幕間 茜ーー恋の密
彼氏というものには、昔から興味があった。
けれど恋愛に夢を抱きすぎていたせいか、理想はいつの間にか高くなりすぎて、なかなか恋愛できるような人には出会えなかった。
西嶋明人は、大学に入学する前から有名だった。
入試の時から噂になるくらい、目立っていたからだ。
同じ大学への進学が決まった高校の友人達が、
「すごい格好いい人がいた」
なんて騒いでいて、私の期待も勝手に膨らんだ。
どんなに格好いい人なんだろう。
そして入学して、西嶋明人を見つけた時。
ああ、この人だ。
そう思った。
明人は、いつもバイトにばかり行っていた。
しかも、そのバイト先っていうのが洋服屋さんだという。
周り、女だらけじゃん。
結構な数の女の子が、みんなそう思っていた。
でも、不思議なくらい彼女ができたという噂は聞かなかった。
……どうしてなんだろう。
そう考えていて、私は一つの結論に辿り着いた。
そっか。
もしかして、女の子に興味ない人なんじゃない?
そういえば、大学でもいつも男の子とばかりいる。
そっか。
じゃあ仕方ないな。
私もやっと恋ができると思ったんだけど。
そういう理由じゃ仕方ない。
明人、いい線いってたんだけどな。
そうやって勝手に諦めた途端、下心がなくなったせいなのか、明人と普通に話せるようになった。
そこからは、不思議なくらいトントン拍子だった。
気がつけば、私達は彼氏と彼女になっていた。
友達だった期間が長かったせいか、お互いがお互いを尊重し合えるパートナーだったと思う。
束縛もしない。
必要以上に干渉もしない。
一緒にいれば落ち着くし、離れていたって不安にもならない。
長く付き合えば、恋人ってこんなものなんだろうと思っていた。
私の人生には、明人しかいない。
ずっと、そう思っていた。
──和久くんと、親密になるまでは。
明人とは、別にうまくいってなかったわけじゃない。
ただ、マンネリ化はしていた。
でも、そんなことをわざわざ意識したこともなかった。
父からは、
「いつまで遊んでるんだ。早く結婚しろ」
と何度も言われていた。
そのたびに明人へ、それとなく結婚の話を振ってみたことはある。
でも、明人はいつも仕事のことばかりで、あまり乗り気には見えなかった。
私も結婚に関しては漠然としていたから、正直、そこまで急いでもいなかった。
だって。
いずれは明人と結婚すると思っていたから。
慌てる必要なんてなかった。
それが、普通だった。
「暇ならさ、働かない?」
そう声をかけてくれたのは、明人の友人・和久くんの奥さんだった。
和久くんは明人の大学時代からの友人。
だから私も昔から知っていたし、奥さんとも自然と仲良くなった。
どうやら和久くんの補佐をしていた事務の子が、急に辞めてしまったらしい。
「茜ちゃんなら安心だし」
「えっ、いいの?」
「もちろん。こっちこそ助かるよ」
軽い気持ちだった。
明人は仕事で忙しい。
私は時間を持て余している。
だったら少しくらい働くのも悪くない。
それくらいだった。
でも。
一緒に働いていると、一日一日、和久くんの今まで知らなかった部分が目につきはじめた。
奥さんの話をする時の笑顔。
少し弱っている時に、それを隠そうとする顔。
仕事がうまくいった時の、してやったりという顔。
何年も知っていたはずなのに。
なぜか、その全部が特別に見えた。
そしていつの間にか、私は和久くんのことを目で追っていた。
そんな自分に気がつかないふりをした。
だって私は、明人の彼女で。
和久くんには奥さんも、子供もいる。
その奥さんだって、今では私の友達なのに。
「最近さ、子供ができてから、全然なんだよね」
仕事終わり。
二人で立ち寄ったバルでの、何気ない会話だった。
「奥さんも大変なんじゃない?」
「わかってるけどさ」
和久くんが苦笑する。
その顔を見た瞬間。
「じゃあ、捌け口になってあげよっか」
自分の口から出た言葉に、自分で驚いた。
和久くんも、驚いた顔をした。
冗談だった。
──そういうことに、するつもりだった。
「何それ」
「ね。試してみて、ダメだったら笑っちゃうよね」
笑いながら言った。
ふざけたふりをした。
そうでもしなければ、怖かった。
気がついてなかった。
──和久くんに、惹かれていたことに。
気がついた時には、
私は和久くんの親友の彼女で。
和久くんは既婚者で、
妻子持ちだった。
それなのに。
一度だけ。
そう思って肌を重ねたら。
一度では、済まなかった。
罪悪感がなかったわけじゃない。
むしろ、ずっとあった。
明人の顔も浮かんだ。
友達である奥さんの顔も浮かんだ。
やめなきゃ。
何度もそう思った。
でも。
明人といる時には感じなくなっていたものが、
和久くんといる時だけ、
痛いほど胸を締めつけた。
私は。
思っていた以上に、
この恋の蜜にはまってしまった。




