[SIX PATHS 009] 星の戦士たちと蒼き竜
# Star Warriors and the Azure Dragon:
◇ ◇ ◇
神仏の意に反する生涯を送った彼らは、いつの日か許しを得るため、異界を彷徨い続けている。
意志を剥奪され、魔物に身をやつした彼らは、背負いし罪を償うまで、殺されるための生を繰り返す。
その世界を、人は地獄と呼ぶ。
迷宮という地獄の中で、濁流を彷徨う一体の魔物がひと欠片の自我を取り戻した。
目覚めた食欲は決して満ち足りることなく、彼は周囲の意志なき同胞を喰らい続けた。
彼という半端者へ、その階層の経験値が収れんしていく。
より深く罪を重ね続けた彼は、異形の存在へと進化していた。
◇ ◇ ◇
浜名湖迷宮、その二十三階層を俺たちは進んでいた。
俺は視界に映る、古城が土砂に侵食されたような景色を見ながら、思案した。
(こういう迷宮の構成は初めて見たな。二十一階層からは、迷宮によって違うんだろうか?)
俺は、隣を歩く愛莉さんへ、ちらりと視線を向けた。
愛莉さんの切れ長の目元に宿る、綺麗な茶褐色の瞳が真っ直ぐに前を見据えている。
燃えるような赤い髪のポニーテールが、靡くたびに光を零すように輝く。
華奢な肢体を覆う、真っ白なロングコートの裾が、歩調に合わせゆるく揺れていた。
先頭を進む、俺と愛莉さんの少し後ろを、純也さんが歩いていた。
そのあとにリゼさんが続き、海斗さんが最後尾を務めている。
もっとも安全な隊列の中央に、リゼさんがいるのは、彼女がヒーラーだからだろう。
リゼさんが展開した魔法の灯火が、俺たちの周囲を青白く照らし出していた。
スターウェイの皆は、揃いの白いロングコートを、服の上から羽織っていた。
背中に大きくアルカディア・セトラーズのロゴが描かれた白いロングコートは、スターウェイの隊服で、彼らの誇りのようなものだと俺は思っていたが、実のところ、目立つので皆なるべく着たくないらしい。
会社に迷宮攻略の際の着用を義務付けられているそうだ。
俺も入社したら、ジャケットの後ろにロゴが入るのだろうか。
愛莉さんたちと同じコートがいいな……。結構、俺は好きなんだけど。さすがに駄目かな……。
立ち止まった愛莉さんが、俺に声をかけた。
「宗介君、この先に魔物がいます。索敵にかかりました。数は七体。飛行型が混じっていますので、そちらをお願いします」
「はい! 任せてください、愛莉さん!」
彼女の凛とした声を受け、俺は張り切って答えた。
愛莉さんが、目元を細めて笑みを浮かべた。
「くすっ。頼りにしていますよ、宗介君」
ブリーフィングで、純也さんから伝えられた内容はいくつかあった。
スターウェイの本来の目的は、彼らも初回攻略である浜名湖迷宮、その四十階層の主を倒して中継ゲートを開くこと。俺の試験はそのついでだ。彼らは忙しいのだ。
三十階層の手前までは、俺と愛莉さんの二人で魔物を倒すよう告げられた。
それが、実地試験というわけだ。
(……なんか、思っていたよりも普通の試験だ。純也さんは、パーティーメンバーに俺のことを共有しきっていない気がするな)
ここまで俺は剣技のみで、なんとか乗り切ってきていた。
なるべく重力剣も使わないように、リリスに言い含められていたのだ。
だが、そろそろ限界を感じ始めていた。
少し進んだところで、愛莉さんは、腰に帯びた真紅の剣を、右手でしゃらりと抜き放った。
細身の直剣が、魔法の灯りを受け、きらりと赤い光を返す。
彼女が、視線だけをこちらへ向けた。
俺は彼女に応えるように、右手で刀を抜いた。
「魔物の警戒内に入りました。先に行きます。地上の魔物はなるべく敵視を取りますが、私は攻撃特化ですので、兄さんほど敵視を取るのが上手くありません。気をつけてください」
「はい!」
「では」
前へ向き直った愛莉さんが、地を蹴って駆けた。
白いロングコートがばさりと翻り、黒いミニスカートから伸びる、肉感のある白い太ももがちらりと覗いた。
愛莉さんがぐんぐんと加速し、風のように走り抜けていく。
飛ぶように進む彼女が踏んだ固い迷宮の大地に、罅が奔った。
俺は、後を追うように走り出した。
(純也さんからの要求は、試験を受けることではない。入社を目指せということだ。きちんと戦えることを示さないといけない)
遠目に見える愛莉さんが、編み上げの靴で地をぐっと踏みしめ、両手で握る真紅の剣を振るう。赤い剣閃が迸るたび、大熊の魔物から真っ赤な鮮血が吹き出す。
ようやく彼女に追いついた俺は、声を上げた。
「愛莉さん、遅れました! 行きます!」
「はい。この程度でしたら、私はひとりでも倒せます。ですので、あまり無理はしないでくださいね」
優しい声音で答えてくれた愛莉さんに、いいところを見せたいと思った。
探索者を始めたばかりのころの俺は、彼女の動画で剣術を学んだのだ。
ややこしい話は置いておく。これは憧れの剣士に、俺の剣技を見せる機会だと考えた。
もちろん、無理はしない。怪我をしたら、とんでもない事態になるのだから。
リリスの偽装魔法はさすがで、実は俺の頭上にはずっと使い魔である蝙蝠が飛んでいるのだが、誰も気にしていない。
俺の視線が捉えている飛行型の魔物は、赤い瞳をした大きな鷹のような姿をしていた。
巨体を魔力で飛翔させている大鷹へ向かって、俺は跳ぶ。
中空へ舞い上がった俺は、刀を振り上げた。
天を突くように掲げた、チタン合金製の刃が、ぎらりとした鈍い光を放つ。
真っ直ぐに振り下ろした刀が、一太刀で大鷹を両断した。
「ピギャアアアア!」
断末魔とともに真っ赤な血飛沫を上げ、肉塊へと変わった魔物を尻目に、俺は地面へ降り立った。
左手をついて姿勢を戻しながら、視線を残りの大鷹へ向ける。
離れた位置にいた大鷹の魔物が巻き起こす、魔力の奔流を感じた。
飛翔する大鷹が翼をはためかせると、魔力を帯びた無数の羽根が、矢のようにこちらへ降り注いだ。
(……う、うお!? こういう弾幕みたいな攻撃が一番やばい!)
一瞬だけ逡巡した末、俺は右手で刀を握ったまま魔力を解放した。
俺の全身から漏れ出した漆黒の魔力がずるりと蠢く。真っ黒な魔力に触れたそばから、魔法の羽根が消滅していく。
やむを得ず解き放った魔力を制御するために刀を鞘に仕舞い、地を這うように駆けた。
剣技のみで乗り切れなかったことを悔しく思いながら、魔力を制御するための歌を口にしようとした俺に、愛莉さんの声が届いた。
「宗介君! 熊が一体、そちらへ流れます!」
「……っ!? はい、任せてください!」
俺は軸足を踏み込み、急制動をかけた。
愛莉さんから敵視を外した黒い大熊が、憎悪の籠った赤い瞳をこちらに向けていた。
大熊が、どかどかと地響きを立てながら、走り寄ってくる。
俺は、大熊の身体を利用し、大鷹から放たれる魔法の射線を切れる位置へ移動した。
鋭い爪で俺を穿とうと、大熊が太い腕を振り上げた。
腰を落とした構えを取った俺は、鞘を左手で握り、右手を柄に添える。
中途半端に抑えつけていた漆黒の魔力を、解放した。
魂が望むまま暴れようとするだけの魔力に、指向性を与えるための歌を紡いだ。
「――闇の大蛇よ。我が刀剣に宿りて、すべてを斬り裂く漆黒の刃と化せ」
蠢く漆黒の魔力が、ずずっと両腕を伝って、鞘に収まった刀へ収束していく。
俺は、大熊の懐へ飛び込んだ。
魔物が腕を振るうよりも早く、右手で握る刀を抜き放つ。
鞘走りの音とは思えない、ずああっという闇が這う音が響き渡り、居合が奔った。
肉体の強靭さをまるごと無視する闇の刃が、大熊を斬り裂いた。
「す、凄いじゃないですか。宗介君! すみません、私はあまり敵視を引くのが得意でなくて!」
「大丈夫です! 残りの鷹も任せてください!」
崩れ落ちる大熊の骸に跳び上がり、足場にして跳躍した。
大鷹が魔力を練り上げているのが、俺の視界に映った。
肩越しに振り上げた刀を斜めに振り下ろす。
魔法が発動するよりも早く、大鷹を両断した。
両手に握っていた刀を、右手だけで持ち、空いた左手を中空に伸ばした。
ふたつに分かれた死骸の片方を掴み取ると、身を捻り、全身の力を込めて投げつける。
赤い血飛沫が真っ直ぐに軌跡を描き、肉塊が最後の大鷹に激突した。
その場に降り立った俺は、仲間の骸を投げつけられ、怯んだ大鷹へ向かって奔った。
地を蹴って跳び上がった俺は、左へ引き絞った刀を右へ薙ぎ払う。鈍い光を返すチタン合金製の刃が奔り、最後の鷹を斬り殺した。
勢いのまま、だんっと大きな音を立てて、俺は着地した。
肩で息をする俺に、あちらこちらに散った死骸から、経験値の赤い光が流れ込んでくる。
俺の身体がその光を受け入れるたび、銀の腕輪から討伐証明の電子音が鳴った。
視線を愛莉さんに向けると、彼女が最後の大熊を斬り伏せるところだった。
息を整えた俺は、血糊を払った刀を手の中で返し、鞘へ仕舞った。
同じく剣を鞘へ収めた愛莉さんが、こちらへ顔を向け、うすく笑みを浮かべた。
「素晴らしい腕前です。途中、申し訳ありませんでした」
「いえ、あれくらいなら大丈夫です」
リゼさんが水色の髪を揺らしながら、てこてこと歩み寄ってきた。
わざとらしく、彼女は大きな胸を持ち上げるように、胸元で腕を組んでいる。
柔らかそうに形を変える胸に惹き寄せられる視線を抑えつけながら、俺は努めて彼女の顔を見た。
リゼさんが、目を瞬かせて言った。
「凄いね、宗介君。ここまで一度も攻撃を受けてないじゃない。お姉さん暇だよ。一応、回復魔法かけとく?」
「いえ、まったく怪我してないのでいりません!」
ゆっくり歩いてきた海斗さんが、ふちのない眼鏡を正しながら口を開いた。
「さかるな、リゼ。しかし……どんな調子に乗った小僧が来るのかと思っていたが、存外まともだったな。レベルに溺れていない立派な剣技だ。なあ、純也」
「ん? あ、ああ。……そうだな、想像以上だった。なるほど、宗介君はその魔法剣を覚えたおかげで、一気にレベルが上がったのかな? 珍しい魔法の組み立て方だね。それはどこで教わったんだい?」
「え! ああ、はい。そうです。ええと、このやり方は先祖代々伝わる奥義です!」
実際には重力属性のレベルが下がったことと、リリスの教えの賜物だ。
純也さんは眉を上げただけで、それ以上追求することなく、愛莉さんへ声をかけた。
「くくっ。そうか。宗介君は冗談が下手だな。まあいい。愛莉、隣で戦っていて宗介君の力量はどうだ?」
「はい、兄さん。さきほどの魔法剣を除いても、十分にうちで通用する強さです。剣術が"Lv.1"だとは信じられないくらいです。師がよいのでしょうね。少し、怪我を怖がっている様子ですが、これまでソロであったのなら当然でしょう。ひとりでの迷宮探索は、多少の怪我でも死に直結しますから」
純也さんは顎をさするようにすると、にやっとした笑みを浮かべた。
「ありがとう、愛莉。そうか。お前が言うのであれば実力は本物だな。なあ、宗介君。師は……彼女さんかい?」
「うえ!? ああ、ええと……そうではなくて……。あれです。そう! 愛莉さんの剣術指南の動画を見て学びました!」
「ははは。なるほど。まあ、そういうことにしておこうか」
俺たちのやり取りを、そわそわと見ていた海斗さんが、ロングコートの襟を掴んで整えながら口を開いた。
「おい、純也。なにやら、お前が宗介のことを、こそこそ探っていることはどうでもいい。それより、そろそろ俺も慣らしておきたいのだが。いきなり、階層主から戦闘を開始させるつもりか」
「本当に俺の配慮を無駄にするのが好きだな、海斗。はぁ……。お前は、宗介君に魔法を自慢したいだけだろう。だが、そうだな。宗介君の実力については概ね把握できたし、知っておきたいことも知れた。予定より早いが、隊列をもとに戻そう。実地試験は終了だ、宗介君。このあとは、後ろに下がって見学しておいてくれ。ま、諸々含めて試験は合格だな」
「は、はい! 分かりました!」
胸をなでおろした俺は、頭上に羽ばたいている蝙蝠を見上げ、笑みを浮かべた。
ぎりぎりだったけど、なんとかなった。
(どうだリリス! 俺もなかなかやるもんだろう!)
純也さんと入れ替わるように、俺は後ろへ下がる。
隣のリゼさんが、にまにました笑みを浮かべながら俺を見上げた。
「うふふ。宗介君、愛莉から離れちゃったねえ。どうだった? 推しの太ももは」
「見てねえよ。あ、いえ。そんなところに目を向ける余裕なんてなかったですよ」
「宗介、ひとつ教えておいてやる。お前の視線は丸わかりだぞ。対人戦闘をしたことなどないだろう」
馬鹿な。俺は頭のおかしいピエロと戦ったことがあるぞ。
振り返ると、海斗さんが苦笑いしながら口を開いた。
「気をつけろよ、宗介。お前はまだ知らないかもしれないが、探索者の敵は魔物だけではない」
「海斗、それはまだ言っちゃだめでしょ。社外秘だよ。気にしないでね、宗介君」
海斗さんの言葉に、俺は首を傾げた。
(……あれ? 他世界人の存在を、もしかして知っているのか? いや、それはそうか。彼らは上位者なんだ。……とりあえず、よく分からないことは素知らぬ振りをしておこう)
海斗さんが、右手を首筋に添え、首を回しながら言った。
「色呆けしているわりに細かいやつだな、リゼ。まあいい。よし、女の尻ばかりでなく俺の大魔法もしっかり見ておけよ、宗介」
「は、はい。いえ、尻は見ていません」
「ぷぷぷ。宗介君が見てるのは胸と脚だよね?」
俺は、リゼさんの言葉は無視した。
なぜ、この人に神聖属性が宿ったのだ。
本来の陣形に戻ったスターウェイは、とんでもなく強かった。
リゼさんの支援魔法を受けた星川兄妹が、魔物の群れへ突進していく。
中核を担う純也さんが、魔物の敵視を完全に操り、群れを纏めるとそこへ海斗さんの魔法が放たれる。
ほとんどの魔物は海斗さんの魔法で死骸に変わり、漏れた魔物や遠距離から魔法を放とうとする魔物を、愛莉さんが真紅の剣で斬り伏せていく。
本当に、俺の試験のためだけに歩みを緩めていたのだ。
道を妨げる魔物を葬り続け、いくつかの階段を下ったあと、俺たちは二十九階層の最奥へ辿り着いた。
蠢く闇を楕円形に切り取ったような窓、その三十階層へ繋がる窓の前で、純也さんが俺たちに告げた。
「よし、皆準備はいいな? 入るぞ。宗介君、君は参戦しないように。いいね」
「はい。勉強させてもらいます」
俺の言葉に頷いた純也さんは、身を翻し深淵の窓を潜った。
スターウェイの皆、そして俺は彼の後に続いた。
ところどころ石壁や石柱が崩れ落ちた、打ち捨てられた廃城のような空間の中央に、猛禽類の頭部を持つ獅子が佇んでいた。唸り声を上げる魔物が、巨大な白い翼を広げて中空へ飛翔する。
風の魔法を操る階層主、グリフォンだ。
燃えるような赤い髪を揺らす純也さんが、背に負った二本の直剣を抜き放った。
双手に握った銀色の直剣を両脇に下ろした彼が、こちらへ向いた。
「いいか、お前ら。可愛い新人の前だからと、舞い上がるなよ。リゼ、俺と愛莉に支援魔法を」
「はあい」
リゼさんが腰に帯びた金属製の杖を右手で引き抜き、その伸縮式の杖をしゃらんと伸ばした。
いつものおちゃらけた表情は影を潜め、聖女のような静謐な表情を浮かべた彼女が、虚空に円を描いた。
魔力の起こす風に煽られ、濃紺のチェック柄のミニスカートがはためき、太ももの肌がちらちらと覗く。
つややかな水色の髪が、後ろにふわりと広がった。
宙に浮かぶ魔法陣が、彼女から流れ込む水色の魔力を、神聖な白い魔法へ変えていく。
リゼさんが編み上げる真っ白な魔法に、俺はとてつもない恐怖心を覚えた。
(なんだあれ……こ、怖すぎる。リリスにぼこぼこにされるほうが百倍ましだ。試験中だからと、支援魔法を断っててよかった……)
白い魔法陣の前で、右手に握る杖を掲げたリゼさんが、祈りを捧げるかのように魔法名を口ずさんだ。
「――ディバイン・グレース!」
リゼさんが編み上げた魔法が、魔法陣から、純也さんと愛莉さんへ流れていく。
彼らを包む光の粒子が、二人の肉体の強靭さを凄まじい勢いで引き上げた。
とんっとその場で軽く跳び、身体の調子を確認した愛莉さんが、真紅の剣を鞘から抜いた。
「では、兄さん。先に行きます」
一直線にグリフォンへ駆けた愛莉さんが、地を蹴って宙へ舞い上がる。
白いロングコートと赤いポニーテールを翻し、中空で真紅の剣を振るった。
数度の斬撃を加えたあと地へ降りていく愛莉さんへ、グリフォンが風魔法の刃を放つ。
そのすべてを真紅の剣で打ち払った彼女へ、グリフォンが巨大な鈎爪を突き立てようと下降した。
グリフォンの大きな鈎爪と、真紅の剣閃が打ち合う衝撃波が、俺の肌にびりびりと響く。
グリフォンを見据えた純也さんが、双手に握る銀色の剣を、虚空に向けて素早く振るった。
赤い剣閃が描いたのは、燃え盛る五芒星。
彼が二本の剣を、火炎を帯びた五芒星に添え、魔法名を宣言した。
「――フレイム・インカーネイト!」
銀の剣を、燃え盛る業火が包み込む。
紅蓮の剣を両脇に下ろした純也さんが、魔物へ突進し、跳ぶ。
凄まじい速度で跳躍した純也さんが、赤い剣閃を二度奔らせ、グリフォンを地に落とした。
グリフォンが振るう巨大な前脚を、左手の剣で弾き、右の剣でその身を斬る。
ときおり魔法が呼び起こす風の刃は、愛莉さんが斬り捨てた。
彼女は隙を見て、グリフォンの翼を切り刻んでいく。
星川兄妹の赤い剣技が、階層主をその場に縫い止めた。
純也さんのよく通る声が、迷宮に響く。
「落とした! 決めろ、海斗!」
「ああ! 任せろ!」
一歩前に出た海斗さんが、こちらへ振り向いた。
彼が、誇らしげな笑みを浮かべて言った。
「くくく。よし、宗介。見てろよ。お前に竜を見せてやる」
「え!? ちょっと海斗、三十階層だよ!? そこまでの魔法は……」
「うるさい、色呆け女。純也、愛莉! 避けろよ!」
制止するリゼさんの言葉を無視し、海斗さんが両手を、ばっと頭上へ掲げた。
膨大な魔力が彼から勢いよく立ち昇った。
真っ青な、魔力の嵐が渦巻く。
海斗さんの両手にはめられた指輪が、青く輝き始めた。
指輪が放つ青の光で、彼が大きな魔法陣を描いていく。
六芒星を基調とした緻密な魔法陣へ、海斗さんが両手を添えた。
渦巻いていた魔力が、すべて魔法陣へ流れ込んでいく。
魔力が起こす暴風が、海斗さんの薄紫色の髪と白いロングコートを激しくはためかせた。
俺たち……というより、海斗さんの魔法陣へ視線を向けた純也さんが、目を見開いた。
「海斗!? ば、馬鹿かお前は! 退避だ、愛莉!」
「……え? ちょっと海斗さん! な、何を撃ってるのですか!?」
海斗さんが、楽しそうに口ずさむ。
「――アウェイク・アズール・タイラントドラゴン!」
煌々とした青い光を放った魔法陣から、巨大な竜の貌がずるりと現れ、咆哮を上げた。
青い光を迸らせる巨大な竜があぎとを開き、グリフォンに喰らいついた。
凄まじい破壊を周囲に撒き散らしながら、蒼い水の竜が階層主を上から抑えつけた。
海斗さんがにやりとした笑みを浮かべ、両腕を振り下ろした。
「――バースト!」
水の竜が閃光を放ち、魔法の刃が階層主をずたずたに斬り裂いていく。
青い衝撃波が吹き荒れた。
断末魔すら上げることなく、階層主は血の海に浮かぶ赤い肉塊へと化していた。
薄紫の髪を、右手でさらりと掻き上げた海斗さんが、ふっと口の端を歪めて笑った。
「どうだ、宗介。俺の魔法は。格好いいだろう」
「あ、あの、凄いは凄いんですけど……」
「この馬鹿たれが! 純也と愛莉が死んじゃうでしょ!」
思い切り振り抜かれたリゼさんの杖が、海斗さんの頭を打ち据えた。
ううむ。なんだか、この人たちを好きになってきてしまった。
頭上で羽ばたく蝙蝠を見上げながら、この迷宮探索を無事終えることを、俺は心に誓った。
奥に出現した深淵の窓を抜け、俺たちは三十一階層へ足を踏み入れた。
純也さんに説教され、ふてくされている海斗さんを、横目で見ていた俺は、ふと気になって、すぐそばを流れる大河に視線を向けた。
崩れ落ちた石畳の地面を、断ち切るように流れる大河から、なんだか妙な雰囲気を感じたのだ。
# SIX PATHS 009 END




