35話 聞こえなかった告白 :西嶋
郵便物を受け取り、外へ出た。
見計らったつもりはなかったのに、ちょうど桐谷がこちらへ歩いてきて、鉢合わせる。
「……」
互いに言葉が出ない。
ほんの数秒のはずなのに、妙な間が長く感じた。
やがて。
「さ、寒いですよね」
桐谷がそう口にした。
あまりにも他人行儀なその言葉に、胸の奥がざわつく。
目の前の交差点。
信号が変わるまでのわずかな時間、俺たちは並んで立った。
「ああ」
「でも、寒くなって良かった。コートの売上が上がってきて、ホッとして──」
桐谷は、しきりに仕事の話をしようとする。
その声だけが頭に響く。
心が、見えない。
こちらを見ている桐谷へ、ほんの少しだけ顔を向ける。
けれど。
自分だけが何もかも見透かされているような気がして、まともに目を合わせることができなかった。
信号が、青に変わる。
「もう、仕事の話なんてしたくないですよね。帰宅途中ですし」
かすかに。
桐谷の声が震えていた。
寒いからだろうか。
そう思いながら、俺は足早に横断歩道を渡り始める。
「まだまだ、秋の負けの分は取り返すの大変だろ」
そう返した時。
隣にいたはずの桐谷の姿がなかった。
足を止める。
振り返ると、横断歩道の真ん中に桐谷が立ち尽くしていた。
俺が振り向いたのと同時に、信号が点滅を始める。
「桐谷、なにやって──」
「わ、忘れ物したので! お先に、どうぞ!」
ああ、もう。
俺と並んで帰ることすら。
桐谷は、望んでいないんじゃないか。
追いかけるべきなのか。
このまま行くべきなのか。
一瞬、躊躇した。
その瞬間。
桐谷が駆け足で横断歩道を戻っていった。
信号が赤に変わる。
俺たちの間を、次々と車が走り抜けていく。
突然すぎて。
身体が、動かなかった。
何が起きたのかわからないまま、向こう側にいる桐谷を見る。
街灯と車のヘッドライトが交互にその姿を照らしていく。
その顔を見て。
息が、止まった。
泣いている。
この距離からでもわかるほど、大粒の涙が桐谷の瞳から溢れていた。
顔を真っ赤にして。
必死に何かを堪えるように、泣いている。
なんで。
どうして。
その時だった。
車の走り去る音に紛れて、桐谷の唇が動いた。
何を言ったのか。
聞こえなかった。
けれど。
「ごめん!」
気がつけば、俺は叫んでいた。
「桐谷、ごめん!」
自分の意気地のなさを。
一瞬でも、あのまま帰ろうとしたことを。
全部、後悔した。
泣かせちゃ、だめだろ。
俺。
「桐谷、ごめん!」
もう一度。
今度は絶対に届くように。
車の音にも負けないくらい、大きな声で叫んだ。




