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【完結】キスからその先は。  作者: もぁらす


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幕間 綾野ーー好きじゃなくても、手放さない


俺のほうから捨てるなら、まだわかる。


でも。


女のほうから俺を捨てる?


そんなの、あり得ない。


「なぁ」


薄暗い部屋の中。


俺は、すぐそばにいる葉山を見下ろした。


「そんなに俺のこと好き?」


返事の代わりに、葉山が困ったように目を逸らす。


その顔を見れば、答えなんて聞かなくてもわかる。


知っていた。


葉山が俺に惚れていることくらい。


ずっと前から。


横浜のみどりちゃん。


新宿の松川。


梅田の永吉。


京都の春香。


みんな同じだ。


俺のことが好きだと言う。


会いたい。


寂しい。


次はいつ会えるの。


言葉にしなくても、顔を見ればわかる。


こっちが少し優しくしてやれば喜んで。


連絡が遅れれば不安になって。


俺が離れようとすれば、泣く。


面倒くさい。


なのに。


それでも向こうから寄ってくる。


女って、本当にわからない。


いや。


わかりやすすぎるのかもしれない。


求めているものを少し与えてやれば、勝手に期待する。


勝手に好きになって。


勝手に傷ついて。


最後には、


『私はこんなに好きなのに』


みたいな顔をする。


知らねえよ。


俺が好きになれって頼んだわけじゃない。


「……綾野」


名前を呼ばれ、俺は葉山を見る。


葉山だけじゃない。


俺に近づいてくる女たちは、たいてい同じ目をする。


俺が好き。


もっと欲しい。


自分だけを見てほしい。


そういう感情が透けて見えた瞬間。


なぜか急激に興味が失せる。


簡単だからだ。


俺が何をしても。


多少雑に扱っても。


最後には許される。


好きだから。


たったそれだけの理由で。


――つまんねえ。


「……何?」


「なんでもない」


葉山が小さく笑う。


そういうところは嫌いじゃない。


葉山は、他の女よりは距離の取り方を知っている。


会社では同期。


飲みに行けば気楽に話せる。


仕事の愚痴も言える。


だから長く友達でいられた。


けれど。


俺を見る目が変わったのは、いつだったんだろう。


たぶん。


気づかないふりをしていただけだ。


俺は女の好意に鈍感な方じゃない。


むしろ、嫌でもわかる。


だから。


葉山の気持ちだって。


最初から知っていた。


それでも。


知らないふりをしていた。


友達のままなら、楽だったから。


「文香には言わないでね」


葉山が、ぽつりと言った。


その名前に。


胸の奥が一瞬だけざわつく。


「言うわけねーだろ」


即答する。


それを聞いた葉山は、少しだけ寂しそうに笑った。


なんでそんな顔するんだよ。


お前だって、最初からわかってただろ。


俺には文香がいる。


それでもいいって顔して、俺のそばに来たのはそっちだ。


俺の彼女は。


葉山とは違う。


みどりちゃんとも。


松川とも。


永吉とも。


春香とも。


誰とも違う。


桐谷文香。


俺の素行が悪くても、騒がない。


女と遊んでいると聞いても、大して怒らない。


何をしていたのか問い詰めない。


連絡がなくても追いかけてこない。


会えなくても泣かない。


欲しいものも言わない。


束縛もしない。


『私だけを見て』


なんて、一度も言ったことがない。


普通なら。


彼女としてどうなんだ、と思うのかもしれない。


でも。


俺には、それが居心地良かった。


仕事が忙しい時には、放っておいてくれる。


会えば普通に笑って。


飯を食って。


くだらない話をして。


俺が関西へ転勤になっても、泣きもしなかった。


『大変だね。頑張って』


それだけ。


寂しくないのか。


少しくらい引き止めろよ。


最初はそう思った。


でも。


文香は昔からそういう女だ。


男がいなくても、生きていける。


一人でも平気。


俺に寄りかからない。


俺の人生に入り込もうともしない。


だから。


俺も好きにできた。


仕事にも没頭できた。


女と遊ぶことだってできた。


それでも最後には。


文香のところへ戻ればいい。


ずっと。


そう思っていた。


最低だって?


知ってる。


でも。


文香だって俺に何も求めない。


俺たちは、それで成り立っていた。


少なくとも。


俺はそう思っていた。


――あの日までは。


『浮気するなら、もっと上手にして』


珍しく怒った文香の顔が、頭に浮かぶ。


あんな顔するんだ。


そう思った。


少しだけ。


嬉しかった。


やっと嫉妬したのかと思った。


俺のこと。


ちゃんと男として好きだったのかって。


だから。


『本命は文香だけだから』


そう言えば、いつものように終わると思った。


文香なら。


『はいはい』


って流して。


結局、俺を部屋に入れる。


そう思っていた。


なのに。


嫌だと言った。


来るなと言った。


初めて。


俺を拒んだ。


たったそれだけのことなのに。


妙に引っかかっている。


俺のほうから離れるならいい。


俺の都合で会わないのもいい。


でも。


文香のほうから俺を拒否するのは。


気に入らない。


――なんで?


自分でもわからない。


葉山が、俺を見ている。


俺のことが好きだと。


目が言っている。


そういう女なら。


他にいくらでもいる。


俺が望めば。


いくらでも。


だけど。


文香だけは違う。


あいつは俺のことを。


たぶん。


俺が思っているほど好きじゃない。


それは、ずっと前からわかっていた。


だからこそ。


安心していたのかもしれない。


好きすぎない。


依存しない。


何も求めない。


俺を縛らない。


そんな女なら。


ずっと一緒にいられると思った。


恋愛なんて。


どうせいつか熱が冷める。


好きだの愛してるだの。


そんなものだけで一生一緒にいられるわけがない。


だったら最初から。


その温度が低い女のほうがいい。


俺も楽で。


向こうも楽で。


適度な距離を保ったまま。


仕事をして。


歳を取って。


気づけば隣にいる。


文香とは。


そんなふうになれると思っていた。


だから。


俺は文香にだけは。


無理をさせなかった。


他の女にするようなことを、文香には求めなかった。


大切にしているつもりだった。


――俺なりに。


それが。


文香に伝わっていたかどうかなんて。


考えたこともなかったけど。


葉山が、俺の名前を呼ぶ。


俺はその声を聞きながら。


文香の顔を思い浮かべていた。


俺のことなんて。


きっと一生。


死ぬほど好きにはならない女。


だからこそ。


俺は、あいつなら手放さなくて済むと思っていた。


ずっと。


俺の隣にいるんだと。


勝手に。


そう決めていた。


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