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鉄は不条理に融ける  作者: てらてら
防衛線の算術
12/19

第2話

砦の最下層へ向かう階段を下りるにつれ、肌を刺すような冷気は消え、代わりにねっとりとした鉄錆の臭いと、喉を焼くような熱気が競り上がってきた。


第六鉄塞の心臓部。

そこは、王国の軍事インフラを底から支える巨大な兵器廠だった。


天井の歪んだ岩盤を支えるため、何十本もの太い鉄柱が迷宮のように立ち並び、その奥では、三階建ての建物を優に飲み込むほどの巨大な溶鉱炉が、赤黒い不気味な光を放って鎮座している。


「これ以上の増炭は無茶だ、百人隊長!」


煤で顔を真っ黒に汚した老鍛冶職人が、ガロアの前に立ちはだかって声を荒らげた。

その背後では、数百人の職人たちが汗を滝のように流しながら、巨大な木製のふいごを全身で踏みつけている。


ごう、ごう、と風が送られるたび、炉の底から噴き出す熱風が、ガロアの衣服を焦がさんばかりに揺らした。


「通常なら、一度の鋳造が終われば炉を休ませる。だが、あんたの命令通りに石炭を注ぎ込み続ければ、炉の耐火煉瓦が熱をはらみすぎて内側から爆ぜるぞ。そうなれば、ここにいる職人は全員、融けた鉄を浴びて死ぬ」


職人の剣幕にも、ガロアの表情は一切動かなかった。


彼は、包帯の巻かれた左手を無造作に炉の熱気へと晒し、その熱を皮膚の痛みで測っていた。


「構わない。炉が爆ぜるのが先か、城壁が融かされるのが先か、それだけの違いだ」


「あんた、正気か……」


「正気だ。職人頭、お前たちはこれまで、何度も真っ赤に沸き立った鉄の湯を型に流し込んできたはずだ。その技術だけを信頼している」


ガロアは腰の剣を抜き、その切っ先で、床の岩盤に掘られた細い溝を指し示した。


それは、本来なら余った鉄液を安全に逃がすための排水路だったが、今やその溝は、職人たちの手によって、要塞の正面門へと続く地下の通路へと不自然に繋ぎ替えられ、拡張されている。


「敵の化け物が城壁を融かすというのなら、門を破って踏み込んできた瞬間に、この炉に溜まったすべての沸騰した鉄液を、奴らの頭上へ流し込む。奴らの張る魔法の盾がどれほど強固だろうと、上空から降り注ぐ純然たる金属の質量を支え続けることはできない。……熱には、人間が人為的に作り出した最大の熱をぶつける」


ガロアの言葉には、狂気と、それを支える冷徹な因果関係の計算があった。

魔法という異物を「攻略可能な自然現象」として引きずり下ろすための、泥臭い人間の執念がそこにはあった。


職人頭はガロアの乾いた瞳をじっと見つめ、やがて、諦めたように笑って手斧を肩に担ぎ直した。


「狂ってやがる。だが、あの化け物に背中を焼かれて死ぬよりは、自分で沸かせた鉄に焼かれて死ぬ方が、職人としちゃ上等だ。……野郎ども! ふいごの手を緩めるな! 王国のすべての炭を炉にぶち込め!」


地鳴りのような職人たちの咆哮が、地下の空間に響き渡る。


火の粉が舞い散り、溶鉱炉の底から、まばゆいばかりの白い光を放つドロドロの鉄液が、じわじわと溜まり始めるのを、ガロアは見届けた。


地上へ戻る途中、ガロアは砦の隅にある救護所へと足を向けた。

薄暗い天幕の中には、血と酢の混ざり合った悪臭が立ち込め、負傷した兵士たちの呻き声が絶え間なく響いている。


その最も奥の寝台に、副官のルカが横たわっていた。

ルカの顔からは、あの異常な赤みが僅かに引いていた。


ガロアが近づくと、彼はまだ重そうな瞼をゆっくりと持ち上げ、掠れた声を絞り出した。


「隊長……、本当に、俺を置いていかなかったんですね」


「言ったはずだ。お前を切り捨てる損失の方が大きい、とな」


ガロアは寝台の横に腰掛け、ルカの包帯に包まれた左腕をそっと確かめた。

腐敗の臭いはまだ残っているが、これ以上の進行は止まっている。人間の生きたいという肉体の粘り強さが、辛うじて毒の回るのを食い止めているようだった。


「ルカ。ゼノアの本隊が、この荒野の地平線に姿を現した」


ルカの身体が、緊張で強張るのが分かった。

ガロアは、その震える肩を強い力で押さえつける。


「敵の先衛には、やはりあの森で見たような、外套を羽織った無防備な魔法使いが数人交じっている。……だが、あの平原を消し飛ばした少年エリアスの姿は、まだない。おそらく、森で引き起こした土砂崩れの泥から、まだ這い出し切れていないのだろう。奴が来る前に、前哨戦を終わらせる」


ガロアの目は、すでに次なる戦場の絵図を正確に捉えていた。


「ルカ、お前が動けない間、俺が砦の五百人の弓兵を率いる。お前なら、奴らをどう動かす」


ルカは苦しげに息を吐き出しながらも、軍人としての鋭い瞳を取り戻し、微かに唇を動かした。


「……魔法の、発動までの隙を突く。奴らが手を掲げた瞬間に、矢を届かせる。狙うのは、魔法使い本人ではなく、その周囲の護衛の兵です。護衛が崩れれば、奴らは必ず怯んで、魔法の集中が乱れる」


「やはりお前を連れてきて正解だった」


ガロアは立ち上がり、ルカの肩を叩いた。


「寝ていろ。目が覚める頃には、魔法使いの死体で砦の周りを埋め尽くしてやる」


ガロアは天幕を出て、光の差し込む城壁の上へと登った。

荒野の向こうから、乾いた風が吹き抜ける。


地平線を埋め尽くすように進軍してくる、ゼノア帝国の黒い軍勢。その前衛で、いくつかの不気味な赤い光が、まるで意思を持つ蛍のように不規則に瞬き始めていた。


ガロアは長弓を持った兵士たちの前に立ち、静かに剣を引き抜いた。


「弓を構えろ。敵が奇跡を呼ぶ前に、我々の鉄を奴らの肉に叩き込むぞ」


不条理な夜が、再び明けようとしていた。

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