[SIX PATHS 016] 理想郷の開拓者
# The Arcadia Settlers:
◇ ◇ ◇
銀色の腕輪に宿る神秘の力が、列島と北米大陸の長大な距離を通信で繋ぐ。
漆黒の門という断絶の谷は深く、迷宮内で腕輪の力は一方向に限定されてしまうが、外界なら制限は存在しない。
座標を無視するその力は、西暦2602年の現代においても異常な技術だった。
執務室の重厚な椅子に腰を下ろしたディエスは、それほどの神秘の力が運んでくるものが、目の前に映る下劣な男の顔と声であることにうんざりしながらも、表情を変えず淡々と会話を続けていた。
「父上。資料に記載した通り、日本州知事、及び自治議会への根回しは完了しました。また、東ユーラシア共和国の動きが予測できませんので、軍の配備はレッドラインまで引き上げております」
「そうか」
量子ドットモニターに映る初老の男性は、アルカディアグループ会長であるアロガント・アルバート。
ディエスの父だ。
モニターに映るアロガントが、怜悧な青い瞳を、手元の資料に向けた。
彼は、自分が目を通す資料をすべて紙に統一させている。電子資料は、見ない。
それが彼の優越感を満たしてくれるらしい。世界一の富豪のわりには、せせこましい趣味だ。
本社のある北米大陸ではなく、極東の列島で祭典を行うのはアロガントの案だった。
予定している迷宮に関する表明を行えば、共和国による示威行為が予測された。
その反攻作戦の軍事指揮を、箔付けを兼ねてディエスに執らせるためだ。
ほとんどの場合、現代の国家権力は、政治機構より企業体のほうが強い。
宗介やディエスたちが所属する、環太平洋合衆国も例に漏れない。
そのため、ディエスを国軍の総指揮官に据えることは容易だった。
現在、優秀な探索者が列島出身者に偏っているため、渡航費が馬鹿にならないことも理由のひとつだ。
アロガントは無駄な出費が嫌いなのだ。
「サミットで、お前をグループの後継者として指名する。美しい演説を考えておけ、ディエス」
「お任せください、父上。指示通り、例の件を発表したあと、セトラーズの中核事業化と合わせて表明される想定で草案を作成済です。ですが、父上の演説は録画にしたほうがよいのではありませんか? お忙しいでしょうし、時差もありますが」
アロガントが青い瞳をディエスに向け、苛立ちを含んだ声で言った。
「私に指示をするな。ふん、何も分かっておらんな。演説で述べる言葉には生命を込めねばならん。録画などで人民の心は統制できん」
「失礼しました」
「お前が行う演説の原稿が完成したら送付しておけ。私が確認する。ではな」
「はい」
ディエスは姿勢を正したまま、アロガントが映像通話を切るのを待った。
うっすら聞こえていた通信のノイズが消えた瞬間、ディエスはモニターを蹴り飛ばした。
がっしゃあん、と音を立てモニターが床を転がっていく。
ディエスは立ち上がり、時計を見た。
短針が数字の三を指している。北米大陸は日中だが、列島は夜中の三時だ。
くそ親父が。ふざけやがって。
何が演説に生命を込めるだ。ぼけているのか。
まあいい。そのうち殺してやる。
彼は小さく鼻を鳴らすと、机の上の錠剤を取り、口の中へ放り込んだ。
グラスに注がれた水で錠剤を流し込むと、寝室へ向かった。
◇ ◇ ◇
どんっどんっ、と華やかな昼の花火が打ち上がっていた。
東京湾に浮かぶ広大な人工島に、巨大資本にものを言わせた綺羅びやかな催事会場が建設されていた。
数本伸びている長大な橋は、一般車両の通行が禁止されている。
中央にはメインステージが設営された施設があり、その周囲には、アルカディアグループ各社のブースや露店が並ぶ。
俺は、アルカディア・セトラーズのブースで風船を配っていた。
業務が警備だった招待客限定の初日の雰囲気と違い、一般客も訪れる今日はほぼお祭りだ。
背後にある巨大なLEDディスプレイでは、スターウェイの映像が流れていた。
ブース前面に据えられた台には複数のモニターが並んでいて、俺を含めた中堅探索者のプロモーションムービーが順番に再生されている。
長い金糸の髪を揺らすリリスが、胸元で腕を組んで動画を見ていた。
彼女は、オフショルダーのふりふりな黒いワンピースを着ていた。
両腕に持ち上げられた胸を包む、ふわふわした生地はなんだか柔らかそうだ。
眠そうな目元をした仏頂面が、今日も綺麗で可愛い。
「ふむ。これがユイの作ったてれびか。ふふっ、なかなか格好いいではないか、ソースケ」
「テレビって言うとその機械のことになっちゃうよ。動画だ。結衣、リリスが褒めてるぞ。よく出来ているってさ。会社の皆も褒めてたよ」
「えへへ。でしょう! わたしって天才なのかも」
結衣が、にっこり笑ってこちらを見上げた。
白いシャツに、今日は赤のミニスカートを履いている。
ミニスカートを履くことに俺は反対したのだが、リリスに、いつまで妹の服装に口を出すつもりだと言われて我慢した。
俺の写真が印刷されたプラスチック製のカードを、刈り上げた金髪の男性が結衣に差し出した。
彼はウィルソンさんといい、俺と同じくブースの店番を割り振られた中堅探索者だ。
「嬢ちゃん、これ持っていきな。兄貴の初グッズだぜ。金は渋谷の給料から引いておくよ」
「止めてくださいよ、ウィルソンさん。それ10ドルもするじゃないですか。なんで兄の写真をそんな金出して買うんですか」
ウィルソンさんが苦笑し、言った。
「細けえやつだな。記念だろ? 分かったよ、俺が奢ってやる」
「ありがとうございます! あの、もう一枚いいですか? そっちはちゃんと払います」
「はあ? 二枚目なんか買って、そんなものどうするんだよ。俺の写真なんかいくらでも撮れるだろ」
「リリスさんにあげるに決まってるじゃない。記念でしょ! ねえ? ウィルソンさん」
にこにこした笑みを浮かべた結衣が、カードをリリスに手渡した。
眉を上げたリリスは、まじまじとカードを見つめてうすく微笑んだ。
彼女は、細い指をカードに這わせたあと、腰に下げたうさぎの描かれた鞄に仕舞った。
「ん。ありがとう、ユイ」
少し背伸びしたリリスが、結衣の頭を撫でた。
リリスのほうが身長が低いのだ。おっぱいはとても大きいが。
碧い瞳をこちらへ向けたリリスが、口を開いた。
「では、ソースケ。ユイの見たがっているという催事が終わったら、その足で迷宮へ向かう。今日は戻らん」
「分かった。あ、そうだ。俺の言えた話じゃないけどさ。最近のお前、結衣に甘いぞ。もうちょっと厳しく言ってもいいからな」
「む。そんなはずは……あるな。そうだな、少しびびらせておこう」
「ははは。じゃあ、任せた」
結衣とリリスが、メインステージへ向かって行った。
今日はリゼさんのソロステージがあるのだ。結衣のやつ席についたらびっくりするだろうな。
黙っていたのだが、実はリゼさんの好意で最前列の席を手配してもらったのだ。
薄手のワンピースから浮き上がる、リリスの尻の線をぼけっと見送っていた俺に、ウィルソンさんが声をかけた。
「綺麗な彼女じゃねえか。それに、よくできた妹さんだ。お前は果報者だねえ」
「さっき来ていたウィルソンさんの彼女も、綺麗な方でしたね」
「彼女じゃねえよ。カミさんだ。こええんだぞ」
ふふふ。リリスのほうが絶対に怖いぞ。
なんせ俺の腕が宙を飛んでも平然としているからな。
そのあともしばらくの間、通り過ぎる家族連れや、カップルに風船を手渡していた。
……とっても、平和だ。
六界巡りを終えたら、こういう仕事もありだな。
ふと横を見ると、小さな男の子が呆っとモニターを眺めていた。
映像で刀を振るう俺と、実物の俺を見比べた男の子が言った。
「おまえがそーすけ?」
「ああ、そうだ。俺が宗介だ」
「おお、そーすけ! かたなかっこいい! 見せて!」
「こんなところで抜刀できるわけないだろ。風船で我慢しろ」
俺はアルカディアのロゴが印刷された、黄色い風船を手渡した。
男の子は風船を握り、にっこりとした笑顔を浮かべた。
「ありがとう! お母さん見て! ソースケにもらった!」
「うふふ、よかったわね」
後ろに立っていた年若く麗しい女性が、男の子の頭を撫でた。
こちらに視線を向けた女性が、優しい声音で言った。
「ありがとうございます。宗介さんと仰るんですね。最近、入社されたのですか?」
「はい。先月からアルカディア・セトラーズの所属になりました。よろしくお願いします」
「応援させていただきますね。宗介さんのグッズはないんですの?」
「まだ入社したばかりなので……」
俺の隣で様子を見ていたウィルソンさんが、口を挟んだ。
「渋谷、何言ってんだ。さっきのカードがあるだろうが。奥さん、彼のカードがあります。10ドルです」
「あらあら。では、五枚買いますわ。……あの、もしよろしければサインをいただいても?」
「え? 俺のですか?」
「ふふふ。はい。お願いできますか?」
年上の綺麗な女性に微笑まれて、照れくさくなった俺は、上気した頬を隠すようにサインをし始めた。
結衣が考えたサインを入れている間に、女性がスマホで決済をしていた。
ウィルソンさんが丁寧に商品を包んで、男の子に手渡した。
男の子が、元気な声で言った。
「ソースケ! がんばってな!」
「おう。ありがとうよ。お前が俺のファン一号だな」
「よかったねえ。ゆうくん。じゃあ、お母さんが二号だ」
俺は、もじもじしている男の子を見て、右手を伸ばした。
握手した男の子が、嬉しそうにしながら、ぶんぶん握った手を振った。
「そーすけ! おだいばで、ばんごはんたべるんだ! いっしょにいこ!」
「ははは。俺は夜まで仕事だよ」
「ちぇ!」
なぜか母親のほうも俺に右手を差し出してきたので、その小さな手を握る。
女性は、去り際に俺に向けてうすく微笑んだ。
苦笑を浮かべたウィルソンさんが、俺に言った。
「お前なあ、自社の商品を無かったことにするなよ。馬鹿たれ」
「いやあ、こういう仕事をしたことがなくて。すいません」
「ああ、そういや、養護施設を出た後いきなり探索者を始めたって言ってたな。なら仕方ねえか」
そのあと、訪れた取材や営業の人たちとやり取りをしていると、若い女学生が集団でやってきた。
彼女たちはきゃいきゃいと声を上げながら、モニターへ歩み寄った。
その中の一人が、俺の顔をじっと見たあと、俺のカードを購入した。
手を振って去っていく女学生たちを見送ったあと、ウィルソンさんが面白そうに笑いながら言った。
「お前、もてるなあ。確かに可愛い顔してるっちゃしてるが」
「たまたまですよ。実物が立ってるからじゃないですか」
「もうひとり実物がいるんだが。俺は一枚も売れてないぞ。……しっかし、なんでまたこんな真ん中なんだろうな。こんなところ、アルカディア・テクノロジーとかがブースを構えるべきだろ」
「確かに。もう少し端っこだと思ってました」
アルカディアグループは、国内最大手のコングロマリット企業だ。
巨大複合企業の例に漏れず、利益の中核は金融と不動産だが、市民の認識としては、やはり車やITデバイス等のメーカーとしての名前が一番だろう。
アルカディア・セトラーズは、探索者や魔法という、ファンタジックな要素からメディア人気は高く、それに反して利益はとても少ない。
だから、俺たちのブースは客寄せを兼ねて、外周に配置されるのだと思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば、メインステージへ向かう道筋の一等地に、でかでかとブースが設営されていた。謎だ。
しばらくすると、人影が減り始めた。
それを合図にするかのように、メインステージのほうからどおっという地響きのような歓声が聞こえてきた。
漏れ聞こえる声援からリゼさんのライブが始まったことが分かった。
「おうおう。さすが歌姫のライブは盛況だねえ」
「魔物の咆哮かと思いましたよ」
「ははは。ちげえねえ」
「ふん。あの女に、神聖魔法と歌声を与えた神は呆けているに違いない」
聞き覚えのある声に、俺は後ろを振り向いた。
いつのまにか、薄紫の髪を揺らす、ふちのない眼鏡をかけた青年がパイプ椅子に座っていた。
「何してるんですか。海斗さん」
「宗介、茶を出せ。喉が渇いた」
「……暇なんですか?」
「女どもや純也と違って俺は人気がないからな。出番は最後までない。暇つぶしに付き合え」
まあ、ライブが終わるまでお客さんはこないだろう。
ペットボトルの茶を海斗さんに手渡し、俺も休憩を取ることにした。
「俺は風船配りの仕事があるんですが。そうそう、純也さんにこの前聞きましたよ。最近、パーティー外でもずっと迷宮に籠っているらしいじゃないですか」
「ああ。前回の件は、かなり悔しかったのでな。そうだ。今度、時間を作ってくれ。食事に行こう。少し、魔法の術式について思うことがあってな。相談に乗って欲しい」
「俺がですか? 構いませんけど」
ウィルソンさんが呆れた表情を浮かべ、言った。
「おいおい。スターウェイの高天原さんじゃねえか。渋谷、お前何者だよ」
「お前は……確か、ウィルソンだったか。お前もこちらで休憩するといい。どうせ、しばらくは誰も来ないだろう。たまには凡庸な探索者の話も聞きたい」
「海斗さんて、話し方で損してますよね」
男三人で、だらだらと最近の探索者事情について話し始めた。
俺は六界に繋がる情報を得られないかと思い、竜種や特異な魔物に遭遇したことはないか尋ねた。
ウィルソンさんは、主に関西で活動しているが、獣系の魔物としか戦ったことはないらしい。
海斗さんは、魔物の分布については、あまり多くを語らなかった。
その様子は教えられないことがありますよ、と言わんばかりだ。
前から思っていたが、スターウェイは一般探索者では知り得ない情報を持っているな。
当然か。まあ、また食事の際に聞くとしよう。
完全に陽が落ちた東京湾に、月が浮かんだ。
振動を感じ、腰の鞄からスマホを取り出した。
結衣から、メッセージが届いていた。
『ライブ、最前列だったんだけど!! 凄かったよ! ありがとう、お兄ちゃん。新宿でご飯食べたら、東京迷宮に入るね。めちゃんこ強くなってくるから!』
『きちんとリリスの言うことに従うんだぞ。あとで話を聞くからな』
俺は少し心配になったが、リリスが一緒なら、そこは世界一安全だろうと考え直してスマホを仕舞った。
海斗さんは本当に暇なようで、ときおり俺たちの手伝いをしつつ、最後までブースに居座っていた。
緊張していたウィルソンさんも、すっかり慣れて親しげに話している。
有名人と言っても、同じ会社の同輩だ。なにより、海斗さんは初めに受ける印象と違い話しやすいのだ。
多分、スターウェイの中で一番優しい人だ。
再び来客に応対していると、人の流れがまた変化した。
夜のステージが始まったようだ。
しばらくして、アナウンスが流れた。
メインセレモニーであるアルカディアグループ会長による演説の告知だ。
だらりとパイプ椅子に腰を下ろした俺たちは、茶を飲みつつ、ブースのメインモニターである巨大LEDディスプレイに視線を向けていた。
アルカディアグループのオープニングが流れた後、ワシントンDCから中継されたライブ配信が始まった。
周囲の企業ブースでも同じ映像が映し出されていた。彼らも俺たちと同じように、各々のブースでメインモニターを眺めている。
もっとも一般客からすれば、メインはリゼさんのライブであり、全国配信されているこの中継を、それほど多くの人は見ていないだろう。
まず始めに、環太平洋合衆国の大統領が会長へ祝辞を述べていた。
上下関係を伝えるための、分かりやすいパフォーマンスだ。
「くだらんことをするもんだ」
「思ったことをそのまま言うのはやめたほうがいいですよ、海斗さん」
壇上に上がった銀髪の初老の男性が、怜悧な視線をこちらに向けた。
画面越しにも伝わる凄まじい覇気と威圧感だ。
その男性、アルカディアグループ会長、アロガント・アルバートが話し始めた。
「――かのように、人類は様々な苦難を経て霊長の座を獲得した。だが、生命の到達点であるはずの我らは、いまだ戦争という愚かな行為に明け暮れ、飢えるものがあとを立たぬ。これは何故か。星が、大地が、人類という偉大な存在には狭すぎるせいだ。我々は神の想定をすでに超えているのだ」
茶に口をつけたウィルソンさんが、苦笑した。
「なんだなんだ、思っていたのと違う話だな。戦争なんざ会社には関係ねえだろ」
「そうとも言い切れないんじゃないです? うちの利益上位三部門は、金融と不動産に、軍需産業じゃなかったですっけ」
海斗さんが真剣な表情を浮かべ、呟いた。
「……まさか。純也のやつ、これを黙っていたのか」
「海斗さん、どうしたんですか?」
人類史に脱線し、壮大な話を続けていたアロガント会長が、徐々に熱を帯びていく。
そして、彼はとんでもないことを、口にした。
「――誇りある同輩の絶え間ない研究と努力により、我が社は真実へ辿り着いた。黒き門の先、迷宮を抜けて手に入るものは秘宝や栄誉などというくだらないものではない。星だ。大地だ。迷宮の先にはもうひとつの世界が広がっているのだ!」
彼が、両手を広げ、声を上げた。
「アルカディア・セトラーズの戦士たち。迷宮を駆ける彼らはただ魔物を狩るだけの存在ではない。彼らは開拓者であり、いわば現代の新大陸への航海者である!」
俺は唖然としてモニターを眺めていた。
勢いに乗ってきたアロガント会長が、よく通る声で、その征服が何をもたらすか熱心に語っていた。
やがて、他世界開拓事業を見据え、アルカディア・セトラーズをグループの中核へ再編する話に移っていく。
ウィルソンさんが目をきらきらさせ、演説を続ける会長を見ている。
そりゃあそうだ。俺だってリリスと出会っていなければ、給料が増えることにしか興味を持たなかっただろう。
海斗さんが舌打ちした。
「ちっ、そういう流れか。くだらん」
「海斗さん、やっぱり知ってるんですか」
「宗介、お前……そうか。なるほどな。だが、今は駄目だ」
薄紫の髪を揺らし、海斗さんが立ち上がった。
彼は、苦笑しつつ俺の肩を叩いた。
「まあ、今すぐ何かが変わるわけではない。俺もお前も、今やるべきことは力をつけることだ。……そろそろ、俺は行く」
「そ、そうですね。出番ですか?」
「ああ。最後に会長の後継者発表がある。まあ、誰なのかはもう想像つくだろう。その際、飾りとして後ろに俺たちが立つ予定だ」
俺はすっと立ち、ペットボトルの茶を飲み干すと、ゴミ箱へ投げた。
完璧な軌道を描き、ペットボトルがすとんとゴミ箱へ入る。
眉を上げた海斗さんが、言った。
「ほう。順当に力をつけているようで何よりだ。どうした?」
「いえ、せっかくなので見に行こうかと思いまして。会長の話はあまり楽しそうではないですし」
「はん。愛莉やリゼの顔でも見に行きたいのか。わざわざ壇上を見上げなくとも、お前が呼べばあいつらはいつでも飛んでくるだろうよ」
「どういうことですか? 違いますよ。海斗さんの晴れ舞台を見てあげようかな、と」
鼻で笑った海斗さんが、こちらへ顔を向けた。
「ふん、生意気なやつだ。では一緒に行くか。またな、ウィルソン。楽しかったぞ」
「あ、はい。高天原さん、お疲れ様です。渋谷、そのまま帰っていいぞ。撤収作業はスタッフがやってくれるからな」
「わかりました。また明日、頑張って風船配りましょう」
「おうよ。明日こそ、俺のカードを売ってみせるぜ」
俺と海斗さんは連れ立って、メインステージのほうへ向かった。
「宗介。お前、他世界人を知っていたんだな。ああ、ここで詳しくは言わんでいい」
「はい。スターウェイの皆さんも、やっぱり知ってたんですね」
「当然だ。これだけ迷宮に潜っているのだからな。何度か戦ってもいる。だが、迷宮内での殺し合いと、さっきの話は全く意味が違うぞ」
「……そうですね。でも、会社は前から把握していたんですよね? なぜ、急に公表したんでしょうか」
突然、海斗さんが立ち止まった。
初めはそれを、俺の言葉に答えようとしたのだと思ったのだが、彼は海のはるか向こうへ視線を向けたまま、訝しげな表情を浮かべて黙り込んでいた。
俺は首を傾げつつ、同じ方向を見て尋ねた。
「……? 海斗さん、どうかしました?」
「……宗介、何か感じないか。あちらだ。あれは……横浜の方角か」
「え? 特に何も……。……っ!?」
俺の背筋に、凄まじい悪寒が奔り抜けた。
ぞわり、と全身が粟立つ。
東京湾を挟んだ向こうで、うっすらと夜空に金色の光が立ち昇っていくのが見えた気がした。
一拍ののち、その場所一帯に天空から何本もの光線が迸る。
遅れて、地を揺るがす轟音が鳴り響き、火炎の柱が立ち昇った。
海の向こう側で、真っ赤に。街が燃えていた。
俺と海斗さんの左腕に巻かれた銀色の腕輪が、けたたましい警戒音を立てた。
美しい女性の声を操るAIが、地獄の発生を伝えた。
「――緊急速報。横浜迷宮からスタンピードを検知。各探索者は緊急事態対応規則に従い行動してください」
眉根を寄せ、険しい表情を浮かべた海斗さんが口を開いた。
「宗介、分かっているな? スタンピードは、名前の通りのものではないぞ」
「……はい。なんとなく」
経験を経た今なら分かる。
迷宮の窓を潜れるのは、人間だけだ。
地獄の業火に包まれているのは、横浜。
――つまり、天界人の迷宮踏破だ。
# SIX PATHS 016 END




