22話 青すぎた恋 :西嶋
新しい進展もなく、日々が過ぎていく。
ゆっくりでいい、と思ってても、
気持ちは実際焦っていたり。
自分の気持ちだけが重いんじゃないか、とどこか桐谷を信じきれてないところがあった。
顔を見れば、その不安は和らぐけれど、
学年が違って、──佐藤が桐谷と同じクラスだとひとたび考え始めると、気が気じゃなかった。
そんな、ある日。
「シロちゃんを見に先輩のおうちに遊びに行ってもいいですか?」
と桐谷が言ってきた。
「全然いいよ、もっと早く言えば良かったのに」
と、冷静に答える。
内心、嬉しくて走り出しそうな気分だった。
その日が来るのが待ち遠しくて仕方なかった。
下心がないといったら嘘になるけど、
このときはまだ、本当にいやらしいことは何一つ考えてなかった。
「だって佐藤のこと好きだったでしょ?」
「やっぱりそう思ってたー? 異様に仲いいもんね」
「彼氏いたって、関係ないって感じでいちゃついてるよね」
「文香って絶対佐藤のこと好きだよ」
「私もそう思うー。なんで付き合ってんのかな、西嶋先輩と」
ピタリ、と足が止まる。
前を歩く二人は、俺が後ろにいたとは気がつかないまま階段を降りていった。
ずっと、
心に引っ掛かっていた疑問が、一気に確信めいたものになって、
そんなはずない。
そう思おうとしても、
拭い去れない。
佐藤が桐谷を好きなことは見ていればわかった。
でも、桐谷はどうだったんだろう。
そう思っていたから。
マネージャーに上手く騙されたフリをした。
その方が俺には都合が良かったから。
そんなこと、わかってた。
──最初から、桐谷が俺を好きじゃないのなんてわかってた。
でも、ずっと疑心暗鬼だったから、
その二人の会話は、俺の心の隙をついてきた。
それでも、
桐谷は俺の彼女で、
そう思ってその日はやり過ごした。
気にしてない、つもりだった。
翌日、駅まで桐谷を迎えにいく。
家までの道のり、桐谷はいつになく口数が多くて、
そしてうちに着いた瞬間、急に大人しくなった。
昨日のことを考えないようにしていても、もはや頭の中はあのことばかり。
桐谷は桐谷でやたらシロのことばかりで、
もしかして、猫にしか興味がなかった?
そっか、シロに会いたい、って言って今日来たんだった。
と、そもそも俺には興味ないのかも、と悪い方へとしか頭がいかない。
余裕を持とうと、表向き笑っていても内心は穏やかじゃない。
そして──。
「俺の部屋に行く?」
俺がそう言うと、桐谷の顔が強張った。
桐谷が小さな声で「はい」と返事をする。
二階の俺の部屋に入ると、テーブルとベッドの間に座ったあと、桐谷が静かになった。
「なんか飲む?」
「だっ、大丈夫ですっ」
「……そう?」
何も、考えられなかった。
余裕が全然なかったんだ。
俺は桐谷の隣に座ると、
まるで確かめるように、桐谷にキスをした。
はじめ触れただけの唇は、すぐに絡まりあって音を立てる。
それは、いつもと同じ──キスだった、けど。
俺の理性は、なぜかどこかへ飛んでいってしまった。
欲のままに、桐谷を床に押し倒す。
ニットの裾から手を入れて、柔らかな桐谷の肌の上に指を滑らせる。
その都度、桐谷の身体がびくんと揺れた。
そうしたらもっと触れたくなって、下着の中に指先が滑り込んだ瞬間。
「……やだっ!」
ドン、と。
桐谷が眉をひそめて俺の身体を押さえてきた。
「かっ……帰ります」
【帰る】。
その言葉でやっと目が覚めた。
泣きそうな瞳の桐谷は、何も言わずにバッグを手にすると、もう一度「帰ります」と言った。
あ、そっか。
やっぱりな。
「送る」
「……」
嫌だったのか、そだよな。
そう考えた。
駅までの道のりで、互いに交わした言葉はなく、
いままで当たり前のように繋いでいた手を握ることもなかった。
つい数日前まであった幸せボケの毎日は、突然なくなった。
考えるのが、怖かった。
桐谷が俺を好きじゃないことも、
じゃあなんで俺なんかと付き合ったんだ、という疑心でいっぱいの俺は、
器が小さいといえばそれまでで。
笑って誤魔化せるほど器用じゃない。
話し合いを持てるほど、メンタルが強いわけでも大人でもなかった。
俺が手放せば、佐藤のところにでもいくんだろう、と思い込み、
その方が皆幸せだしいいんじゃねーの。
と、やさぐれていた数日後。
携帯を落とした。
もしかしたら、桐谷からメールが来てるかもしれない。
と、この期に及んで、自分からは動かないくせに受け身な俺。
情けない、なんて自分が一番わかってる。
でも、桐谷の「嫌だ」という拒否反応は、
俺にとったらもう、どう対処すればいいのかわからないものだった。
携帯は数日後、交番で見つかって、
いの一番で確認したメールフォルダー。
そこには桐谷からの受信は全くなくて、
俺は感情任せに携帯のアドレスを変えた。
そうすれば、全て何もかもなかったことになる。
そう安易に考えた。
桐谷が傷ついてるだとか、──そんな風に思いやれる余裕なんて、
なかったんだ。




