第8話 もう一つの案件
「なあ、さくらちゃん、なんか上手くいったんやない?」
「うん。多分」
職員室での星占いの後、手ごたえを感じた私と小春ちゃんは、ソワソワしながら四時限目の授業を受け、やがていつものように給食の受け取りに教室を出ていった節子先生が無事に戻ってくることをひたすらに願った。
そして、普通に機嫌よく戻って来た先生に、私たちはとにかく安堵したのだった。
それから給食を食べ終えた私と小春ちゃんは、校舎裏のウサギ小屋の前で、今日の成果を喜び合っていた。
「あのあと美味しそうに給食食べてるの見て、ほんまにほっとしたわー。これもさくらちゃんが機転を利かしてくれたお陰や」
「へへへ、取り敢えず、今週は乗り切れそうだね」
いつもグイグイ引っ張ってくれている小春ちゃんに褒められて、私はついついニヤついてしまう。
「ほんまに今回のさくらちゃんには感心させられっぱなしや。アイデアもそうやけど、たった一時間で、あのノートを仕上げてしもうたやないの」
「ああ、あれね。お陰で黒板の方は全然写せなかったけど」
あのアイデアを思いついたせいで、私は次の一時間、黒板に目を向けず、ひたすら星占いで頁を埋めたのだった。
「それにしても、すごい機転やった。先生の星座の話になった時、敢えてうちに確率の低いカニ座って言わせたやろ。ノートにはふたご座のことしか描いてへんかったみたいやけど、もしほんまにカニ座やったらどうするつもりやったん?」
「ああ、あれね。もし牡牛座かカニ座だったらノートを見せないようにすればいいって思ってただけだよ。小春ちゃんから前に先生の誕生日を聞いたとき、六月か五月って言ってたから、恐らく六月が濃厚だと思っていたの。それで最も確率の高いふたご座の星占いでノートを埋めておいたんだ」
里山の名探偵にねだられ謎解きの解説をしている自分に、私はちょっと不思議な気分を味わいながら説明をしておいた。
「なるほど。それとうち、もう一つ聞きたいことがあるねん」
「うん。なあに?」
「さっき言うたように、先にうちは先生の星座をカニ座って言った。結局先生の口からふたご座やと聞かされたけど、その頁をさくらちゃんが開いて見せたから、多分先生は十二星座の全部がノートに書かれてると錯覚したと思うねん。つまり、取って付けた作戦を、そうではないと思わせることにあの時成功した。もしかしてそれも作戦やったん?」
「うん。それが狙いだったの」
先に私の意図を嗅ぎ取って説明した小春ちゃんは、答え合わせを終えて大きな拍手をくれた。
「すごいやん。乙女心を逆手に取った完璧な作戦や。今日の里山の名探偵は間違いなくさくらちゃんやったよ」
「もう、小春ちゃん、あんましおだてないで」
誉められてちょっといい気持ちだけれど、同時にこっぱずかしさで顔が熱くなって来た。
「それにしても、ラッキーカラーが紺と白って、それって先生のジャージの色やないのん」
「うん。ちょっとした遊び心。小春ちゃん気付いてくれたんだ」
「へへへ、紺と白のジャージは先生のトレードマークやから。すぐにピーンときたねん」
そうこうして二人で盛り上がっていると、五時限目の予鈴が鳴った。
「今日は五時間授業やから、もう一時間したら放課後や。いややなー」
「ゴンの捜索だね」
「脱走してはあちこちでおしっことフンしてる迷惑犬やし、うちは別におらんようになってもろうても構わへんねんけど」
やっぱり小春ちゃんはゴンの捜索にはあまり乗り気ではないみたいだ。
それでも一度依頼を受けたら、小春ちゃんはあの特別な集中力でやり遂げる。
そのことを良く知っている私は、これから始まる冒険に胸を躍らせてしまうのだった。
放課後になってすぐ、予告通り山田君が教室に迎えに来た。
「さあ、ウサギの時みたいに頼むで、こはるん」
「まあ、協力はするけど、あんまし期待せんといて」
いつもの謎解きよりも90パーセントほどテンションの低い小春ちゃんと共に教室を出た私は、先導する山田君の後に付いて、最後にゴンを見かけたという場所へと向かった。
「ここや。山本のじいちゃんがここで見掛けてからゴンは消息を絶ったんや」
山田君が案内したのは県道を一つ外れた田園風景の広がる農道だった。
そこの四つ辻の角にお地蔵さんがあるだけで、周囲には特に何もなく、キャベツ畑がそこいらに広がっていた。
「まあまあ学校に近い場所やな。それで山本のじいちゃんがゴンを見かけたのはいつ頃なん?」
「ああ、先週の木曜日の朝や」
「朝か……たっつんが家を出た時には犬小屋におったんやろ?」
「うん。確かにおった。そやから朝っちゅうても十時とかやと思う」
「たっつんの家からここまでだいたい二キロくらいか……たっつんが家を出てすぐぐらいにゴンは脱走した感じやな」
脱走の常習犯であるゴンは、近所の人に放し飼いにしているのかと疑われるほど、しょっちゅう気ままにその辺をうろついていた。
つまりゴンがその辺をウロウロしていても誰も気にも留めない程度には見慣れているということだった。
「山本のじいちゃん、白内障でだいぶ目え悪いけど、それってほんまにゴンやったんやろうな」
「それは間違いない。先月白内障の日帰り手術を受けたって言うとった」
「あと、最近ちょっとボケて来てる感じやけど、ほんまにその日であってるんやろうな」
「それも大丈夫や。移動スーパーの日やったって言うとったから、木曜日で間違いない」
「まあ、100パーやないけど、少しは信憑性が上がったわ。頼りない手掛かりやけど、ここを起点に捜査開始や」
まだ日の高い四月の空の下、こうして私たちの犬探しはスタートを切った。
同じ空の下でお腹を空かせている気の毒なゴンを想像しつつ、私もちょっと小春ちゃんと同じように、ゴンのことを迷惑な犬だとどこかで思っていた。




