第11話 解決の糸口
お弁当を食べ終わってしばらくすると、山田君がそこにいたこともあり、やはりゴンの話題になった。
「なあこはるん、昨日は収穫無かったけど、これからどうしたらええと思う?」
「ああ、それは昨日さくらちゃんと次の手を考えた。これからちょっと確認しに行こうと思うてるとこやよ」
「ホンマか! それで誰に確認するんや?」
「フフフ、まあ見ててーな」
小春ちゃんは含み笑いをしながら腰を上げると、まだお弁当を食べている最中の三人の先生の所へと近づいて行った。
私と山田君も小春ちゃんの後に付いていく。
「なあ先生らの中で誰か、最近ゴンを見かけへんかった?」
「ゴン? ああ、山田君のとこの犬やな」
五・六年生担任の葛城先生が箸を持つ手を止めて、ふーむと考え込む。
葛城先生はちょっと線の細い五十代後半の男の先生で、家庭菜園が趣味の愛妻家だ。
因みに、家では猫を二匹飼っている。
「どうかな、僕は見かけた記憶はないなあ。どうですか香坂先生、笹山先生」
「山田くんちの犬、時々学校のグランドを走ってますよね。確か入学式の時も、走り回っていたような」
節子先生が思い出したようにそう言うと、笹山先生もそうそうと、その時のことを振り返った。
「ええ、憶えてますとも。確か新入生が体育館から退場した時にワンワン鳴きながら走ってましたね。それにしてもあの犬、放し飼いなんでしょうか」
笹山先生はギリギリ四十代の女の先生で、ちょっと動物が苦手だ。
何でも子供の頃に野良犬に噛まれて以来、トラウマを引きずっているらしい。
皆あんまりゴンに関心が無いけれど、犬が苦手な笹山先生なら見掛けたらきっちり覚えているに違いない。
「入学式の時の話は置いといて、先週の木曜日に、給食の受け取りをした先生って誰なん? 恐らくその時にゴンを見かけてるはずなんやけど」
ちょっと話が外れだして小春ちゃんが軌道修正すると、先生たちは顔を見合わせた。
「木曜日の受け取りは確か葛城先生でしたよね」
節子先生がそう言ったので、その場の視線が葛城先生に集まった。
しかし、何故だか先生は腕を組んで首を傾げた。
「ええそうでした。でもその日は給食を受け取った記憶が……」
小春ちゃんは腕を組んで顔をしかめている。先生の反応の悪さに性格的にイライラしている様子だ。
「そうそう、思いだした。その日は四時限目に体育館で体力測定があったから、校長先生に代わってもらったんだった」
「なんや、校長先生なん!?」
完全に予想外だったのだろう。小春ちゃんの声が裏返った。
掘り起こしたたくさんの筍をお土産にもらい、学校へと戻った私と小春ちゃんは、ホームルームを終えてすぐに校長室へと向かった。
「校長せんせー」
ノックも遠慮も無くいきなり戸を開けて部屋に入って来た小春ちゃんを、白髪で頭頂部の綺麗に禿げた校長先生は、吃驚した顔をしてから穏やかに窘めた。
「これこれ小春ちゃん、校長室に入るときはまずノックをして入りなさい」
「あ、すみません。うちとしたことがやらかしてしもうた」
再びノックをしてから一礼して校長室に入ると、校長先生は私と小春ちゃんに、何だか高そうな皮張りのソファを勧めてくれた。
「まあ座って座って。あったかいお茶でも淹れようかの」
校長先生は私たちの来室を歓迎してくれている様子だ。
よっこらせと椅子から立ち上がり、おぼつかない足取りで校長先生がお茶を淹れに行こうとするのを、もどかしいのが苦手な小春ちゃんは、すぐにフランクな感じで断った。
「お茶はええねん。それよりうち、校長先生に聞きたいことあるねん」
「ほう、質問かね。担任の先生の方がわしより上手く教えてくれそうじゃけど、わしで良ければ何なりと聞きなさい」
校長先生は多分八十歳を超えている。
いつもニコニコしていてやたらと腰の低いこの校長先生のことを、私はなんだか仙人のような人だと日頃から思っていた。
「勉強のことやないねん。聞きたいのはゴンのことやねん」
「ゴンか、彼は現代サッカーの基礎を作った偉大なサッカー選手の一人で……」
「いや、それはゴン中山やろ。うちが聞きたいのはたっつんのところのゴンのことやねん」
忙しくボケツッコミをしてから、小春ちゃんは本題へと入った。
「先週の木曜日、校長先生、葛城先生の代わりに給食の受け取りをしたやろ」
「うむ、確かにそうやった。あの日の給食は美味かった。特にデザートのムースが……」
デザートのムースの話より、この今にも折れそうな校長先生に、大おかずの運搬の手伝いを丸投げした葛城先生の常識を私は疑った。
「その話はまた今度。なあ校長先生、その給食の受け取りの時、ゴンの姿見かけへんかった?」
「ああ、あの黒っぽくて茶色っぽい、中途半端に毛足の長い犬のことやろ」
「そうそれ! じゃあ見かけたんや」
「ああ、グランドからこっちを見とったよ」
とうとう手掛かりに行き当たった私と小春ちゃんは、大喜びでハイタッチした。
「それで、そのゴンがどうかしたのかい?」
事情を説明すると、校長先生は椅子に深く腰掛け大きく息を吐いた。
「あの犬やったらそのうちに帰ってきそうやけど、小春ちゃんは山田君からの依頼を受けたんやね」
「まあ、仕方なく」
「そうか。でもわしも見かけただけで、それからどこへ行ったのか知らんのや。すまんなあ」
申しわけ無さそうに校長先生がそう言うと、小春ちゃんはニコリと笑って見せた。
「ええねん。ゴンがここへ来たことが分かっただけでも大きな前進や。さあ、あとはうちの仕事や」
小春ちゃんはそのまま皮張りのソファにもたれ掛かって、静かに目を閉じ、ゆっくりと思考の海へと沈んで行った。
特別な集中力を発揮し始めた小春ちゃんを、私と校長先生は見守る。
そして、小春ちゃんは再びゆっくりと思考の海から浮かんで来た。




