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第五章 広報室の容疑者たち

【ここまでのあらすじ】

偽の切り抜きは元映像で消えた。その直後、同じ〈KLS INSIDE〉の署名を持つ十九ページの内部報告書が、東都新聞から届く。夜間通知制御NAGIの導入後、三施設で三人が亡くなり、中央ログは三件とも午前三時ちょうどに「対応確認済み」へ変えられていた。佐伯は「一連の捏造」で統一しようとし、塔子は拒む。そして会社の問い合わせ番号は、一件だけ欠けていた。


---

正午、東都新聞の記事は出なかった。


代わりに、情報システム部から三人の名前が届いた。


椎名真帆。大和田陸。松永岳。


「広報室だけで、容疑者セットが完成しましたね」


真帆が言った。


「セット扱いはやめてください」


「単品をご希望?」


「そういう問題じゃないです」


『二人とも、まだ容疑者とは呼びません』


九条が画面の向こうから止めた。


「じゃあ、何ですか」


『説明を必要としている人です。説明に失敗すると呼び方が変わります』


「励まされてる感じがしない」


『励ましていません』


情報システム部の調査結果は、三つの別々のシステムから出ていた。


偽動画へつながる配布記録。


三施設へつながる閲覧記録。


消えた照会へつながる操作記録。


三人の名は一つの一覧に並んでいたが、三つの記録が同じ事件を指すとは限らない。


その前に、塔子は別紙の一覧へ目を止めた。


〈危機対応ポータル 個人別URL閲覧記録〉


十一時四十四分八秒、佐伯。十秒、塔子。十四秒、真帆。十九秒、大和田。二十七秒、松永。ほかの閲覧者も、秒単位で並んでいる。


「専用リンク、入場券じゃなくて出席簿だったんですね」


真帆が言った。


「漏洩時の確認用だ」


佐伯が答えた。


「何を見たかより、誰が見たかのほうが先に一覧になるんだ」


『閲覧記録自体は通常の統制です』


九条が言った。


「通常なら安心ですか」


『いいえ。通常の仕組みは、通常ではない目的にも使えます。今は目的を決めず、記録を残します』


一つ目は、訓練動画の配布台帳。


投稿動画に残っていた四つの白点は、九十フレームごとに並びを変える。照合された識別子は〈M-07〉。割当先は、真帆の監視分析用アカウントだった。


「私ですか」


『あなたではなく、あなたのアカウントです。人間と証拠を早く結びすぎないでください』


「法務に人間扱いされた。今日いちばんの朗報です」


『そのコピーを開きましたか』


「演習の設定確認で一度」


『社外へ出しましたか』


「出してません」


『アカウントを共有しましたか』


「してません。私のパスワード、長いし性格が悪いので」


「性格が悪いのはパスワード?」


大和田が訊いた。


「両方。今そこ掘ります?」


「そもそも、どうして真帆の割当なの」


塔子が訊いた。


「演習で、投稿後の広がりを監視する担当だったからです。素材と監視条件を同じ作業領域へ置いた。私に必要だったのは反応データで、動画を編集する理由はありません」


『理由がないことと、機会がないことも別です』


塔子は配布台帳を拡大した。


「この割当を知っていた人は」


「私と情シス。演習の承認者。あとは、台帳を見られる人」


「何人?」


「権限表を見ないと分かりません」


『分からないことを、少ないという意味で使わないでください』


「使ってません」


『なら結構です』


真帆は腕を組んだ。


「私が作るなら、自分の透かしは消します」


『犯人が合理的に行動するという仮定は、無実の証明になりません』


「法務と話すと、全部の逃げ道に先に立ってますね」


『業務です』


二つ目は、顧客対応システムのアクセスログだった。


日曜午後十一時四十八分、ケアホーム青葉台。


十一時五十六分、みずほ苑。


月曜午前零時三分、グループホーム汐見。


三施設の家族通話を開いたアカウントは、大和田陸。


「前の顧客相談で見ただけ、と言いましたね」


塔子が訊いた。


「見ました。顧客相談の記録で」


「異動前の話じゃなかったの」


「そうは言ってません」


「言わせるようには答えた」


大和田は黙った。


『日曜深夜に三施設を検索した理由は』


「前から気になっていたからです」


『何が』


「説明が、終わりすぎていたので」


「終わりすぎてた?」


「家族は納得してないのに、会社の記録だけ全部終わってた」


大和田の声は低かった。


『記録を持ち出しましたか』


「持ち出してません」


『誰かに内容を話しましたか』


「広報の人には話してません」


九条がわずかに顎を上げた。


『聞いていない限定をつけましたね』


「必要だと思ったので」


『何に必要だったのかは、あとで聞きます』


大和田は頷かなかった。


「どうして、昨日のうちに私へ言わなかったの」


塔子は訊いた。


「担当でもない顧客記録を見たと、説明しないといけなくなるからです」


「今、説明してる」


「はい。黙っても終わらなかったので」


大和田は、そこで初めて塔子を見た。


三つ目は、問い合わせ管理画面の監査索引だった。


本文の消えた18472番に、担当者情報だけが残っていた。


〈担当者 松永岳〉


〈表示範囲 担当者のみ〉


同じ調査資料の次ページには、危機対応演習の素材提供申請があった。


〈提供先 アークライン・ストラテジー〉


〈素材 LINO社内検討会映像〉


〈承認者 松永岳〉


二つの記録に、同じ名前が並んだ。


『梨木さん』


九条が言った。


『ここからは社内の事情聴取です。アークラインへの確認は、別途書面で行います』


『承知しました。質問票は私宛てに直接お願いします』


梨木は笑みを崩さず、画面から消えた。


切断の表示が消えると、松永が口を開いた。


「俺が隠したように見えるな」


『見え方ではなく、操作を確認します。18472の表示範囲を変更しましたか』


「自分だけにした」


『理由は』


「未確認の照会を、社内へ広げたくなかった」


『誰から、何についての照会ですか』


「本文が戻ってから答える」


「覚えてないんですか」


塔子が訊いた。


「答えないと言った」


「さっきは、知らないと言いました」


松永は塔子を見た。


「それも、今は答えない」


雨も風も戻らなかった。


「私たちには、言えなかったんですか」


塔子が訊いた。


「言わなかった」


「違いは」


「言える立場だったかどうかを、まだ説明できない」


「説明できないことだけ、ずいぶん正確ですね」


松永は答えなかった。


『演習素材をアークラインへ提供したことは』


「承認した。朝も言った」


『素材提供と18472の非表示に、関係はありますか』


「別の手続きだ」


『関係を聞いています』


「今は、それ以上言えない」


言えない、知らない、分からない。


塔子は、松永がどの言葉を選んだかだけを記録した。


午後零時二十六分、佐伯が言った。


「三名の業務端末を回収する。情報システム部で保全し、操作履歴を精査する」


『その前に、伝達します』


九条が全員の画面へ通知を送った。


〈本件に関連するすべての電子データについて、削除、変更、移動、上書きおよび自動消去を停止してください〉


『法的保全をかけました。端末を整理しないで、そのまま渡してください』


「デスクトップの散らかりまで証拠になります?」


真帆が訊いた。


『なりません。ただし、整理は削除の親戚です』


「法務の家系、だいぶ厳しいですね」


『親戚付き合いは避けてください』


情報システム部の回収担当が会議室へ入った。


真帆のノートパソコン。大和田の業務用スマートフォンとパソコン。松永のタブレット。一台ずつ電源を落とさず、番号のついた袋へ収められていく。


「監視はどうします」


真帆が、空いた両手を見た。


「代替端末を出す」


佐伯が言った。


「履歴のない端末は、潔白そうでいいですね。何も見てないだけなのに」


『感想は保全対象外です』


「初めて消していいものができた」


危機対応をするはずの机から、危機対応の道具が消えた。


「三人ともですか」


塔子は九条へ訊いた。


『三人とも、何かは隠しています』


「犯人は」


『その言葉は、証拠より足が速いので使いません』


情報システム部の回収担当が、最後の袋を持って会議室を出た。


---


次章へつづく。


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