第5話 決定的なもの
食堂の駐車場に車を止めてすぐ、私はこの後の流れを小春ちゃんに尋ねた。
「小春ちゃん、計画は?」
「うん。こっからは山ちゃんの出番や」
「わしか?」
山ちゃんは少し吃驚したような声を上げてから、後部座性に座る小春ちゃんを振り返った。
「まあシンプルな作戦なんやけど、山ちゃんにはその辺におる図々しくって厚かましいおっちゃんを演じて欲しいねん」
「図々しくって厚かましいおっちゃんねえ」
図々しいのも厚かましいのも、殆ど同じ意味じゃないのかなと思いつつ、私は小春ちゃんの話に耳を傾ける。
「小学生のうちらが、いきなりおねえさんに結婚してるか聞いたりしたら不自然やろ。その点、山ちゃんやったら見掛けもそんなんやし、その辺におる図々しくって厚かましいおっちゃんで済むやろ」
「今ちょっとだけ傷ついたけど、確かにそうかも知れんな」
「細かいところは山ちゃんに任せるけど、例えばこんな感じで訊いてみたらどうやろか。『おねえさん別嬪さんやねえ。どや、うちの息子の嫁にこうへんか』とか」
小春ちゃんが適当に作ったアドバイスに、山ちゃんの表情が渋くなる。
「そうゆうおっさんは確かにどっかにおりそうやけど、あんまりやりたくないなあ……」
「まあええ、そんな感じで頼むわな。よっしゃ行くで」
あまり気乗りしていなさそうな山ちゃんに有無を言わせず、私たちは車を降り、お互いに一度顔を見合わせて気を引き締めた。
そして、程よい緊張とパンパンの好奇心で膨らんだ私たちは、食堂の入り口へと足を踏み出した。
だが、入り口までもう少しという所まで来た時に、どういう訳か小春ちゃんの足が止まった。
「どうしたの、小春ちゃん」
「うん、ちょっと気になって」
足を止めた小春ちゃんが目を向けていたのは、配達用の白いバンの奥に停めてあった一台の黒いミニバンだった。
その車はお客さんの駐車場ではなく、木陰のある少し奥まった狭いスペースに停まっていた。
「あの車、お店の開店前に既にあったやろ。おにいさんの車かな?」
「さあ、どうかな、もしかするとそうかも知れないね」
小春ちゃんは少し躊躇ったあと、入り口ではなく黒いバンに向かって足を踏み出した。
私と山ちゃんは小春ちゃんに続いて付いていく。
そして、車を観察し始めた小春ちゃんが窓越しに後部座席を覗き込んだ時、もともとパッチリとしている彼女の目がさらに大きく見開かれた。
「どうしたの、小春ちゃん」
「うん、ちょっとアレを見て」
「えっと……あっ!」
私と小春ちゃんを驚かせたもの。それは後部座席に備え付けられていた乳児用の小さな座席だった。
言葉を失った私に続いて、山ちゃんが中を覗き込む。
「あれは……チャイルドシートか……いや、ベビーシートやな」
最後に中を覗き込んだ山ちゃんが確認を終えると、小春ちゃんは険しい表情のままその場で目を閉じた。
思考の海に沈んで行った小春ちゃんは、そのまましばらく沈黙したのちにゆっくりと目を開いた。
「ここの駐車スペースはお客さん用やない。開店前からここに停まっていたことから考えても、恐らく、この車はおにいさんのものか、おねえさんのもの。あるいは二人のものである可能性が高いと思う」
「じゃあ、二人は結婚してて、子供もいるかもってこと?」
「あくまでも推測やけれど、その可能性は否定できへん……」
小春ちゃんは前に言っていた。矛盾する可能性を排除していき、残った合理的な解答を推理で導き出すのだと。
この状況を合理的に解釈するなら、そう考えるのはごく自然なことだった。
「もしかするとまだ見落としていることがあるかも知れんし、ここまで来たら直接聞いた方がええ様な気がする。憶測はいったん中断して、とにかく食堂に入って確かめてみよう」
情況的なヒントが目の前にあるにも拘らず、小春ちゃんがこれ以上の推理を投げ出し直接的な方法を取ると言い出したことに、私は正直驚いていた。
恐らく、ここへ来る前から小春ちゃんは合理的な解答よりも節子先生に寄り添う方法を探したかったのだろう。そのため可能性が大きく傾いた時点で彼女の中の先生に対する感情が論理的な思考計算に介入し、決定的な解答を導き出すことを拒絶したのだ。
自分の手で最終的な解答に辿り着きたくない。つまり、そういうことなのだろう。
「うん。わかった」
その心情を察して、戻ろうとした時だった。
「あの声は……」
立ち止った山ちゃんが耳を澄ます。
それは、どこからかしてくる赤ちゃんの泣き声だった。
「小春ちゃん」
「うん、行ってみよう」
泣き声のする方向へと足を向け、ミニバンのさらに奥にあった物置の横を通って食堂の裏手に出ると、そこにはぐずっている乳児をあやす、あのお兄さんの後ろ姿があった。
「よしよし、まいったな。もうお客さんが入り始めたのに……」
困った様に赤子をあやすその後ろ姿を目にしてしまった私たちは、黙ったままゆっくりと後ずさってその場を後にした。
結局あのあと、私たちはそれ以上の詮索をすることなく、あの食堂ではない別の場所で昼食を山ちゃんにご馳走してもらい、家まで送ってもらった。
決定的なものを見てしまった私たちは、あとから帰宅したお母さんに、このあとどうすべきか相談したのだった。
「そうねー、それとなく事実を教えてあげるのが一番いいんじゃないかな」
きっとお母さんも落胆しているのだろうが、そこは流石に大人なので、見た感じは落ち着いていた。
それに比べて、私と小春ちゃんのメンタルは見た目から酷いことになってしまっていた。
「アカン、節子先生に死刑宣告をせなあかんやなんて、うちには到底無理や」
「私も。こんなこと、とてもじゃないけど言えないよ」
そうは言ったものの、まかり間違って突っ走る前に、節子先生にはそのことを教えてあげなければならない。
ギリギリ二十代の節子先生は、いつ爆発するか分からない爆弾のように、私たちの頭を悩ませる。
気分転換に分校跡のグラウンドへ行って遊んでも、憂鬱な気持ちは私たちにきっちりついて来た。
「ねえ小春ちゃん、火曜日が危ないよね」
「うちもさくらちゃんと同じこと考えてた。火曜日は危険やわ」
火曜日にはまたあの食堂のおにいさんが学校に給食を運んでくる。
大おかずをワゴンに乗せるときに節子先生とおにいさんは必ず二人きりになるのだ。
節子先生が行動を起こすとすれば、そのタイミングが濃厚だった。
「ねえ小春ちゃん、先生の誕生日っていつかな?」
「うーん、確か六月やったような。いや、五月やったかな」
あまり関係ないのかも知れないが、女性心理を踏まえて、告白するなら三十の大台に乗る前にしそうな気がする。
それと、小春ちゃんが言うには、節子先生がおにいさんに出会ってからそろそろ一年らしいので、そういう意味でも突然それが起こったとしてもおかしくないと私は思っていた。
それから全くいい案が浮かんでこないまま、悶々とした休みを二人で過ごした。
やがて月曜日となり、あまり気が進まないまま私と小春ちゃんは学校へと向かったのだった。
相変わらずのジャージ姿で教室に現れた節子先生は、朝の挨拶の後、いつもそうしているように、たった五人の出欠を取っていく。
「畠山小春さん」
「はい」
五十音順の最後に小春ちゃんの名前を呼んだ先生は、出欠簿を閉じたあと、少し首を傾げた。
「今日は四年生の二人は少し元気がありませんね。どうかしましたか?」
先生のせいでこうなっているのだとは言い出せずに、私と小春ちゃんはいつもと変わらない先生に、「ただの寝不足です」と言っておいた。




