29話 終わった恋の距離
恋が終わろうと、会いたくなくても会ってしまうのが、社内恋愛というもので。
「おはよう、……ございます」
「おはよう」
ぎりぎりだった電車に乗り込むと、閉まりかけたドアの奥にいたのは西嶋先輩だった。
うっかり、その胸に飛び込む形で乗車する。
ありがたいことに、満員電車。
……はぁ。
先輩ってば、朝からいい香りをさせていて。
ずるい。
話すことも見つからないし、密着しているし。
でも、もう触れられないって思った次の日に、このシチュエーションは。
……少しくらい、甘えておきたい気分。
「なんか、もたれてない?」
「えっ……そ、そうですか!?」
わざとなのもあるけど、本当に混雑してるんです。
そう思いながら、一応離れてみようと試みる。
あ、無理。
そう思って見上げ、「すみません、無理です」と笑顔を作った、その瞬間だった。
先輩の腕が、私の身体に巻きついた。
「あー、そう」
「あ、……はい」
どうして。
だとか、もうそういった可能性めいた考えは、何もなかった。
「最後かな」
頭の上で、その一言だけが響いた。
次の駅で押し出されたあと。
先輩は他の車両にでも行ったのか、姿を消した。
堪える。
これは、堪える。
表参道に着いて改札を抜けると、先輩の後ろ姿が見えた。
あー、やっぱり避けられちゃったか。
気持ち悪い、って思われたかな。
ははっ、と乾いた苦笑いをして、私も会社への道のりを歩く。
大丈夫だよね、自分。
そう確認しながら、会社へ向かった。




