21話 また明日 :西嶋
登校中の明るい太陽の下じゃ、恥ずかしくて手が出せない。
俺だけが物足りなさを感じているだけで、あっちは平気そうだし。
俺は受験生だし。
そう我慢できたのは、ほんの少しだけ。
本当は二人きりになれる場所でゆっくりしたいけど、そんな都合のいい場所なんてどこにもない。
しばらく桐谷不足で、落ち着かなかった。
もう、いいかな。
なんて。
俺はまた教室に残って、桐谷の部活が終わるまで待つ。
下心もあるけど、こうやって彼女を待つ間の時間は意外と集中できる。
このまま付き合っていけば、俺は卒業しなきゃいけないわけだし。
教室で桐谷を待てるのも、あともう少し。
そう思ったら、二人で過ごせる学生生活を大切にしたい。
「先輩、お待たせしました」
そんなふうに真面目に思っていた気持ちも、桐谷の声を聞くだけで、
下心に負けてしまう。
「今日は早く終わったんで、ダッシュで来ましたよっ」
そう言って笑う桐谷の笑顔に、すぐに心を奪われる。
「ちょっと、ここに来て」
入口で立っていた桐谷に手招きして、
目の前までやってきたその手を取ると、くいっと引いて膝の上に座らせる。
「わっ」
驚いた声を出した桐谷の唇に指先を当てて、
「……しっ」
と言って、間髪入れずに唇を塞ぐ。
どさくさに紛れて、桐谷の身体に両腕を回して抱き締める。
触れた唇を離したくなくて、柔らかなその唇をこじ開けたら、
もっと柔らかなものが奥に潜んでいて、俺はその感触に夢中になった。
互いにぎこちないながらも、不器用に舌を絡ませる。
密着した身体も、唇も、全部気持ちいい。
そして、飽きもせずずっとそうしていると、……当然、外は真っ暗。
時間がいくらあっても足りない。
遅くまでやっている部活の奴らの声がして、我に返って慌てて教室を出る。
今日はもう少しいたい。
そんな気持ちが強くなって、いつものように改札を入って、
「暗いから、……送ってく」
そう言うと、桐谷も嬉しそうだったから、一緒にホームに降りた。
「変な感じ」
「え?」
「先輩と、電車を待つの」
「あー、俺も」
いつもは改札の手前で繋いだ手を離さないといけないけど、
今日は、まだ繋いでる。
それがとても嬉しい。
桐谷はそうでもないのか、ただいつもと変わらない笑顔でいる。
それがちょっと物足りないと思ってしまう自分は小さいな、と思ってしまって、つい口数が減る。
混雑した車内で、二人の間にできた少しの沈黙。
「……先輩」
窮屈そうにしていた桐谷が、上目遣いで俺を見る。
それから次の言葉が出てこないから、自然と口元に目がいってしまって。
──あー、キスしたいな。
って、ここじゃ無理だ。
「何?」
「呼んでみただけです」
ふふっ、と悪戯っぽく笑うから、
可愛すぎて、クラクラしてしまう。
本当は、明人って呼んでほしいし、
文香、って呼びたい。
そんな日が、遠くない未来に待ってると期待して。
俺は我慢して、
「桐谷」
と言った。
「何ですか?」
「別に」
俺がそう言うと、
「やだ、仕返しですか!」
と笑って、俺の腕をポンと叩く。
いつだって桐谷は可愛い。
でも、それは色眼鏡で見ているからだけじゃなくて、
いつもふにゃりとした笑顔で笑うから、何倍にも魅力的に見える。
桐谷とずっと一緒にいられたら、楽しいだろう。
残りの人生がすべて桐谷と一緒にいられたら。
なんて、まだ十八歳のくせに、長い先のことまで考えながら、
駅に着いて改札を抜ける。
それだけ、桐谷が好きだった。
彼女という存在が初めてだったわけじゃない。
恋にのめり込んで、その先に何があるかも想像がつかないのは、初めてだった。
桐谷の家の近くになって、時間も時間なのに離れるのが嫌で、歩くスピードを緩めてみたりする。
何か重大な話があるわけじゃないのに、無駄に音楽の話なんかしてみて、引き止める。
あとで勉強頑張るから、今だけ。
そんな馬鹿なことばっかり思って、家の中へと入る桐谷を見送った。
扉が閉まって、寂しくて足を踏み出せないでいると、
ガチャリと、また玄関が開く。
「先輩」
一度入ったはずの桐谷が扉から顔を出して、へへ、と笑う。
「また明日」
何度も言った言葉を言って、やっと歩き出す。
そうすると、メールが来て、
【いつまでたっても帰れないですね】
という桐谷のメールを見て、にやけて歩く。
【ほんとに】
【気を付けて帰ってくださいね】
【わかってる】
【勉強頑張ってくださいね】
【桐谷もね】
【私はー(笑)】
そして、メールが途切れて。
しまった。
ラリーが続かなかったことを反省する。
【たまには私のことも思い出して勉強してくださいね】
「ふはっ」
思い出してるどころか、ずっと考えてる。
桐谷が想像もつかないようなことも考えちゃってるし。
月夜の下。
きっとニタニタして歩く俺は、傍から見たら気持ち悪い高校生だろう。
【それじゃ、勉強にならない(笑)】
そう返信すると、
【そうですよね】
なんて言葉が返ってきて、少し胸が痛んだ。
あー。
また、言葉を間違ったかも。
文字って難しいな、と次に送る言葉を考えていたら、
【お家についたら、教えてくださいね】
と、話題が変わってしまった。
なんとなく残念な気持ちになって、
思ってることを全部口にしてしまえばいいだけなのに、と電車に揺られる。
考えてることを口に出したら、
多分ただの変態だ。
桐谷に気持ち悪い、って思われないように意識すると、
言葉を選びすぎて、変に格好つけてしまう。




