第四章 偽物のあとに来た本物
【ここまでのあらすじ】
元映像の公表で、切り抜き動画の炎上は十一時二十七分に鎮まった。だがその公開資料は、金曜の夜にはもう作られていた。八時五十六分の警報も、時計のずれでは説明がつかない。拍手が続くなか、東都新聞から電話が入る。「NAGI導入後の三件も、御社は捏造だと回答するんですか」。NAGIも、三件も、久瀬塔子は知らなかった。
東都新聞からのメールは、電話が切れて三十七秒後に届いた。
件名は〈NAGI導入後の重大事象に関する照会書・再送〉。
添付ファイルは、会社の受信サーバに止められた。
「パスワード付き圧縮ファイル。古典ですね」
真帆が言った。
「新聞社も使うんですね」
「悪習は業種を選びません」
大和田が情報セキュリティ室へ解除を依頼する。ほぼ同時に、危機対応メンバーへ社内通知が届いた。
〈外部から送付された未確認資料を、メールから直接開かないでください。資料は危機対応ポータルへ格納します。各自、個人別に発行された専用リンクから確認し、転送・共有はしないでください〉
「同じ資料なのに、入口は全員別です」
「漏洩対策だ」
佐伯が言った。
「会社に疑われるときだけ、一人ひとりを大切にしてもらえますね」
真帆は自分宛てのリンクを開いた。
十一時四十四分。
大型モニターに、全十九ページの内部報告書が表示された。右上に〈社外秘〉、各ページの右下に〈KLS INSIDE〉。朝の動画と同じ欄外記号だった。
一ページ目の表題は、〈夜間通知制御NAGI導入後の重大事象について〉。
「NAGIって、何ですか」
大和田が訊いた。
「夜間の通知が重なったとき、優先度の低いものをまとめて送る更新です」
野々村が答えた。
「LINOは、居室の動きを全部同じ強さで鳴らすわけじゃない。職員が警報に慣れたら、本当に必要な通知まで埋もれるから。ただし、転倒や呼吸異常をまとめる仕様ではありません」
「この報告書は、まとめたと書いてます」
真帆が七ページ目を拡大した。
事象一覧には、三つの施設名が並んでいた。
ケアホーム青葉台。みずほ苑。グループホーム汐見。
大和田が息を止めた。
「知ってるの?」
塔子が訊くと、大和田は一拍遅れて首を振った。
「前の顧客相談で、見たことがあるだけです」
「三施設とも?」
「施設名は、たくさん見てたので」
答えながら、大和田は画面を見なかった。
塔子は問いを重ねず、表へ目を戻した。
一件目、転倒検知。通知保留。利用者は搬送後に死亡。
二件目、呼吸異常。職員端末への通知記録なし。利用者は同日死亡。
三件目、離床後の転倒。発見時には心肺停止。その後、死亡。
報告書は、LINOが死因だとは書いていない。通知されなかった可能性と、死亡との因果は未確定としていた。
「三件とも死亡、か」
松永が言った。
「三件じゃありません」
大和田の声が、急に強くなった。
全員が彼を見る。
「三人です」
大和田はそれ以上、何も言わなかった。
真帆が表を横へ送った。
「もう一個、揃ってます。中央ログの確認時刻」
三行とも、同じ数字だった。
〈03:00:00 対応確認済みへ再分類〉
「三つの施設が、別の日に、同じ秒で確認した?」
「施設側の定時処理だろう」
佐伯は迷わず答えた。
「夜間の中間巡回後、未処理の表示をまとめて閉じる運用は珍しくない」
「三施設ともですか」
「同じ導入支援を受けていれば、運用が揃うことはある」
「説明だけなら、成立しますね」
真帆が言った。
九条は画面の向こうで表を読み込んでいた。
『成立と確認は、今回も別です』
塔子の頭に、朝の佐伯の声が戻った。
〈製品仕様、とくに夜間運用の話へ広げないこと〉
NAGIという言葉が広報室に一度も出ていなかった午前九時七分に、佐伯は夜間運用という言葉を使っていた。
「佐伯さん」
「今は回答を作れ。残り四分だ」
質問を言う前に切られた。
佐伯は報告書を閉じるように手を振った。
「動画とこの文書は、同じKLS INSIDEを名乗っている。動画には意図的な編集があった。対外回答は『一連の捏造』で統一する」
『反対します』
九条の声は平らだった。
「理由は」
『加工が確認された動画と、真偽を確認していない文書は別です。同じ欄外記号は、同じ作成者の証明になりません。誰が捏造したかも、この文書が捏造かも、まだ確認できていない』
「正午に記事が出れば、未確認では済まない」
『正午に出ることと、十一時四十六分に真実になることは別です』
「法務は会社を守るためにいるんじゃないのか」
『会社がついた嘘から会社を守る業務は、契約に含まれていません』
真帆のキーが一度だけ鳴り、すぐに止まった。
「九条さん、その言い方だと、もう嘘だと決めてます」
塔子が言った。
『訂正します。確認前に会社が嘘をつくことから、会社を守ります』
「それなら私も賛成です」
梨木が画面に回答案を出した。
『同一の欄外記号を持つ資料の一つに編集が確認されたため、他の資料についても慎重な検証を要する――ここまでなら言えます』
「『一連の捏造』は」佐伯が訊いた。
「使いません」
塔子は答えた。
「野々村さん、NAGIの仕様確認。真帆、文書の来歴。大和田、三施設の顧客対応記録。九条さんは、回答文を見てください」
「室長」
松永が顔を上げた。
「この照会、知っていましたか」
「知らない」
短い答えだった。
松永の言葉には、雨も風もなかった。
十一時四十九分五十二秒、塔子は東都新聞へ回答した。
〈本日十一時四十三分に広報室で確認した資料について、当社は現在、真正性および記載内容を確認中です。先ほど公表した編集動画への回答を、当該資料への回答とみなすものではありません〉
送信してから、報告書の事故記録へ戻った。
三施設の記録には、もう一つ、同じものがあった。
〈ご家族への十分な説明を実施済み〉
一件目にも、二件目にも、三件目にも。一字も違わない。
「この文章」
塔子は三行を選択した。
「私、前に使った気がします」
『公開済みのFAQやお知らせにありますか』
九条が訊いた。
「分かりません。でも、私の文章に近い」
『公開文から文言を拾い、内部文書らしく見せた可能性はあります。いつ使った表現かが分かるまでは、真正性の根拠にも、偽造の根拠にもなりません』
塔子は広報室の文書検索へ、その一文を入れた。結果が出るまでのあいだに、東都新聞からの再送メールが自動登録された問い合わせ管理画面を開く。
受付番号は、18473。
直前の問い合わせを確認した。
18471。
塔子は並び順を見直した。
「大和田」
「はい」
「18472は?」
「え?」
終了案件を含む。迷惑メールを含む。期間指定なし。塔子は表示条件を一つずつ広げた。
18471の次は、何度見ても18473だった。
「番号だけ取って、登録をやめることはある?」
「ありません。受信した時点で振られるので。削除しても、削除済みで残ります」
「表示の不具合は」
「情シスに訊きます。ただ、不具合は普通、都合のいい番号を一個だけ選びません」
真帆が言った。
「じゃあ、一件ない」
大和田が小さく頷いた。
偽物かもしれない報告書には、必要な記録が揃いすぎていた。
会社の問い合わせ画面には、一つだけ足りなかった。
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次章へつづく。




