもらえば良いわ……」
少年が笑顔で肯いた。二十四歳の女性は、話を続ける。
「でも……。もし、ルートを変更するなら、早めに連絡を頂戴ね。
電車の中でも話したけど……。私の勤める会社なら、今日の十七時までに、 “ 丘珠 ” まで来れば “ 函館 ” まで行けるからね! 忘れないで!」
「うん!」
「それじゃあ……。気動車は1番線の発着だから、そろそろ移動しようか?」
修平が、肯いた……。
…… “ キハ40-401 ” が、エンジン音を響かせて1番線に入線して来る。夏美が手を振ると、運転手が笑って片手を上げた……。運転手が声を掛けて来る。
「夏美。その子か?」
「ええ、そうよ。竹脇 修平くん。九歳」
「……やれやれ、これで俺と御前は “ 児童誘拐犯 ” 決定だな!」
「何、言っているのよ! 修平くん、小っちゃくなって居るじゃないの!」
「悪い、悪い! 冗談だ」
「まったくもう……」
その横で、少年が運転手に頭を下げる。初老の男性は、持って生まれた太い声で応じた。
「君が 竹脇 修平くんか……俺は、夏美の父親の “ 澤田 健太郎 ” だ。よろしくな!
……鉄道は、定時運行が命だ! 積もる話は、後だ! 乗った、乗った!」
夏美が、修平の背中を押す。
「気を付けてね……。縁が有ったら、また会いましょう……」
修平は、夏美の方向を向くと、深く礼をする。そして気動車へ乗り込んだ。運転手は、その場で切符の検札をすると……。
「坊やは、こっちに座ってくれ。少し話がしたい……」
修平は、運転席の中の右側のシートの横に敷かれたブルーシートの上に “ 体育座り ” させられた。これなら、表から子供の姿は見えない……。運転手は、左側の席に着くと、ドア操作をして号令を発っする。
「出発進行!」
エンジンが唸り声を上げ、重い車体は徐に加速して行った……。
…… “ 下徳富駅 ” から新十津川駅寄りへ少し行くと、線路沿いに小さな茂みが在る。修平は、そこの木の陰に身を隠して居た。
[……小父さん、平謝りだったな……]
修平は、夏美の父親を、少し気の毒に思った。
「ねえ、ダイア……。父親って、子供のことで謝る時、皆ああなのかなぁ……」
大精霊が、ヘッドセット越しに答えて来る。
『人に寄りますね。でも、『子を心配する』点では、皆同じですよ……』
「そうなんだ……。
……それにしても……」
少年の関心が、『ここまでのこと』へと変化して行く……。予想外の展開に対して、ヘッドセット越しにダイアから澤田運転手へ話しをしてもらう、予定外の事態となった。だが、新十津川に待ち構える敵陣へ突っ込むことを回避して、安全の確保には成功している……。
[まさか、トイレに行く時に客室の中で擦れ違った、あの小母さんが……。 “ 浦臼 ” で降りた後、通報するとは……]
『……相手は、こちらの事情を知らずに見た目だけで判断して、善意で通報しています。一寸、責められませんね……』
[そうだね……]
感慨に耽る少年が、北に向かう線路の先を見透かすと……。気動車は、左に曲がって消えたようだった……。修平が呟く。
「もうすぐ会えるな、亮圭君……」
------- 更新履歴 -------
2016.03.30 初版公開 (Ver 1-01.00)
2017.08.28 読み易くする為の修正、ルビ小修正版公開 (Ver 1-02.00)
2018.08.16 文章整理、誤字修正版公開 (Ver 1-02.01)
2018.08.23 大元のWordファイルとの内容差異が生じたための文章整理、誤字修正、読み易くする為のルビ修正版公開 (Ver 1-02.01.01)




