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[SIX PATHS 017] 黄色い風船

# The Yellow Balloon:


 リゼさんたちアーティストが、観客を笑顔にしていた巨大なフロア。

 メインステージだったそこには今、百人を超える探索者が集まっていた。

 大人数でブリーフィングを行える場所は限られていて、一般客はすでに別のところへ移されていた。


 現在ここにいるのは選抜された探索者で、全員がレベル70以上だ。それに満たない者は、すでに被害現場の避難誘導へ駆り出されている。


 おそらく、俺の公的なレベルは70に届いていないと思うのだが、海斗さんに連れられて施設の中へ足を踏み入れていた。

 並べられたパイプ椅子に、ブリーフィングを待つ皆が腰を下ろしていた。


 前の方に座っていた愛莉とリゼさんが、遅れて入った俺たちに気がついた。

 彼女たちはこちらへ会釈し、すぐに正面へ向き直った。


「俺は避難誘導のほうへ行くべきなんじゃ」

「……いや。お前はこちらにいろ」


 俺は海斗さんに促され、一番後ろの椅子に腰を下ろした。


 冷房のがんがんに効いた空間の中、様々な言葉が飛び交っていた。

 そのほとんどは現地語である日本語だが、英語も混じっている。

 サミットに従事していたのは、列島出身者が多いが、もちろん、北米大陸からの渡航者もいたのだ。


 騒然とした雰囲気の中、ブリーフィングの開始を待つ彼らから、脅威の正体や救助活動についてのあれこれを話し合う声が聞こえてくる。

 中には、この待機をまだるっこしいと言い、飛び出して行った熱血な人もいた。

 彼は、ここが海に浮かぶ人工島であることを忘れているに違いない。


 ……俺は、皆と違って少し冷静だった。


 もちろん、困っている人を助けたい気持ちはある。

 炎に包まれた街の光景は目に焼き付いていて、胸が締め付けられるような焦燥もきちんと感じていた。

 けれど、あの夜、結衣を失いかけ、リリスに助けられたときのような感情は湧いてこない。


 できることを可能な範囲でやろう、とその程度の心持ちだった。


(……俺はどこかおかしいのだろうか。……アンデッドだから、なのかな)


 どこか上の空な俺の様子を見た海斗さんが、口を開いた。


「宗介、いいか。お前は――」


 彼が何か言いかけたのと同時に、壇上にばっとライトが灯った。

 かつかつと革靴の音を立て、銀色の髪を撫でつけた痩身の男性が歩いてきた。


 正面には巨大なプロジェクターが据えられている。

 その脇の台座にデバイスを置いたディエスさんが、怜悧な目をこちらへ向け、英語で話し始めた。


「静まれ」


 彼の発する威圧感と統率力が、集団の口を一瞬で閉じる。

 俺は、どういう気持ちで聞けばいいのか、あやふやなまま耳を傾けた。


「私は非効率が嫌いだ。端的に状況を説明する。スタンピードの発生源は横浜迷宮。現在、死傷者は数千名。まだまだ増えるだろう。現在、陸軍の指揮のもと、先行した探索者による避難誘導が行われている。諸君ら精鋭に望むことは、スタンピードの情報を確認後、これを殲滅し鎮圧することである」


「どうやって情報を得るのですか?」

「順番を追って説明する。最後まで、静かに聞きたまえ」


 面談のときとは違う冷たい表情で、ディエスさんが答えた。


「時間がないのだ。許可あるまで発言を禁止する。軌道衛星からでは、黒い門の影響で観測は不可能。よって航空機による威力偵察を兼ねた攻撃を行う。そろそろ開始の通達がくるだろう」


(……へ? ……相手が探索者や魔物なら、ミサイルなんか意味ないだろ?)


 同じことを考えたのだろう、周囲の探索者がざわつき始めた。

 眉根を寄せた俺は、話の続きを待った。


「君たちが不審に思うのも無理はない。我々には周知の事実だが、魔物に近代兵器など意味はないからな。包み隠さず話すなら、航空機は情報を得るための捨て石だ。高確率で操縦者は死亡するだろう。むろん、出撃する隊員には事実を伝えてある」


「社長! それはいくらなんでも……。俺たちが先に打って出れば!」

「君は……佐川だったな。行きたければ一人で行くといい。それより社長と呼ぶな。社の規則を忘れたか」


 大企業のCEOが自分の名を覚えていたことに驚いたのか、佐川と呼ばれた探索者は黙り込んだ。


 探索者は、スキルを通さない攻撃をある程度無効化する。

 戦闘機のミサイルくらいなら直撃しても生き残る。

 俺たちが軍属を禁止されているのは、魔法や強靭な肉体以上に、この耐性が要因だった。


 魔物に至っては、完全無効だ。


 そこまで考えた俺は、嫌な予感を覚えた。


 俺たちは、銃に撃たれても小石につまずいた程度の痛みしか感じない。

 だが、酸素がなければ窒息して死ぬ。……俺は失神するだけだが。


 皆は気がついていないのだろうか。

 ……ひとつだけ、魔物を殺せる近代兵器がある。


 それまで淡々と話していたディエスさんは、一呼吸置くと、もともと鋭かった目元をさらに細めた。


「これが本題だ。先ほど、合衆国政府は核攻撃を議決した。アロガント会長の発案だ。君たちは不思議に感じるかもしれないが、彼にとって私がここにいることはなんの抑止にもならない。時間がない理由は理解できたな。以降、余計な口を挟んだものは退出させる」


 過去一度だけ起きた、シドニーを壊滅させたスタンピード。オーストラリア事変。

 竜の魔物が溢れ出たと伝わるそれを平定したのは、当時勇者とまで言われた探索者と……核ミサイルだ。

 大陸中に満ちた高濃度のガンマ線に、竜は負けたのだ。


 ディエスさんは、皆の顔を見渡しながら続けた。


「実際の作戦は、丁寧に横浜だけを狙うようなものではない。関東全域が核の炎に包まれるだろう。オーストラリア東部の惨状は、君たちも知っているはずだ。このままでは、あれと同様のことが起きると思え」


 黄色い風船が俺の脳裏を掠めた。

 あの子はお台場で夕飯を摂れただろうか。

 それとも、その前に避難誘導されて食いっぱぐれちゃっただろうか。


 気がつけば、俺は、左手で黒塗りの鞘を握りしめていた。


 語気を強めたディエスさんが、口を開いた。


「私にとって東京は故郷だ。私は逃げない。これより、あらゆる手段を講じ合衆国政府を牽制し、核攻撃を遅延させる。政府も可能であれば東京を壊滅させたくはないはずだ。数時間は稼げるだろう。時間内に、スタンピードを鎮圧しろ。できなければ東京ごと私たちは死ぬ。かつての勇者フリッツを超えよ。君たちは、数十年前の勇者など足元にも及ばぬ英雄だと信じている」


 ディエスさんが、長々と戦意高揚の言葉を並べ始めた。

 だが、俺はもうそんな話を聞いていなかった。


 ふと、スマホが振動した。

 ブリーフィング中であることも気にせず、スマホを取り出し、届いたメッセージを確認した。


 ……さすが結衣だな。

 可愛いうえに、機転の利く最高の妹だ。


 俺は立ち上がって、すっと手を上げた。

 ディエスさんの返事を待たずに口を開く。


「ディエスさん。勝手に発言したので退出します」


 ディエスさんだけでなく、フロアにいる探索者の視線が一斉に俺に向いた。

 愛莉とリゼさんが、驚いた表情を浮かべていた。


 海斗さんがぽかんとした表情で、俺を見上げた。

 一拍ののち、彼は可笑しそうに笑いながら言った。


「ははは! 俺も行こうか? 宗介」

「いえ、海斗さんはスターウェイとして戦ってください」


 眉を上げたディエスさんが、口を開いた。


「渋谷か。なぜ、君がここにいるのかね。……高天原が連れてきたのか。まあいい。若い君が正義に燃えるのは分かる。だが、橋は渡れんぞ。例外として、このまま作戦に参加させてやる。最後まで、大人しく聞いていたまえ」

「いえ、いいです。……時間の無駄なんで。じゃっ」


 立ち上がった俺は踵を返すと、広いフロアを抜け、後方の扉を潜った。

 施設出口の大きな硝子の自動ドアの前で、純也さんが壮年の男性と話していた。

 その男性は筋骨隆々で、着ている背広が全然似合っていない。軍人だな。


 俺に気がついた純也さんが、こちらへ視線を向けた。


「おや。宗介君、討伐隊のほうにいたのか。どうしたんだい? まだディエスさんの演説は終わってないだろう?」

「どうも。純也さん。ディエスさんは、絶賛戦意高揚中ですよ。けど、俺は兵隊になりたいわけでも、正義の味方になりたいわけでもないので。早退しました。パーティーメンバーと迷宮に行こうかと思います。道中で邪魔するやつがいたら、ついでにぶっ飛ばします」


「そうかい。真面目な少年かと思えば、いきなり独断専行するな、君は。俺としては、まだ恩返ししきったとは思っていないんだ。死なないように気をつけてくれよ。ああ、そうだ。違法行為をするなら、ばれないようにな。今、横浜にはあらゆる目が向いている」

「はい。気をつけます。では」


 自動ドアを抜けて外に出た俺は、早足で波止場へ向かった。


 ディエスさんが話していた内容は正しい。


 作戦は、最後まで聞かなくても想像できた。

 軍隊を囮に、レベルの低い順に探索者をぶつけるのだろう。

 相手の戦術を暴き、最後にスターウェイが敵の首を取るのだ。


 命に優先順位をつけていることに対しては、別になんとも思わない。普通のことだ。

 最後まで、敵が魔物じゃないことを言わなかった理由も分かる。


 ただ、……見込みが甘い。


 そんな普通のやり方で勝てるわけがない。

 相手は、迷宮の踏破者なのだ。


 俺は、鞄からスマホを取り出した。

 さきほど、結衣から届いていたメッセージを見た。


『お兄ちゃん。腕輪のアラート聞いたよ。緊急事態だってリリスさんに伝えたから、そっちに向かってるはず!』


 俺は、右手に持つスマホを親指で叩き、結衣に通話をかけた。

 軽快な電子音が何度か鳴り、聞き慣れた声が聞こえた。


「あ、お兄ちゃん! 今、リリスさんが急いで戻ってるからね。もうそろそろ着くんじゃないかな」

「ああ。メッセージは見た。いい機転だ。ありがとう。しかし……結衣も絶対一緒に来ると思ってたよ。我慢したんだな、えらいぞ」


「無理やりついて行こうとしたら、リリスさんにもの凄く怒られちゃった。えへへ。いつも静かな人が怒ると怖いね……。じゃあ、わたし、ひとりでレベル上げしてくるから! うーん。ちょっと遠いけど群馬でも行こうかなあ。お兄ちゃんはそっちで頑張って!」


 驚いた俺はスマホに向かって、声を上げた。


「は、はあ!? 馬鹿たれ! 家で待ってろ!」

「……嘘だよ。もう、電車なんて動いてないよ。いい? お兄ちゃん、もとから死んでるとか馬鹿なこと言ってないで、ちゃんと自分を大事にして戦うんだよ。約束だよ! 破ったら、わたしも勝手に迷宮行っちゃうんだから!」


「へいへい。分かったよ。帰ったら、うどんが食べたいな。天ぷらの入ったやつ」

「暑くない? 六月だよ? まあいいけど、買い出しにいかないと。じゃあ、またあとでね!」


 通話の切れたスマホが、ホーム画面へ戻る。

 俺は笑みを浮かべ、鞄へスマホを仕舞った。


 人工島の波止場に辿り着いた俺は、押し寄せる波の音を聞きながら、対岸にある横浜の街を見つめた。

 夜の港町を、ネオンではなく赤い火炎が照らしていた。

 戦闘機が急降下し、対地ミサイルを撃っては離脱していく。


 宵闇を切り裂く金色の光刃を喰らった戦闘機が一機、煙を吐きながら夜空へ消えていった。


 俺の黒い髪を、後ろから吹いた風が揺らした。


 振り向いたそこに、しなやかな肢体を薄手の黒い法衣で隠した美しいエルフが舞い降りた。

 長い金糸の髪と法衣の裾が、潮風でばたばたとはためく。

 翻る法衣のスリットから、肉感のある真っ白なふとももが覗いた。

 

 頬にかかる髪を押さえたリリスが、口を開いた。


「待たせたな、ソースケ」

「今来たところだよ。……そうだ、ありがとう。結衣にきちんと怒ってくれたみたいだな」


「ふふ。少しな。それにしても、ユイはおてんば過ぎる。まるで昔の私のようだ」

「ははは。なら大人になれば、お前みたいに優しい人になれるな」


 軽口を叩いた俺は、首を傾げた。

 そういえば、リリスの年齢を知らない。


 何歳なんだ。立ち姿は俺と同じ年頃にしか見えないが。

 エルフだしな……。


 うすい笑みを浮かべたリリスが、銀の杖で肩を叩きながら口を開いた。


「ふん。では、優しい主人からの命令だ。逃げるぞ。結衣を回収したのち、東京を離れる。踏破者を相手にするのは、お前にはまだ早い」

「そうか。じゃあ、下僕からのお願いだ。俺は逃げたくない。俺のちっちゃなファンがこの街にいるんだ」


「はぁ……。お前の表情を見たときから、嫌な予感はしていた。……詳しく話せ」

「……いいのか?」


 リリスが俺に歩み寄り、ほっそりとした左腕を俺の顔に伸ばした。

 白く細い指で、俺の頬をつつっと撫でたあと、ほっぺたをつねった。


「いはひよ」

「いいも悪いもあるか。お前が、私の命令を聞いたことなぞ一度もないわ。馬鹿者。わがまま兄妹が」


「そんなこと……あれ?」

「まったく……。船を用意しろ。動力はいらん」


 波止場に止まっていた船舶に備え付けられた救命ボートを、引っ剥がして海に放り投げた。

 ざぶんと浮かんだゴムボートに、リリスがふわりと飛び乗った。

 俺は船舶の窓の隙間に、『怪盗暗黒騎士参上、救命ボート盗みました』と書いた俺のプラスチック製のカードを差し込んだ。


 銀の杖を掲げたリリスの小さな唇が、美しい歌を紡いだ。


「――冥界の神よ。大海に散りし獣の屍を、我が魔力にて死兵に変えよ」


 鮮やかな紫色の魔力が魔法へ変わる。

 彼女が編み上げた魔法が、海の底から無数の骨を浮かび上がらせた。

 魚のような形をとった、不可思議な骨の塊たちが、ボートを押し始める。


 徐々に加速したボートが、水を切るように東京湾を滑走し始めた。


 飛び跳ねるボートの上で、俺は自分が得ている情報をリリスに話した。

 凄まじい体幹の力で、真っ直ぐに立つリリスが答えた。


「なるほどな。戦うのであれば、お前の判断は正しい。有象無象の探索者など、いくらいても無意味だ」

「そういうつもりじゃないけどさ。無駄死にする必要はないよな」


「うむ。……よく聞け、ソースケ。あの夜、お前を殺したときの私のレベルは320。相手が何人いるか分からんが、総合すればそれと同程度の強さはあると思え。霊骸魔法に大量の経験値を持っていかれた今、はっきり言って私一人では勝ち目はない。勝機があるかどうかは、お前次第だ」

「お前と俺の二人なら、どんな相手にだって勝てるさ」


 鼻で笑ったリリスが、杖を頭上へ掲げ、歌を口にした。


「――月の精霊よ。我が眼前に蠢く敵を、晒しだす魔眼を顕現せよ」


 俺たちの真上に浮かんだ、大きな青白い球体が放った光が横浜を照射した。

 彼女の宝石のような碧い瞳に宿る瞳孔が、収縮する。

 なんだか綺麗だなと思った俺は、その様子をぼんやり眺めていた。


「敵は三人。男が二人、女が一人だ。……おい、ソースケ。お前、私と一緒にいるとすぐに弛むな。悪い癖だ。……そうだな。……いいことを教えてやろう。私は生娘だ。天界人などに負ければ、私の純潔は散ると思え」


「そうか……へあ!? え!?」

「ふん。気合が入ったか? 手前の天界人から殺すぞ。経験値はどうせ入らん。これは、ただの殺し合いだ。出し惜しみするな。初手はお前の重力剣からだ」


 跳ねながら滑走するボートに、俺も直立した。

 腰の後ろに差した二本の短剣の柄を握った。


「これ以上ないくらい入ったよ。敵は全部人の形か?」

「うむ。すべて人型だ……なるほど、やりたいことは分かった。補佐してやる。いくぞ」


 にやりとした笑みを浮かべたリリスが、銀の杖を正眼に構え、両手でくるりと回した。

 紫色の魔力がずああっと立ち昇る。


「――氷の精霊よ。我が眼前に広がる大海へ、天翔る橋を築き上げよ」


 歌を紡いだリリスが、右手に握った銀の杖を正面へ向けた。

 目の前の海に、紫色の魔力が流れていき、氷の柱がびきびきと斜めに立ち昇っていく。


 氷の橋を発射台にして、死兵に押されたボートが、凄まじい速度で上に滑っていく。


 そして……空を飛んだ。


 一息に街の上空へ達したゴムボートから、俺とリリスは跳躍した。

 夜を赤く照らす炎の街の中に、僧兵じみた姿をした男が立つのを捉えた。 

 男の金色の瞳は快楽に濁りきり、顔にはうすい笑みが浮かんでいる。


 そいつが右手に握る薙刀は血に濡れ、周囲にはばらばらになった人間の死体が散乱していた。


 一瞬、俺は目元を細めた。


 歯を食いしばり表情を正した俺は、後ろ手に短剣の柄を握ったまま、歌を紡ぐ。


「――闇の大蛇よ。我が刀剣に宿りて、すべてを斬り裂く漆黒の刃と化せ」


 全身から立ち昇った、暴れ狂う漆黒の魔力が、双手に握る短剣へずるりと這い寄っていく。

 ホルスターを制御弁に見立て、真っ黒な魔力を収束させた。


 双手に握る短剣を引き抜く。

 短剣の刃に宿る闇が、光を拒絶した。


 こちらを視認し、薙刀を構えなおした僧兵が、何かを呟いた。


「Deva-khaḍga, pāpinaṃ mṛgaṃ dāraya!!」


 僧兵から立ち昇った金色の魔力が、薙刀へ収束した。

 やつが光り輝く薙刀を振るう。

 剣閃が起こした金色の刃が、迫り来る。


「何言ってるかわかんねえよ! くそ野郎が!」


 俺は、交差するように十字に引き絞った両腕を振り抜いた。

 スキルが補正した短剣が、真っ直ぐに飛翔する。


 二本の闇の刃が、金色の刃を切り裂く。


 目を見開いた僧兵が、迫る短剣を斬り払おうと金の光を帯びた薙刀を振るった。

 二つの黒い円刃が、薙刀を紙屑のように断ち切る。

 速度を一切落とさない闇を帯びた短剣が、僧兵の首を斬り飛ばした。


 断末魔を上げることすらできず、真っ赤な血飛沫を吹き上げ、天界人の骸が崩れ落ちた。

 経験値の赤い光が、周囲へ霧散していく。

 迷宮の外では、経験値は移動しない。ただただ、世界へ消えゆく。


 リリスがまぶたの半分落ちた目元のまま、邪悪に、楽しげに、甘い笑い声を上げた。


「はははは! やるではないか! ソースケ!」

「お前の発言のせいで、負けられない理由が増えたからな!」


 中空で、何もない虚空を蹴ったリリスが、落下する俺を左腕で抱きとめた。

 俺の背中に押し付けられた大きな胸が、柔らかくむにゅりと歪む。


 ひときわ大きなビルの屋上の端に、俺とリリスは降り立った。


 俺の黒い髪が、吹き上げる風を受けてなびく。

 リリスの長い金糸の髪が、さらさらと広がるように後ろへ流れていた。


「そういえば。このように、ソースケと並んで戦うのは初めてか」

「確かに。あのくそピエロのときは、据え膳だったもんな。よし、一気に回数を稼いでみせるぞ」


「ふふ。頑張れ。……だが、油断するな。今ので、お前が持つ魔力の特性は露見した」

「ああ。俺、めちゃくちゃ狙われるだろうな」


 眼下には、炎が照らすアスファルトに立つ人影が二人。

 距離の離れたそいつらの姿を、高レベル探索者である俺とリリスの目は、正確に捉えていた。


 灰色の襤褸布を纏った、右手に錫杖を握る痩躯の男性。

 露出の激しいドレスを着た、白く長い髪を流す美しい女性。


 仲間が首無しになったというのに、何の感慨も浮かべない二人組の瞳は金色で。

 うっすらとした笑みを浮かべていた。



# SIX PATHS 017 END

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