幕間 綾野ーー便利なもの
モノに対する執着心は、結構強いほうだと思う。
洋服が好き。
インテリアが好き。
音楽が好き。
クルマも好き。
そして、可愛い女の子も大好きだ。
俺にとっては、それら全部が同じくらいの価値だった。
「綾野さん、お疲れ様です」
大阪の店舗へ顔を出すと、販売員の女の子がすぐに寄ってくる。
「おー、お疲れ」
「今日、こっちだったんですね」
「うん。数字悪いって聞いたから」
「あ……すみません」
途端に顔が曇る。
別に怒るつもりなんてない。
むしろ、怒るよりこっちの方が簡単だ。
「カエデちゃんのせいじゃないだろ」
「でも……」
「店全体の問題じゃん。つか、今月お前、個人では取れてるだろ?」
「えっ、見てくれてたんですか?」
「見るだろ、普通に」
そう言うだけで、ぱっと顔が明るくなる。
女って、本当にわかりやすい。
「今日、飯でも行く?」
「えっ、いいんですか?」
「いいよ。頑張ってるご褒美」
「行きます!」
百発百中。
仕事が終わったあと、駅近くの店で二人で飲む。
酒が入ると、女の子はだいたい色んなことを喋る。
店長への不満。
同僚への嫉妬。
誰と誰が仲が悪い。
誰が辞めたがっている。
誰が俺のことを好きだと言っていた。
そういうのを聞きながら、適当に相槌を打つ。
「それ、カエデちゃん悪くなくない?」
「ですよね!?」
「うん。俺だったらそう思うけど」
たったそれだけ。
否定しない。
話を聞く。
ちょっと褒める。
たまに特別扱いする。
それだけでいい。
「綾野さんって、ちゃんと見てくれてますよね」
「そう?」
「だって店長なんて、数字しか見てないし」
そりゃ店長だからだろ。
とは言わない。
「まあ、俺は現場上がりだからな」
「やっぱ違いますよね」
そう言って笑う。
俺も笑う。
二軒目へ行く頃には、カエデの距離はかなり近くなっていた。
肩が当たる。
俺がグラスを持てば、その手元を見る。
目が合えば笑う。
わかりやすすぎる。
「綾野さんって、彼女いるんですよね」
「あー、いるよ」
隠す理由もない。
「長いんですか?」
「まあまあ」
「……うまくいってるんですか?」
出た。
この質問が出る頃には、もうほとんど答えは決まっている。
俺は少しだけ間を置いた。
「遠距離だからな」
それ以上は言わない。
うまくいってるとも、いってないとも。
こういう時は、相手に勝手に想像させる方がいい。
「寂しくないんですか?」
「カエデちゃんが慰めてくれんの?」
「……そういうこと言うんですか?」
口ではそう言いながら。
嬉しそうに笑う。
そのあと店を出る。
駅へ向かって歩いていたはずが、いつの間にか、二人でタクシーに乗っていた。
「綾野さん、明日も仕事ですよね」
「カエデちゃんもだろ」
「はい」
「じゃ、そんな遅くまで付き合わせらんないな」
そう言いながら、手を握る。
相手は逃げない。
むしろ、向こうから指を絡めてくる。
ホテルに入ってからも、俺から『好き』なんて一度も言わない。
付き合おうとも言わない。
それでも女は、勝手に意味をつける。
自分は特別なんだって。
俺が本当は寂しいんだって。
自分だけがそれをわかってあげられるんだって。
そう思わせておけばいい。
「綾野さん……」
名前を呼ばれて、抱き寄せる。
キスをする。
当然、拒まれない。
そのまま、朝まで一緒にいた。
翌朝。
先に起きたカエデは、隣で妙に嬉しそうな顔をしていた。
「……昨日のこと」
「ん?」
「後悔してないですか?」
「してないけど」
それだけで。
また嬉しそうに笑う。
ほんと、簡単。
「また、会えます?」
「タイミング合えばな」
「……はい」
絶対なんて言わない。
約束もしない。
それでも、向こうは勝手に期待する。
ホテルを出たあと、会社へ向かう電車の中でスマホを見る。
カエデから、もうメッセージが入っていた。
【昨日ありがとうございました】
【なんか頑張れそうです】
俺は、
【今日も頼むわ】
とだけ返す。
昼過ぎ。
【新作、セットで三点売れました!】
【さすが】
すぐに既読がつく。
【もっと頑張ります!】
カエデだけじゃない。
梅田にもいる。
京都にもいる。
神戸にもいる。
飯を食って。
話を聞いて。
褒めて。
抱いて。
『自分は他とは違う』
そう思わせる。
それだけで俺のために動く。
売上が悪い店舗へ行けば、誰が何に不満を持っているのかすぐにわかる。
店長に直接言わないことも、俺には喋る。
異動したい。
辞めたい。
誰々が嫌い。
本当はもっと評価されたい。
全部、女の子たちが勝手に教えてくれる。
その中から必要な情報だけ拾えばいい。
翌週。
今度は京都の店舗だった。
「綾野さん、今日こっちなんですか?」
「うん」
「あの、もし夜空いてたら……」
その子が言い終わる前に、スマホが震えた。
カエデからだった。
【今日大阪戻ります?】
画面を伏せる。
「空いてるよ」
目の前の女の子が嬉しそうに笑った。
別に、カエデに嘘はついていない。
『お前だけ』
なんて、一言も言ってない。
勝手に期待して。
勝手に好きになって。
勝手に俺のために頑張る。
だから。
使い方さえ間違えなければ。
こんなに便利なものもない。
女って、本当にちょろい。




