柳の社
夜が明けてから、俺は同僚の佐世保と参考人の柳真人を連れ、某県の山奥にある柳の本家へと車を走らせていた。
「佐世保、悪りぃな、 本当なら新人にやらすんだけどよ」
天音は今、朝霧杏里の護衛を務めさせている。
「彼は参考人だ。 それに、これはもう個人的な問題でも無いだろうに」
そうだ。
既に警察官にも被害が出ているからな。
それに——人じゃないと来たもんだ。
車を走らせ高速に乗る。
「柳さん、本家は本当にこんな山の中なのか?」
「間違いありませんよ。 年に三回の集まりがありますから」
ま、一族とやらの集まりには興味がないがな……。
車は高速を降りてから、さらに山の中へと進んでいく。
目的地近くになった時、前から車三台とすれ違った。
「こんな山奥で車とすれ違うか……」
俺のぼやきに柳が反応した。
「恐らく私が管理していた神社の、新しいしめ縄を持っていった者達でしょう」
「そんなに重要なもんなのか?」
佐世保が口を開いた。
「詳しくは本家で聞くと良いでしょう」
「……そうだな」
佐世保は短く答えると口を閉ざした。
車は山道を走って行く。
次第に道は狭くなり、街路樹のように整えられている。
その先に巨大な鳥居が目の前に現れた。
「こんな山奥に……でけぇ鳥居だな」
柳の指示で車を駐車スペースへ停めた。
俺たちは車を降りて、当主が待つ社へ向かう事となった。
社の前には一人の巫女が出迎えてくれていた。
「これは礼華様が迎えに来てくださるとは」
柳が丁寧な言葉で、少女に話しかけている。
「父も母も丁度今、新しいしめ縄を持って出て行きました。 それに連絡は受けています。 そちらが警察の方ですね?」
礼華と呼ばれた少女が俺と佐世保を見てお辞儀をしてきた。
「柳当主の曾孫、柳礼華と申します」
礼華と名乗った少女は、高校生くらいに見えた。
「いや、ご丁寧な挨拶恐縮です。 俺は砂原という者です」
「佐世保と言います」
「砂原様と佐世保様ですね。 では当主のかな様がお待ちです。 こちらへ」
俺たちは礼華の案内で社の中へ招かれた。
礼華は大きな襖のある部屋の前まで来て止まった。
「お客様がご到着なさいました」
礼華が話しかけると中から年老いた女性の声が聞こえてきた。
「入りなさい」
その声が響くと礼華は襖を開け、お辞儀をしてから中へ入っていく。
その後を俺と佐世保が、そして柳真人が続いていく。
部屋の中、両側には巫女姿の老婆が六人と、背広を着た高齢の男性が四人が座っていた。
俺たちが入った襖側には、体格の良い男たちが数名座っていた。
部屋の奥、中央には当主と思われる老婆が座っていた。
礼華は部屋の中央まで進み、その場で座り頭を下げてから俺と佐世保を老婆へと取り次いだ。
俺たちも礼華に習うように後ろに座った。
そして礼華が視線を俺たちに向け、老婆の事を紹介した。
「あの御方が現当主である柳かな様です」
かなはこちらを睨むわけでもなく、ただこちらをじっと見つめているだけであった。
しばしの沈黙……。
静かにかなは口を開いた。
「真人、私に会いたいと申したのは、この者達で間違いないな」
その言葉は場を支配するような威圧にも似た何かを含んでいた。
「……間違いございません。 かな様」
そう言って柳真人は頭を下げた。
かなは再び俺達に視線を戻した。
「話というのは……あれで間違いないのだな」
「はい。 既に何人か犠牲になっています」
かなは目を閉じて黙り込んだ。
それは数秒足らずの出来事なのに、何十分もそうしている感覚に襲われた。
目を閉じたまま、かなが俺に話しかけた。
「砂原、というのは者はどっちだ」
本当に参る。
高齢の婆さんが出していい気迫じゃねーぞ。
その辺のヤクザを相手にしている方が楽だ。
俺は背中に汗を流しながら名乗り出た。
「砂原は自分です」
「……」
黙って俺を見ている。
「何を聞きたい」
かなの圧が少し弱まった感じがした。
俺はまず自分が警察である証拠の身分証を提示してから話を始めた。
「今回の連続殺人について、柳真人から話を聞きましたが、犯人は人ではないと。 詳しくは柳本家に聞かないとわからないと言われましたので」
かなは俺の話を静かに聞いていた。
そして……。
「死んだ者は皆、溺れたか息ができなくて苦しんだような死に様だったか?」
確かに死因は窒息死だ。
何故かなは知っている。
いや……。
初めから知っていたんだ。
「知っているのですか?」
「……ああ、昔からな」
そう言って再び黙り込んだ。
俺は続けて話をした。
「目の前で亡くなる人も見ました」
かなの体が僅かに揺れた。
「亡くなる直前ある言葉を言って……」
室内に緊張が走った。
だが、俺はその言葉を口にした。
「……あんり」
かなは目を見開き、この場の誰もが険しい顔をした。
「まさか、本当だったとはな……間違いであって欲しかった」
かなの表情は複雑だった。
俺はお化けなんて信じていないが、それでも聞かなければ行けなかった。
「何者なんですか?」
かなは俺から視線を外さず話し始めた。
「……少し昔話をしようか」
かなはゆっくり目を閉じ、話を思い出すかのように話し始めた。
「今から六百年ほど前、応永三十三年のこと。 双子の姉妹がある神社におった」
俺と佐世保は黙って話を聞く。
「この頃、都では夜な夜な現れる怪異に脅かされていた。 その怪異を見た者は翌日には亡くなってしまうというもの」
「怪異は深い闇より渡り出たモノと言われていた」
「双子は怪異を封じるために神社にある御神木に封印を施す準備を進める」
「姉は妹にこう言った」
「名の無い怪異は封じられない」
「私の名を怪異に与えて力を封じる」
「お前は何があっても祝詞の奏上は止めるなと」
「準備を終えた双子は、怪異の現れる夜の時間——丑の刻」
「御神木の前に篝火を焚き、二人は祝詞の奏上を始めた」
「何処からともなく冷たい風が吹き、篝火が消えそうなったりし始めた時に、それは現れた」
「妹は祝詞を止めずひたすら奏上し、姉は怪異の前に臆する事なく立ち塞がったという」
「双子は自分の中から何かが抜けて行く感覚に襲われていたそうな」
「怪異に対して姉はこれ以上人の命を奪うな。 これで最後にしようと、姉は自らの命と名を怪異に与えたという」
「姉の名は、あんり」
「妹の名は、かな」
「この時、妹のかなは不思議と抜けて行く感覚が無くなったという」
「怪異は姉から貰った名を口にした」
「あんり、と」
「姉は、今からお前があんりだと言いながら、苦しみながらも怪異に抱きつき、その短い生涯を閉じた——」
「怪異もまた御神木へと吸い込まれるように消えて行ったという」
「その後、御神木にしめ縄で封印された——が」
「百年後の大永六年、世は戦乱の時代——」
「怪異、あんりは再び解き放たれてしまったのだ」
「野武士により封印は切り裂かれ、翌朝に野武士の遺体が見つかった」
「この時のあんりは封印前とは違い、名前そのものに力を宿した怪異と化していたのだ」
「丑の刻、童女を見ることあらば、その名を問えば、災い招くべし」
「この時代に広まった言葉だ」
「事の重大さから、当時の御殿様より、かな様へ依頼が来た。 この時のかな様は百二十を超える歳であったと言う」
「封印には罪人の命が使われたが、封印は失敗に終わっていた」
「しかし、かな様の所に来ていた玄孫が封印の儀式の時に目を覚ましてしまったのだ。 皮肉な事に——その子の名もまた、あんりと言った」
「怪異が現れ、玄孫は怪異に引き寄せられるように近づき——貴方は誰?と聞いてしまい、怪異はあんりと答えた」
「玄孫もまた、私と同じ名前だね。 私もあんりだよ——その言葉を発した時に玄孫が苦しみ出し、その場に倒れた」
「封印の儀式は止められない。 祝詞の奏上は続き——」
「怪異もまた御神木へ封じられた、 玄孫のあんりの命と共に——」
「この時より、怪異を封印するにはかな様の血族と、あんりという名前が必要とされたのだ」
「封印に成功したかな様もまた、御殿様から柳の名を貰い、柳家が歴史の裏で封印の一族として今日まで来たというわけだ」
「封印を施すのは本家の柳、命を差し出すのは分家の者だと伝えられてきた」
「初代かな様はこれらを書物に記した。 享年百二十八歳だったそうな」
かなは語り終えた。
それでは俺は納得行かないので口を出した。
「それはあくまでもこの家に伝わる伝承みたいな物だろ?」
俺の言葉にかなは首を振った。
「砂原、残念ながら真実なんだ」
まだ何かあるってのか?
「私も昔、あやつを封印したのだからな」
何だと?
過去にもあったて言うのか。
「それはいつ頃なんです?」
かなはゆっくりと告げた。
「……八十余年前、この国がまだ戦火に見舞われていた頃だ」
その頃戦火に見舞われていた時といえば、第二次世界大戦……。
「蝉の鳴く七月だった……」
「疎開してきた者達が、封印のしめ縄を切ってしまったのだ」
「その夜からだよ、不審な死を遂げる者達が後を絶たなくなったのは」
当時を思い出すのが辛いようで、かなは悲しそうな顔をした。
「当時の私も子供ながら、そんなおとぎ話みたいな事あるものかと思ったもんさ」
「名前を聞いただけの者も、二日後にはあんりと言って亡くなる者も現れた」
「そういった者達を、この目で見てしまったからには信じるしかなかったんだよ」
「封印には必要な道具は揃えられたが、肝心の分家の娘が来なかったのだ……」
この時、かなの顔が憎しみを潜ませているのが見えた。
封印には人の命を捧げる……馬鹿げているが、この一族は昔からそれを信じて守ってきていたのか。
「封印には当時の当主である私の母の命が使われた」
「私は祝詞の奏上を務めた」
「そしてあの怪異、あんりを封じる事に成功した」
「封印が済めば母は帰ってくる。そう思いながら、冷たくなっていく母をずっと、涙を流しながら抱きしめ続けたさ」
そこには悲しみと憎しみに苦しんだ者の姿があった。
話を聞き終わると、一人の男性が俺と佐世保の前に古い書物と、焼けてしまった書物を持ってきた。
「これは?」
「柳家に伝わる物だ」
「見ても?」
俺はかなに確認をした。
「構わん」
その一言を聞いて、俺と佐世保は書物を開いてみた。
古い焼けてしまった書物は、開くことは出来るが読むのは辛い。
だがあんりと書かれているのはわかった。
綺麗な方は新しく書き直した物のようだ。
書き直された日付が最後のページに記されていた、
大正十二年九月十日 改訂
そして、所々に出てくる単語。
闇浬。
俺はかなに聞いてみる事にした。
「かな様、改訂されたやつの所々に書かれている“やみり〟とは一体なんですか?」
「それがあんりだよ」
かなも思い出すように話をしてくれた。
「確か火事になり、書物の幾つかが燃えてしまったと聞いたことがある。 当時の当主が大事な物を書き直した物と聞かされた」
そうなのか。
「なるほど大正十二年九月か……時期的に関東大震災の影響かもな」
佐世保が珍しく口を開いた。
「話はわかった。 それで朝霧の娘がその生贄になるのか?」
佐世保は続けた。
「そうなる」
かなは言い切った。
「だが、俺たちは警察だ。 はいそうですかとは言えないんだよ」
俺も口を出した。
人の命がかかっているのに何もしないと言うことは出来ない。
「止めたければ止めるが良い。 ただし、今以上に被害は出るのは明白だがな」
かなは引かない。
「……脅しか?」
「事実だ」
俺たちは平行線となった。
「ところで砂原さん、ここに来れば朝霧杏里の所在を、明かしてくれると言う約束は果たしてもらいますよ」
柳真人が話に入ってきた。
「そんなこと言ったな」
「今更、知らないとは言わないで下さいよ」
面倒だな……全く。
「安心しろ。 朝霧杏里には俺の部下がついている」
そんな時、俺のスマホが鳴り出した。
着信は……、
天音からだった。
「丁度本人からだ、出ても?」
俺はかなに確認してから電話に出た。
「俺だ」
『もしもし、砂原刑事ですか?』
女?
いや、この声は朝霧の嬢ちゃんか。
「そうだが、何で嬢ちゃんがあいつの電話でかけてくるんだ?」
『大変なんです! 天音さんが具合が悪くなって、それで……』
「こんな時に何やってんだあいつは」
『違うんです! 夜中、変な着物姿の女の子に触れた時から段々と具合が悪くなっていって』
「着物姿の女に触れた?」
この言葉を聞いた時、かなが激しく反応した。
「砂原! あの者に触れたやつがいるのか!」
あまりの剣幕に俺は「そうだ」と言った。
「其奴はお前の仲間か何かか?」
「部下だ」
かなは力なく崩れそうになった。
「砂原よ、其奴を直ぐにこちらへ連れてこい。 時間がないぞ」
「時間がない?」
「放っておけば今夜にも其奴は死ぬだろう」
「な!?」
かなの言葉に、俺と佐世保は動揺を隠しきれなかった。
「嬢ちゃん、今どこにいる!」
信じる信じないより、現実問題で天音が危険な状態になっているのはわかった。
『今は私の実家にいます。 母も仕事に行ってしまって……』
「かなさん! 大体どのくらいの時間があるんだ!」
「昔見た状況と同じなら……今夜、丑の刻が終わるまでだな」
「ここに連れてくれば助かるのか?」
「封印すれば助かるが、封印出来なかったとしても一日は延命出来るだろう」
……クソッタレが。
残された時間はないって事か——。
柳の社 終




