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六道迷宮 —エルフの死霊術師はアンデッドな俺のご主人様—  作者: soularti
第二章:星の道を冠する戦士たち
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[SIX PATHS 010] 地獄が生みし偽りの竜

# The False Dragon Born of Hell:


 スターウェイの強さを目の当たりにした俺は安堵し、刀の柄に左手をだらりと掛けた。

 四十階層はまだまだ先だが、この様子ならのんびり見学していれば終わるだろう。


 迷宮に足を踏み入れて以降、ずっと気を張っていた俺はようやくひと心地ついた。


 ここが迷宮であることを忘れそうになる、轟々と流れ続ける大河から視線を外し、辺りを見渡した。


 古城の中のようだった景色は少し変化していて、打ち捨てられた城外の庭園のような様相を呈している。

 ほとんど土に埋もれた石畳があちこちに覗き、伸びた木々に押し崩された城壁の名残が、点々と立ち尽くしていた。


 リリスの蝙蝠が、ぱたぱたと羽ばたいて俺の頭の上に乗った。

 本来は、多少の不気味さを感じるだろう生き物だが、こいつにそんな気持ちは湧いてこない。それに、俺の髪の毛を軽く咥える仕草は、リリスが褒めてくれているように感じられた。


 何気なく見上げた頭上に天井はなく、不可思議なことに夜空が広がっていた。

 東京ではお目にかかることのできない満天の星空に、俺の知る星座はひとつもなかった。


 可憐な花のような香りが、ふわりと俺の鼻腔を掠めた。

 そちらへ顔を向けると、愛莉さんがこちらを見ていた。

 ポニーテールに結われた赤い髪は、透き通るような美しさで、月明かりを受けて光を零している。


「どうしました? 宗介君」

「あ、いえ。綺麗な星空だなと思って」


 愛莉さんが、俺と同じように星空に視線を向けた。

 風に吹かれて、顔にかかる横髪を押さえている。


「迷宮は面白いですよね。私は、いつかすべての迷宮の景色を見るのが夢なのです」

「それくらい、愛莉さんなら叶いますよ」


 愛莉さんがこちらへ顔を向け、優しい笑みを浮かべた。

 電子ペーパーの写真越しに見る彼女は、どれも凛とした雰囲気を湛えていたが、実際の彼女はたおやかで穏やかだ。戦っているとき以外は。


「ふふ。ありがとうございます。これからは、宗介君とも色んな迷宮をご一緒することになるかもしれませんね。同じ年頃でレベルの近い探索者はこれまでいなかったので、嬉しく思っています。よろしくお願いしますね」


 俺と愛莉さんが言葉を交わしていると、リゼさんが口を挟んだ。


「ちょっと、愛莉。二人で浸ってないで早く純也を止めてよ。そろそろ進みたいんだけど」


 片眉を上げたリゼさんが、後ろの純也さんと海斗さんを親指で示していた。

 腰に手を当てて人を指さすその姿は、とても神聖な魔法を操るヒーラーには見えない。


 肩をすくめた愛莉さんが、純也さんと海斗さんのところへ歩み寄った。


「兄さん、そろそろ進みませんか? 海斗さんも反省したでしょうし、宗介君はパーティー行動に不慣れなのですから、早めに進むべきです」


「む。そうだな。……海斗。お前、今回の攻略査定は覚悟しておけよ」

「ふん。査定が怖くて魔道士などできるか。好きにしろ」


 俺は、海斗さんの正確な年齢を覚えていないが、たしか純也さんと同じか少し上だったはずだ。

 口を尖らせそっぽを向く海斗さんは、とてもそうは見えない。子どもか。


 俺が苦笑していると、腕にむにゅりとした柔らかな感触が伝わった。

 俺の腕を胸元に絡め取ったリゼさんが、こちらを見上げていた。


「ねえねえ、宗介君。彼女さんと妹さんはホテルにいるんでしょ? 探索終わったらさ、そっちに帰る前にお姉さんと二人で飲みに行こうよ! 奢っちゃうよ!」

「あの、終わるころには深夜じゃないですか? 俺は愛莉さんと同じ年なので、そんな時間から一緒に飲み屋に入ったらリゼさん捕まりますよ」


「大丈夫だよ。ばれなければいいの!」


 装備を整えていた純也さんが、小さく息を吐いた。


「やめろ、リゼ。はぁ……。海斗もリゼももう少し大人らしく振る舞えないのか。愛莉が真似するだろう」

「兄さんの言えた言葉ではないですよ。真面目なのは迷宮の中だけじゃないですか」


 俺は、大きな胸をぐにゅぐにゅ押し付けてくるリゼさんを引き剥がしながら、口を開いた。


「リーダーって大変ですね。純也さん」

「あのな。君も俺の頭痛の種だからな。法律は守れよ?」


「はい。なるべく守りたいと思っています」


 鼻で笑った純也さんが背伸びをし、表情を正すと、皆に準備するように促した。


 三十一階層からは、いわゆる中層だ。

 他の迷宮でなら、リリスともっと深く潜ったことがあるが、やはり彼女と共にいるときとは緊張感が違う。

 彼女の索敵とマッピングは完璧で、俺は死に物狂いで刀を振るっていただけだった。


 見学であることが、だらけていい理由にはならないだろう。

 気を引き締め直した俺は、周囲を注意深く観察しながら後に続いた。


 荒廃した庭園の中を真っ直ぐ伸びる道を、魔法の灯りを頼りに進む。

 俺たちが踏みしめる道のすぐそばには、幅の広い大河が流れていた。


 迷宮によって多少の差はあるが、三十一階層以降の適正レベルはおおよそ60前後。

 俺ひとりでも、まだぎりぎり突破可能だ。

 ましてや、スターウェイの皆からすれば、かなり余裕のある階層だと言える。

 だから、進行を再開してからしばらくの間は、雑談をするゆとりすらあった。だが……。進むにつれて、全員が言葉少なくなっていた。


 夜の獣道を踏む靴の音と、大河が立てる濁流の音だけが周囲に響いている。


(……どういうことだ? 魔物に一度も遭遇しない)


 すでに、それなりの距離を進んでいるが、一度も戦いが起こっていない。

 俺は、うねるように波打つ大河へ視線を向けた。


(さっきから、何かがこちらを見ているような気配を川から感じるんだよな)


 愛莉さんは索敵のスキルを持っているようだったし、俺の勘を口にする必要はないかも知れない。

 けど、今は迷宮を一緒に進む仲間なんだし、言っておくべきなのではないか。

 そう結論づけた俺は、一言だけ伝えておくことにした。


「あの、純也さん」


 その瞬間、頭上を飛翔していたリリスの蝙蝠が大きく鳴き声を上げた。


「ピイイイ!!」


 ばっと、俺は大河へ視線を向けた。


 夜の黒い大河から、凄まじい勢いで大きな水柱が立ち昇った。

 何かが突進してくるのを感じた俺は、咄嗟に隣のリゼさんを両腕で抱きかかえ、地面を蹴って跳んだ。

 すれ違いざま、人の背丈ほどもありそうな赤い瞳が、俺の視界に映った。


 距離を取った俺は、リゼさんを腕の中に抱えたまま、巨大なその何かへ視線を向けた。

 鰐のような頭部があぎとを開き、誰もいなくなった大地を喰らっていた。

 大蛇のような長大な胴が、その頭部から大河の中まで伸びている。大河の中にある胴の先は見えない。

 硬質な青黒い鱗が、魔物の全身をびっしりと覆っていて、さらに背には一直線に鬣が生えている。


 いや、あれはもう鰐というより……。


 俺とリゼさんを喰らうことに失敗した魔物が、首を持ち上げ、咆哮を上げた。


「グウオオオ!!」


 隊列の前にいた純也さんが、魔物に向かって駆けながら、二本の銀色の剣を抜き放った。

 彼の鋭い指示が、俺たちの意識を切り替える。


「変異種だ! 水竜と呼称! 俺が時間を稼ぐ。海斗は牽制。愛莉はリゼの支援魔法を受けてから合流。宗介、お前は戦闘に絶対に参加するな!」


 長大な胴を伸ばしこちらへ牙を突き立てようと迫った水竜のあぎとを、純也さんが左手の剣で打ち払う。続けて、右手に握る銀色の剣を鋭く薙ぎ払った。

 そのまま純也さんは跳び上がり、中空で流れるように剣を振るう。後退りした水竜と俺たちの間に着地した彼は、銀色の光を返す連撃を放ち続けた。


 純也さんの剣技に見惚れていた俺の耳に、リゼさんの上ずった声が届いた。


「そ、宗介君。そろそろ離して欲しいなあ、なんて。抱き合うのは帰ってからにしようね」

「あ、ああ! すいません! ……いててっ」


 リリスの蝙蝠が、俺の髪を引っ張っていた。


 俺から身を離したリゼさんが、ほんのり上気した頬をぱんぱんと叩き、金属製の杖で円を描いた。


「愛莉、いくよ! ――ディバイン・グレース!」

「はい、リゼさん!」


「任せろ、純也。これはまた大物だな」


 神聖な魔法に力を引き上げられた愛莉さんが、風を切って奔る。

 魔物の懐に入り込んだ彼女は、両手に握る真紅の剣を、水竜の顎を持ち上げるほどの衝撃で振り上げた。


 入れ替わるように下がった純也さんの描いた五芒星が、彼の剣を紅蓮の炎で包み込む。業火の剣を握った純也さんが、再び前に出た。


 赤い剣閃が縦横無尽に奔り、星川兄妹が水竜を大河へ押し戻し始めた。


 両手の指輪が発する青い光で魔法陣を編み上げた海斗さんが、声を上げた。


「撃つぞ! 純也、愛莉!」

「ああ! いつでもいいぞ!」


 海斗さんが、魔法陣に両腕を掲げた。


「――アイシクル・ランス!」


 青い六芒星の魔法陣が眩い光を放ち、彼の魔力を三本の氷の槍に変えた。

 螺旋の軌跡を引く巨大な氷の槍が突進し、水竜へ突き刺さる。


 血飛沫を撒き散らした水竜が、絶叫を上げた。


「ガ、ガアアア!」


(……す、すげえ)


 眼前の水竜は、明らかに普通の魔物ではない。

 だが、そんなことは関係なく、スターウェイは圧倒していた。


 俺は、このまま戦いが終わると思っていた。


 大河の上に身体を戻した水竜が、爬虫類じみた赤い瞳に、憎悪を浮かべたような気がした。

 こちらを見下ろす視線に威圧感を覚えた俺の背筋が、ぞくりと粟立つ。


 禍々しい真っ赤な魔力が、水竜から溢れ出した。

 青黒い鱗は赤黒い色彩へ変化し、全身の肉が蠢き、口吻が鋭く尖り出す。

 鬣が光を放ち、頭部から鋭い角が二本伸びていく。


――異常な密度を感じる赤い魔力が、魔物の在り方を変えた。


 まさに竜の風貌へ変化した赤黒い水竜が、吠えた。


「グルォオオオ!」


 水竜の願いに応えた赤い魔力が、魔法へ姿を変えた。無数の赤い刃が吹き荒れる。


 すぐそばにいた純也さんが、赤い刃に斬り刻まれ、血反吐を吐きながら吹き飛び、城壁の残骸に激突した。


 真紅の剣が、からんっと転がる音が聞こえた。

 赤い刃を捌ききれなかった愛莉さんの、血にまみれた右腕がだらりと下がっているのが、俺の視界に映った。


 それを見た俺は、自分が前に出るべきだと考えた。

 純也さんの言い付けを破り、俺は刀を抜こうと、右手を柄にかける。


 リゼさんが、こちらに視線を向けて言った。


「宗介君、駄目! 君が戦える相手じゃないの!」

「で、でも!」


「大人しくしていろ、宗介!」


 険しい表情を浮かべた海斗さんが、青い光を帯びた両腕で、魔法陣を編み上げている。

 水竜が、魔力を発している海斗さんへ、赤い瞳を真っ直ぐに向けた。

 魔法の赤い刃が、こちらへ襲い来る。


 リゼさんが、海斗さんの前に躍り出た。

 水色の髪を揺らし、金属製の杖で円を描きながら、彼女は声を上げた。


「海斗、結界で凌ぐよ! 宗介君、わたしの後ろに来て! ――ディバイン・ヴェール!」


 リゼさんが発動した白く輝く結界が、赤い刃を止め、轟音が響き渡る。

 押し寄せる赤い刃を受け続けた結界に罅が入り、硝子のように粉々に砕け散った。


「う、嘘!?」

「十分だ、リゼ! ――アウェイク・アズール・タイラントドラゴン!」


 海斗さんが虚空に描いた魔法陣から、青い光を迸らせる竜がずるりと現れ、咆哮を上げた。

 魔法の生み出した蒼い竜が放つ、眩い光が残りの赤い刃を打ち消した。

 猛る蒼の竜が、大河の上に頭部をもたげた水竜へ喰らいつこうと迫る。


 水竜が、吠えた。

 やつの爬虫類じみた貌に、嘲りが浮かんだ気がした。


 魔物の全身を覆う赤い魔力が、閃光を発する。

 凄まじい衝撃波が巻き起こり、暴風に煽られた俺たちは、身体を地にこすりながら吹き飛んでいく。

 赤い光を迸らせる水竜が、蒼い竜を逆に喰らった。


 魔法の竜を喰らい返した水竜の赤い瞳に、勝利を確信した傲慢な光が宿る。

 水竜が牙を剥き出しにして、俺たちへ迫り来る。


 純粋な魔法使いであるリゼさんと海斗さんは、衝撃を殺しきれず、血反吐を吐きながら横たわっていた。

 立ち上がれたのは、曲がりなりにも剣士である俺だけだ。

 襲い来る水竜へ、俺は真っ直ぐに視線を向けた。


 俺の視界に、真紅の剣を拾い上げた愛莉さんが、こちらへ駆けてくるのが映った。

 鮮やかな赤いポニーテールはほどけ、白いコートはずたずたになっている。

 編み上げの靴で大地を踏みしめ、中空へ跳び上がった愛莉さんが真紅の剣を頭上へ掲げた。


「蛇めが! 私の仲間に触れるな!」


 傷だらけの愛莉さんが、血を撒き散らしながら、真っ直ぐに真紅の剣を振り下ろした。


 赤い剣閃が、水竜の首に奔る。


 無力化したはずの愛莉さんに刃を立てられた水竜は、頭部を大河の上へ引き戻し、煩わしそうに彼女へ視線を向けた。


 どれほど強い戦士だろうと、不条理に殺されるのが迷宮だ。

 強さなんて、相対的なものに過ぎない。


 牙を突き立てることを選んだ水竜のあぎとが、愛莉さんへ迫り来る。


 愛莉さんは赤い血を流しながら、両手で真紅の剣を構え、毅然と立っている。

 背に庇う俺たちを守るために、彼女は引かない。

 だがもう、彼女の両腕はぼろぼろで、巨大な水竜のあぎとを止めることはできないだろう。


(……けど、俺ならやれる!)


 以前の俺は、結衣以外のすべてがどうでもよかった。

 けど、いつの間にかそうではなくなっていた。

 その原因であるあいつが、今も蝙蝠を通して俺を見ている。

 俺は、リリスに格好を付けたいと思った。


 左手で黒い鞘を握り、漆黒の魔力を解放しながら奔る。

 愛莉さんの前へ躍り出た俺は、強く地を踏むと、右手を柄にかけた。


 彼女の焦ったような声が、俺の耳に届く。


「そ、宗介君!? だ、駄目です! 下がりなさい!」

「愛莉さんは離れていてください!」


 俺の全身からずわあっと漏れ出した漆黒の魔力が、揺蕩う。


(そのままこっちへ突っ込んでこい。消し飛ばしてやる!)


 だが、水竜は知恵なき獣ではなかった。


 俺の魔力の性質を感じ取ったのか、突進するのを止め、大河の上へ頭部を戻した。

 爬虫類の顔が、嘲笑するかのように歪んだ……気がした。

 水竜から赤い魔力が立ち昇り、無数の赤い刃へと変化していく。


(……ま、まずい!)


 すべての赤い刃が、俺に向かって絶え間なく襲いかかる。

 漆黒の魔力がすべての刃を消滅させていく。だがMPが、がりがりと減っていくのを俺は感じた。

 このままでは、俺は無力化される。


(くそっ、リリスの見ている前で、負けてたまるか! ……どちらが、本物の化物か教えてやる!)


 俺は、頭上の蝙蝠に向けて声を上げた。


「リリス、見てろよ! お前の下僕の格好いいところを!」

「ピ、ピイイイ!?」


 それだけ言うと、全力で駆け、川辺で大地を強く蹴って跳んだ。

 大河の上空へ舞い上がった俺は、歌を紡ぐ。


「――闇の大蛇よ。我が刀剣に宿りて、すべてを斬り裂く漆黒の刃と化せ!」


 真っ黒な魔力が、俺の両腕を這うように伝って刀へ流れていく。

 鞘の中で、俺の刃が漆黒の闇を帯びたのを感じた。

 同時に俺のMPが尽き、無敵のセーフティが消え去る。


 最後の赤い刃が、俺の左腕を斬り飛ばした。

 愛莉さんの、悲痛な叫び声が聞こえた気がした。


 赤い瞳に傲慢な色を宿す水竜に、俺は、同じような傲慢な笑みを返した。


「馬鹿が! 右腕一本あれば、お前なんか真っ二つなんだよ!」


 右手だけで刀を鞘から引き抜く。

 その刃は蠢く漆黒の闇に覆われていた。


 跳躍の頂点、片手だけで刀を掲げた。

 身体ごと回すように振り下ろす。


 水竜の硬質な鱗に守られた眉間に、漆黒の刃が触れる。

 絶対切断の闇の刃が、何の抵抗もなく水竜の頭蓋を縦に斬り裂いた。

 水竜の貌が驚愕を浮かべたまま両断され、脳髄と血飛沫が大河へ飛び散った。


 巨大な魔物の死骸が、大河を赤く染めながら沈んでいく。

 ぼちゃんっと、俺の左腕が河面に落ちた音が聞こえた気がした。


 刀を振り抜いた勢いのまま、ふっ飛んでいく俺の視界に、白いコートを脱ぎ捨てこちらへ走ってくる愛莉さんが映った。

 なんだか、リリスと初めて出会った時みたいだ。

 そんなことを考えながら、俺は水しぶきを上げて大河に落ちた。


 左腕のない俺は濁流に逆らうことができず、流されていく。やがて意識が飛び始めた。

 ふと、俺の身体に柔らかな感触が伝わった。


 肺に水が入る激痛と、少女の甘い温かさを同時に感じながら、意識を失った俺は大河に流されていった。


 ◇ ◇ ◇


 膨大な水が叩きつけられる音に、俺は目を覚ました。

 いつか死んだときのように、やたらと意識が呆っとしていた。


「……ん。あ、あれ?」


 切れ長の目元をした美しい少女の顔が、俺の視界を覆っている。

 その少女が、俺の声を聞いて目を見開いた。


 ポニーテールだった髪はほどけていて、流れる赤い髪は透き通るようだ。そのつややかな髪が、俺の頬を撫でていた。

 少女は目元を細め、うすい笑みを浮かべた。


「……気がついてよかった。気分はどうですか? 宗介君」

「温かくて柔らかいです」


「くすっ。リゼさんの言う通りかもしれません。貴方は可愛いですね。索敵は私がしていますので、ゆっくり休んでいてください」


 愛莉さんが、顔を上げた。

 濡れた黒いシャツが張り付いた彼女の胸は思っていたよりも大きく、見上げた俺の視界から、美しい顔を隠してしまう。

 体温を感じる柔らかな何かの上に、俺の頭は乗っていた。


(……愛莉さんに膝枕されてる)


 俺は、愛莉さんの太ももに頭を乗せたまま、視線だけを周辺に配った。

 メタルマッチで火を起こしたのだろうか。焚き火の柔らかな灯りが、俺たちを照らしていた。

 

 心地よい涼やかな空気を感じるのは、滝のそばだからのようだ。

 流れ続ける膨大な水が、滝壺に落ちていく音が響き続けていた。

 古城の雰囲気はどこにもなく、森林のような景色は、絶対に三十一階層ではない。


 リリスの蝙蝠もいない。

 間違いなく、窮地だ。


 だが、意識のはっきりしてきた俺は、もっとまずい事実に気がついた。

 水竜を斬る寸前、俺は左腕を失っていたはずだ。

 ちらりと左半身に視線を向けると、俺の腕は綺麗にくっついていた。


 血の気が、さあっと引いていく。

 顔を上に向け直した俺は、口を開いた。


「あ、あの。愛莉さん、見ちゃいました?」

「ええ。さすがの兄さんも、これは予想していなかったでしょうね」


 こちらに顔を向けた愛莉さんの、ほんのり潤いを帯びた瞳を見つめながら、俺はおそるおそる尋ねた。


「あのう……。黙っていてもらうことはできます?」

「ええ、構いませんよ。敬語をやめてくれたら、秘密にしてあげますね。宗介君」


 俺の黒い髪を撫でていた愛莉さんが、優しく微笑んだ。



# SIX PATHS 010 END

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