第二幕 帰還の物語 第五章 竹脇包囲網、突破……
------ 第二幕、第五章 ------ 竹脇包囲網、突破…… ------
……オホーツク2号が、長いトンネルの中から、光の中へと飛び出した。森の緑と川の水が、霧の中、落ち着いた色合いになっている。鉄路が下り坂になったことでも、石北トンネルを抜けたことが分かる。ようやく、道東から道央に入った……。
確実に関門を越えて、順調な旅なのだが……。亮圭の心は、霧のように晴れなかった。
[……世界は、こんなに綺麗なのに……]
常紋トンネルの惨劇と幻想的な美しい森とは、どちらも紛れも無い現実として存在している……。少年は、その思いを切っ掛けに、 “ 禁忌としていた事 ” を考え始めた。
[どうすれば……。どうすれば良い?
どうすれば、大山さん達、皆が助かる。どうすれば、上手く行く……]
少年は考え続けた……。
助ける方法が、思いつかない訳ではない。しかし亮圭には、それを実行するにあたり、その前に立ち塞がる大きな障害が在ることが、分かってしまうのだ。
[精霊達は、僕の障害を補助する為に、100パーセントの力を計画実行に当てれない……。
それだけじゃない! たとえ、元の自分まで体が治ったとしても……。元からの僕の欠点、『キレやすい。精神的な気分に左右される。色々な切っ掛けで考えが横にずれて、前のことを忘れる。そうかと思えば、集中し過ぎて周りを見なくなる。一寸したショックとかで、頭が真っ白になると立て直すのに時間が掛かる。』ことの方が問題だ……。結局、一番良い判断と決断を何時も僕が出来るんだろうか……]
……更に、それとは別の問題も在る。 “ 熊澤 岳雄 ” 医師と “ 菱田 孔明 ” 医師には真実を明かして協力を取り付けた。しかし、このままでは父親の発言のとおりに、するしかなくなる。
[『偽装工作は、限界だ。このままでは、御前の存在自体を消さないと、話が収まらない。
すなわち御前が死んだことにして、葬式も出して、この社会から消滅させる。結果として御前は、この世界との関わりを殆ど失い、社会的活動が出来なくなる』か……。
そんな訳には、行かない! まだ、 “ 再臨の主 ” の位置に立たれる方が、成功するかもしれないんだ! その歩みを支える予定の僕が、ここで倒れる訳には行かない!]
堂々巡りの思考が続く……。
[……如何すれば、一番良いんだろう……。……如何すれば……]
亮圭の中では、ある考えが、少しづつ大きくなって行っていた。
[……やっぱり帰ってから、この方法をするしか……。……!?]
マリーが、警告したくてウズウズしているのが、何となく伝わって来る。少年は、しばらく、このことを考えないことにした……。
……鉄路は、石北トンネルを超えると、長い下り坂となる。列車は、軽快に谷を駆け下り、定刻の九時二十五分には “ 上川駅 ” を発車した。
その直後に、樞卿一が話し掛けて来た。
「亮圭君。後、四十分で、次の “ 旭川駅 ” に着く。
君の副官殿からの話だと、ここから先は “ ヤクザ ” の抗争の中を突破して行く必要があるそうじゃないか……」
亮圭は、言い難そうに答える。
「……うん。そうみたい……」
「そこでだ。
先刻、ドサクサで話せなかったことを説明しておきたい。冴子、席を替わってくれ」
公安部外事第四課長は、妻と席を交換して、 “ 1B ” に座った。そして、小声で説明を始める。
「では、胸のポケットの中の物を出して、見てくれるかな?」
そこには、切符の他に、もう一枚のカードが有った。樞警視正が、話を続ける。
「これは、 “ 全日本アクティブ旅行会 ” と言う “ 架空のNGO ” の写真付の身分証明書だ。
名前の欄を見て欲しい。何と書いてある?」
亮圭は、それを見て、怪訝な顔になる。
「“ 川口 亮太 ” ?」
「……それが、今作戦終了までの、君の名前だ。
それと、写真は君の副官殿から提供を受けた……」
少年は、大体の察しをつけた。
「……これって、『素性を隠す』ってこと? ……マリーも『了解済み』なんだ」
「……流石だな。察しが良い。その、とおりだ」
樞警視正は、自分の背広の内ポケットから出したカードを亮圭に見せながら、話しを続けた。
「私も、同じ物を持っている。 “ タケワキ シュウヘイ ” 君の分も、ここに在る。
この旅が終わるまで……。君は私の “ 甥っ子 ” で、 “ シュウヘイ ” 君は “ 君の弟 ” と言う設定だ」
亮圭は、 “ シュウヘイ ” のカードをマジマジと見ながら、言った。
「……名前が、 “ 川口 修太 ” なのは、解るけど……。この写真、僕のじゃないの?」
警視庁公安部外事第四課長は、ことも無げに答える。
「副官殿の話によると、見分けられない程そっくりで、『写真を流用しても、何ら問題ない』そうだ」
「へー……」
「あと、彼の名前の漢字を君の手に、なぞる。覚えておいてくれ」
「うん」
亮圭は、 “ 竹 ” “ 脇 ” “ 修 ” “ 平 ” の字を、一字づつ、落ち着いて覚えた。
“ 保護者役 ” が少し間を置いてから、一本のペンを取り出して、次の話を始める。
「このペンは、位置情報と君の周りの音声を、此方へ送信する。ペンだけでなく、親機にも録音機能が在る。音声記録は、 “ 証拠品 ” としても使える……。持っていてくれ」
「うん」
少年は、受け取ったペンを、腰のウエストポーチの横に差した。保護者役が話を続ける。
「これで君に何かあれば、君の副官殿から貰ったヘッドセットと “ これ ” 、二つのチャンネルから状況を把握出来る。但し、こちらもタイミングを見て飛び出すから、遅れたように見えても怒らないでくれよ……」
「うん」
そして亮圭は、そのまま “ 1A ” のシートに深く体を預ける。
「いよいよ、なんだね……」
「ああ……。注意して行こう……。心配しなくても、君なら出来る……」
「……はい……」
天気が、少しづつ回復してきている……。
……列車は、谷間の地形を抜けて、開けた水田地帯へと入っていた。 “ 当麻 ” 駅を通過した所で、ウエストポーチの中から、呼び出し音が聞こえて来る。
[この呼び出し音は、お父さんからだ……]
亮圭は、樞夫妻に声を掛けた。
「お父さんから、電話が掛かって来たから、デッキに居ます」
「分かった。後、二十分程で、旭川駅に着く。注意して行こう」
「はい」
4号車側のデッキに出ると、背広を着た男が二人立って、何やら話し込んでいる。
少年は、自分を見た男達の動揺を気に留めることなく、父親からの電話に出た。
「はい……。お父さん、どうしたの?」
『オー、亮圭か? テレメトリーの映像では、順調そうだな……。
……実は、ちょっと御願いが有るんだ』
息子に、少し嫌な予感が走る。
「……『御願い』って?」
『“ EAUS‐Type-STWM ” を、追加で3ユニット……。貸してくれ!』
「えっ?! ……」
精霊の主の頭の中は、一瞬で真っ白になった。 “ 霊体用、時空壁形成素材形式型の実体化活動ユニット ” を追加で3ユニットとは、穏やかな用件ではない……。
「……何かあったの?」
『いやぁなぁ……。ちょっと、林道の中の名所に行こうと思ったら……。『エゾヒグマの活動が活発で、サタンが利用するかもしれないので危険です。どうしてもと言うのなら、マイスターから “ EAUS‐Type-STWM ” を3ユニット借り出して下さい。格闘用に使います!』って、ラピスラズリから言われちゃってな……』
流石の亮圭も、頭を抱える。
「……もう、アメジストとラピスラズリが、1ユニットづつ使っているんだよね……。
……どんな秘境に行くの?」
『そんなに大それた場所じゃない。国道から林道を5kmも行った所だ』
「……どうしても行きたいの?」
『そりゃあ、連れて行きたいさ……。
『観光バスが絶対に入れない』と言うか、観光客が寄り付かない場所も、見せたいからなぁ……。
ちゃんと、 “ 営林署 ” の “ 入林許可証 ” も取ったし……。
アーサーさん達も、期待しているんだわ……』
「……サリーも居るんだ……」
『……そりゃあ、そうさ。皆、居るよ』
少年は、少し考えてから、渋々返答した。
「了解! 分かりました! “ Type-STWM ” 3ユニット、使って良いよ!
……ったく、もう……」
電話先では、父親の政志が勝ち誇っている……。
『……おーい、ラピスラズリ。許可、取ったぞ!
ユミル。早速、君から使え!』
ラピスラズリの副官の声が、電話越しに、聞こえて来た。
『……はいはい。私の負けです! 務めさせて頂きます! もー……』
もちろん、大精霊二身の声も……。
『……この際だから、また現地で御茶会しましょうよ。もちろん、環境には一切負荷を掛けないように……。……また、こちらから “ SeNeHos ” を使って持ち込んで……』
『……こら、アメジスト! あんたは、本当に調子に乗るから……』
改めて、精霊の主は頭を抱えた……。
「……お父さん。……ラピスラズリに代わってくれる?」
『ああ……。
……ラピスラズリ。電話、替わってくれってさ』
精霊の主の家族と親族の警護を亮圭本人から直接命じられている大精霊は、速やかに電話に出た。その声は笑っている。
『はい、マイスター。ラピスラズリです』
「ごめん、ラピスラズリ……。迷惑を掛ける……」
電話先の精霊は、最強の名とは程遠い、優しい声で答えた。
『マイスターが、謝らなくても大丈夫です。どうにか、しますから……。
御心配無く、作戦行動に御戻り下さい……』
「ラピスラズリ……」
『ん!!』
突然、最強の精霊の声は、何時もの鋭い声に戻った。
『マイスター、では、これで! 天運が共に在りますように!』
ラピスラズリが突然、電話を切った!
[いきなり切るなんて……。向こうに危険な気配は、感じなかったけど……]
亮圭は、怪訝な思いで、顔を上げる。そして、目の前の二人に、戦慄した……。
「…… “ 竹脇 ” 君。こんな所で会うとは、奇遇だねえ」
「ほーんと、運が無いなぁ。僕達、 “ 南旭川児童相談所 ” の要員に見つかっちゃうなんてねぇ」
若い二人の男は、にやにやして亮圭を見ている。
[笑っているのに、物凄い威圧感……。……まさか!
マリー! “ 対人・対物アラーム ” 起動!]
精霊の主の思念に呼応して、目の前に赤い文字の “ 表示画面 ” が “ ポップアップ(Pop-up:飛び出る形式) ” で表示される。結果は、予想通りのものだった……。
種別:危険
名前:鈴木 一郎
年齢:20歳
種別:危険
名前:佐藤 次郎
年齢:21歳
[概要を見せて……]
マリーは、亮圭の望みに答えて、表示をスクロールさせて、読み上げる。
概要: 指定暴力団、破綻会、破滅組、構成員です。
現在、南旭川児童相談所の協力者として登録されています。
竹脇修平の探索が任務で、マイスターを竹脇修平と思っています。
……かなり状況が不利なのは、子供でも分かる。
「……僕は、 “ 川口亮太 ” と言います。竹脇と言う名前じゃありません」
抗弁する亮圭の前に、鈴木の体が壁のように圧力を掛けて来る。
「ほー……。
じゃあ、それを証明するものでも出して見なよ! 出せればの話だけどな!」
凄んでくる相手に、少年は上着の右ポケットからカードを取り出したが……。
[しまった! 切符まで……]
……後悔しても遅かった。
鈴木が、それ等を取り上げる。渡された切符を見た佐藤が、馬鹿にした声で言った。
「……岩見沢だぁ? 逃げるの逆じゃねえの?……」
次の瞬間、再び “ ポップアップ表示 ” が赤く光りながら立ち上がり、地図がスクロールされる!
立ち入り禁止 追加:北海道 岩見沢市 全域
[……畜生……。……道を塞がれた……]
佐藤は、悔しがる亮圭を面白がりながら、侮辱し続けた。
「……お前、戻ってくるなんて、馬鹿じゃないのぉ? ……」
鈴木も馬鹿笑いに加わる。少年は、唇を噛んで、一言も喋られなくなっていた……。
……そこへ、物凄い音圧が横から飛んで来た!
「私の甥に何の用か?!!」
男二人は、客室の方を見て、一瞬たじろいだ。そこに立って居る大男から感じられる威圧感は尋常じゃない!
「再び聞く! 私の甥に何の用か?!!」
それでも鈴木が、大男に対して凄む。
「小父さんよぉ。何の権限が有って……」
大男が、無言で鈴木の目の前に、二つ折りの “ 物 ” を広げて見せる! そこに付いている “ 徽章 ” と “ 身分証 ” は、状況を一気に変えて余り有るものだった……。
「……警視庁、公安部、外事第四課長を拝命している樞 卿一、警視正だ!」
その後ろの女性も、二つ折りの “ 警察手帳 ” を見せて名乗る。
「同じく。警視庁、生活安全部、生活安全総務課、子ども・女性安全対策室室長を拝命している樞 冴子、警視です。甥に対する、この振る舞いについて、納得行く説明を求めます!」
[な、何で東京の……。……警視庁の人間が、ここに……]
大男は、相手に考える間を与えず、詰問する。
「君達の官、姓名を名乗りたまえ!!」
相手は、しどろもどろになりながら、ようやく答えた……。
「私は、南旭川児童相談所の鈴木です。こっちは、同僚の佐藤です。
全所を上げて、ここに居る “ 竹脇 修平 ” 君を探していました……」
女性が、鋭く口を開く。
「その子は、私達の甥の “ 川口亮太 ” です!
鈴木さん! 貴方が持っている、それを見てみなさい! 何て書いてありますか!」
「何てって……」
そのカードの表と裏の記述に、ヤクザ者の口の動きが止まる……。
「甥に、その身分証を返したまえ!」
「……し、失礼しました。お返しします」
亮圭から取り上げられた証明書が、持ち主の元へ返り……。
「次は、君の持っている切符もだ!」
「は、はあ……」
佐藤の持っている切符も返却された……。
……鈴木が慌てて電話を始めた処で、列車が旭川駅に到着した。
「……すいません。このドジは後で必ず……」
鈴木は、ホームへと下りて行く。列車の窓越しに見ると、相手に怒鳴られているらしい。何回もぺこぺこと頭を下げる様は、とても滑稽だ。
そのままオホーツク2号は、一名のヤクザ者を置き去りにして発車した……。
樞警視は、残った男に対して、徐に口を開く。
「……さて、佐藤さん。これだけの狼藉を働いたからには……。子ども・女性安全対策室室長の私に対して、当然、経緯の説明が有るものと思いますが?」
「……はい……」
佐藤の心の牙は、完全に折られているようだ。樞警視は、夫に指示を出す。
「あなた……。亮太を連れて席に戻っていて。私は、この男から話を聞くから……」
「……分かった。亮太、席に戻ろう。
それとも、叔母さんの角を見る勇気が有るか?」
亮圭は、首を振って、卿一の後に従った……。
……樞警視正は、亮圭を “ 1A ” に座らせると、自分のカバンから “ リボ○・オレンジ ” を取り出す。
「緊張した後は、少し甘い物を飲むと良い。作戦修正は、その後だ。
ただなぁ……。 “ 解債条件 ” に抵触するから、君の小銭入れから¥130‐抜いておく必要が有るんだが……」
「うん……。……マリー、御願い……」
保護者役の左の掌に、硬貨が四枚ばかり落ちて来る。少年は、受け取ったカンのプルタブを押し込んで中身を一気に飲み干した。
「……それにしても、ジュース一本も奢れないとは……。こっちも、辛いよ……」
亮圭は、樞警視正の独白に、作り笑いで答える……。
[……あれ?]
気が付くと、卿一が亮圭の顔を覗き込んでいた。
「……それにしても、副官殿の話では……。君は、理不尽な目に遭うと良く怒るそうじゃないか……。私は、てっきり文句を言われるものと思っていたんだが……」
少年は笑って答える。
「だって、バレバレだもん」
「バレバレ? 何が?」
「一寸前にマリーと、ヒソヒソ話してたでしょ……」
[うっ……。何だ、ばれていたのか……]
大人の様子に、小学三年生は手を敲いて喜ぶ。
「……小父さん。今、こめかみ動いた! 当たってたんだ!」
樞警視正は、苦笑いを禁じ得なかった。
「……相手の心にズカズカと入って行くような言動は、時と場合もあるが、余り良い行いじゃないぞ! 必要以上に、敵を増やしちまう……」
「こめんなさい」
少年が舌を出す。
「……まあ確かに、君の副官殿と話したのは事実だが……。それとこれが、どう結び付くんだ?」
「マリーと細かい打ち合わせが出来ていて……。小父さんが、『遅れたように見えても怒らないで』って言ってたんなら……。岩見沢まで行けなくしたのは、 “ わざと ” じゃないの?!
……ひょっとして、修平君のことが係わってるとか?」
亮圭の質問に樞警視正は肯いた素振りを見せると、 “ 1B ” の席にドカッと体を沈めた。
「……大した洞察力だよ! 恐れ入るね……。
ただ、これは対サタン対策で、yesともnoとも言えない。済まないが、自分で考えてくれ……」
少年が笑って答える。
「うん!
じゃあ、そうしたら、検索、検索と……。小父さん、上から僕のリュックを下ろしてくれる?」
「ああ、分かった」
亮圭が、荷物棚から降ろしてもらったリュックサックの中から、時刻表とタブレットを取り出す。……いきなりタブレットの電源が入り、 “ G○ogle Map ” が立ち上がった。
[あれ……。何で勝手に電源が……。……なーんだ、電源スイッチに指が引っ掛かったのか……
まあ良いや……。それなら、時刻表より地図を先に見よう……]
少年は、地図の右下の現在位置を表示させる “ アイコン ” を “ タップ ” すると、表示を適当に拡大・縮小させたり札幌よりへ “ スクロール ” させたりする……。
「このまま進むと、 “ 深川 ” で “ 留萌本線 ” が分かれて……。 “ 滝川 ” で、 “ 根室本線 ” が合流するんだ……。
……え!」
亮圭の声に、卿一が反応した。タブレットの画面を覗き込むと、隣の少年に声を掛ける。
「どうした?」
「小父さん、これ……。
滝川から川を挟んで反対側の、ここって駅だよね……。歩けるんじゃ……」
「ああ、確かに近い所に在るから、無理すれば歩けなくはない……。その筋では、有名な話だが……」
「……ひょっとして……」
そのまま画面を “ ピンチ・イン ” させると、線路は札幌までつながっている!
「やった、ラッキー! こっちでも札幌まで行ける!
小父さん、滝川で乗り換えるよ!」
「そう来ると思った……。了解した」
保護者役が快諾する……。
……列車が深川駅を発車すると、樞警視が戻って来た。
「……佐藤は、深川で降りたわ。
あなた、席を替わってくれる? 亮太に報告することが有るから……」
「ああ、分かった。亮太、まだ掛かりそうか?」
「……滝川で降りるのは決まっているから、何時でも良いよ」
「じゃあ、叔母さんと変わろう……」
卿一が席を譲り、冴子が “ 1B ” に座った。亮圭は、時刻表に付箋紙を張り、タブレットを “ スリープ ” させる。それを待たずに、叔母役が話しを始めた。
「……一寸、厄介なことに成っているみたいなのよ……」
少年が、樞警視に聞き返す。
「厄介なことって、何?」
「まずは、あなたの顔の痣……。修平君も虐待されて、そっくりの痣が有るのよ。
これは佐藤から仕入れた最新の画像よ。ほら、ここに……」
冴子が指差す先には、離れた所から撮られたであろう修平の顔が写っている。若干ピンボケで痣の形がハッキリしない分、亮圭のものとの判別が難しい……。
「これじゃあ、僕だと言っても……」
「……分からないでしょうね」
「成る程……。厄介だな……。先刻の二人が間違えるのも……」
「無理からぬ話ね……」
冴子は、一呼吸置くと、話を続ける……。
「更に問題は、この “ リュック ” よ……。修平君も全く同じ物を持っているの。
ただし、彼のリュックの中には “ 特別なノートパソコン ” が入っているみたい……。佐藤が “ Le○○s no○e ” と口を滑らせたから、まず間違いないと思う」
「ノートパソコンとは……。今時、ビジネス目的でしか使わないだろう?」
「そうね。でも佐藤は、それと無く気にしていた……。
これは勘なんだけど……。修平君を追っているのは、虐待の発覚が問題では無くて、そのノートパソコンが問題なんじゃない?」
「確かにな。先刻の副官殿の話と合わせ考えると……」
大人二人は、沈痛な表情となった。そんな二人の心に、少年の声が届く!
「だったら、助ける!
多分、マリーのことだから……。会う場所は、進路の上の “ あそこ ” なんじゃないの!」
「亮圭君。『あそこ』って、どこのこと?」
「今、タブレットの電源入れるから待って……」
少年は、流れるようなタッチで “ G○ogle Map ” を操り、該当の場所を画面に大写しにする。
「えーと……。ここ!」
亮圭の指先は、石狩川の西側の線路の終点を指していた。
「しん、じゅう……。……小父さん、この漢字は何て読めば良いの?」
「“ 新 ” は “ しん ” で良いが……。 “ 十 ” は “ と ” 。三番目は “ つ ” 。最後は “ かわ ” だよ」
「じゃあ、 “ 新十津川 ” って言うんだ」
「そうだ。『滝川から歩いて行ける秘境駅』として有名だが、大人の足でも一時間は掛かるぞ」
「……じゃあ、タクシーだね」
「それが妥当だろうな……」
その時、アナウンスが流れて来た。
『……御乗車の皆様に御案内申し上げます。後、五分程で滝川に到着します。乗り換えの御案内を申し上げます。富良野方面……』
「もう滝川だ! 小父さん、小母さん、降りるよ」
二人は肯いた……。
……滝川には、定刻の十時四十七分に到着した。三人は、跨線橋を渡り、駅舎へと向かう。駅構内は、閑散としていて、数分経つと誰も居なくなった。
「この後の行動計画の検討は、待合室でやると良いと思うが……。
亮圭君……。じゃなかった! 亮太、それで良いかな?」
「うん」
一行が、改札を出た所で……。筆頭精霊長マリーが、ヘッドセットを通して呼び掛けて来た。
『マイスター、樞様、聞こえますか? 聞こえたら、左の待合室へ入って下さい』
三人は、無人の待合室に入り、ベンチに腰を落ち着けると、呼び掛けに答える。
「聞こえるよ」
「副官殿、こちらも良く聞こえている」
「どうしましたか?」
樞警視の呼び掛けに応じるマリーの声は、明るかった。
『マイスターが進路を決定されたので、 “ 竹脇 修平 ” さんの件についての御願いをすることが出来る環境と成りました……』
「やっぱり、新十津川駅で会うの?」
『はい、マイスター。新十津川着、十二時三十七分の気動車に乗っておられます。協力者により、新十津川までの安全は、ほぼ確保されています。ですが、恐らく車外に出た途端に、追跡者に補足され、捕縛されてしまいます……』
「随分と相手は、大掛かりに動いているのだな……」
『はい、樞警視正。東日本のヤクザの内の50%と、その関係者が相手です。この “ 画像(Jpeg) ” 資料が有れば、現在動いている麻薬密輸ルートの東日本側90%は壊滅しますので……』
卿一が、思わず口笛を吹く。
「……それは、これからを生きる全ての子供達にとって、最良の贈り物となりますね。
やはり、彼の持っているノートパソコンの中に?」
『その通りです、樞警視。 “ HDD ” の中に在ります。ただし、暗号化されていますから、そのパソコンでしか開けられなくなっています。
“ Le○○s no○e ” は頑丈ですし、タブレットにもなるタイプの物ですから嵩張りません。途中で解読するよりも、警視庁までパソコンごと運ぶことを御勧めします』
「……『ここで下手に触るよりも、体制が整っている場所の方が良い』って訳ね。了解したわ」
『それと、竹脇修平さんですが……。マイスター・ファーターの発案で、津別町の御店に来て頂き……。皆様と面会されています。
……その成り行きで、マイスター・ムーターの許可の許に、服をマイスターの物に着替えています……』
「え……」
亮圭が、一瞬、顔を顰めた。
『済みません。ムーターの発案で、『服を着替えた方が良い』と言うことに成って……』
「……別に良いけど……。何を着ているの?」
『“ 黒のボタンダウンのシャツ ” と “ 黒のジーンズ ” です……』
「黒のジーンズか……。地味なようで、少し目立つかもな……。ならば、子供の “ 擬装用の着替え ” が欲しいところだが……」
樞警視正の呟きに、マリーが即答する。
『それならば、国道38号線沿いに “ 大型のスーパー ” が在ります。必要な物は、そこで揃います』
「……じゃあ亮圭君。何という名前の店か、調べてくれるかい?」
「うん、良いよ……」
精霊の主が、タブレットをタップし始めた……。
『……ただ、回り道でも……。マイスターが一緒なら……』
言いにくそうな筆頭精霊長に、叔母役が返答した。
「分かっています。費用は、 “ 亮圭君持ち ” なんでしょう?」
『……その通りです……』
……亮圭が怪訝な顔をする。
「“ 検索 ” で、出てこないよ……。 “ Map ” で見てみる……」
精霊の主は、アプリを切り替えて、国道38号線沿いに地図をスクロールさせて行く……。
「あっ! 見つかったよ! “ ダイエー ” だ! 滝川店だって……。
隣に “ ケ○ズ○ンキ ” もある」
樞警視正が亮圭に提案した。
「では、今後の為に、寄り道したいんだが……。良いかな?」
「うん、良いよ。行こう! 考える時間が勿体ないから、バスじゃなくてタクシーで!」
三人は、肯き合うと、直ぐに行動を起こす。タクシー乗り場は、駅の目の前にあった。
タクシーの後ろの扉が開くと、亮圭と冴子と何かが入って……。妻の一括が、亭主へと飛ぶ!
「このタクシーは小型のタクシーよねぇ……。あなたは、大きいから前!」
「とほほ……」
卿一は、前の席で小さくなった……。
「あのー。どちらまで……」
運転手の問いに、亮圭が答える。
「ダイエーの滝川店まで、お願いします」
「……ダイエー滝川店ですね……」
車は、十分も掛からずに店の入り口前へ到着した。
「¥1,030‐になります……」
運転手の言葉を待たずに左側の座席の空中から現金が現れ、支払いが滞りなく終了する。後席真ん中の冴子が、運転手に質問した。
「……ここには “ タクシー寄せ ” が在りますか?」
「いやぁ……。ここは、大きいと言ってもスーパーだからね……。そんなモノは無いよ。
もしタクシーが必要なら、私の後ろの座席のポケットにチラシが有りますから……」
「これですね……。 “ 迎車料金 ” は、いくらですか?」
「えっ? そんなものは掛かりませんよ……。
……どちらから御越しですか?」
「東京です」
「やっぱり、あっちは掛かるんですか……」
「¥300‐位ですね……」
亮圭が、運転手と喋り続けそうな冴子を突っ突く。
「叔母さん、早くしよう……」
樞警視は、心の中で苦笑いする。
[情報収集も、大事なんだけどな……。まぁ、今は良いか……]
叔母さんが甥っ子に微笑んだ。
「あっ、亮太、ごめん。……トイレだったわね」
「ああ、そうだったんだ。御免ね、ボク。
……トイレは、入口から見て、左の奥の方に在るよ」
「小父さん、ありがとう」
四人は、そそくさとタクシーを降りて、店の中へ入って行く。早速、冴子は亮圭に謝っておいた。
「ごめんね。話し出すと、止まらまくなるタイプの人だったみたい……」
「ううん、もう良いよ……。時間、大してロスしてないし……」
[……やっぱり、一言多いかなぁ……。思ったことをポロっと言っちゃうのは、ASDの影響ね……。敵を作りやすいぞー、亮圭君!
おっと。今は、そんなことを考えている場合じゃない……]
叔母役は、夫と少年に提案する。
「私が子供服を買うから、あなたは亮太と一緒に食べ物を……。 “ サンドウィッチ ” や “ おにぎり ” とかで良いと思うけど……。適当に見繕って買って来て」
少年が異議を挟む。
「僕も服とか、あった方が良いと思うから、買いたいんだけど」
「……私が、まとめて買っておくわ。貴方が使う分は、使う度に実費精算するから大丈夫。
集合は、左のフードコートに、三十分後位で良いんじゃないかな?」
「……じゃあ、そうしようか……。亮太、行こう」
「……うん……」
三人は、二手に分かれると、それぞれに買い物を進めて行く……。
……冴子が三十五分後にフードコートへ戻って来た時には、両手に持ちきれない程の荷物を提げていた。タブレットで検索を進めていた亮圭が、呆れて言う。
「……そんなに、荷物いるの?」
「大型ザックも二つ買ったから大丈夫よ。それに、このリュックサック用レインカバーは、カモフラージュにも使えるわ」
「……六つも買ったんだ……」
「買ったのは、亮圭君と修平君が持っているサイズを四つだけ。あとの二つは、私達用のリュックにオマケで付いて来た物よ。
それと、下着二組分に、上着とズボンと子供用ウインドブレーカーが三組ね……。
……こっちは、私達の着替えよ」
「ふぅーん……。小父さんと小母さんも着替えるんだ……」
「必要が有ればね……」
そこへ卿一が、亮圭に話し掛けて来た。
「……亮太。念の為に “ 対人・対物アラーム ” で、周りをスキャンして見てくれるかい」
「うん……」
精霊の主は、要請を過不足なく実行し、結果を報告する。
「特に……。危険な物や人は、いないよ」
「じゃあ、ここで梱包作業しても、取り敢えずは良いな……。
今は、これ等を使わなくて良いから……。さっさと荷物をまとめて、ここを離れるとしよう……。
……亮太、トイレは良いのか?」
「今は、いいよ。新十津川駅の隣に大きな病院が在るから、そこで行く」
「……そうか、分かった。
冴子。タクシー、呼んでくれるか?」
「ええ……」
三人は、てきぱきと用意すると、入った入口から建物を出る。タクシーは直ぐに来た。
「……どちらまで行きます?」
亮圭が、タブレットを見ながら答える。
「新十津川駅の隣の “ 空○中央病院 ” まで、御願いします」
「……はい……」
タクシーは、国道38号線を西に走り、ガソリンスタンドの在る交差点を左に曲がる。そのまま国道451号線を真っ直ぐに行くと高架路に入り、右にカーブすると石狩川をわたる長い橋へと走って行く……。
今度の運転手は、本当に寡黙だった。そんな時に限って、亮圭の脳裏には、色々な失敗のイメージが湧いては消えて行った。
[普通に、していれば大丈夫。大丈夫……]
精霊の主は、自分に言い聞かせ続ける……。
車は長い橋を渡り、しばらく走ると右に曲がり、今度は左に曲がった。左側に大きな病院が建っている。タクシー運転手は、病院の車寄せに留めると言った。
「着きました。料金は、¥1,750‐です……」
……タクシーから全員が降りると、車は右先の道へと速やかに消えて行った。叔父役が甥役に声を掛ける。
「……御出で成すった。説明責任でも果たすとしようか……」
何人もの男が、足早に寄って来る! 卿一と冴子は、亮圭を挟むように立ち塞がり、相手を威圧した。
「……何の用ですか?」
先頭にいた少し品の良い男が、卿一の前に立ち、話し始める。
「そちらの少年は、貴方の関係者ですか?」
「いかにも! 甥の川口亮太です。
……こういうことは、オホーツク2号の車内でも有りましたが、まだ解決していないのですか?」
少々たじろいだ男は、直ぐに言動を立て直す。
「随分、御存じのようですね。どちら様で?」
「申し遅れました。私は、警視庁、公安部、外事第四課長を拝命している樞 卿一、警視正です。後ろに居ますは……」
「……警視庁、生活安全部、生活安全総務課、子ども・女性安全対策室長を拝命しております樞 冴子、警視です。
これは、甥の川口 亮太です」
二人が二つ折りの警察手帳を開いて提示すると、相手の威圧感が消えた。
「貴方方が、そうでしたか。失礼しました。
私は、北海道警察本部、刑事部、捜査五課の、 “ 渡部 正弘 ” と申します。階級は “ 警部補 ” です。
皆さんのことは、南旭川児童相談所の鈴木さんと佐藤さんから聞いています」
道警の警部補が手の平を男達の方へ向けると、彼等の動きが停まった。しかし、警部補の隣に居る相撲取りのような男が反論する。
「でも渡部さん。こいつ “ 大竹 ” の所のガキですよ。俺は、何回か会ってます。
……そうだよなあ。 “ 竹脇 修平 ” ェ!」
「……誰が “ 竹脇 ” なの?」
少年の声を聴いた男は、青い顔になった。
「……声が……。……本物は、もっと濁声だ……。
済まねえな……。どうやら人違いだ……」
樞警視が、男を威圧する。
「佐藤さん達から聞いていなかったようですが……。警察官としては、人権意識が希薄ではないですか?」
渡部警部補が、慌てて話しに入って来た。
「その人は、 “ 檀家さん ” なんですよ……。今回は、時間との勝負になっているようなので、多くの人に協力してもらっています」
樞警視正が、その発言に応じる。
「『時間との勝負』とは、どういうことでしょうか?」
「……ここでは、なんですから……。病院のロビーで話しましょうか……」
「病院のロビーに、こんな大人数で入っては迷惑でしょう……
向こうに見える新十津川駅の駅舎なら、良いのでは?」
北海道警の警部補が、頭を掻いた。
「警視庁の警視正に御配慮頂き、恐縮です。では、そちらへ参りましょう……」
全員が移動しようとしたところで、少年が声を上げる。
「僕、トイレに行きたいんだけど……。向こうにも、あるの?」
“ 地元の人間 ” と思しき男が、苦笑いで答える。
「ああ、そう言えば、そうだ。駅舎の中にトイレは無いや……」
「じゃあ……。私達は、トイレを済ましておきましょう」
樞警視の提案に、二人は肯いた。
「では渡部警部補、大きな荷物を御願いしても良いでしょうか?」
「ええ、どうぞ……。
君、 “ 病院 ” を詳しそうだから……。警視正と御連れの方を、トイレまで案内して差し上げてくれ」
「分かりました。
……どうぞ、こちらへ」
病院のロビーを突っ切った先にトイレは在った。それぞれが個室へと入る。
精霊の主 が使用した “ 対人・対物アラーム ” に拠れば、十人以上居た男達は一人もタクシー寄せからトイレの方へ来ていない。案内した男も、ロビーへ戻っている……。
「……男達は居ないよ」
左耳のヘッドセット越しに、大人二人の声が聞こえて来る。
『了解した。こちらは、通信規制を解除する。ただし、小さい声でな……』
『……今更それを言うのは野暮よ。亮圭君は、当然、分かっているって……。ねぇ』
「うん……」
亮圭は、大人二人の気遣いと信頼を感じて、一寸くすぐったい気持ちになる。そんな精霊の主が便器に腰を下ろして口を開こうとすると、筆頭精霊長が先に報告を入れて来た。
『……皆様、御疲れ様です。
竹脇修平さんの行動計画を修正します。新十津川駅まで来ると危険ですので、一つ手前の “ 下徳富 ” 駅の近くの茂みに身を隠して貰うことにしました。ですので、来た気動車に、彼は乗っていません』
『了解した』
『了解です』
「それが、一番良いんでしょう? マリーの良いように……」
三人は、それぞれ小声で答えた。筆頭精霊長が話を続ける。
『それと、気動車運転手の “ 澤田 ” さんと言う方が、ここまでの協力者となっています。ですが恐らく、マイスターを見て、とても吃驚すると思われます。彼が馬脚を現さないように、ケアーが必要です』
『それは、私と亮圭くんが担当しないと成らないな……。それで良いかい?』
「うん。良いよ」
筆頭精霊長の話は続く。
『それと、駅舎に入る前にダイエーで買っておいた “ リボ○・シトロン ” をリュックサックのサイドポケットに入れて下さい。そして椅子に座ったら、すぐに一口飲んで下さい。
愚図愚図していると、彼等は『説明時間が長くなりますから、 “ 口汚し ” に、これでも……』と、飲み物を差し出して来ます。相手は『子供にジュースを奢った』との認識でも、こちらにとっては “ 作戦失敗 ” と成りますし……。上手く断らないと、印象を、とても悪くしてしまいますので……』
「分かった。注意するよ……。
それと……。マリー、一つ教えて欲しい言葉が有るんだけど……」
『何でしょう?』
「札幌の北側にある……。この小さな空港は、何て読むの?」
『……一文字目は、 “ おか ” 。二文字目は、 “ だま ” と読みます』
「じゃあ、 “ 丘珠空港 ” って読むんだね」
『はい」
卿一が、精霊の主と僕の話に入って来る。
『副官殿も、教えられるようになったのかい?』
『ええ。こういう形ならば……。
“ 常紋 ” でのサタン側の攻撃は、決して容認出来るものではありませんので! キッチリと “ 解債条件 ” を取らせて貰いました!』
精霊の主には分かることも、大人二人にはピンと来ないが……。
『……まあ……。……そう言うこと、なんだろうな……。……一応、了解した』
それまでの経験が正しい受け答えを導き出す、こともある……。
……その時、 “ 対人・対物アラーム ” が接近警報を出す! 相手は、あの相撲取りのような男だ。間髪入れずに、亮圭が二人に警告した。
「男が、こっちに来る。これ以上、無理……」
『分かったわ』
『そろそろ出るとしよう……』
数十秒後、男が声を掛けて来た。
「……亮太くん。まだ、掛かりそうかい?」
「うん。後、少し……」
「あと、三十分と少しで気動車が到着するから……。それまでには渡部さんの話を聞いておいて欲しいんだわ」
「はーい……」
……亮圭達は、病院の入り口へと戻る。精霊の主は、自分のリュックサックに手を掛けて、そのチャック周りに異常を感じた。
[やっぱり、勝手に中を漁ったな……。……何も取られてはいない、ようだけど……。
念の為に “ 対人・対物アラーム ” で “ スキャン ” と……。やっぱり在った……]
“ IAUCEの一機能 ” は、それが “ 盗聴器 ” であると警告している。
[……こんな物、仕掛けても無駄なのに……]
精霊の主は、思念で筆頭精霊長に指示を出す。
[マリー! 『それぞれの荷物に、盗聴器が仕掛けられている』と二人に伝えて……]
マリーは、ベッドセットから、亮圭の指示に応じる。
『ダー。マイン・マイスター。
それと、ジュースの件を御忘れ無く……』
[分かっているよ……。大丈夫]
少年は、それと無く、リュックサックの中のビニール袋の中から、ペットボトルをサイドポケットへ移す。それに気が付く大人が一人でもいれば、この後の行動が難しくなるのだが……。それに気が付ける者は、この場に居なかった。
[“ 霊的無知無能 ” ばっかりめ……]
…… “ アスタロト ” の積りに積もったイライラを、亮圭も感じる。
[……そうだったね……。僕が本当に戦っている相手は……]
精霊の主は、シャツの第一ボタンを締め外して、気合を入れ直した。その時、渡部警部補が三人を促す。
「時間も迫ってきました。早く参りましょうか……」
……病院の入り口から駅舎までの道中は、さながら大名行列のように成ってしまった。
亮圭達と渡部警部補が駅舎のベンチに腰を下ろすと、男達が全員駅舎の中へ入って来た。結果的に、少年の前を人の壁が二重三重に取り囲む……。
精霊の主は、僕の願いのとおりに “ リボ○・シトロン ” のペットボトルを開けて一口飲んだ。直ぐに渡部警部補の部下と思しき男が、大きなビニール袋を二つ提げて入って来て、全員に飲み物を渡して周る。
「坊や。この “ ハ○カップ・サイダー ” は北海道限定だ。飲んでみな」
亮圭は、差し出されたペットボトルを受け取りながら、済まなそうな顔をする……。刑事と思しき男が、その理由に気付くまでに、十分の一秒も掛からなかった。
「何だ、開けたばかりの物が有るのか……。先に言っておくんだったな……。じゃあ、これは後で飲んだら良い」
「……うん、ありがとう」
樞警視正は、甥役が形ばかりに飲み物を受け取ると、徐に口を開く。
「さて、渡部警部補。先ほど言っていた『時間との勝負』とは?」
「はい。
……彼は、暗殺されるかもしれないのです。一刻も早く、保護しなければ成りません!」
樞警視が、顔を顰めて言う。
「……暗殺とは……。穏やかな話ではありませんね。何か、特別の事情でもあるのですか?」
ここで捜査五課の警部補は、一拍の間を置くと話を続けた。
「……順を追って、御話します。
彼……。竹脇修平は、横浜の都筑区の生まれで、四月二十七日に九歳に成ったばかりの子供です。
両親は、子供のことよりも宗教に傾倒していたようですが、半年前に他界しています。その後、親族の中で唯一手を上げた “ 大竹 芳夫 ” 、 “ 真 ” 夫妻に引き取られました……」
「え? 苗字が違うに……」
渡部警部補は、子供の小さな呟き声に、一瞬だが顔を顰めると話を続ける。
「……竹脇修平の母親の元の名が、 “ 大竹 恵子 ” です。弟の芳夫さん共々、成人に成ったとたん、一族から破門されました。更には “ 竹脇 洋平 ” 氏との結婚後、その他の親族の総意の元に “ 札幌家庭裁判所 ” で “ 血縁離脱 ” の手続きをしています。その後、一族とは完全に没交渉のようです」
警視庁生活安全部生活安全総務課子ども・女性安全対策室は、その仕事柄、家庭裁判所の要員との交渉も多い。冴子は、違和感を覚えた。
「宗教絡みとしても、随分過剰な反応ですね……」
「……彼等は、いわゆる “ 妾腹 ” なのです。しかも、それぞれ母親が違います。
このことに関して、一族の人間は、『一族の恥曝し』『穢れた血の子』『所詮は、金狙いで孕んだ女の子供』として、今も頑なに口を閉ざしていまして……。その為に、竹脇夫婦のやっていた宗教はおろか、その為人も杳として知れません。その息子に至っては、現在の処では、ほとんど分からないのです。現在、神奈川県警に捜査協力を申請しています……。
よって、北海道における頻繁な接触例が、六か月間生活を共にした大竹夫妻だけなのですが……。現在、二人共に行方不明です。
そのような訳で、ここに居る人間の中で彼と一番接触した人間が……。近所に住む、この “ 宮崎 隆弘 ” さんと言うことに成ります……」
ここで、相撲取りのような男が、話を引き継ぐ。
「彼の近況については、私から説明します……。
御紹介に与りました、宮崎 隆弘と申します。以後、御見知り置きを願います……。
大竹とは、小学校時代からの友人です。家が近所だったこともあって、芳夫の奴とは良く行き来していました。そこへ、確か六か月前だったと思いますが、彼奴……。いいや、竹脇 修平が、やって来ました……」
「言い難いなら、 “ 彼奴 ” で構いません……」
宮崎は、樞警視正に一礼する。
「……御気遣い、有難う御座います。では、続けさせて頂きます。
私が最初に会ったのは、彼奴が、こっちに来て三日目のことです。芳夫が『元々子供が好きではない』のを知っていましたので、興味本位で尋ねたのです。彼奴は、他の三人と一緒に子供部屋の隅で、身を寄せ合って震えていました……。その時に、一瞬ゾっとしたのを覚えています」
「……『ゾっとした』とは?」
樞警視正の質問に、宮崎は僅かな間を置いて答えた。
「こちらを睨み付ける目です! 彼奴は、三人の真ん中に陣取って、こっちを睨んで居ました! 私は、思わず一歩後ろに下がりました……」
ここで警視庁公安部の警視正には、気付くことが有った……。
[このタイミングで、一時的にでも、はっきりと視線を警部補に移して、アイコンタクトを取るとは……。 “ 化かし合い ” に関しては、渡部警部補も含めて、ど素人か……]
相撲取りのような男は、目の前の警視正に見切られたのも気付かず、話を続ける。
「私は、持って行った “ ポテチ ” を四つ差し出したのですが……。半分以上は、彼奴が一人で食っちまって……。残りを三兄弟で分けていました。『此奴、底意地悪いぞ……』って思いましたね……」
亮圭は、宮崎の発言に、反論したくて堪らなかった。
[鋭い目なんて……。そんなのは虐められている人には、普通の反応だ!
それに、食べ物が足らなかったら、もっと買って来れば良いじゃないか!
こいつ、 “ 虐待された人 ” の心を、何も解ってない!]
その時、少年は左右から、そっと両手を握られる……。
[小父さん……。小母さん……。
そうだね。今は我慢しないと……]
少年が握られた手に少し力を込める……。
なおも修平を貶める発言を続ける宮崎に、樞警視正が口を開いた。
「『彼の底意地が悪い』ことは、良く分かりました。それは、児童相談所のケアーに任せましょう。
今は、原因と対策です。『何故、彼が追われることと成ったのか』と『彼の今日の足取り』を教えて頂けますか?」
渡部警部補が顎を動かすと、宮崎が後ろへ下がる。樞警視正の発言には、警部補が自ら答えた。
「……失礼しました。ここからは、私が御答えします。
原因は、彼が持つリュックサックの中に在ります。リュックは、この子の持つ物と型番だけでは無く、色も同じ物です。ただ、こんなに新品ではありませんが……」
「中には、何が?」
「4GBのメモリーです。その中に入っている画像ファイルには、私達が内偵を進めていた麻薬取引に関するデータが記録されています。今日、こちらに提出して貰うために、大竹 芳夫さんとは “ 砂川 ” で落ち合う予定だったのです。ところが、朝早く電話が有りました。『リュックごと子供達が持って行った。追い駆ける!』との話で、『札幌へ言ったかもしれない』とも言っていました。それを最後に、大竹夫妻とは連絡が付きません」
「それで、竹脇 修平は札幌へ現れたのですか?」
「はい。……協力者がいたようです。
結果的には、 “ 札幌児童福祉事務所、西地区センター ” へ保護されました。大竹の三人の子供は、今もセンターに “ 育児放棄 ” の疑いで保護されています。ところが、竹脇 修平だけがリュックを持って姿を消してしまったのです。そのまま、そこに留まって居れば良かったのですが……」
「その後の足取りは?」
「“ 西28丁目駅 ” から “ 地下鉄東西線 ” へ乗ったことまでは確実に分かっています。ですが、そこからの足取りがハッキリとしません。
そこで、警察本部で手隙の者全員と、その “ 檀家さん ” にも声を掛けて探しています。必要が有れば、各警察署の要員も動けるように話を通しています」
「少年一人に、それは凄いですね……」
そこへ、一人の男が渡部警部補の耳元で囁く。警部補は、ニヤリと笑った。
「やはり、そうだったか! こっちに展開して正解だったな……。
御苦労だった……。直ちに配置についてくれ。一気に列車を取り囲み、確実に確捕するぞ。采配は、任せる」
「有難う御座います。直ちに取り掛かります!」
男は、他の男達を指揮して配置に着かせる。相撲取りのような男も、その指揮に従った。
[まさか修平君が乗ってはいないと思うけど……。念の為に、この小父さんの心を見ておくか……。]
亮圭は、渡部を “ 対人・対物アラーム ” で “ ロック・オン ” する。
渡部警部補は、配置の進む男達を満足そうに見なから、樞警視正へ勝ち誇ったように言った。
「この件も、もうすぐ終わりです。
彼が、『新十津川着、十二時三十七分の気動車に乗っている』との確度の高い情報を得ました。このままいけば、程無く確捕……。じゃなく、保護できます。身柄の安全まで、あと少しです!」
「ほぅ……」
叔父役の発言の途中で、甥役が話に割り込んで来る。
「……叔父さん」
渡部警部補は、嫌悪感を露わにして、怒鳴った!
「坊や! 大人の話に口を挟む……」
「御待ち頂きたい!!」
樞警視正は、渡部警部補の一喝を遮った! そのまま、強い口調で発言する。
「……渡部警部補。貴方は子供が嫌いなようだが……。私達の家系では、子供であっても人権を尊重する!
どうだろう……。ここは、私達の教育法に協力して頂けないだろうか?
私の勘が正しければ……。この子の発言は、今後の貴君方の活動にも正しい示唆を与えるものとなるだろう」
[ちっ……。ガキをノサバラセやがって……
相手が警視正でなけりゃ、捜査五課として猛抗議してやるんだが……。ここは我慢しかないな……]
渡部警部補は、怒りを無理やり収めて言った。
「……どうぞ」
「貴君の協力に感謝する。亮太、話しなさい」
亮圭は、竦みそうな心を何とか奮い立たせながら、話し始めた。
「……僕達はこれから、 “ 札幌駅 ” へ出て “ カシオペア ” か “ 北斗星 ” に乗るか、 “ 新千歳空港 ” から “ 飛行機 ” で東京へ行こうと思っています。 “ 苫小牧 ” や “ 小樽 ” から “ フェリー ” でも良いと思います。でも、このまま進んだら、小父さん達が困りませんか?」
捜査五課の警部補は、的を得た少年の発言に、何も言い返せなく成ってしまった……。
[……余りにも、理に叶ってやがる。此奴、ガキの筈なのに……]
「渡部警部補。叔母として御願いします。甥の発言に、答えて頂けませんか?」
渡部警部補は、樞警視の言葉によって、我に返った。ただし彼は、あくまでも大人と話そうとして、樞警視へ返答した。
「……確かに、そうですね。
要員は、主に “ 札幌駅 ” と “ 新千歳空港 ” と “ 旭川空港 ” へ重点的に配置しています。 “ 小樽 ” や “ 苫小牧 ” 、 “ 函館 ” の駅や港も同様です。もし、この子が現れたら、大事に成ります!」
三人は、顔を見合わせた……。少年が、代表したように話し始める。
「『“ 札幌駅 ” や “ 新千歳空港 ” や “ 旭川空港 ” を通っては困る』ってことなら……。やっぱり、手前にある『“ 丘珠空港 ” を通るのが一番良い』ってことだよね……」
[此奴等、東京の人間だろう……。何で、そんなマイナーな空港、知っているんだよ? このガキの頭は、如何成っている……]
渡部警部補は、驚きを通り越して呆れてしまい、薄ら笑いを浮かべて言った。
「…… “ 丘珠 ” なんて、良く知っているねぇ……」
「そこを通れば、小父さん達も一番混乱しなくて良いんでしょう?」
「……まあ……。……その、とおりだ」
「じゃあ、僕達は “ 丘珠空港 ” を目指します。
叔父さん。それで良いでしょう?」
樞警視正は、甥役の発言に拍手を持って答えた。
「亮太、よくやった。最良の答えだ。
では、渡部警部補。丘珠空港周辺の要員に、取り急ぎ、私達のことを連絡しておいて下さい。御迷惑を掛けますが、一つ宜しく……」
「分かりました……」
……遠くから、ディーゼルエンジンの音が近付いてくる。その音に、捜査五課の警部補が再び我に返った。
[それも、ここで竹脇をとっ捕まえれば、此奴等の動きなど、もう考えなくても良いことだろうが!]
渡部は、全体へ最後の指示を出す。
「私も、直ちに列車内へ突入する! ここで身柄を押さえるぞ! 抜かるな!」
「はっ……」
返礼した男達の配置が済み、列車がホームへ入って来るのが見えた。
気動車のドアが開くのと同時に、男達が車内へ飛び込んで行く! ……しばらく経つと、様子が変わって来たのが子供にも分かった。
「居たか?!」
「居ないぞ! そっちは?!」
「こっちも、居ません!」
[……ええい! くそー!]
連続した悪意に晒された亮圭は、深く息を吐く。そして、 “ 対人・対物アラーム ” の渡部警部補に対する “ ロック・オン ” を解除した……。
……樞警視正が、甥役にメモ用紙を見せる。そこには、こう書かれていた。
もうすこし、
気をはっていなさい……
気をぬくのは、
「とうちょうき」を、かたづけてからにしよう。
精霊の主でもある少年が、深く肯く……。
------- 更新履歴 -------
2015.09.12 初版公開[旧、第三章の一部として] (Ver 1-01.00)
2016.02.26 改訂第二版公開 (Ver 2-01.00)
2017.08.28 読み易くする為の修正、漢字誤用、誤字、ルビ小修正版公開 (Ver 2-02.00)
2018.08.16 一部加筆、一部の解り難い部分、文章表現、誤字、ルビ修正版公開 (Ver 2-03.00)
2018.08.23 大元のWordファイルとの内容差異が生じたための文章整理、誤字修正、読み易くする為のルビ修正版公開 (Ver 2-03.00.01)




