27話 遅すぎた決着
「気が済んだからもう用済み。綾野のプロポーズ、受けてやれよ」
その声は、はっきりと耳に入ってきた。
なのに、言葉を理解しようとしても、文字だけが宙に浮かんだままで、何が起きたのかわからなかった。
ああ、そうか。
西嶋先輩は私に好意があって近づいてきたんじゃない。
その反対の感情から、私に近づいてきたんだ。
そう理解した瞬間。
「すみませんでした」
そんな言葉が、勝手に口から出ていた。
そんなに憎く思うほど、私は先輩に何かをしてしまっていたのか。
何も言わない先輩から目を逸らし、私は俯いた。
あの、感情のない瞳を見るのが怖かった。
──何もかも。
自分だけが勝手に舞い上がっていたことも、全部。
恥ずかしくて、消えてしまいたくなった。
「私、──全然気がついてなくて……本当に、ご迷惑をおかけしました」
深々と下げた頭は、今までに下げたことのない場所まで落ちた。
「し、失礼します」
勢いよく頭を上げると、私は踵を返して来た道を戻った。
街灯の明かりの下を歩いて、マンションに入る。
何も考えられない。
玄関を開けると、鍵が開いていた。
そんなことすら気にも留めず、そのまま上がろうとした時。
爪先が革靴に引っかかり、大きな音を立てて床に転んだ。
「おい!?」
頭上から大きな声が聞こえてきた。
顔を上げる。
「文香っ!?」
驚いた顔をした綾野くんが、そこに立ちすくんでいた。
「返して!」
綾野くんの顔を見た瞬間、感情に任せて叫んでいた。
「返してよ!」
「なんで、……泣いてんだよ」
「……返して。……合鍵、返してよ」
同じ言葉を繰り返すたび、声がほとんど出なくなって、掠れていった。
西嶋先輩に惹かれていることを棚に上げて、私は綾野くんの浮気を理由に別れようとした。
そんなずるい考えの、罰が当たったんだ。
いないよりは、いたほうがいい。
そんなふうに考えていた罰だ。
「文香……」
「ごめんなさい。好きじゃないの」
人を好きになるってことが、どんなことなのか知らなかった。
好きな人に受け入れてもらえないことが、こんなに苦しいなんて知らなかった。
「……何があったんだよ」
そう言って、綾野くんが一歩、私に近づこうとした。
「ごめんなさい」
床に這いつくばったまま、私は続ける。
「帰って。もう、来ないで」
綺麗になんて、別れられない。
嫌われても、罵られても。
別れの最後は、白黒はっきりとつけなきゃいけない。
高校生の頃、それをしなかったせいで、未処理だった感情がこんなにも年月が経ってから再発して、収まりがつかなくなってしまった。
今度こそ、終わらせなきゃいけない。
それでも綾野くんは、部屋から出ていこうとしなかった。
私が落ち着くまで、その場でただ黙っていた。




