↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】キスからその先は。  作者: もぁらす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/53

13話 また、あの部屋へ


週が明けた月曜日。


綾野くんから、あのあと連絡が来ることはなかった。


私も、メッセージを返さなかった。


それで少しでも『おかしいな』と思わないんだろうか。


そう考えてみたけれど、そのことを寂しいと思わない自分にも気づいた。


やっぱり私は、綾野くんに対してもうほとんど気持ちがないんだ。


改めて、そう思った。


会社では先輩の姿も何度か目に入った。


けれど、会話をすることはなかった。


もともと仕事中に頻繁に話す関係でもなかったし、それだけなら何も不自然ではない。


このまま、何事もなかったみたいに。


また日々を消費していくんだろう。


そう思っていた。


それが覆されたのは、翌日のことだった。


「明日がリニューアルオープンだってのに、納品まだってどういうことだ!」


部長の怒鳴り声が、オフィス中に響いた。


「セッティングどうすんだよ! 今夜だぞ!」


明日のリニューアルオープンに向けて、私も今から店舗へ設営に向かう予定だった。


什器の搬入は、店が閉店してからでなければできない。


時計を見る。


十八時を少し回ったところだった。


あまりの剣幕に、心拍数が一気に上がる。


嫌だな。


大きな声。


そう思った瞬間だった。


「西嶋! お前、今から倉庫行って荷受けしてこい! お前が商品持って店に戻るまで帰れないからな!」


……え?


「はい」


落ち着いた声がして、私は反射的に先輩を見た。


先輩は何も言い返さず、すぐに立ち上がって足早にオフィスを出ようとする。


気づいた時には、私はその後を追っていた。


「わ、私も行きます!」


商品がどの程度届いていないのかはわからない。


けれど、季節の変わり目の納品量は通常より明らかに多い。


店舗へ行ったところで肝心の商品がないなら、できることにも限界がある。


だったら私も、倉庫へ行った方がいい。


「頼むわ」


「はい」


部長がそう言った瞬間。


先輩の表情がわずかに強張った気がした。


……断られるかと思った。


乗り込んだのは、社用車のハイエースだった。


どうやら配送先の記入ミスで、商品が別の倉庫へ納品されてしまったらしい。


そのせいで、荷物があちこちを行き来していた。


リニューアルオープンを控えているのは、うちの店舗だけじゃない。


うちのブランドは規模が小さく、大きなブランドと掛け持ちしている社員も多い。


明日は大型店の立ち上げが重なっていて、人員はほとんどそちらへ取られていた。


不測の事態に対応できる人間がいない。


結果。


私たち二人が倉庫へ向かうことになった。


「西嶋さんのせいじゃないのに、あんな剣幕で怒鳴らなくても……」


走り出した車の中で、私はぽつりと呟いた。


「先輩、じゃねーの?」


「──えっ?」


「今日は」


「……い、今は仕事中ですし」


「仕事じゃなきゃいいわけ」


もう。


こんな時に。


「もう、呼びません」


「そ」


ふうん、とでも言いたげな顔で、先輩は何事もなかったようにハンドルを切った。


昔から知っている人なのに。


隣で車を運転しているこの人は、全く知らない男の人みたいに見える。


私は落ち着かなくなって、窓の外へ視線を逸らした。


そこからほとんど会話はないまま、倉庫へ着いたのは二十時を過ぎた頃だった。


「うちは残業込みで二十時までって規則なんですよ?」


責任者の言葉に、身体が固くなる。


完全に時間外だ。


少し前にようやく届いたらしい段ボールが、倉庫の入り口に山積みになっている。


……これは。


予想以上の量。


「何人かパートさん待機させてるから、一時間で終わらせてよ!」


天井の高い倉庫内に、冷たい声が響く。


また胸が縮こまる。


怒鳴らなくたっていいのに。


「すみません。すぐ終わらせますから」


先輩は平然と答えた。


「当たり前だよ!」


……辛い。


悪いのが誰なのかもわからない。


向こうだって残業させられて怒る気持ちは理解できる。


でも、その怒りの矛先が私たちへ向いたところで、私たちだって誰かへぶつけることはできない。


「やるか」


先輩は、何事もなかったようにそう言った。


「箱は俺が運ぶから。桐谷は仕分けして。あと、この送り状に店舗の住所書いてって」


それだけ指示すると、すぐに荷物を運び始める。


こういう時。


周囲の感情に引っ張られないところ。


……すごく、尊敬する。


そういえば。


先輩が怒っているところなんて、昔から一度も見たことがないかもしれない。


直接店舗へ持ち込む分とは別に、配送業者へ出す分を段ボールへ詰めていく。


思った以上の量で、黙々と作業してもなかなか減らない。


「すみません、帰宅しなければならなくて……」


一時間では終わらなかった。


それでも残ってくれていた人たちが、一人、また一人と帰っていく。


「まだ終わらない?」


何だかんだ言いながら最後まで手伝ってくれていた責任者も、さすがに疲れた声になっていた。


「すみません。配送で出せる分はなんとか。残りは明日の朝、直接都内を回ります」


「あんた達も大変だね」


「ご迷惑をおかけしてます」


「業者呼んでくるよ」


「ありがとうございます」


先輩と責任者のやり取りを見て、少しだけ肩の力が抜けた。


「今日はもう無理だな」


「……えっ」


「店もこんな時間まで開けて待ってくれないだろ。朝イチで持ち込むしかない」


確かにそうだ。


私はスマホを取り出し、確認の電話をしようとバッグの置いてある柱のそばへしゃがみ込んだ。


その時だった。


パッ、と。


突然、視界からすべての光が消えた。


「えっ!?」


真っ暗。


漆黒の闇が、何もかもを飲み込んだ。


高い天井はどこまで続いているのかわからず、四方の壁さえ見えない。


一瞬で方向感覚を失い、私はその場から動けなくなった。


「に、西嶋さん……」


「なんだこれ」


先輩の声が聞こえて、少しだけ安心する。


「どうしたんですかね」


「お前、どこにいんの?」


「あ……搬入用のエレベーターの横に……」


「見えねーから」


そう声がした直後。


「あー、いた」


背中側に、人の気配がした。


「にっ、西嶋さんっ」


「今日さ」


「……は、はいっ?」


「もうこの辺りに泊まるしかねーな」


……えええ!?


「とっ、泊まるって……」


「仕方ねーだろ」


背後の気配が、いつの間にか私の背中へぴたりと寄り添うほど近くなっていた。


「そ、そんなことより、電気がっ」


「なに今さらびびってんの?」


「びっ、びびってなんか……」


「せっかくだし」


耳元で、声がした。


「このあと、この間の続き、してみる?」


心臓が跳ねた。


『このあと、この間の続き、してみる?』


その言葉が耳の奥に残った直後。


パッ、と明かりが戻った。


「耳、赤いけど」


そう言われても、突然すぎて振り返れない。


自分でも顔が熱くなっているのがわかった。


「……も、からかわないでください」


「時間短縮だろ。明日、店に出るんじゃないの?」


「そうですけど」


「いったん帰って、またすぐ店来てって。体力的にどうなわけ」


どうなわけ、って。


「じ、じゃあそっちは……そ、そんな早く終わるんですか」


……あ。


しまった。


これじゃまるで。


『この間の続きをする気があります』って言ってるみたいじゃないか。


「へえ」


「いっ、今のは語弊がっ」


別に。


頭の中が、そういうことでいっぱいだったわけじゃない。


「あのっ」


「早く済むかは、そっち次第だろ?」


……えっ。


「ごめんごめん。隣の電気消そうとしたら、こっち消えちゃって」


絶妙なタイミングで、責任者が戻ってきた。


「すぐ配送業者来るって。やっと帰れるよ」


「色々とありがとうございました」


「次からはこういうの無いように願うよ」


そこからは本当にすぐ業者が来て、配送分の集荷も無事に終わった。


私たちは翌朝に直接納品する商品を、社用車へ積み込む。


時計は、もう二十三時を回っていた。


先輩がエンジンをかける。


私は、この車がどこへ向かうのか想像がつかなくて。


黙ったまま俯いていた。


店舗側からは、二十二時以降は建物自体が閉まるため、明朝七時から設営を始めると連絡が来ていた。


ということは。


搬入は七時前。


「寝たい?」


「はいっ!?」


突然の言葉に、思わず大きな声が出た。


「睡眠優先するか。それとも軽く飯でも食うか」


「あっ……ああ」


そういえば。


夕飯も食べずに、ずっと作業していた。


「西嶋さんは……?」


「俺はどうとでも」


「……」


正直。


食事より、この車がどこへ向かっているのかの方が気になっていた。


海の近い倉庫街。


窓を開ければ潮の香りがして、少し走ればテーマパークがある。


ホテルだって。


すぐに見つかる。


「どうする?」


「……」


「寝るか、食うか」


「……その」


「なに?」


「この車は……どこへ?」


できればもう。


先輩とは、これ以上お近づきにならない方がいい。


そう思っている。


今から家へ戻って。


お風呂に入って。


少しだけ仮眠を取って。


すぐにまた出なきゃいけないとしても。


それでも。


自分のマンションへ帰りたい。


じゃないと。


もう。


「どこへでも」


「……」


帰りたいと言えば、先輩はきっと送ってくれる。


私は助手席に座っているだけでいい。


でも。


先輩は、明日の朝もこの車を運転しなきゃいけない。


「ここから……どのくらい……」


「朝になれば道混むから。今のうちに走ったら早いよ」


……ん?


今のうちに走ったら?


「家に、帰るんですか?」


「帰らないでどこ行くんだよ」


……やられた。


ホテルに泊まるなんて言うから。


てっきり、そういう意味だと思った。


「……」


「なに考えてんの?」


恥ずかしい。


絶対わざとだ。


「いいです。帰ってご飯食べます」


「帰って、ね」


その言い方まで腹が立つ。


そこから高速に乗り、車は真っ直ぐ自宅方面へ向かった。


会話が弾むこともなく、私は流れる景色を眺めているふりをしながら、時々先輩の横顔を盗み見る。


「なに?」


何度目かに見た瞬間。


先輩が声を出した。


「えっ」


バレた。


「な、何がですかっ」


「チラチラ見てくるから」


完全にバレていた。


「ね、眠くないのかな、と」


「別に」


「お疲れですよね……?」


「別に?」


「……」


会話終了。


また沈黙。


どうしてだろう。


うまく話せない。


何か話題を。


そう思うのに、何も浮かばない。


ただ。


なぜか背中がずっと、もぞもぞと落ち着かなかった。


「あの……」


「案外早く着くかも」


「そっ、そうですか! よかった」


それからしばらくして首都高を降り、先輩は私のマンションの前で車を止めた。


「ありがとうございました」


「何で? それはこっちが言うとこだろ」


「……けど」


「車、パーキングに止めてくるから」


「……はい」


……って。


え?


「来るだろ?」


「えっ?」


「早く着替え持って降りてきて」


「いや、あの」


「搬入まで頼むわ」


……それは。


朝に集合でよくないですか。


そう言えばよかった。


それだけなのに。


言えなかった。


口が、思うように動かない。


「……はい」


私って。


押しに弱い。


でも。


それだけじゃない。


綾野くんとのことだって、まだちゃんと終わっていない。


わかっている。


こんなの、順番が違う。


曲がったことをしているのもわかっている。


なのに。


はっきり断ることができない。


それを口にしたところで。


きっと。


もう、どうにもならない気がしていた。


勢いに任せて急いで支度をして、私はマンションを出た。


ちょうど先輩が歩いて戻ってきたところへ、駆け寄る。


「コンビニで飯買ってきた。待った?」


「いえっ」


二人並んで歩く。


相変わらず会話は少なかった。


そのまま、吸い込まれるように先輩のマンションへ入る。


何も考えられない。


流れに身を任せている。


エレベーターの扉が開いて、中へ乗り込んだ瞬間。


先輩の指先が、私の手に触れた。


扉が閉まる。


行き先ボタンを押さないまま。


視界に影が落ちてきた。


唇が重なる。


ここへ来た。


ということは。


そういうことなのかもしれない。


重なった唇はすぐに深くなり、考える余裕まで奪っていく。


どれくらい、そうしていたんだろう。


意識がぼんやりと遠のきかけた、その時。


エレベーターが突然、ガクンと揺れた。


驚いて身体が離れる。


そのまま、自動で上へ動き始めた。


「押すの忘れてたわ」


先輩がそう言ったことが、妙に可笑しくて。


私は思わず笑ってしまった。


「なに赤い顔して笑ってんの」


「先輩がっ……!」


「俺? 俺がなに?」


「……キス、……するから」


口にした途端。


急激に恥ずかしくなって、私は顔を隠した。


それでも。


先輩の手は私の手を掴んだままだった。


エレベーターを降りても。


その手は離れない。


どういうつもりで。


そんな野暮なことは、聞けなかった。


先輩が玄関のドアを開ける。


「お邪魔します……」


そう言って後に続く。


扉が閉まった。


その瞬間。


身体を抱きしめられた。


「せん……」


先輩、と最後まで言う前に、また唇を塞がれる。


長く。


さっきよりも深く。


先輩の手が首筋へ触れて、優しく包んだ。


「……このまま、風呂一緒に入る?」


「……!」


見上げると、先輩は少し強気な笑みを浮かべていた。


「だっ、大丈夫です……」


「どっち、それ」


楽しそうに笑う先輩の胸へ手を当て、押し返すようにする。


「もう……」


そう言った私の額へ。


今度は軽く、唇が落ちた。


「じゃあ、後で」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。