第六章 三件ではなく、三人
【ここまでのあらすじ】
偽動画のあとに、本物かもしれない告発が来た。NAGI導入後に亡くなった三人。中央ログだけが午前三時に書き換えられている。情報システム部が挙げた名前は、椎名真帆、大和田陸、松永岳——広報室の三人だった。全員が何かを隠したまま、業務端末は回収されていく。
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端末が回収されて七分後、大和田が言った。
「一人、連絡した人がいます」
代替のノートパソコンを設定していた真帆の手が止まった。
『誰ですか』
九条が訊いた。
「羽鳥美緒さん。前にLINOを担当していた品質保証の人です。今は休職しています」
塔子にも名前の記憶はあった。製品障害の説明会で、質問だけが異様に短かった女性だ。
「何を話したの」
「三施設の家族通話が残っていることです」
「いつ」
「最初に話したのは、三週間前です」
『なぜ羽鳥さんへ』
「羽鳥さんから訊かれました。NAGIの事故で、家族から説明が違うという相談は来ていなかったかって」
「そのときは?」
「前の部署で受けた記憶があったので、あると答えました。昨日、羽鳥さんから資料は記者へ渡したと聞いて、僕も記憶違いじゃないか確かめたくなった。三施設とも通話が残っていたので、もう一度伝えました」
『通話データそのものは』
「渡してません。存在と、記録上は対応終了になっていることだけです」
「新聞社へ資料を送ったのは」
「羽鳥さんです。もう送ったと言ってました」
佐伯が机を指で一度叩いた。
「つまり、内部情報の持ち出しに協力したと認めるんだな」
『評価は事実確認のあとです』
九条が遮った。
「偽動画も羽鳥さんが?」
松永が訊いた。
「違います」
大和田は初めて迷わず答えた。
「あの動画は知りませんでした。僕も朝、初めて見た。羽鳥さんが送ったのはNAGIの報告書です。僕は動画を作ってないし、作るのにも協力してません」
「同じKLS INSIDEが入ってる」
真帆が言った。
「だから、おかしいんです。羽鳥さんの告発に、誰かが偽物をくっつけた」
部屋にあった一つの流出経路が、二つに割れた。
「昨日言えなかった?」
塔子が訊いた。
「言ったら、止められると思いました」
「何を」
「羽鳥さんを。記事を。家族の声を」
「私たちが止めると?」
大和田は、消えた18472番を見た。
「止まってたじゃないですか」
誰もすぐには否定できなかった。
『羽鳥さんへ連絡してください』
九条が言った。
大和田の業務用端末は回収済みだった。番号を暗唱し、会議室の電話からかける。
呼び出し音が七回続き、留守番電話へ切り替わった。
真帆が代替端末から社内メッセージを送る。既読はつかない。私用の連絡先へ送った大和田のメッセージにも、応答はなかった。
「電源が落ちてるだけかもしれません」
「そうだね」
塔子は言った。
それ以外かもしれない、とは誰も言わなかった。
法的保全によって、三施設の顧客通話は再生できる状態で残っていた。
時刻もIDも画面の中に残っている。けれど、再生ボタンを押して出てきたのは、三件を三人へ戻す家族の声だった。
『音声は事実確認の範囲で扱います。社外利用は別途判断します』
九条の確認後、最初の通話が流れた。
『最初は、端末に通知が出なかったと聞きました』
ケアホーム青葉台の利用者の娘だった。言葉を一つずつ置くように話している。
『三日後には、職員が確認した記録があると言われました。通知がなかったのか、確認したのか。どちらなんですか、と訊いているんです』
二件目、みずほ苑。息子は手元のメモを読み上げていた。
『二時十二分に呼吸異常を検知して、三時ちょうどに確認済み。では、誰が確認したんですか。氏名でなくていい。施設の操作なのか、本社の処理なのかを答えてください』
三件目、グループホーム汐見。妻の声は、二人よりも小さかった。
『機械のせいで亡くなったと、決めてほしいんじゃありません』
一度、長い息が入った。
『最初に職員さんから聞いた話が、あとから私の聞き間違いみたいになった。それが嫌なんです。あの夜、鳴らなかった。それを、なかったことにしないでください』
音声が終わっても、大和田は再生停止の表示を見ていた。
「三人とも、機械が人を殺したとは言ってない」
塔子が言った。
「説明を変えたのは誰か、と訊いてる」
『この音声が証明するのは、説明の不一致です。製品と死亡の因果ではありません』
「分かってます」
大和田が答えた。
九条は何か言いかけ、やめた。
『次を確認します』
野々村が製品部門から戻ってきた。手には、承認時と現在の設定を左右に並べた紙がある。
「NAGIは、誤報を減らすための更新でした」
紙を机に置く。
「夜間、同じ低信頼の動きを短時間に繰り返し検知した場合だけ、一つにまとめる。転倒と呼吸異常は、信頼度に関係なく即時通知する。私が確認した仕様は、そうです」
「今は違う?」
「画面は同じです。サーバー側で、転倒と呼吸異常を即時通知へ送る判定条件だけが狭くなってる。承認後の設定変更です」
「何が起きる」
「即時通知だった判定の一部が、保留側へ落ちます」
「誰が変えたんですか」
「設定変更記録には、実行者がありません」
「記録がない変更は、できるんですか」
「現在値は変わっています。承認時の設定との差は残せます」
九条は保全対象の一覧に、承認時と現在の設定を加えた。
野々村は、報告書に添付されていたケアホーム青葉台の端末キャッシュを開いた。
「施設の職員端末には、通信が切れても確認できるよう、一定期間の通知履歴が残ります。中央サーバーとは別です」
端末側の最終記録は、午前二時十七分四十三秒。
〈転倒検知 通知状態:未応答〉
その後に、午前三時の行はなかった。
中央サーバーの同じ事象には、別の行がある。
〈03:00:00 対応確認済みへ再分類〉
「中央側の更新元は?」
「三行とも、個人IDではありません。〈svc_nagi_maint〉。運用移行時に使った保守用アカウントです」
「誰が使えるんですか」
「認証情報にアクセスできたのは、情シスの運用管理者と、製品基盤の保守担当です。人の操作に使うことは禁止されていますが、アカウントは残っていました」
「操作した人は」
「このログからは特定できません」
九条は保全対象の一覧に、保守用アカウントの権限表と認証記録を加えた。
「施設が確認したなら、端末側にも操作が残るはずです」
野々村が言った。
「これは一施設ぶんです。残り二施設は、原本を確認しないと断定できません。ただ、少なくとも青葉台では、午前三時の確認は中央側にしかない」
「同期の遅れは」
佐伯が訊いた。
「遅れなら、未応答が確認済みに変わる理由にはなりません」
「中央側の補正処理かもしれない」
『補正なら、補正前と補正後を残す必要があります』
九条が言った。
塔子は佐伯を見た。
「NAGIの停止を提案します」
「製品全体を止めるのか」
「まず更新機能を停止する判断です。影響範囲が確認できなければ、LINOも含めて判断が必要です」
「明日の審査対象には、二百を超える導入予定施設がある」
佐伯の声は静かだった。
「夜勤一人で一フロアを見る施設もある。通知を全部同じ強さへ戻せば、警報疲れで本当に必要なものが埋もれる。製品を止めれば、巡回は人に戻る。人手が足りない現場へ、正しさだけを置いて帰るつもりか」
「止めない理由と、調べない理由を混ぜないでください」
塔子が言った。
「承認済みの設定へ戻せます」
野々村が続けた。
「全面停止か現状維持か、二択ではありません」
「切り戻しの安全性を、明日までに誰が保証する」
「保証できないから、検証するんです」
佐伯は答えなかった。
塔子の代替端末が鳴った。
東都新聞への回答後、広報室の文書検索へ入れた〈ご家族への十分な説明を実施済み〉の履歴が出ていた。
最初にその一文を使ったのは、塔子だった。
別製品の不具合に関する危機対応FAQ。六月二十一日、午後六時十二分。初稿の作成者欄に〈久瀬塔子〉とある。
別製品の、別の不具合だった。けれど、そのFAQを書いたとき、塔子は〈十分〉の中身を確かめなかった。誰が家族へ何を説明し、何が答えられないまま残ったのか。対応部門の〈実施済み〉を、外へ出せる一文に整えただけだった。
そのときは、事実を短くしたつもりだった。いま見ると、質問が終わったように見せる文だった。
NAGIの三件で、最後の事故が起きたのは三月十八日。
九十五日、あとだった。
事故より九十五日あとに書いた言葉だから、三月の記録が改変された証拠になる。
それでも、その言葉が三人の問いを閉じるために使いやすかった理由まで、九十五日は消してくれなかった。
「報告書が、私のFAQを真似たんじゃない」
塔子は中央サーバーにある三施設の事故記録を開いた。
三月の日付で保存された各記録に、同じ一文が入っている。追記欄ではない。事故時対応の本文だった。変更履歴はない。
『あとから正規に追記したなら、更新日時と変更者が残ります』
九条が言った。
「残ってません」
未来のFAQから告発書へ、言葉が盗まれたのではない。
過去の事故記録へ、未来の広報文が貼りつけられていた。
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次章へつづく。




