↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/14

第7話 攻略、女心

 そして火曜日の朝。

 始業の鐘が鳴り、朝のホームルームに現れた節子先生の顔は、やはり立体的だった。

 そして、今日は少し凝った刺繍の入ったブラウスと、明るい若草色のスカートを穿いている。

 いつも身に着けているあの紺色に白線のジャージは、今日に限っては家のハンガーにでも掛かっているのだろう。

 いつになく溌溂と出席を取り始めた先生に、私の胃は少し痛くなる。


「なんだか今日は一段と気合入ってるみたい」

「ほんまや。これはマズいかも知れんな」


 この状態の節子先生は、いわば導火線剥き出しの爆弾だ。

 冗談抜きで今日、おにいさんに告白してしまいそうな気配をプンプン漂わせていた。

 導火線に火が点く前に、食堂で目撃した真実をやんわりと真綿で包んで先生には伝えてあげるべきなのだろうが、私も小春ちゃんも、なかなかそれを言い出せずに悶々としていた。



「よし。今日おにいさんが給食の配達に来る前に、先生にほんまのことを言おう。うん、そうしよう」


 一時限目が終わってすぐに小春ちゃんに手を引かれて来た、陽光射し込む階段の踊り場で、私は彼女の決意を聞いたのだった。


「ホントに? ホントに言っちゃうの?」

「うん。うちは本気や。なんか先生、今日は一段とおめかししてるし、ほっといたらマズいような気がするねん。さくらちゃんはどう思う?」

「そりゃあ言ってあげた方がいいんだろうけど……」


 小春ちゃんの固い決意の前で、私の心は揺れ動いていた。

 あんなに一途で純真な節子先生の心の中に、親切心からとはいえ私たちが踏み込んでしまってもいいものなのだろうか。

 あれから何度も自問自答してきたけれど、やはり答は出ていなかった。


「ごめん小春ちゃん、私、決められない」


 私がそう応えると、小春ちゃんは腕を組んで大きなため息をついた。

 ああは言ってはいたが、やはり私と同じように小春ちゃんの心も揺れ動いているのだ。


「おー、こはるん、そこにおったんか!」


 いきなり階上に登場した坊主頭の山田君に、節子先生のことに集中していた私たちは、二人揃ってビクッとなる。


「なんやたっつん、吃驚させんといて」


 小春ちゃんが口を尖らせるのにも構わず、山田君は階段を一足飛ばしで降りて来た。


「教室におらへんかったから探したで」

「なんなん? うちら今忙しいんやけど」

「いや、昨日話しとったことやよ」

「ゴンのことか? それで見つかったん?」

「いや、それがまだなんや」


 山田君はいなくなったゴンのことを本当に心配しているのだろう。

 手を合わせて何度も探すのを手伝ってくれないかと小春ちゃんに頼み込んでいるのを見ていて、少し胸がジンとなった。


「分かった。でも今うちらが抱えてる一件が解決してからでええ?」


 小春ちゃんは渋々と言った感じで了承したけれど、昨日の感じでは、端《はな》からこの少年の依頼を受けるつもりだったに違いない。


「おお、受けてくれるんか。それでその一件とやらはいつ片が付くんや?」

「早ければ今日、でもだいぶ長引くかも知れん」

「じゃあ、一番早いやつで頼むわ。ほんなら放課後迎えに行くわな」

「あ、ちょっと、たっつん」


 一方的に約束を取り付けた少年は、小春ちゃんの声を置き去りにして、上機嫌で階段を一つ飛ばしで上がって行った。


「まいったわ。ただでさえ節子先生のことで頭痛いのに……」

「フフフ、でも山田君、喜んでたね」


 階上に消えていった坊主頭を見送って、小春ちゃんと私は階段の踊り場で苦笑し合う。

 そして思わぬ伏兵に水を差されたことで、あの重苦しかった空気が晴れていることに私は気が付いた。


「うち、何か気い抜けてしもうた。さくらちゃんもちゃう?」

「うん、私も。すごいタイミングだったね」


 そして、どちらからともなくもう笑い合ったあと、小春ちゃんはさっきの話の続きをし始めた。


「たっつんのことは一旦置いとこう。でもこまったなあ、ほんまに今日告白するかもやし、さくらちゃんのお母さんがゆうてたように、女心ってのはほんまに厄介や」

「ほんとだね……」


 そう応えてすぐに、私の頭の中にあるアイデアが浮かんだ。


「そうだ。ねえ小春ちゃん、その女心を逆手に取るってどう?」

「女心を逆手に? いったいどうゆうことなん?」

「単純なことなの。でも、きっとうまくいくと思う」

「ふーん、今のところ何をするんかよく分からへんけど、さくらちゃんのアイデアにうちも便乗させてもらおうかな」


 こうして女心というキーワードで思いついたアイデアを、私たちは実行することとなった。



 次の休み時間、私と小春ちゃんは職員室の前で中の様子を窺っていた。


「他の先生はおらんみたい。さくらちゃん、今がチャンスやで」

「うん。じゃあ、打ち合わせどおりに」


 さあ行動開始だ。私は胸に抱えたノートにギュッと力を込める。


「せんせー」


 ノックも遠慮も無しにいきなり職員室に入って行った小春ちゃんを、節子先生は苦笑しながら教師らしく窘めた。


「畠山さん、職員室に入るときはまずノックをして一礼してから入るんですよ」

「あっ、うちとしたことがやらかしてしもうた」


 出足でいきなり躓いた小春ちゃんは、ノックと礼をやり直して、職員室に入って行った。そして私も小春ちゃんに続いて入室する。


「どうしたの二人とも、もうすぐ次の授業が始まりますよ」

「なあ先生、ちょっと五分だけ付き合ってくれへん? さくらちゃんが星占いにはまってて、先生のこと占いたいってゆうてるねんけど」


 打ち合わせどおりに小春ちゃんがアプローチすると、先生はニコリと笑って私たちに手近な椅子を勧めてくれた。


「いいですよ。星占いは先生も昔よくしたものです。私の星座は……」

「うち知ってる。確かカニ座やったんやない?」

「残念だけど不正解ですね。私はふたご座ですよ」


 そして、先生の星座を聞いたうえで私はノートの頁をめくり始める。


「ふたご座ですね……ありました」


 私はノートを開いてそこに書いておいた内容を先生に見せながら解説していく。


「今週のふたご座の総合運は、星三つですね。なになに、伝えたい相手に上手く気持ちが伝わらないかも。落ち着いて相手の立場に立ってよく考えて言葉を選びましょう」

「フムフム。なるほど……」


 節子先生はこの出鱈目な星占いに、何だか真面目に感心している様子だ。

 私は少し心を痛めつつ、その先を続けた。


「金運は星二つ。無駄遣いに気を付けて、本当に納得できるものだけを選びましょう。仕事運は星四つ。いつもと同じ方法でも上手くいきますが、新しいことにチャレンジしてみてもいいかも。じゃあ最後に恋愛運ですね……」


 私が仕上げに入ろうとすると、節子先生はやや前のめりになってノートに顔を近づけた。


「恋愛運は星三つですね。気運は上昇中ですが結論を急げばすれ違ってしまいそう。立ち止まって相手と自分の距離を見つめ直すと良いでしょう。えっと以上ですが、因みに今週のラッキーカラーは紺と白だそうです」

「紺と白……」


 ノートに書いてあったことを読み上げ終えた私の前で、節子先生はこめかみに指を当てて、しきりと何やら考え込む。


「先生、先生」

「あ、いえ、なかなか参考になりました。そろそろ鐘が鳴りそうですね。ささ、二人とも早く教室に戻りましょうね」


 何だか上手くいった感じだ。私は先生に気付かれぬよう小春ちゃんとアイコンタクトを取る。


「じゃあ先生、お時間取らせてしまって、すみませんでした」

「こちらこそ。なかなか楽しかったですよ」


 そして私たちは丁寧なお辞儀をしてから職員室を後にした。


「なあさくらちゃん。次はうちのこと占ってくれへん。先週占ってもらったやつ、けっこう当たったねん」

「うん、じゃあお昼休みにね」


 最後に廊下で職員室の先生に聞こえるように駄目押しをした後、私たちは急いで教室へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。