[SIX PATHS 019] 斉天大聖との戦い 1
# Battle Against the Great Sage Equal to Heaven 1:
◇ ◇ ◇
宗介の肉体は大半が消し飛んでいて、臓器がずるりと露出していた。
半眼になった瞳は光を失い、微動だにしない口元からは、だらだらと血が流れ続けている。
普段のうすい表情と違い、明らかな焦りを浮かべたリリスの表情は固い。
彼女は低い身長に反した長い脚で、土の地面を蹴り、地を這うように駆けた。
今すぐ、宗介のもとへ行かなければならない。
白い髪を揺らす天界人の少年が、前方へ宙返りしながら、倒れた宗介の手前へ降り立った。
「かかか! えらく必死じゃないか、エルフ」
「そこをどけ、猿めが!」
魔力を解放したリリスの肢体を、紫色の光が包み込む。
彼女は、銀の杖を両手で握り、素早く歌を紡いだ。
「――冥界の神よ。我が魔力を糧に、神仏をも斬り裂く死の鎌を顕現せよ!」
魔法が、死神の鎌を顕現させる。
強度を優先させた紫光の鎌は、さきほどとは違い、身の丈ほどに圧縮されていた。
リリスは、紫光の鎌を頭上へ掲げ、鋭く前へ跳ぶ。
歪な笑みを浮かべた少年が、長い棍を右手でくるくると回しながら口を開いた。
棍が帯びた光が、金色の円を描く。
「いやいや、僕は斉天大聖じゃないよ。どこからどうみても美少年だろう?」
嘯いた少年が右脚を後ろへ滑らせながら、棍を薙ぎ払った。
がきんっ、と少年の振るった棍が鎌の刃を弾く。
紫光の鎌を悠々と打ち返した少年は、がら空きになったリリスの胴へ棍を向けた。
リリスを守るように、紫色の魔力を帯びた無数の骨が浮き上がった。
金色の輝きを増した棍が伸び、四層に重なった骨の盾を打ち砕いていく。
骨の盾が作り出した隙に、リリスは身体を横回転させ、地へ降り立った。
金糸の長い髪と法衣の裾が、ふわりと広がった。
彼女のそんな美しい姿を、いつも憧れの目で見ていた彼の瞳は、いまだ死んだままだ。
リリスは、すぐさま魔力を練り上げようとした。
彼女の視界から少年の姿が消え、影が落ちた。
見上げた中空へ、白髪の少年が跳び上がっていた。
「甘いね、大魔法なんて使わせるわけがないだろう!」
少年が棍を頭上へ掲げ、リリスめがけて振り下ろす。
真空を起こしながら迫る棍を、リリスは鎌の柄で受け止めた。
があんっ、と衝突音が鳴り響き、衝撃が大地に伝わる。
リリスの足元のアスファルトが粉々に砕け散り、土が剥き出しになった。
水道が破裂したのか、水しぶきが勢いよく吹き出す。
棍を宙へ投げた少年が、すたりと土の地面へ降り立った。
「魔法使い風情が、耐えられるかな!」
ぐっと大地を踏みしめた少年が、肩を突き出す構えで、体当たりを放った。
氣を巡らせた靠の一撃を、鎌の柄で受け止めたリリスが、凄まじい衝撃に後ろへ吹き飛んだ。
完璧な武術が、紫光の鎌を霧散させた。
(……ちっ、相性が最悪だ。レベルは今の私と同程度のようだが、完全な近接特化か)
中空でリリスは姿勢を戻しつつ、銀の杖を翳し歌を紡ぐ。
「――冥界の神よ。神仏を騙る愚者を、汝の枷に封じよ!」
「騙ってるんじゃないぜ! 僕は仙人だからな!」
地から伸びた骨が作り出した白い檻が少年を閉じ込めた。
落下してきた棍を、少年は右手で掴み、薙ぎ払った。
一撃で、骨の檻が打ち砕かれた。
少年がリリスに向けて、弄ぶように幾度も突きを放つ。
着地したリリスは、伸縮を繰り返す棍を避けながら、宗介へ視線を向けた。
宗介の肉体は、徐々に再生し始めていた。
すでに胸元くらいまでは戻っている。
肺が復元したことにより、宗介が口から血を吐き出す姿が、リリスの視界に映った。
それを見たリリスは、安心ではなく強い焦りを浮かべた。
仮死状態である今はいい。
だが、あの状態で意識が戻るのはまずい。
人間の精神は胸元から上しかない自分を生きていると認識できない。あのままでは発狂してしまう。
精神が死んだら、宗介は人形に成り下がる。
(私がっ、私が行ってやらねば……早く、私の魔力を流さないと!)
全力で走りながら、リリスは全霊をもって魔力を解放し始めた。
(距離は遠いが……無理やり繋ぐ!)
彼女の精神に呼応し、膨大な量の紫色の魔力が吹き荒れた。
小さな唇を開こうとした彼女に、白い髪の少年が距離を詰めた。
少年が横薙ぎに、金色の光を放つ棍を払う。
風を切り裂く棍が、リリスの華奢な胴へ迫り来る。
音速で薙ぎ払われた棍を、彼女は脚を開いて姿勢を低くし、潜り抜けるように回避した。
リリスの着る黒い法衣のスリットが翻り、太ももが夜風に晒された。
少年は振り抜いた棍を手元で回し、その先端を、リリスへ向けた。
地面を穿つように放たれた突きを、リリスは真横へ跳躍して避ける。
棍が打ち抜いたアスファルトが爆ぜ、瓦礫を撒き散らした。
質量の増大した棍を、右手で軽々と持つ少年が、嫌らしい笑みを浮かべた。
「なーんか、お前、さっきから焦ってるね。……ははあ。なるほど、魔王君の精神は普通の人間なんだな? 死霊術師と死人の悲恋ってか。あのままじゃ、発狂間違いなしだな! いい気味だ!」
「黙れ、猿! 邪魔をするな!」
瞑想は不可能だとリリスは判断し、地を蹴って駆けながら銀色の杖を少年へ向けた。
やはり、近くへ行くしかない。身体に触れれば一瞬で魔力を流せるのだ。
青白い稲妻が、大気を切り裂き奔る。
白い髪の少年が無造作に振るった棍が、稲妻を切り裂いた。
(……あの武器が異常だ。神器だと言っていたな。おそらく私の知るそれと定義が違う。天界固有の何かか?)
走るリリスを視線で追う、白髪の少年がうんざりした声で言った。
「まったく。こんな面倒くさい状況にしてくれちゃってさあ。僕は、天界の仙人なんだよ? なんで、こんなしょうもない世界を征服するために、いちいち僕が働かなくちゃならないんだよ。……お前ら、二人とも最高に不幸にしてやるからな」
白髪の少年は、右手の棍を宙へ投げた。
少年が、両手で印を結ぶ。
金色の狼に変化した少年が、亜音速で走る。
一瞬で、リリスまでの距離を詰め、地を蹴って跳び上がった狼が、少年の姿へ戻った。
飛翔して追いついた棍を右手で掴んだ少年が、犬歯を剥き出しにして笑った。
「いいことを思いついたぞ。死人の再生する肉を、永遠にお前に喰わせ続けてやる!」
「下衆が!」
宙へ舞った白髪の少年が、金色の光を帯びた棍を頭上へ振り翳した。
伸びながら迫り来る棍を、リリスは銀色の杖を振り上げて防いだ。
二人の武器がぶつかり合い、轟音と共に、白い衝撃波が巻き起こった。
「魔法使いのわりに、なかなか粘るねえ! ほーらよ!」
再び振るわれた棍が、巨大化し迫り来る。
眉根を寄せたリリスは打ち返すことを止め、骨の盾が稼いだ僅かな時間のうちに、巨大化する棍の範囲から脱した。
ずがあんっ、と轟音を響かせて国道にもうひとつの窪地が生まれた。
白い髪の少年が、にやにやした笑みを浮かべ、弄ぶように突きを放つ。
「ほれほれ! 逃げてばかりでいいのか、エルフ! もうそろそろ、起きるんじゃないか!? 魔王君、みぞおちくらいまで再生しているぜ! 腕はまだないけど、背骨はあるみたいだな! ……途中まで。かははは!!」
「ぐっ、くそが!!」
同格の相手に、リリスは魔法を編む隙を見出すことができずにいた。
そのまま時間だけが過ぎていく。
リリスの視界の端で。
宗介が大きく血を吐き出す姿が、映った。
「が、があああああ!?」
絶叫を上げた宗介の身体が、跳ねた。
リリスの仏頂面が崩れた。
彼女の身体は、恐怖に震えていた。
◇ ◇ ◇
――刹那の少し前。
宗介とリリスが、三人の天界人を打ち倒した頃。
夜の東京湾の上空を飛行する軍用ヘリ。その後部キャビンに、スターウェイの四人が腰を下ろしていた。
横浜事変平定作戦は、先行したスターウェイが単独で鎮圧に当たる方針へ軌道修正されていた。
後続の探索者や軍隊による介入は、必要になるまで行わない。
手の空いた探索者は、別命あるまで救助活動へ参加することも決まっていた。
これらは、純也の進言が発端だ。
愛莉は、ヘリのフロントガラスの向こうに見える横浜を見つめながら思案していた。
(……我が兄ながら、尊敬より先に畏怖が立ちますね。どういう論理で動いているのでしょうか)
純也がこの状況を選択したのは、宗介が一人で先行したのが理由だろう。
だが、宗介という新人の異常さについて、純也はそれほど情報を持っていないはずだ。
愛莉は、リリスという強靭な他世界人が宗介を守護していることを知っている。
また、宗介の重力剣とアンデッドの肉体による相乗効果の高さを、本人以上に評価していた。
あの二人なら、敵がなんであれ、初見ならどれほど格上であっても勝ちうるだろう。
だが、純也はそのどちらも知らないはずだ。
それなのに彼は自身のすべてを賭け、ディエスに掛け合っていた。
一方でディエスの判断は、愛莉には理解しやすい。彼は感情も含め、効率しか考えていないからだ。
作戦に参加した探索者が、他世界に人がいることを知れば、社の方針は侵略になってしまう。
だが、もともとそれを認知している探索者だけで処理できるのなら、そのリスクは発生しない。
その意味では、会社がスターウェイ単独作戦を選択したことは理にかなっていた。
失敗したとしても、ディエスは東京から離れるだけで済む。分のいい賭けだ。
皆はどうだか知らないが、愛莉は、あの男が街と心中するなどという言葉は信じていない。
(けれど、兄さんの考えは想像すらつきません。兄さんだって、ディエスさんに負けず劣らず合理的な人です。あれよりは優しいですが。うーん。宗介君がいれば勝てると思っているのでしょうけど……根拠なんてないはず)
愛莉は、ちらりと純也のほうへ視線を向けた。
両膝に腕をかけ、床を見つめたまま思考に沈んでいる兄の考えを、愛莉はまったく読み取ることはできなかった。
防波堤に波が散る音だけが響く、横浜の港に軍用ヘリが降り立った。
スターウェイの面々が飛び降りた後、ヘリはローターを停止した。
愛莉は街へ視線を向けた。
徐々に火災が収まりつつある横浜は、宵闇に落ちていた。
暗い気持ちで崩壊した街を眺めていると、ふわりと青白い灯りが周囲を照らした。
リゼが展開した、灯りの魔法だ。
「よし、いいよー」
「ありがとう、リゼ。……お前ら、敵がなんであるかは分かってるな?」
「はい。兄さん」
「愚問だ。おい、くだらんブリーフィングなどいらん」
苦笑いを浮かべた純也は、肩を竦めて答えた。
「あのな、海斗。宗介君が心配なら、お前もついていけばよかったんだ」
「ふん。あいつが、何か隠したがっていることなど分かっている」
とはいえ、必要な話し合いはすでに済ませていた。
装備の点検を手早く済ませた四人は、横浜の街へ走り出した。
早めに鎮圧を報告しなければならない。
あとどれだけ時間があるかも、分からないのだから。
壊滅した街の様子に、暗澹たる気持ちになりながら、愛莉たちは駆けていた。
そのとき突然、街の奥から青白い光が弾け、雷鳴が轟いた。
光と音が、断続的に響き渡った。
ときおり聞こえる街の設備の何かが爆ぜる音とは違う。あれは、戦闘音だ。
それまで、どこか楽観の色を浮かべていた愛莉の表情が引き締まった。
全員が、そちらへ向かって全速力で走り出した。
前方を駆ける純也が、声を上げた。
「急ぐぞ! 警戒しろ。敵はまだ生きている!」
不安そうな表情を浮かべたリゼが、愛莉に問いかけた。
「う、うん! ね、ねえ愛莉、宗介君大丈夫かな?」
「きっと大丈夫です。素敵な彼女がいますからね」
「くそっ、余計な気を遣わず俺もいけばよかった」
愛莉はリゼに答えたあと、加速し、先頭へ躍り出た。
彼女は、パーティーの中で唯一魔法を使用できない。
だから一番槍は彼女の役目だった。
真紅の剣を抜刀した彼女は、濃い茶色の靴でアスファルトを蹴って駆けた。
屍の散乱する国道を走り抜け、信号の消えた交差点を曲がった。
(……っ!?)
真っ先に戦場へ辿り着いた愛莉の視界に、宗介の半身が映った。
戦いの余波で周辺の建物は崩壊し、道路のあちこちが円状に陥没していた。
残火が照らすアスファルトに横たわる、宗介の上半身の断面から、血がだらだらと流れ続けている。
歪な笑みを浮かべた白髪の少年が、宗介に駆け寄ろうとするリリスを小馬鹿にするように攻撃していた。
あの日、超然としていたリリスは傷だらけで、黒い法衣があちこち裂けていた。
速射魔法を放ち、銀の杖を振るい、白髪の少年と激しい戦いを繰り広げるリリスが、こちらへ碧い瞳を向けた。
愛莉が初めて出会ったとき、彼女の瞳に浮かんでいたのは冷たい殺意だった。
だが、愛莉は理解した。それでも、あのときは宗介がいたから、まだ優しかったのだ。
今、リリスの瞳に宿るのは虫けらを見るような色だ。
(余裕がない。なぜ? 宗介君は溺死状態から再生していました。欠損した腕すら勝手にくっついたのです。姫君が術者で、彼はアンデッドなのでしょう? 彼女が無事である限り、あの状態でも……)
状況が分からない。迷宮の外ではリリスと言葉が通じない。
愛莉は、どうすればいいか逡巡した。
事情を知らない海斗が、呆然とした表情を浮かべていた。
純也は険しい表情で、宗介を見つめていた。
水色の髪を揺らすリゼが、濃紺の服の上から羽織った白いコートを翻し、前に出た。
愛莉は目を見開いて、そんなリゼを見た。
リリスの危険性について、彼女には話しているのだ。
リリスの冷徹な碧い瞳が、リゼへ向いた。
軽薄な笑みを浮かべた白髪の少年は、リリスを牽制しながら様子を窺うような動きを見せていた。
リリスと視線をぶつけ合うリゼが、腰から伸縮式の杖を抜き放った。
彼女が解放した白い魔力が、全身から漏れ出した。
円形の魔法陣を描きながら、リゼが声を上げた。
「ちょっと、あんた宗介君の彼女なんでしょ! わたしを殺したいなら殺したらいいけどねえ! そんなことしたら、宗介君にも、結衣ちゃんにも嫌われるからね!」
リリスが、愛莉たちには理解できない言語を発した。
「Recede, mulier. Te occidam!」
険しい表情を浮かべたリリスへ、リゼの支援魔法が流れていく。
リリスの身体能力が急激に上昇した。
彼女がまぶたの半分落ちた目元で、驚いたようにリゼを見て、口を開いた。
「Hm. Magia auxiliaria est?」
目元を細めたリリスが、銀の杖を白髪の少年へ向けた。
それまでよりも遥かに勢いを増した稲妻が奔った。
少年が、両手に握る棍で稲妻を裂く。身を捻って、その勢いのまま棍をリリスへ振り下ろす。
迫る棍を、銀の杖で打ち払った彼女の肩から、金糸の髪がさらりと流れ落ちた。
リリスが、ちらりとリゼに視線を向け、口を開いた。
「Vox tua canora satis bona erat, Lieselotte」
「何言ってるかわかんないけど。ぼろぼろじゃない。治してあげるから、さっさと宗介君を起こしなさいよ! 最近、彼と喋ってないの! あと、ちょっとおっぱいが大きいからって調子に乗らないでよね!」
リゼの行使した回復魔法が、傷ついたリリスを癒していく。
さらに丸い魔法陣を描き、スターウェイの面々に支援魔法を展開するリゼに、愛莉は尋ねた。
「起こす? どういうことですか?」
「……愛莉、ちょっとやばいよ。宗介君が、あの状態で精神が保てているかどうか分からない。ううん、普通なら無理。ヒーラーの私には分かる。人は死んだと思ったら死んじゃうの……でも、諦めるわけにはいかないでしょ」
「……なるほど。さすが、リゼさんです。尊敬します。では、その奇跡は姫君に起こしてもらうしかないですね」
「姫君ぃ? あんた、涼しい顔して姑息なこと考えてるのね。別枠で宗介君につけ込むつもりでしょ」
支援魔法を受けた愛莉は、とんっと軽く跳び調子を確かめた。
真紅の剣を下段に構え、リゼにうすい笑みを向けて言った。
「言葉が悪いですよ。私は、あの二人の間に便利メイドあたりで割り込もうかと思っているだけです」
「わたしの言ってる通りじゃない。ま、わたしは宗介君が遊び相手に選んでくれれば、別にそれでいいけどね」
愛莉とリゼは、不敵な笑みを交わした。
地を蹴って、愛莉は駆け出した。
愛莉の耳に、リゼの声が届いた。
「男ども! 宗介君は死人だから、まだなんとかなる! さっさと時間を稼げ!」
「……どういうことだ、リゼ」
「……は、はあ?」
「うるさい。面倒くさいからあとで愛莉から聞いて。わたしはねえ、いらいらしてんのよ! なんで、奇跡の相手がわたしじゃないのさ!」
まったく遊び相手で満足しそうにない言葉を、リゼが吐いていた。
少し吹き出してしまった愛莉は、表情を正した。
白髪の少年がこちらへ視線を向けた。
愛莉は、少年の濁りきった金色の瞳に見覚えがあった。
(……やはり迷宮の踏破者でしたか。……それも、天界人)
地を蹴って跳んだ愛莉は、声を張り上げた。
「姫君、私たちが時間を稼ぎます! 貴方は宗介君のもとへ!」
「Sed Sōsuke iam perditus est...! Airi!」
愛莉は、外界ではリリスの話す言葉が理解できない。
だが、この状況とリリスの目を見れば、彼女が弱音を吐いていることはすぐに分かった。
「諦めないでください! 宗介君なんて貴方がキスすればすぐ起きますよ!」
真紅の剣を両手で握り、愛莉は加速する。
眉を上げた白髪の少年へ向け、赤い剣閃を奔らせた。
がきいんっ、と激しい金属音を立て、少年が金色の光を放つ棍で愛莉の剣を受け止めた。
天界人らしき少年が、口を開いた。
「おうおうおう。後から、しゃしゃり出てきてんじゃないぞ。畜生道の家畜。後で喰ってやるから、大人しく待ってろ!」
愛莉は、少年を殺すことに初めから罪悪感は無かったが、一切の躊躇が消えた。
「あら、貴方。言葉がわかるんですか。頭の悪そうな顔のわりに、賢いじゃないですか」
「かかか! 粋がるじゃないか、女」
白髪の少年が、金色の光を放つ棍を振り翳した。
愛莉は、冷静に考えを巡らせた。
リリスが苦戦する相手の攻撃を、自分が受けられるはずはないと考えた愛莉は、ステップを踏んで避けた。
凄まじい膂力で振るわれた棍が、破砕音を立てアスファルトを打ち砕く。
距離を取った愛莉に、少年が無造作に棍を向けた。
あれは自在に伸縮していた。
愛莉の目は棍の向きを、しっかりと捉える。
勘を頼りに身を捻った愛莉の赤いポニーテールが、遅れて靡いた。
彼女がいた虚空を、金色の光を放ちながら伸びた棍が、穿った。
大きく息を吐いた白髪の少年が、鬱陶しそうに口を開いた。
「あー、もう面倒くさいなあ。家畜の雌に興味はないんだ。素直に死ねよ」
少年が白い髪の毛を引き抜き、息を吹きかけた。
変化した多数の分身が、愛莉に襲いかかる。
「あらあら。禿げますよ。いや、もう手遅れでしょうか」
「仙人が、禿げるわけねえだろ!」
表向き軽口を叩きつつも、愛莉は焦っていた。
本体より数段力が落ちるであろう分身を突破することすら、厳しい。
防戦一方になった愛莉から、白髪の少年が視線を外した。
「分身と遊んでろ。雌豚」
白髪の少年が、宗介のもとへ駆け寄ろうとするリリスへ視線を向けた。
そのとき、火炎が爆ぜた。
純也が、二振りの業火の剣を双手に握り、白髪の少年へ斬りかかっていた。
火炎の剣撃を棍で防いだ少年が、舌打ちをした。
「うぜええ!」
「愛莉、宗介君は死んでないんだな?」
「ええ、兄さん。きっと大丈夫です!」
「そうか。――さすが、俺の英雄だ」
地面に降り立った純也が、胸元で腕を交差する十字の構えを取った。
双手に握る業火の剣が燃え盛る。
白髪の少年が、棍を振り下ろした。
純也が、だんっと左脚を前へ踏み出し、左手の剣を奔らせた。
金色の光を帯びた棍を純也は打ち返した。
さらに、身体を反転させながら、右手に握る業火の剣を薙ぎ払う。
少年の胴へ直撃した火炎を纏う剣が、がきんっ、という金属音を立てて弾かれた。
純也がにやりと笑みを浮かべ、言った。
「へえ。硬いじゃないか、仙人。剣技は大したことないが」
「言うじゃん。お前のほうは、家畜のわりになかなかの技量だ。褒めてやるよ。だが、残念だったな。獣のレベルなんてたかが知れてる。僕の仙氣は斬れないぜ」
「そうだな。ま、俺じゃ勝てないだろうさ。なんせ、ただ才能に恵まれただけの凡人だからな」
白髪の少年が放つ突きが、伸びる。
純也の繰り出す二筋の赤い剣閃が、精密な軌道を描き、棍を斬り返した。
白髪の少年が、わずかに不快そうな表情を浮かべた。
純也が不敵に笑う。
「だが、今ここで俺が勝つ必要はないね」
海斗の鋭い声が、愛莉の耳に届いた。
「純也、愛莉! 下がれ!」
海斗が両腕を添えた蒼い魔法陣から、巨大な竜が顕現した。
蒼い水竜が上げた咆哮が、大気を震わせた。
竜は海斗の意思に従い、天界人ではなく、愛莉に群がる分身たちへ喰らいついた。
竜が、分身をひとかたまりにしながら、押し流していく。
すかさず迫った凍てつく吹雪が、一瞬ですべての分身を凍結させた。
リリスが向けた杖から、冷気の残滓が白く立ち昇っていた。
愛莉の視界の端で、海斗が口を開いた。
「ほう。あれが宗介の師匠か。とんでもない密度の魔法だ。なるほど、魔導の頂きは高いな」
分身から解放された愛莉が、飛ぶように駆け、純也へ合流した。
リゼと海斗の支援を受けながら、星川兄妹が赤い剣閃を奔らせ続ける。
足を止められた白髪の少年が、苛立ちの声を上げた。
そして。
――リリスが、宗介のもとへ辿り着いた。
◇ ◇ ◇
# SIX PATHS 019 END




