第六章 巨躯と短足、王座を賭した決戦
あらすじ
でんすけとクセルクセスの対決はいかに!?
中央街道の激突は、すでに戦術の粋を超え、ただ純粋な生存競争へと変貌していた。
左右の断崖から雪崩を打って突撃した「ヘリング自由解放軍」は、正面の聖堂騎士団と完全に連動し、アムレシア帝国軍の「本体」を包囲・分断しつつあった。アルフォンスの『すりおろし玉ねぎ作戦』によって南翼を失った帝国軍の動揺は凄まじく、かつてない混乱が黒鉄の隊列を侵食していく。
だが、その混沌の中心にあって、皇帝クセルクセスという存在だけは異彩を放ち続けていた。
「小賢しい雑種どもが。群れたところで、ネズミはネズミだ!」
クセルクセスが吠える。冷凍保存された古代の卵から蘇ったアムールトラの猛獣は、周囲のノルウェージャンフォレストキャットたちよりも二回り以上巨大だった。その一振りが、にゃんこ聖教の屈強な聖騎士を鎧ごと吹き飛ばし、鉄の爪が夜気を引き裂く。彼の一挙手一投足が、崩壊しかけた帝国兵の士気を辛うじて繋ぎ止めていた。
「これ以上の泥仕合は、僕の美意識に反する。でんすけ、あの巨大な『不確定要素』を排除しろ」
断崖の上から戦況を見下ろすアルフォンスの冷淡な声が、通信を介さずともでんすけの耳に届いた気がした。
「分かってるよ、軍師殿! 言われなくたって、あの虎野郎の顔面に一発ぶち込んでやる!」
シルバータビーの毛並みを逆立て、でんすけが前に出た。その短い四肢がぐっと赤土を踏みしめる。対するクセルクセスは、眼下に現れた小柄なマンチカンを見下ろし、容赦のない冷笑を浮かべた。
「それがヘリングの英雄か。滑稽な短足だな。我が一撃で、肉塊に変えてくれる」
「短足ってのはな、倒れようにも倒れない『最強の低重心』って意味なんだよ!」
でんすけの咆哮と共に、地面の赤土が爆発した。
『アメイジング・ショートストライド』。
残像が見えるほどの超高速回転。地を這うような弾丸と化したでんすけは、クセルクセスの懐へと一瞬で飛び込んだ。
「小癪な!」
クセルクセスが巨大な前足を叩きつける。凄まじい風圧と共に、でんすけが先ほどまでいた地面が陥没した。だが、でんすけはその衝撃波さえも低重心で受け流し、巨躯の死角へと回り込んでいく。
「ムサシ! サスケ!」
でんすけの呼びかけに、二匹の凄腕が即座に呼応した。
「ふんッ!」
サバトラのマッチョ、ムサシが巨大な木刀を豪快に一閃する。凄まじい風切り音と共に放たれた一撃は、クセルクセスの側面の防陣を張っていたノルウェージャン重装兵たちをまとめて数メートル先へと吹き飛ばし、皇帝の退路を断った。
「ククッ、俺の空中殺法、見切れるかよ!」
サスケが夜空を舞った。「おたまじゃくしのベントラ模様」を血と煤で汚しながら、巨木の幹を蹴ってクセルクセスの頭上へと躍り出る。変幻自在の『空中殺法』から繰り出される鋭利な爪が、クセルクセスの分厚い首皮を浅く切り裂いた。
「チリ紙にもならんわ!」
クセルクセスは一瞬の隙を突き、サスケを巨大な尾で叩き落とそうとするが、そこへ妖艶な影が滑り込む。
「あら、私をお忘れじゃないかしら?」
マリアが手首のマタタビの匂い袋を弄びながら、クセルクセスの後肢へと飛びついた。重度のマタタビ中毒者でありながら夜の街を支配するドラッグクイーンの真骨頂、『アキレス腱固め』が炸裂する。巨獣の関節がきしむ。
「ぐうっ!? 離れろ、雌猫が!」
クセルクセスが苦悶の声を上げ、マリアを振り払おうとしたその瞬間、純白の影がその視界を遮った。
「でんすけさんには、指一本触れさせない!」
マシロだった。高級キャットフード商家の令嬢としての面影を捨て、鋭利な長い爪『プリンセスクロー』を完全に剥き出しにした彼女は、クセルクセスの顔面へ向けて跳躍した。薔薇の棘よりも鋭い爪が、皇帝の右目を正確に捉え、鮮血が夜空に舞う。
「ぎゃあああああっ! 我が目が!」
激痛に悶え、クセルクセスの巨体が大きく傾いた。完全にバランスを崩し、その強固な防御に、決定的な「隙」が生まれた。
「みんな、最高のトスだ!」
でんすけが吠えた。短い四肢が石畳を強く蹴り上げ、爆発的な推進力で垂直に跳躍する。短足特有のぶれない軸回転。高所へと上り詰めたでんすけの身体が、月光を浴びて激しく回転を始めた。
「これで終わりだ! クセルクセス!」
繰り出されたのは、でんすけの最大奥義――『垂直落下式ピルムショット(逆さ頭突き)』。
空気抵抗を極限まで減らした『短足の気をつけ姿勢』のまま、でんすけは文字通り一発のロケット弾と化して、クセルクセスの脳天へと一直線に突き刺さった。
ドズゥゥゥゥン!!!
凄まじい衝撃波が中央街道を駆け抜けた。周囲の重装兵たちがその風圧だけで転倒する。でんすけの超高速回転から放たれた質量以上の破壊力は、クセルクセスの頑強な頭蓋を直撃し、その巨体を赤土の大地へと完全に叩き伏せた。
大陸最悪の皇帝、クセルクセス。その巨躯がピクリとも動かなくなるまで、戦場には一瞬の静寂が訪れた。
「……クセルクセス皇帝が、倒れた……」
誰かの呟きが、ドミノ倒しのように帝国軍の間に広がっていった。
圧倒的な個の武力であり、精神的支柱であった皇帝の敗北。それは、アムレシア帝国軍という完璧な機械の、決定的な機能停止を意味していた。
「皇帝は討ち取られた! 武器を捨てよ!」
聖堂騎士団の指揮官の声が響き渡る。側面の自由解放軍からも、地鳴りのような勝鬨が上がった。戦意を完全に喪失した帝国の重装甲兵たちは、一人、また一人と巨大な戦斧を地面に落とし、その場に膝を屈していった。
戦いは、終わったのだ。
夜が明けていく。
東の空から差し込む朝の光が、数千年にわたり猫科動物たちが支配してきたテラコッタ大陸の赤い岩肌を、重々しく、しかしどこか優しく照らし出していた。
自由自治都市「ヘリング」へと続く街道には、泥と血にまみれながらも、誇らしげに胸を張って凱旋する雑種猫たちの姿があった。
「ふぅ……。終わってみれば、軍師殿の計算通りってわけか。恐ろしい男だよ」
でんすけは短い前足で額の汗を拭いながら、高台からゆっくりと降りてくるアルフォンスを見上げた。アルフォンスは着古した外套のフードを外し、相変わらずひどい寝癖のついた白い毛並みを露出させたまま、退屈そうに手帳を懐に収めた。
「当然だ。僕の数式に狂いはない。だが……」
アルフォンスの爛々と輝く目が、でんすけの極端に短い四肢へと向けられる。
「君たちの『意地』という不確定要素。それが数式の限界値を数パーセント上振れさせた。物理学のデータとしては、非常に興味深いサンプルが取れたよ」
「へっ、素直に『よくやった』って言えないのかねぇ、天才軍師様は」
サスケが超低音のボイスで笑い、ムサシも無口な表情のまま、でんすけの肩をぽんと叩いた。マリアは相変わらずマタタビの葉を弄びながら、「まあ、男たちの泥仕合にしては上出来じゃない?」と妖艶に微笑んでいる。
そして、でんすけの隣には、マシロがいた。彼女の美しい純白の毛並みは汚れ、令嬢としての箱入り娘の生活にはもう戻れないかもしれない。しかし、その青い瞳には、以前よりも遥かに強い、自らの足で立つ猫の光が宿っていた。
「でんすけさん。私、自分の家が燃えてしまったときは、すべてが終わったと思いました。でも……」
マシロはでんすけの衣類を小さな爪でギュッと掴み、微笑んだ。
「生きてさえいれば、いくらでもやり直せる。あなたが教えてくれた通りですね」
「ああ、マシロ。ヘリングの街は焼かれちまったが、俺たちの商売も、仲間も、ここに残ってる。これからもっと美味いニシンを仕入れて、もっと最高のマタタビを並べて、この街を前以上の大都市にしてやるさ」
でんすけはぐっと短足を踏み締め、昇りゆく太陽を見つめた。
背後では、にゃんこ聖教の総主教レオ2世の聖堂騎士団が、大陸の新たな秩序を守るべく動き出している。特権階級の申請を拒み、「平民雑種」のままでいることを誇りとした一匹のマンチカン。彼の泥臭い日常が、これからはこのテラコッタ大陸の、新たな歴史の1ページとなっていくのだろう。
「よし、野郎ども! 荷物は捨てちまったが、命はある! ヘリングの街を、俺たちの手で作り直すぞ!」
でんすけの咆哮が、テラコッタの清々しい朝空に、どこまでも高く響き渡った。




