36話 ずっと好きだった
二回目の「ごめん」が聞こえたあと。
気がつけば視界が滲んでいて、我慢できずに涙が頬を滑り落ちた。
信号がまた青に変わる。
渡ったはずの西嶋先輩が、ゆっくりと横断歩道を戻ってくる。
「ごめん」
三回目の、ごめん。
私は息が詰まって、何も返事ができないまま、唇をぎゅっと閉じていた。
口を開いてしまったら、感情を全部さらけ出してしまいそうだったから。
「ごめん」
ああ、もう──四回目。
西嶋先輩が、困った顔で私を見る。
「先、帰って──ください」
声を出したら、思っていた以上に震えて、うまく話せなかった。
思わず俯いて、先輩を押し返す。
ごめんなんて言葉、聞きたくない。
「泣かせてるのって。もしかして、……俺?」
私が返事をしないでいると、もう一度。
「俺のせい?」
西嶋先輩のせいじゃなかったら。
目の前でなんて、泣き出したりしないでしょ。
「早く、行ってくださいよ」
ぐいっと、また先輩を押して急かす。
その手を、掴まれた。
「答えて」
「何をっ……」
「泣いてる、理由」
「そんなの……っ」
くい、と掴まれた腕を引かれる。
そのまま西嶋先輩が、横断歩道を歩き始めた。
「ちょ、っ……先輩」
点滅していた信号を渡りきる。
タイミングよく変わった次の信号も、そのまま渡る。
この先には、先輩のマンションがある。
「……先輩っ」
西嶋先輩は、何も言わずに私の手を引いて歩く。
けれど。
その進路は先輩のマンションを通り過ぎて。
──私のマンションの目の前で止まった。
「これ、綾野から」
先輩がポケットから取り出したものが、私の手のひらにぽとりと落ちる。
「……こ……れ」
それは、綾野くんに渡していた、私のマンションのスペアキーだった。
「返す、って」
「……綾野くん……が?」
「本当は、すぐ渡そうって思ってたんだけど」
「……」
「……許して、もらえる気がしなくて」
「……何が、……ですか……」
「俺が、桐谷にしたこと。全部」
「な……に、を──」
「ごめん」
もう。
それは聞きたくないってば。
なんなの。
何が言いたいの。
「ごめんばっかりじゃ、何もわからないです──」
「好きなんだ。ごめん」
「……」
「ずっと好きだった」




