第3話 移動手段確保
「ほー、成る程な。節子先生が食堂のおにいさんにねー」
「そうゆうことやねん。分かってると思うけど、このことは今のところ秘密やから。他の人には言わんといてな」
情報と協力を得るにあたり、小春ちゃんはこれまでのいきさつを大まかに山ちゃんに伝えておいた。
「それで、そのおねえさんの素性を確認したいわけやな」
「そうやねん。なあ山ちゃん、ズバリ聞くけど、あのおねえさんって食堂のおにいさんのお嫁さんなん?」
「さあ、その辺はわしにはさっぱり」
小春ちゃんはその後もおねえさんの情報を引き出そうとしたが、結局、山ちゃんは時々お昼ご飯を食べにあの食堂に行っているだけで、それ以上の情報は得られなかった。
この場合、特に進展しなかったことを落胆すべきなのだろうが、寧ろ私は先生にとって最悪な結末をここで聞かされなかったことに安堵していた。
「その辺のことは、またわしが食堂に行った時にでも聞いといたるから、そうがっかりせんでええよ」
フットワークの軽い山ちゃんなら、そのうちに詳しい情報を教えてくれるだろう。
だが、ひと段落ついたと思った私の隣で、小春ちゃんはまだ難しい顔をしたままだった。
「今日の先生の様子やと食堂におねえさんがおることに、まだ勘付いてないはずや。今後の先生の行動次第でややこしいことになるかもやし、出来るだけ早く確認したほうがええと思うねん」
小春ちゃんの口ぶりでは、事は緊急を要すといった感じだった。
どうやら山ちゃんの提案では少し具合が悪いらしい。
「そうね。小春ちゃんの言うとおり、少し急いだほうが良さそうね」
多分、私の疑問を察したのだろう。お母さんが小春ちゃんの意図していることをここで補足してくれた。
「女心は掴みどころの無いもの。もし、何かのきっかけで節子先生がこのタイミングで告白をしてしまったら少し困ったことになってしまうわね」
「そうか……」
ようやく私も二人の言わんとしていることに気が付いた。
一方、山ちゃんはまだ合点がいっていない様子で相変わらず首を傾げている。
「まあ、まだまだケツの青い山ちゃんには女心は分からへんやろうな」
小春ちゃんは、まだよく分かっていなさそうな山ちゃんに、ちょっと自信満々に女心の何たるかを解説し始めた。
「ええか山ちゃん、つまりはこういうことや。何の予備知識も無いギリギリ二十代の節子先生は、まかり間違えばすぐにでもおにいさんに告白する可能性がある。そう思わへん?」
「まあ、そんなもんなんかな」
「もし告白したらどうなると思う?」
「そりゃ、相手が結婚してたとしたら断わられるんとちゃうか」
簡単に即答した山ちゃんに、小春ちゃんは人差し指を立てて、チッチッチッと振って見せた。
「甘いで山ちゃん。それだけじゃ済まへんねんで」
「まだ何かあるんか?」
「まだ分からへん? 結婚している男の人に告白なんかしたりしたら、節子先生は大恥かくことになるんやで」
ここでようやく山ちゃんの表情が少し険しくなった。
「ほんまや……それはえらいこっちゃ」
「それだけやない、この狭い村でそんな噂が広まったら、節子先生の立場はどうなるん? 妻子ある男性に横恋慕したとか噂が流れたら、教師としても先生は肩身の狭い思いをすることになるやろ」
「確かに……」
何時の間にかおにいさんが妻子持ちになっている。
ツッコミどころが色々出て来たけれど、勢いづいて来た小春ちゃんはもう止まらない。
そして、ますます深刻な表情になった山ちゃんに、小春ちゃんはさらなる追い打ちをかける。
「それとこれは先生だけの問題やないで。山ちゃん、役場から節子先生に陶芸の講師頼んでるやろ」
「そうやけど、それがどうしたんや?」
「察しが悪いで山ちゃん。つまり節子先生がそうなってしもうたら折角立ち上げた陶芸教室も危うくなるんやないの?」
「ん? どうゆうことや?」
小春ちゃんの言わんとしていることがよく分からないようで、山ちゃんはただ首を傾げている。
「うちに皆まで言わせるつもりなん? つまり先生は恋に破れ居場所を失ったギリギリ二十代の乙女なんや。三十代になったらさらに結婚の可能性が薄くなる。それはわかるやろ」
「まあそうかもな」
「こんな田舎やと出会いの確率はほぼゼロや。さらにおかしな噂が流れてしもうたことで、ここでの結婚の機会は完全に消滅してしもうた。恋に破れ生きる希望を失った先生は都会に行って人生のやり直しを計るはずや。ラストチャンスは田舎には無い。そう思わへん?」
「確かに、小春ちゃんのゆうとおりや」
もう完全に想像の世界だが、小春ちゃんの話には妙なリアリティがあった。
「山ちゃん、前に陶芸をこの村の売りにしたいってゆうとったやろ。先生おらんで誰が陶芸教えれるん?」
「ほんまや。これはマズいで。もう役場で結構陶芸の機材買うてしもうたのに……」
ここまで来ると、もう山ちゃんを引き込むための演出のようだったが、小春ちゃんの誘導を純真な山ちゃんは見事に真に受けてしまっていた。
「節子先生を引き止めるには、先生が早まった行動に出る前に、うちらが迅速に情報を集めんとあかん。兎に角まずはおにいさんの身辺調査からや」
「よっしゃ分かった。わしが全面的にフォローする」
こうしてまんまと山ちゃんを引き込んだことで、小春ちゃんの思惑どおり移動手段を確保した私たちは、翌日、おにいさんの身辺調査を開始したのだった。




