↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】キスからその先は。  作者: もぁらす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/53

8話 戻れない理由


『俺の時もそうだっただろ』


あの時、向き合えなかった人が、今、目の前にいる。


何年も前の話だ。今さら掘り返さなくてもいい。そう思って、ずっと触れないように避けてきたのに。


『好きじゃない人となんて付き合いません』


そう言い返そうとして、私は言葉に詰まった。


今、西嶋先輩が話しているのは【現在の綾野君と私】の話であって、【過去の先輩と私】の話ではない。それに、先輩と付き合っていた頃と、綾野君と付き合っている今では、状況だって違う。


「そんなこと、西嶋さんだって同じじゃないですか」


私を拒否したのは、先輩だって同じじゃないか。


『俺の時もそうだっただろ』なんて、一方的すぎる。


思春期の男子高校生なんて、付き合っている女の子なら誰だってよくて、うまくいかなければ、はい、さようなら。


あの頃の私は、そう受け取った。


この人は私に、そういう扱いをした。


「だいたい、西嶋さんのせいですから」


酔っぱらいに絡むなんて、私も相当たちが悪い。でも、この際だ。私だって言いたいことを言ってやる。


「――俺の?」


「そうですよ」


「俺の、何が?」


「西嶋さんが、私を抱きそこねるから……」


口にした瞬間、自分が何を言おうとしたのか理解した。


……あ。


しまった。


西嶋先輩の目が、わずかに細くなる。


「じゃあ、もう一度試してみる?」


心臓が跳ねた。


きっと私も酔っているのかもしれない。


お酒じゃなくて、この状況に。


「た、試してみる、って……」


自分からあんなことを口にしておきながら、もう尻込みしている。


先輩は少しだけ私を見て、それから何事もなかったように視線を前へ戻した。


「予定変更。そこで買い物して、家で食べる?」


「……えっ」


指さした先には、明るいスーパーの看板があった。


「桐谷の手料理で」


「……ええっ」


「外のほうが安心?」


「安心っ……て」


意味を理解するまで、ほんの少し時間がかかった。


「また押し倒されたら、って?」


「……っ!」


顔が一気に熱くなる。


「しないよ、もう」


「や、やめてください。そんな風にいじるの」


「その話題に持ってったのは、そっちだろ」


「……ち、ちょっと。西嶋先輩がっ……」


言ってから、気づいた。


――あ。


つい口から、『先輩』という呼び方がこぼれた。


西嶋先輩が、少し意味ありげに笑う。


「先輩、……ね」


「……」


もう。


そんなところを拾わなくてもいいのに。


先輩は「ほら」と言って、私の前に手を差し出した。


「何ですか、これ」


わかっているくせに、聞いてしまう。


「手、繋がなくていーの?」


「なっ、何でそんな――」


「あ、信号」


先輩が言ったのとほとんど同時に、横断歩道の信号が点滅を始めた。


私は反射的にその手を握った。


「え、ちょっ――」


二人で走り出す。


途中、足がもつれてよろけそうになったけれど、繋いだ先輩の手が私を引き上げてくれた。


なんとか渡り切った頃には、私は肩で息をしていた。


「はぁ……っ。走る必要ありました?」


隣を見ると、先輩は息ひとつ乱していない。


「ほら」


その指が示した先へ目を向ける。


タクシーが停まり、後部座席から男が降りてきた。


綾野君だった。


息が止まる。


「また、渡る?」


「――え?」


「あっち側に」


先輩は、ずるい。


反対側の歩道を歩く綾野君の姿を見ると、なぜだか急に胸が苦しくなった。


――今なら、まだ。


戻れる。


そんな考えが頭をよぎった。


「いいよ」


「えっ?」


「行けば?」


その言葉が、胸に突き刺さった。


私はここで、何をしているんだろう。


彼氏がいるのに、昔の恋人と手を繋いで。


どうして。


どうして私は、西嶋先輩の手を振りほどけないんだろう。


「ああ、ごめん。これじゃ行けないか」


先輩の声と一緒に、絡んでいた指先がほどかれた。


信号が青に変わる。


ずるい。


西嶋先輩は、ずるい。


行けと言いながら、私に選ばせる。


自分からは、何ひとつ引き止めない。


「いっ……」


一歩踏み出そうとしても、足が重くて動かなかった。


「行きません」


私がかたくなに言い切ると、先輩がぶはっと吹き出した。


「行かないのかよ」


「だから、ここにいるんじゃないですか」


「あ、そ」


笑っていた先輩の顔から、すっと表情が消える。


「で、どうする?」


私たちに気づかないまま、綾野君は路地の向こうへ消えていった。


「どっ、どうするって……」


「買い物してくか、どっか店行くか」


……あ。


そっちの話か。


ちらりと、自分のマンションの方角を見る。


外をうろうろしていて、もし綾野君に出くわしたら面倒なことになる。


「……かっ、買い物しましょう」


仕方ない。


もう、なるようになれだ。


私は西嶋先輩と一緒に、目の前のスーパーへ入った。


「うち、なんもないから。欲しいのあったら言って」


「……」


自炊、しないんですか。


彼女は?


そんな疑問が頭に浮かんだけれど、なぜか口にはできなかった。


棚に並んだ商品を眺めながら、私は気持ちを切り替えるように尋ねる。


「西嶋さんは、何か食べたいものあります?」


「酒以外で」


その言葉に、ぷふっと笑ってしまった。


「酔ってないほうがいいんだろ?」


「そ、そんなこと……」


「桐谷は飲めば?」


「私だって、そんなに強いわけじゃないですから」


「そうじゃなくて」


「え?」


先輩が、私を見る。


「酔ってみれば?」


その言葉が、妙に近く聞こえた。


それって。


どういう意味――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。