[SIX PATHS 005] 道化師の仮面は宙を舞う
# The Jester’s Mask Dances Through the Air:
俺の靴が土を踏む、じゃりっという音が青黒い洞窟めいた迷宮に響く。
金色の瞳をこちらへ向ける道化師は、俺の目には、人ともエルフとも異なる存在に映った。
身体は枯れ木のように細く、そこから骨と皮しかない、握れば折れそうな四肢が伸びている。
やつが纏う服の、赤と黒のまだら模様が、こちらの意識を散らす。
道化師の瞳孔が開ききった目を、視界に入れたまま、俺は思考を巡らせた。
(リリスから聞いた世界の呼び名は、六つ。リリスの世界は妖精界、そして彼女は俺たちを獣と呼ぶ。残りは、天界、竜界、魔界、そして地獄。ならこいつは……なんだ? どう見てもいかれてるし、魔界人か?)
リリスが流麗な動きで、銀の杖を道化師に向けた。
いつも静かに話す彼女が、大きな声を上げた。
「天界人だ! ソースケ、私の後ろに隠れていろ! ――氷の精霊よ。終わりなき狂乱を求めし愚者を、凍てつく吹雪で白き氷牢へ閉ざせ!」
「え!? あのいかれたジャンキーみたいなやつが天界人!?」
俺は抜き身の刀を握ったまま、驚いて答えた。
呼び名からして、天界人は白い翼を生やす天使のような姿だと思い込んでいた。
リリスの紡いだ歌が、彼女の全身から迸る紫色の魔力を魔法に変えた。
氷の結晶を撒き散らす白い吹雪が、洞窟の大地を凍りつかせながら道化師へ迫った。
吹雪の起こす風に煽られ、彼女の豊かな胸が柔らかく揺れる。
道化師が、枯れ木のような腕を懐へ伸ばし、白い布を取り出した。
片手に持つその布を、手元でひらひらと翻しながら口を開いた。
「おっと。有無を言わせず攻撃するなんて、エルフって思っていたより野蛮なんだねえ。まあ、所詮は下位世界の住人か」
道化師は、白い布を中空へ投げつけた。
独りでに広がった布が巨大化し、結界のように、押し寄せる吹雪を打ち消していく。
「ぼくちん、エルフの魔法を見たのは初めてだよ! 綺麗だねえ。でも残念。そんなの当たらないよん。……ねえねえ、教えてよ。なんでエルフがいるのさ。興奮して思わず出てきちゃったよ。この迷宮の先は獣の世界だと思ってたんだけど?」
リリスは、道化師の言葉には耳を貸さず、声を上げた。
「ソースケ! 雷撃を使う。距離を取れ!」
「わ、分かった」
リリスの指示に従い、慌てて俺は後ろへ下がっていく。
貼り付けたような、うすら笑いを浮かべた道化師が、こちらへちらりと視線を向けた気がした。
リリスは脚をぐっと開き、踵の高い編み上げの靴で地を踏みしめた。
法衣に深く入ったスリットから、肉感のある白い太ももが覗く。
彼女の身を捻るような姿勢に、黒い法衣が引かれ、薄布に尻の輪郭が浮かび上がった。
右手に握る銀の杖を、リリスは腕を交差するようにして、肩越しに振り上げた。
彼女の魔導の構えに呼応した紫色の魔力が、凄まじい勢いで立ち昇る。
俺は、リリスが全身を使って構えるのを、初めて目の当たりにした。
「――雷の精霊よ、抗う意思を忘却せし愚者を、雷鳴轟く稲妻で裁け!」
リリスの長い金糸の髪が、魔力の起こす風に煽られて広がり、きらきらと輝く。
少女のしなやかな肢体を覆う魔力が、銀の杖に収束するように流れ、紫電を放つ雷へと変化していく。
リリスが、銀の杖を振り下ろすようにして、真っ直ぐに道化師へ向けた。
ばちばちと放電音を立てる青白い稲妻が、大気を穿ちながら道化師へと迸る。
「へえ。雷魔法なんて凄いじゃないか。それも、とんでもない威力だね。死んじゃいそう。うひひ」
嘯いた道化師が、いつの間にか右手に持っていた白い布を頭上へ広げた。
巨大化した白い布は、道化師の身体に引っかかることなく重力に引かれ地へ落ちていく。
白い布が、ぱさりと迷宮の地へ落ちた。
魔法の稲妻が、誰もいない大地を削り取り、轟音が迷宮に響き渡る。
雷光が放つ凄まじい輝きが、周囲を真っ白に染め上げた。
視界を遮る光が消え去ったあと、俺のすぐそばに立つ道化師の姿が、俺の目に映る。
(……っ!? ……転移魔法!? ……あの布が、予備動作か)
転移した道化師から距離を取ろうと、俺は脚に力を込めた。
道化師は俺には目もくれず、にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、リリスの肢体を見つめていた。
「けど、残念でしたあ! そんなの当たらないよーん。さて、そろそろ最上位世界の力を見せてやるか。いやあ、エルフを犯すのは初めてだからわくわくするなあ」
道化師の言葉に、一瞬で頭に血がのぼった俺は気がつけば刀を振り上げていた。
「てめえ! ふざけんなよ! あれは俺のおっぱいだ!」
視界の端で、リリスが眠そうな目元をほんのり見開いたのが見えた。
「ば、馬鹿! ソースケ、何をしている! 逃げないか!」
俺は、地を蹴って中空へ飛び上がり、鈍色の光を返す刀を真っ直ぐに振り下ろす。
道化師が、嘲るような笑みを浮かべ、こちらへ顔を向けた。
「ぷぷぷ。ご主人様はまあまあ強いけど、君は弱いなあ。なんだい、その児戯みたいな剣は」
道化師が、枯れ木のような左腕をこちらへ向けた。
開いた手のひらの先に、金色の魔力が渦巻き、瞬時に六角形の小さな結界が現れた。
透き通る金色の薄い板と、チタン合金製の刃がぶつかり合い、があんっという衝突音が鳴る。
衝撃に仰け反った俺に、道化師が無造作に右腕を振り抜いた。
道化師が打ち込んだ突きが、俺のみぞおちを抉った。
「ご、ごはあっ!」
道化師の細腕が起こした衝撃が、一撃で俺の内臓を破壊し骨を砕く。
洞窟めいた迷宮の地面に、おびただしい量の赤い血が飛び散る。
大きく吹き飛んだ俺は、血反吐を吐きながら地面を転がっていった。
「んん? なんだい、君。痛がるふりなんてして。いや、見た感じ、本当に痛みを感じてるみたいだね。ふーん、変なの。エルフちゃんはそういう趣味なのかな? まあ、男はいらないんだ。君は切り刻んでから、地面に埋めてあげようねえ。そうだ、首だけ出しておいてあげるよ!」
血を吐き、咳き込む俺のかすれた視界に、道化師の姿が斜めに映る。
その後ろに、跳び上がったリリスの華奢な肢体が見えた。
彼女はすらりと伸びる脚で、道化師を蹴り抜いた。
真後ろから頭部を蹴られ、道化師が悲鳴を上げた。
「ぎゃっ!!」
中空でくるりと横回転したリリスの、金糸の髪が勢いに引かれ靡いた。
黒い法衣の裾が、細い腰を支点にして浮き上がる。
彼女は白い太ももを晒しながら、仰け反った道化師の側頭部を、今度は踵で穿った。
「ふぎゃあ!?」
甲高い悲鳴を上げ、道化師が真横へ吹き飛んでいく。
俺のそばに着地したリリスは、姿勢を崩した道化師に、素早く銀の杖を向けた。
「――氷の精霊よ。終わりなき狂乱を求めし愚者を、凍てつく槍で穿て!」
三本の鋭い氷の槍が、白い軌跡を描きながら道化師に迫る。
「く、くそ。やるじゃないか、エルフちゃん! で、でもぼくちんに魔法は効かないよん!」
身を捻って着地した道化師が、白い布を広げ、氷の槍を打ち消した。
リリスが、じとっとした目元のまま、俺に碧い瞳を向けた。
「馬鹿が。主人の言うことを聞かないからそうなるのだ」
「げほっ、げほっ。……ぺっ。……仕方ないだろ。あいつがくそ野郎なのが悪い」
俺は口の中の血を吐き出した。
腰を落としたまま上体を起こし、中がぐちゃぐちゃになっている自分の腹に左手を添えた。
身体のなかでぞわぞわと肉が蠢いているのを感じた。
(……ぐ、ぐええ。こ、これはやばい)
気が狂いそうな痛みと、肉の蠢く吐きそうな違和感に俺は顔を顰めた。
俺に視線を向けていたリリスは、小さく息を吐くと、左腕をこちらへ向けた。
彼女の手のひらから、紫色の粒子を零す魔力が漏れ出し、俺に流れ込んでいく。
優しい魔力を受けて、悍ましい違和感が引いていく。
凄まじい痛みも、少しだけ和らいだ。
「まったく。誰の乳房がお前のものだ、馬鹿者。もう少しまともな啖呵はきれんのか」
「そ、そんなこと言ってねえし。聞き間違いだろ」
「ふん。では、後で縛り上げて聞いてみるとしよう。いずれ、お前の妹にも伝えてやるからな。……ソースケ、痛みは気合で我慢しろ。いいか、死ぬ気で動け。これは……好機だ」
リリスの言いたいことを理解した俺は、歯を食いしばって立ち上がった。
「あ、ああ。任せろ、リリス。俺はもう死んでるからな。死ぬ気は得意だ」
道化師が土埃を払いながら、金色の瞳をこちらに向けた。
「いてて。しかし、乱暴な女だなあ。ぼくちん、そういうのも嫌いじゃないけどさあ。調子に乗りすぎじゃない? ちょっと本気を出して、分からせてあげるよ!」
道化師が、枯れ木のような両腕を懐へ伸ばした。
ばっと取り出した二枚の白い布を両手に持ち、厳かな声を上げた。
「――ジョティル・バヴァ・カドガハ、パーパン・ハラ」
黄金に輝く魔力が、道化師の全身を包むように揺蕩い始めた。
金色の魔力が、やつの両腕に収束していく。
「ぼくちん、なんとレベル120なんだよねえ! 下位世界の住人じゃ勝てないよーん! 手足はいらないからね! 斬り取ってあげるよ、エルフちゃん!」
両腕に金色の光を帯びた道化師が、まるで重さを持たないかのように、跳躍しながらこちらへ迫って来た。
不可思議な動きで迫り来た道化師が、右手に持つ白い布を振り下ろした。
その瞬間、薄く金色の光を帯びていた白い布が、伸びた。
白い布が、まるで黄金の剣閃のように奔る。
小馬鹿にするような笑みを浮かべたリリスが、堪えきれず笑い声を上げた。
美しい声音で奏でられる、彼女の邪悪な笑い声が、俺の鼓膜を甘くくすぐる。
「……ふっ。ふははは!!」
正眼に構えた銀の杖を、くるりと回したリリスが、歌を紡いだ。
「――冥界の神よ。我と我が下僕を、戦場で散りし屍を贄として守護せよ」
彼女から繰り出された紫色の魔力が、凄まじい勢いで広がり、地に潜っていく。
周囲の空気が、変わった。
洞窟の固い地面を割り、鮮やかな紫色の光を帯びた、無数の骨が浮かび上がっていく。
この場で命潰えた者の残滓を、探索者も、魔物も無関係にリリスの魔法が呼び起こした。
密集した様々な形の骨が、紫色の光を放ち、黄金の剣閃を防いだ。
「は、はあ!? 神位魔法だと!? くそ、生意気な女だ! 大人しく四肢をもがれて這いつくばれ!」
俺は、口の中に溜まった血をもう一度吐き出した。
右手で握ったままの刀を、鞘に仕舞う。
目元を細めたリリスが、碧い瞳をちらりと俺に向けた。
「ソースケ、分かっているな? 絶対に消滅させるなよ。……私に、格好いいところを見せてみろ」
「ああ。……なあ、さっきの発言は、結衣には内緒にしておいてくれない?」
「ならば、斬れ。……いくぞ」
リリスが、腰を落とし銀の杖を肩越しに引き絞る、魔導の構えを取った。
俺は、惹き寄せられる彼女の尻の線から視線を外し、ぐるりと回り込むように走り出した。
貼り付けたような笑みからは伺えないが、道化師は相当苛立っているようだ。
標的をリリスに定め、俺の動きには一切関心を寄せず、両手に持った布をリリスに向けて幾度も振り払う。
繰り出される金色の剣閃を、中空に浮かぶ骨の塊が、砕け散りながら弾く。
リリスが、潤いを帯びた小さな唇を開いた。
「――冥界の神よ。戦場で願い叶わず潰えし屍を、我が魔力にて死兵に変えよ!」
どががっと地を割って、無数の屍が立ち上がった。
紫色の魔力を帯びた骨の兵士は、ほとんどが四肢で地を踏む獣だが、中には武器をもった人骨も混じっている。
リリスがまぶたの半分閉じた目元のまま、碧い瞳に怜悧な輝きを浮かべ、死兵に命じた。
「行け。お前たちの絶望をあの愚物にぶつけるがよい、死兵ども」
かたかたと音を立てる無数のスケルトンたちが、その身を黄金の剣に砕かれることも厭わず襲いかかった。
絶え間なく迫り来る骨の兵士を打ち砕きながら、道化師が吠えた。
「はあ!? なんなんだい、この数は! くそ、舐めるなよ!」
道化師は、周囲の死兵を薙ぎ払い、死兵の突撃に一拍の隙間を作った。
その隙に広げた白い布を、やつは自ら被り、その場から掻き消えた。
リリスの眼前、中空に瞬間移動した道化師が、白い布を持った両腕を振り上げた。
「なかなかやるみたいじゃないか! エルフの死霊術師! けど、魔法使いなんて近づいてしまえば終わりだね!」
彼女に、金色の剣閃が迫る。
一瞬、脚を止めかけた俺を、リリスの宝石のような碧い瞳が捉えた。
彼女の視線が伝える意図を感じ取り、俺は加速した。
リリスの向かい側へ走り込んだ俺は、黒塗りの鞘を左手で握った。
リリスが両手で握った銀の杖を、剣のように薙ぎ払う。
道化師の繰り出した黄金の剣を、リリスが杖で斬り裂いた。
唖然とした道化師を見据えたリリスが、にいっとした笑みを浮かべた。
「おい、天界人。礼を言う……お前がこれ以上ないくらいの下衆でよかった。気兼ねなく、ソースケの餌にできる」
リリスが手早く杖を左手に持ち替えると、ほっそりとした右腕を引き絞った。
びりびりとした威圧感が、彼女の小さな拳から漂う。
「あとな、私は面食いなのだ。不細工な男に興味はない。よし、では死ね」
リリスが、右腕を振り抜いた。
少女の細腕が風を切り、真空を生む白い衝撃波が巻き起こる。
どんっどんっと断続的に空気を穿つ音を響かせながら、リリスの拳が道化師の顔面を打ち抜いた。
「ぶぎゃああ!!」
顔面を抉るように撃ち抜かれた道化師が、錐揉みしながら中空へ吹き飛んだ。
俺は目の前で、宙に浮き上がった道化師をしっかりと視線で捉えた。
地を蹴った俺は、そこに向かって奔る。
だんっと地面を踏み込み、道化師めがけて、俺は跳んだ。
中空で姿勢を立て直した道化師が、こちらへ顔を向けた。
「ぐっ……。ち、調子に乗るな獣風情が! どんな状況だろうが、獣の牙などが俺様に通用するわけがないだろう!」
右手に持つ金色の光を帯びた白い布を、道化師は俺に向かって広げた。
膨張していく白い布から、歪みを感じた。
あれは、触れるものすべてを虚空にいざなう、転移の魔法だ。
道化師が、犬歯を剥き出しにして声を上げた。
「お前の目の前でエルフを嬲るつもりだったが、やめだ。どこかへ飛ばしてやるよ、糞餓鬼が! 虚空を漂いながら、主人の減っていくHPをステータスで眺めていろ!」
怒りに任せ、俺は叫んだ。
「てめえ! ぶっ殺してやる!」
宙を跳ぶ俺は、鞘を左手に握り、柄に右手を添えて縦斬りの居合を構えた。
居合術とは、居ながらにして斬る神速の剣。
そのためには心を凪にし、技を研ぎ澄まし、そして地を踏まなければならない。
だが、俺は居合斬りがしたいわけではない。
心も技も大地も必要ない。必要なのは鞘と刀だけだ。
真っ黒な魔力が、俺の全身からずわあっと溢れ出す。
暴れ狂う漆黒の魔力を、俺は歌を紡いで従えた。
「――闇の大蛇よ。我が刀剣に宿りて、すべてを斬り裂く漆黒の刃と化せ」
俺の意思と魂が、同じほうを向いたせいなのか、これまでにない速度で、漆黒の魔力が両腕を伝って刀へ這い寄った。
俺は鯉口を切り、鞘から滑らせるように刀を抜いた。
解き放たれた闇の刃を、白い布に向けて真っ直ぐに振り下ろした。
黒い光の粒子を撒き散らす漆黒の剣閃が、白い布を、転移魔法ごと斬り裂いた。
分かたれていく布の向こう側に、笑みの剥がれた道化師の姿が覗く。
精神と魂が重なった俺の刃は、振り抜いてなお光を拒絶したままだ。
リリスの涼やかな声が、俺の耳に届いた。
「素晴らしいぞ、ソースケ。これで、跳べ。――冥界の神よ。運命に抗いし我が下僕に、戦場で散りし屍を贄にして大地を与えよ」
「おう!」
リリスの魔法が中空に生み出した骨の円盤を、俺は蹴った。
闇の刃を、ぐっと左へ引き絞る。
驚愕を浮かべた道化師が、右手をこちらに翳した。
金色の六角形が、やつの掲げた手のひらに浮かび上がった。
俺は両手で握る刀を、右へ鋭く薙ぎ払う。
金色の光を放つ六角形の結界に、闇の刃がぶつかる。
僅かな抵抗を感じた。
俺は、叫びを上げた。
「うおおお! 俺の刃は、すべてを斬り裂く! はず!」
全霊を込めて、俺は腕を振り抜いた。
闇の刃が、金色の結界魔法を斬り裂く。
奔り続ける刃が、掲げられた道化師の腕を断ち、そして道化師の首を斬り飛ばした。
勢いのまま地面に激突した俺は、受け身を取れずごろごろと転がっていく。
地面と空を入れ替え続ける俺の視界に、宙に舞った道化師の首が映った。
首無しになった天界人の身体が、赤い血を吹き出しながら崩れ落ちた。
ぼてっと音を立てて、道化師の首が地に落ち、転がっていく。
ようやく止まった俺は、肩で息をしながら立ち上がった。
べっとりと血のついた鈍色の刀を払い、手元で回して鞘へ仕舞った。
俺は大きく息を吸って、吐いた。
膨大な量の赤い経験値の光が、道化師の骸から流れてきた。
これまで感じたことのない勢いで、魂の階位が上がっていくのを感じる。
無意識のうちに、俺はリリスの姿を探していた。
リリスは乱れた黒い法衣を整えていた。
黒い薄布に包まれた大きな胸が、上下に揺れるのを見ながら、俺は口を開いた。
「どうだ、リリス。なかなか格好よかったんじゃないか?」
「ん。そうだな。最後に、私の胸を凝視していなければ完璧だった」
少し上気した俺は、視線を逸らしながら答えた。
「うっ。ご、ごめん。いや、仕方ないだろ。これでも俺は、健全な男なんだぞ」
「アンデッドはまったく健全ではないが。まあいい。……ソースケ、ステータスを見てみろ」
「へいへい」
口を尖らせた俺は、照れ隠しに首筋をかきながらステータスを呼び出した。
「――Open The Status」
* * * * * *
- Player:
Name: Sosuke Shibuya
Class: Swordsman
Race: Undead
Element Vector: Spacetime
Element Level: 56
HP: 0 / 0
MP: 140 / 1120
[Combat Skill] Katana Lv.1 / Sword Lv.1
[Magic Attribute] Gravity Lv.1
[Achievement] N/A
- Party Member:
Name: Lilith Greenleaf
Class: Necromancer
Race: Elf
Element Vector: WorldTree
Element Level: 186
HP: 9100 / 9300
MP: 15300 / 18600
[Combat Skill] Mage Lv.3 / Magic_Control Lv.3 / Sword Lv.2 / Staff Lv.1 / Martial_Arts Lv.1 / Archery Lv.1
[Magic Attribute] Necromancy Lv.3 / Lightning Lv.2 / Ice Lv.2 / Moon Lv.2 / Labyrinth Lv.1
[Achievement] Animal Realm Labyrinth [1]
* * * * * *
浮かび上がった白い文字が示す数字に、俺は驚き、目を見開いた。
「おお! おお……、すげえ……。レベル56ってもう一流探索者の域に足を踏み入れてるぞ……。スキルが何一つ上がっていないのが、いかにも急ごしらえだけど。……あれ? これよく見たら、俺がお前と同じレベルになっても、相当強さに差があるんじゃないか?」
「ん。当然だろう? 私は天才なのだから」
歩み寄ったリリスが、小さな手でぺたぺたと俺の身体を触っていた。
俺の状態を確認しているのだろうか。
彼女の甘い汗の匂いが、俺の鼻腔を掠めた。
「ふむ。身体に問題はないな。この迷宮の向こう側は天界のようだ。今の天界人は馬鹿だったからよかったが、本物の戦士が現れたら、私はともかくお前が危険だ。さっさと二十階層の主を討伐して帰還するぞ」
「分かった。それにしても、ついてたな。今すぐに踏破は無理でも、これで天界に繋がる迷宮が判明したってことだろ?」
リリスは姿勢を戻すと、長い金糸の髪に手を差し込んで後ろへ流した。
彼女が、まぶたの半分落ちた目元のまま、こちらへ顔を向け口を開いた。
「そうだな。お前は悪運が強いようだ」
「リリスにも会えたしな」
俺の言葉を受けて、リリスが微笑んだ。
「ほう。言うじゃないか、ソースケ。あと百万回くらい私の気分を良くしたら、乳房に触れることを許してやろう」
「リリス、駄目だぞ。女の子が軽々しくそういうことを言ったら……え? 本当に?」
投げ捨てていた水筒の蓋に向かうリリスが、こちらに背中を向けたまま呟いた。
「……馬鹿が」
荷物を纏めるために歩きながら、俺は気がついてしまった。
百万回って、要するに絶対許さないということじゃないか。
ま、頑張ってればそのうち百回になるだろう。
# SIX PATHS 005 END




