28話 恋を知ったあとで
「落ち着いた?」
綾野くんが温かいコーン茶を入れてくれて、私は素直にそれを口にした。
あれだけ取り乱した姿を見せたというのに、綾野くんの態度はいつもと変わらず安定している。
「今日はビジネスホテル泊まるわ。キャロットタワーの近くのとこにいるから、何かあったら連絡して。すぐ来る」
「……鍵」
「悪いようには使わねーから」
パタン、と扉が閉まって、施錠の音がした。
綾野くんは、何も聞いてこなかった。
勢い任せに思っていたことを口にしたというのに、まるでそんなことは知っていたかのように、動揺ひとつ見せなかった。
修羅場慣れでもしているみたいだ。
――と。
そんなことを考えられるくらいには、自分は回復したらしい。
先ほどの西嶋先輩との、思い出したくもない場面を意識の奥へ追いやる。
冷蔵庫からビールの缶を出して、額に当てる。
冷たくて、気持ちがいい。
彼氏とうまく別れられない、この期に及んでまで。
西嶋先輩の顔が浮かぶ。
もう、あの笑顔に触れたりはできないのかなぁ。
そう思ったら、目に涙が浮かんで、視界が滲んだ。
もしかしたら。
先輩は私のことを好きだと思ってくれていて、綾野くんと別れたら、どうにかなるんじゃないかと思っていた。
今は彼女がいても、きっとうまくいってなかったり。
じつは、先輩たちも別れたり、……って。
「やな女だ、私は……」
そんな都合のいいことばかりを考えて。
自分さえよければ、それでいいなんて。
恋とは、そんな、どす黒い感情に支配されてしまうようなものだったのか。
幸せな恋がしたい。
やっと、恋に興味を持てたのは。
一つの恋が、終わってからだった。




