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[SIX PATHS 018] 踊り子と僧兵と、そして

# A Dancer, a Warrior Monk, and...:


 あの日、迷宮で戦った天界人は、道化師の姿をした薬物中毒者のような男だった。

 だが、先ほどの僧兵も、こちらを見上げる二人もいわゆる普通の極悪人に見える。

 道化師だけが、特別に個性的だったのだろうか。


 立ちふるまいや衣服には統一性を感じない。

 やつらも、人間なのだから当たり前といえる。


(武器は……剣と杖か)


 ばちばちという放電音が、俺の耳に届いた。

 そばにある巨大な電子看板が、断線しているようだ。


 街を燃やす炎が、夜の国道を赤く照らしていた。

 アスファルトの上で倒れている人たちから赤い血が流れ出していた。彼らは、もう生きてはいないだろう。

 本当なら、今ごろ喧騒に満たされていたはずだった街は、しんと静まり返り、ときおり火災に煽られた車両の爆発音が響き渡る。


 リリスが左腕を掲げた。広い袖がするりと下がる。

 露わになった白い細腕から漏れ出した紫色の魔力が、銀色の魔法へ変化し、俺とリリスを包み込む。


 偽装魔法をかけた彼女が、じとっとした目元で、こちらへ視線だけを向けた。


「ソースケ、お前の現状認識を言ってみろ」

「初見殺しを押し付けて一人殺した。総合力では勝ち目がなかった状態から、勝機が出た。ええと、このあと俺に遠距離攻撃が飛んでくる」


「見立ては正しいが、まだ甘い。重力剣を構えろ。すぐに大技が来る。私は防御をしない。お前が斬れ」

「わ、分かった」


 一瞬のうちに、いくつかのことが同時に起こった。


 眼下にいる襤褸布の男が、鈍い光を返す錫杖を頭上へ掲げた。

 リリスが、脚を開く魔導の構えを取った。

 俺はリリスの前に躍り出て、漆黒の魔力を解放しつつ、鞘を左手で握った。


 襤褸布の男が、なにごとかを発した。


「――Devarāja, Pāpa-Mṛga-Vidāraṇaṃ Divya-Vajraṃ Pātaya!!」


 魔力を練り上げるリリスが、短く告げた。


「ソースケ、前ではない。上だ」


 リリスの声を受け、俺は頭上を見上げた。

 空に金色の魔力が渦巻き、白い輝きを放ち始めていた。


 俺は、屋上のコンクリートを蹴って、跳び上がる。

 柄を右手で握り、歌を紡ぐ。


「――闇の大蛇よ。我が刀剣に宿りて、すべてを斬り裂く漆黒の刃と化せ」


 両腕をずるりと這う魔力が、鞘に収まった刀へ流れていく。

 魔力の収束する速度が異常に早い。

 瞬時に、俺の刀が闇を帯びた。

 どうやら、俺の魂はこの戦いに絶対に負けたくないらしい。


 天に、光が満ちた。

 巨大な柱のような白い光が、轟音を鳴り響かせながら落ちてきた。


 俺は、中空で鯉口を切る。

 闇が鞘の中を這いずる、ずああっという音が響く。


 漆黒の居合を横薙ぎに放つ。

 黒い粒子を撒き散らす闇の刃が、降り注ぐ光を斬り裂いていく。


「ぐっ、くそっ、うおおお!!」

「ん。ソースケ、信じているぞ」


「ま、任せろおお!」


 リリスは、一瞬うすい笑みを浮かべ、すぐに静かな表情へ戻る。

 美しい金糸の髪が、立ち昇る紫色の魔力に煽られ、後ろに広がった。


「――雷の精霊よ、抗うことを忘却せし愚者を、雷鳴轟く稲妻で裁け」


 歌うリリスが、肩越しに掲げていた銀色の杖を振り下ろした。

 天界人のほうへ真っ直ぐに向いた杖から、紫電迸る稲妻が奔る。


 雷撃が空気を穿ちながら、眼下の天界人へ迫った。


 それまで、何もせず立っていた天界人の女がゆらりと動いた。

 オフショルダーのやたら露出の高い灰色のドレスを翻し、腰に帯びた鞘から細身の剣を引き抜いた。


 ドレスの女が舞うように白銀の剣を薙ぎ払い、稲妻を斬る。

 迸り続ける雷撃を、流れるように繰り出された剣技が断ち切った。


 女が、うすい笑みを浮かべて言った。


「Sādhu, Bāle. Hihihi...」


 眉根を寄せたリリスが舌打ちした。


 俺は、降り注いでいた光の柱を完全に斬り裂いた。

 中空で着地のために身を捻る俺に、リリスが声をかけた。


「……ソースケ。本気で戦う。嫌悪感を覚えるやもしれんが、文句は終わった後にしろ」

「へ? なにをしようが、俺がお前に嫌悪感なんか持つわけないだろ」


 右手に刀を握ったまま着地した俺は、リリスに答えた。

 ちらりと、こちらを見た彼女が言った。


「だとよいが。――冥界の神よ。戦場で願い叶わず潰えし屍を、我が魔力にて死兵に変えよ!」


 街中に打ち捨てられていた人々の骸が、むくりと起き上がった。

 さらに道路のアスファルトがひび割れ、地中からも無数の屍が出現した。

 凄まじい量の死兵が、紫色の魔力剣を握り、天界人たちへ押し寄せていく。


 錫杖の男が光の魔法で死兵を薙ぎ払うが、膨大な量のスケルトンは、絶え間ない波のように天界人たちを襲い続ける。

 やつらに一拍の隙ができた。


 リリスが、鋭く言った。


「降りるぞ!」

「おう!」


 距離は俺たちの敵で、あいつらの味方だ。


 背の高いビルの屋上から飛び降りる。

 向かい風に煽られ、俺の髪がはためく。

 リリスの長い金糸の髪が、ばたばたと翻っていた。


「ソースケ、どこが甘かったか分かったか!」

「このあととか、悠長すぎた!」


「そうだ! 殺し合いで、出し惜しみする人間などいない!」

「了解!」


 中空で、リリスがぐるりと横回転しながら、杖を真っ直ぐに敵へ向けた。

 顕現した三本の氷の槍が、天界人たちへ向かって飛翔する。


 回転の勢いで、リリスの黒い法衣の裾が翻り、透け感のある黒い下着に包まれた丸い尻がわずかに覗いた。


「ああもう、馬鹿者! 尻を見ているんじゃない!」

「は、はい! ご、ごめん!」


 中空へ跳び上がったドレスの女が、白銀の剣で氷の槍を打ち払った。

 灰色のドレスの裾がめくれ上がるが、そちらには全く興味がわかない。


 だんっ、と俺はひび割れた国道に降り立った。


 ちょうど目の前にあった、道路標識を刀で斬る。

 ざんっ、と鉄の筒を斜めに切り裂き、倒れるその標識を左手で握った。


 俺は、足元のアスファルトを強く踏み込み、全身の力を込め、女めがけて思い切り投げつけた。

 鋼鉄の槍になった道路標識が、一直線に飛翔する。


 淫靡な笑みを浮かべたドレス姿の女が、左腕を払う。

 女の細腕に弾かれた道路標識が軌道を変え、後ろのビルに突き刺さった。


 襤褸布を纏った男が掲げた錫杖に、金色の魔力が迸る。男が錫杖の柄で地を叩いた。


 目を見開いたドレス姿の女が、地を蹴って距離を取った。


「Mūḍha!?」


 錫杖の男を中心に巨大な光の柱が立ち昇った。

 群がる死兵すべてを、灰燼に帰していく。


 男の金色の瞳が真っ直ぐに、リリスではなく俺を捉えた。

 うすい笑みを浮かべた男が、錫杖を正眼に構え、何かを呟く。


「Unmatta, mara! ――Devarāja, Pāpa-Mṛga-Dāhakaṃ Śveta-Śūlaṃ Muñca!!」


 金色の魔力が収束し、数十本の光の槍が男の周囲に顕現した。

 すべての槍が俺に向かって飛翔して来る。


 迫り来る槍から俺を守るため、銀の杖を掲げたリリスに向かって、ドレス姿の女が距離を詰めた。

 鋭く振り抜かれた白銀の剣を、リリスは杖で打ち返した。

 白い衝撃波を撒き散らしながら、彼女たちが幾度も武器を打ち合う。


 俺の支援を止められたリリスが、焦った声を上げた。


「ソースケ!」

「リリス、心配するな!」


 俺は刀を下段に構え、力を抜く。


 どうせ失敗しても、身体に穴が開くだけだ。

 結衣に、ばれなければいいのだ。

 

 以前は、こんな速度の魔法を捉えることはできなかっただろう。

 だが、今の俺ならできるはずだ。

 一本目の槍を振り上げた刀で切り飛ばす。

 返す刃で、二本目、三本目を切り落とし、左へ跳ぶ。


 俺の立っていた大地に、何本もの槍が刺さった。

 刀をぐるりと回しながら横薙ぎに払った。

 同時に三本の光の槍を打ち払う。


 残りは数本。十本はない。

 もう十分だ。

 俺は刀を鞘に仕舞い、魔力を解放した。


「リリス! その女の足を止めろ!」

「ははは! ソースケ、私に命令するか! よかろう!」


 俺の全身から、ずわあっと立ち上った漆黒の魔力が、触れるそばから光の槍を消滅させていく。

 がりがりと俺のMPが減っていくが、この程度なら耐えられる。


 リリスがぐっと地を踏み、力強く銀の杖を振り払った。

 杖を防いだドレス姿の女が、衝撃に押されて距離を取った。

 すかさずリリスが、杖を女へ真っ直ぐに向け、歌を紡ぐ。


「――冥界の神よ。抗うことを忘却せし愚者を、汝の枷に封じよ!」


 大地から、ずがあっと伸びた骨の棘が頂点で交差した。

 骨が組み上がった檻が、ドレス姿の女を閉じ込めた。


「Mā avamaṃsthāḥ!!」


 表情を歪めた女が、檻を斬りつける。

 杖を掲げたリリスの魔力が、破損するそばから檻を修復していく。


――勝った。


 口の端を歪めた俺は、錫杖の男の魔法を打ち消しながら、歌う。


「――闇の大蛇よ。我が刀剣に宿りて、すべてを斬り裂く漆黒の刃と化せ」


 俺の従えた漆黒の魔力が、両腕を伝い刀へ収束した。

 刃が光を拒絶したことを感じ取り、地を蹴って跳び、一気に女との距離を詰めた。

 

 こちらへ金色の瞳を向けた女が、淫靡な表情を浮かべ小さな唇を開いた。


「Kyāhāhāhā!!」


 甲高い絶叫が、響き渡る。

 その色香ある相貌からは想像できない、耳障りな声が俺の鼓膜を貫いた。


 全身の筋肉が、硬直した。


(……ぐっ!? う、動けない!?)


 にやりと笑みを浮かべた女が、突きの構えで、白銀の剣を握った腕を、後ろに引き絞る。

 固まったまま中空を飛んでいく俺の眉間に、切っ先が向いていた。


 まずい。脳を抉られたらどれだけ再生に時間がかかるのか分かったもんじゃない。

 そもそも俺は、そんな状況で精神を保てるのか。


 突然、下腹部に激痛が奔った。

 錫杖の男が放った、光の槍が俺の腹を貫いていた。

 血反吐を吐き、意識が酩酊する。

 

 そして……激痛が拘束を解いた。


 俺は歯を血で真っ赤に染め上げながら、笑った。


「ははは! 馬鹿が!」


 女が突きを放つよりも早く、俺は居合を放った。

 闇を迸らせる漆黒の剣閃が奔る。

 骨の檻を抵抗なく切り裂き、ドレス姿の女を胴から両断した。

 鮮血を撒き散らし、女が死骸へ変わった。


 よろけながら着地した俺の視界が、ちかちかと霞む。


 崩れ落ちそうになる俺の身体に、柔らかな肉の感触が伝わった。

 俺を抱き止めたリリスから漂う汗の甘い匂いと、胸の温かな感触が、ぎりぎりで俺の意識を留めた。

 うすい笑みを浮かべた彼女が、優しい魔力を流してくれた。


「よくやった」

「へへへ」


 リリスが俺を抱えたまま、高く跳んだ。

 錫杖の男が放った光の柱が、天から降ってくる。


 リリスが、優しく俺に微笑みながら言った。


「私が防御する。お前は敵を斬ってこい」

「え?」


 リリスが左腕の力だけで、俺を錫杖の男へ向かって投げた。

 穴の開いた腹部から、凄まじい激痛が伝わる。


「い、痛えええ!?」

「止血はしたのだ! 男ならそれくらい我慢しろ!」


 いつのまにか、アスファルトを割って地から伸びていた骨の柱に、リリスは跳び乗った。

 彼女が、正眼に構えた杖をくるりと回し、天を突くように掲げた。


「――冥界の神よ。我が魔力を糧に、神仏をも斬り裂く死の鎌を顕現せよ!」


 リリスから立ち昇った紫色の魔力が、銀の杖に収束し、悍ましくも美しい、紫光を帯びた巨大な鎌に変化した。


 骨の柱を蹴り、跳び上がった彼女は、自身の数倍もある紫光を放つ鎌を、振り抜いた。

 襲いかかる光を、今度はリリスが斬り裂いていく。


 宙を舞う俺は、襤褸布の男へ視線を向けた。


 やつは逃げ出していた。


 ぼろぼろになったアスファルトを駆ける襤褸布の男を、俺は冷たい目で見つめた。


 まだ、あの子は晩ごはんを食べていないかもしれない。

 邪魔をするな。敵は、死ね。


 俺は、鞘に納めた刀に闇を纏う。


 光の柱を両断したリリスが、左手をこちらへ向けたのが、視界に映った。

 眼前に浮き上がった骨の円盤を踏み、姿勢を制御する。


 再び、俺は跳んだ。


 右手で刀を抜き放ち、大きく右腕を振りかぶった。

 全身を捻るようにして、刀を投擲した。


 闇の円刃が、背を向けた男の首筋へ向かって飛翔する。

 漆黒の刃が、男の首を撥ねた。


 笑みの消えた男の頭部が、宙へ舞う。

 血を吹き出し、崩れ落ちていく死体から、赤い経験値の光が霧散していく。


 赤光が、周囲を照らしていた。


 だんっ、と音を立て俺は着地した。


「はぁ……。はぁ……」


 大きく息を吐いた俺は、塞がりつつある腹の穴を押さえながら空を見上げた。

 炎が、夜空の端をいまだに赤く染め上げている。

 街が燃える焦げた匂いと、濃い死臭が俺の鼻腔を掠めた。


 会社は、これをやろうって言うのか。

 しばらくしたら辞めよう。

 今の俺たちなら、どこへ行っても迷宮探索くらいできるだろう。


 振り向くと、ずるずると俺の血がこちらへ這い寄って来ていた。

 なんだか、最近不気味に感じなくなってきたな。

 いじらしさを感じて、むしろ可愛くすらある。


 俺は周囲を見渡し、ほんの少しの間だけ黙祷した。


 アスファルトに突き刺さった刀を拾いに歩み寄る。

 短剣は……まあいいか。買い直そう。


 視界の端に、宙を跳ぶリリスが映った。

 血糊を払っていた俺のそばに、彼女は降り立った。

 その勢いに流された長い金糸の髪が、ふわりと広がる。


 周囲を見渡すリリスは、表情にわずかな不審を浮かべていた。

 月明かりに照らされた彼女の美しい顔を見ながら、俺は言った。


「どうした? 腑に落ちない顔してるぞ」

「ん。いや、お前の働きは素晴らしかった。勝ったのはお前の力だ。……なのだが。奴らの戦い方が気になってな」


「うーん、確かに。連携がまったくできてなかったな。最初から、二人がかりで俺を狙ってきたら厳しかった」


 リリスが、胸元で腕を組んで思案し始めた。

 さらりと肩口から零れ落ちる髪の隙間から、長い耳が覗く。

 瞬きのたびに瞳を隠す長いまつげが、なんだか輝いて見えた。


 じっとりとした視線が、こちらに向いた。


「……馬鹿者。私に見惚れるのはよいが、時と場合を弁えろ。なぜお前は安心すると、途端に私に甘えだすのだ。少しはソースケも考えないか」

「は、はい。ええと、もとは四人パーティーだったとかはどうだ? リーダーが支配者戦で死んだとか」

「ん。まあ、それが一番可能性が高い。そういうことであればよいのだが……」


 俺とリリスは、しばらく話し合ったが結論はでなかった。

 やがて東の空に、こちらへ向かって来る軍用ヘリが、うっすらと見えてきた。

 アルカディアの先発隊だろうか。ぎりぎりだったな。


(……そういや、戦いの間、航空機が来なかったな。純也さんの気遣いかな?)


 遠くの空に浮かぶヘリを見たリリスが、口を開いた。


「腑に落ちんが……。そろそろ身を隠さねばならんか。仕方あるまい。では、私は家に帰るゆえ、結衣にめっせーじを送っておけ」

「ああ。あいつも心配しているだろうしな。俺も純也さんたちに報告したら、今日はタクシーで帰るよ」


「うむ。では、またあとでな。……ソースケ、格好良かったぞ」

「リリスも――」


――俺の言葉は途中で止まった。


 俺とリリスは、ばっと同じ方向へ顔を向けた。

 押し潰されそうなほどの威圧感を覚えたのだ。


 そちらには、横浜迷宮の黒い門が聳え立っている。

 すでに樹木の燃え尽きた特別保護区は、闇に覆われていた。


 眉根を寄せた俺は、リリスにおずおずと尋ねた。


「……何か感じたんだけど、気のせいか?」

「いや。……何者かが、門から出てきた」


「嘘だろ? なんで、一緒に出てこないんだよ」


 少し甘さを帯びていたリリスが、怜悧な戦士の表情へ戻り、小さな唇を開く。


「どうする、ソースケ。今、戦えば確実にばれる。ギルドの地位どころか、国を捨てることになりかねんぞ」

「でも、俺が逃げたらあの子の風船が割れちまうんだ。……くそ、仕方ない。最悪外国へ飛ぼう。……リリス、お前って海とか渡れる?」


「――いやいや。逃すわけないだろ。ばーか」


 少年のような声が、背後から聞こえた。

 弾かれたように俺は振り返った。


 いつのまに現れたのか、金色の狼がそこにいた。


 ぶわりと吹いた風に覆われた狼が、整った相貌をした短い白髪の少年へと姿を変える。

 頭に巻いた緊箍児のような金の輪が、鈍い光を返している。


 手元へ飛翔してきた長柄の棍を、少年が右手に握った。

 少年は、手に取った棍を首の後ろに担ぐと、両端に手をかけてだらりとした姿勢を取った。

 気だるげな表情で、視線をこちらへ向けている。


 ……人間? 誰だ。こんな探索者を俺は知らない。


 目元を細めたリリスが、ぐっと脚を開いた。

 左手を前に突き出し、腕を交差するようにして、右手に握る銀の杖を肩越しに構えた。


 彼女が、鋭い声を上げた。


「ソースケ、構えろ! 獣世界の人間ではない!」


 腕を下げた白髪の少年が、右手に握る棍で肩を叩きながら、周囲を見渡す。

 首無し死体と、上半身と下半身が分かたれた女の死骸を見やり、ひどく煩わしそうに口を開いた。


「折角、仲良く迷宮を超えたのにさあ。何殺してくれちゃってんの。つーか、僕が寝ている間に死んでるあいつらも、あいつらだ。奴隷どもは、本当に使えないな」


 俺は、少年の瞳が金色であることに今更気がついた。


(……天界人か! なんで言葉が分かるんだ!?)


 リリスが振り下ろした銀の杖に呼応し、三本の氷の槍が顕現した。

 螺旋を描く氷の槍が、奔る。

 白髪の天界人は棍を両手に握り、氷の槍を薙ぎ払った。


「かかか! 思い切りがいいね。やるじゃん。ん? なんでエルフがいるんだ?」


 少年に向かって、リリスが跳んだ。

 彼女が、紫色の魔力で覆った銀色の杖を振り下ろした。

 杖と棍がぶつかり合う凄まじい衝撃が、周囲を揺るがした。


 打ち合う二人の武器が、甲高い金属音を鳴り響かせる。


 白髪の少年が、ちらりと俺に視線を向けた。


「そんでもってお前は死人か。下等な畜生道の世界なんて簡単に蹂躙できると思ってたけど、変なのにかち合ったなあ。――ま、これも英雄の宿命かね」


 身体を捻った白髪の少年が、ばっと伸ばした左手でリリスの杖を掴んだ。

 一瞬動きを止めたリリスのみぞおちを、少年が右手に握る長い棍が抉る。


 少年が、鋭く言葉を発した。


「――シャクティム・ムンチャ」


 棍そのものが、金色の光を放つ。

 光を帯びた棍が、ぐんっと凄まじい速度で伸びた。

 打ち抜かれたリリスが血反吐を吐きながら、錐揉みして飛んでいく。


「……がっ!? ……かはっ!」

「リリス!」


 俺の視界が、怒りに赤く染まった。

 荒れ狂った俺の魂が魔力を瞬時に収束させ、鞘を介することなく、刃が闇を帯びた。


 地を這うように駆け、白髪の少年へ迫る。


 こちらに視線を向けた白髪の少年は、棍を右手に握ったまま、自分の頭へ左腕を伸ばした。


「特異点による絶対切断の剣か。とんでもないね。まるで魔王だな」


 自身の髪の毛を引き抜いた指先に、少年が息を吹きかけた。


 舞い散る毛が巨大化していき、そのすべてが少年と同じ姿へ変化した。

 無数の分身が俺に襲い来る。


 幾度も奔る闇の剣閃が、分身を斬り裂く。

 足を止めた俺に、少年が握る棍の先が向いた。


 金色の光を放つ棍が、凄まじい速度で伸び、迫り来る。


 姿勢が崩れている今、斬り返すことはできない。

 俺は、黒い魔力を咄嗟に解放した。

 レベル差で一気にMPは持っていかれるだろう。

 だが、その一撃で武器ごとお前を消し飛ばしてやる。


 白髪の少年が、にたりと笑った。


「だが、魔王君。お前自身は未熟だな。これは神器だよ! かかか!」


 俺を覆っていた黒い魔力の膜の、棍に触れた箇所にずるりと穴が開く。

 魔力が生んだ特異点を、質量を自在に変える神の武器が穿った。


 俺の身体に当たる直前、金色の輝きを増した棍が巨大化する。


 凄まじい衝撃が奔る。

 痛みは、無かった。


「……っ!? ごはっ!!」


 巨大化した棍が、俺の身体を吹き飛ばしていた。


 一瞬で、俺の意識が飛ぶ。


 遠くからか、近くからか分からない。

 だが、どんな状態であっても聞き逃すことのない声が、俺の魂に届いた。


「ソースケ!!」


 からんっ、と刀がアスファルトへ転がる音が最後に聞こえた気がした。

 


# SIX PATHS 018 END

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