30話 現実
気温が急激に下がった日だった。
朝のニュースから、「今日は十二月並みの気温です」と聞こえてきて、外に出てみると驚くほど寒かった。
一度部屋に戻り、コートを取ってから出直す。
あの日から、もう何週間か経っていた。
業務で直接、西嶋先輩と関わることはないものの、見通しのいいフロアで先輩を探すのは簡単だった。
まだ、姿を見れば胸が疼く。
感情がふわふわと身体の外に浮かんでいるような、そんな不思議な感覚だった。
仕事中は仕事をしているし、頭の中では仕事のことしか考えていない。
恋愛を、どこか別の場所に隔離しているからだろうか。
自分が、自分ではないような。
その日は午後から店へ向かう予定だった。
事務仕事を午前中に終わらせ、お昼過ぎにオフィスを出る。
駅前で食事を取ってからにしようと歩いていると、見覚えのある女性が目の前を通り過ぎた。
私はその姿に驚いて、思わず振り返る。
そして、その女性も振り返った。
軽く会釈をされたので、私も頭を下げた。
そのまま女性は、またゆっくりと歩き始める。
私はその姿から目を離せないまま、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。
──子供が……。
丸みを帯びた、柔らかな曲線が彼女のお腹にあった。
そっか。
そういう、ことだったんだ。
それまで、まだ捨てきれずにいた西嶋先輩への気持ちが、重りを吊るされたみたいに、ずん、と足元へ落ちていく。
どこで。
まだ。
私は、可能性を夢見ていたんだろう。
西嶋先輩は会社にいる。
実際、会社で会う。
だから私は、失ったことに全く気づいていなかった。
終わって、たのか。
そんな当たり前のことを。
この時、やっと自覚した。




