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接触

 柳は取調室で黙っている。


「柳さんよ……黙ってたって何も解決しないんだよ!」


 俺、砂原鬼造は柳から話を聞き出している所だ。


 もう、どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。


 柳さんが長い沈黙を破って切り出して来た。


「砂原さん。 貴方は……これから私の話すことを信じられますか?」


 何を言うかと思ったらそんな事か。


「信じるも何も、話聞かねーと判断出来ねーんだよ」


 柳はため息をついた。


「それでは駄目です。 いくら話したところで同じ事の繰り返しです」


 こいつは何かを知っている。


 間違いない。


 ……だが、話ぶりからすると信じられない事のようだ。


 俺は考えた末、一応信じることにした。


「わかったよ。 信じよう。 納得はできるかわからんがな」


 柳は一呼吸置いてから話し始めた。


「ありがとうございます」


 柳は頭を下げた。


「まず、私が焦っているのは、柳一族が代々封印して来た者が解き放たれることです」


「封印?」


「そうです。 それは厄災とも言われております」


 なんだか変な話になって来やがった。


「それが、しめ縄と関係が?」


「そうです。 あのしめ縄と紙垂には、本家の方で特別に作られた物なんです。 本来あんなに傷が付くことすらないのです」


「……そんな馬鹿な」


「砂原さんの反応が普通なんですよ。 しかし、これは嘘でもなんでもない事なんですよ」


 俺は黙って聞くしかなかった。


「砂原さん、言いましたよね? 既に死人が出ていると、なぜですか? 飯綱さん以外にも被害が出ているんですか?」


 ここまで聞いて、俺にも確認しなければいけないことがある。


「柳さん、今の話で犯人に心当たりが?」


「あります」


 俺は心臓が跳ね上がる感じがした。


 見えない犯人像、柳神社の伝承とやらに乗った悪質な犯罪なのか……。


「それは?」


 しかし、俺の求める答えとはあまりにも違う物だった。


「……人ではありません」


「……なんだと?」


 柳はさらに続けた。


「私もしめ縄を見るまではただの事故と思っていました。 砂原さんに聞くまでは」


 確かに俺は確認するために聞いた。


「そして、飯綱さんが誤ってしめ縄に重機で傷を付けてしまった。 それで封印が解けてしまったのではと」


「だから慌てて本家に連絡を入れたと……そういうことか?」


「そうです。 対処が遅れると大変なことになるからです」


 俺はテーブルを指で叩いて天井を見上げてから柳に向き直った。


「それを信じろと?」


「最初に言いました」


 ああ、確かに言った。


 それは話をさせるためにだ……。


「砂原さん、私からも質問させて下さい」


「……なんだ」


「先ほどの私が言ったことです。 既に同様の事件が起きているのですか?」


「答えられねーな」


「……では、質問を変えましょう」


「……」


「亡くなる直前、何か言ってませんでしたか?」


「なんだそれは?」


「名前ですよ」


「……名前?」


「……あんり」


 その言葉を聞いて俺は背筋が凍る感覚に襲われた。

 

 思い出したのは――、

 

 深谷。


 滝沢。

 

 二人の死を……。


 どちらも俺の目の前で、


 死に際に言った言葉だ。


「私が知りうるのはここまでです。 後は本家に聞かなければわかりません」


 ……行くしかねーのか。


 本家とやらに。


「柳さん。 本家に連絡とかは取れるかい?」


「と、言いますと?」


「話を聞く必要ができた」


「しかし、まだ朝霧杏里を探さなくては……」


「なぜ探すんだ?」


「……理由まではわかりません。 私は分家の人間だとしか聞かされてきませんので」


 柳家の分家に朝霧家……か。


 決まりだな。


「柳さん、今から本家に連絡してくれ。 明日の朝一で伺うと」

 

 俺は一度天井を見上げてから、


「朝霧杏里の居場所は、本家とやらに行ったら話してやる」


 それを聞いた柳が一瞬、肩を震わせた。


「……わかりました」


 柳には、明日の朝に迎えに行くとだけ伝えた。


 新人に連絡入れるか……。

 

    *


 同日二十時半。


 俺は朝霧親子と共に晩御飯を頂いている。


「天音さん、おかわりは?」


 母親が俺におかわりを勧めてくるが、流石に三杯目は遠慮する。


「嬉しいですが、さすがにもう入りませんよ」


「杏里ももっと食べなさい」


「私もお腹いっぱいだよ」


 朝霧さんはお腹を撫で回す動作をして、満腹感をアピールしていたが、俺と目が合った瞬間に手が止まった。


 ……なんだ?


 そんな中、俺のスマホに着信が来た。


 画面には砂原先輩の表示があった。


「ちょっと失礼します」


 俺は二人に断り、居間から出てスマホの通話ボタンをタップした。


「もしもし」


『新人、そっちはどうだ?』


 相変わらずのぶっきらぼうな喋り方だ。


 先輩らしい。


「こっちは問題ありません」


『そうか……こっちは柳の本家に向かうことになった』


 事件が進展したのだろう。


「柳……ですか?」


『ああ、詳しくは後で話すが……お前、あの嬢ちゃんから目を離すな。 いいな?』


 念を押してくるということは、彼女の身に何か起こるのだろうか……。


「わかりました」


『よし、何かあれば連絡する』


「はい、こちらも何かあればすぐに連絡を入れます」


 それだけ言うと先輩は通話を終わらせた。


 スマホをしまい、居間に戻った。


「天音さん……何かあったんですか?」


 朝霧さんが不安そうに聞いてきた。


 母親も同様にこちらを見ている。


「たいした事じゃありませんよ。 こちらの状況確認ですよ」


 俺は箸でおかずを摘み、口に運んだ。


「食事が終わったら、お風呂を先にどうぞ」


 母親がお風呂を勧めてくれたので、言葉に甘えて先にお風呂をいただいた。


 朝霧家のお風呂は檜風呂だ。


 俺の住んでいるマンションなんて浅いバスタブだ。


「凄い贅沢している気分になるよ」


 そんな事を考えながら湯船に浸かっている。


 この家に来てから二日になるが、すっかり世話になってしまったな。


 ……先輩の方はどこまで調査が進んでいるんだろうか。


 柳の本家に行くと言っていたが……。


 流石に犯人はここまで来ないだろうから朝霧は大丈夫だ……そう思いたい。


 その時脱衣所から音が聞こえてきた。


「刑事さん、タオルここに置いておきますね」


 母親がタオルを持ってきてくれたらしい。


「あ、すいません。 ありがとうございます」


 母親が脱衣所から出て行く音が聞こえた。

 

 なんていうか……やはり落ち着かないもんだな。


 俺は風呂を出て、脱衣所へ向かった。


 そこには下ろし立てのタオルが置かれていた。


 体についた水分をタオルで拭い、自分で持ってきていた替えの下着を着てからシャツとズボンを身に纏った。


 居間に戻ると朝霧の姿はなく、母親がテレビを見ていた。


「お風呂、ありがとうございます」


「温まりましたか?」


「はい、お陰様で心身ともに洗われましたよ」


 軽めの冗談を言った。


 母親も笑いながら席を立ち、お茶を用意してくれた。


 俺は席に座り、出されたお茶を一口飲んだ。


 そんな俺を母親はじっと見ていた。


 母親、早苗さんは真面目な顔つきになり俺に話しかけてきた。


「あの子から話は聞いています。 なんでもお友達が不審な死を遂げたとか」


 俺は黙って母親の話を聞く。


「……昔の事です。 そう、あの子がまだお腹の中にいる時でしたね……」


    *


 ―― 二十一年前。


 私、早苗と夫の優也さんとの間に子供を授かりました。


 検査の結果は女の子とわかり、私は嬉しくてお腹をさすりながら早く生まれてきて下さいと願っていました。


 仕事から帰ってきた夫にお腹の子は女の子でしたと告げると、夫は少し暗い顔をしました。


 夫は私に「今まで言い出せなくてすまない」と告げました。


 私は戸惑いながらも夫の話を聞くことにしました。


 夫の話では、朝霧家は柳家の分家で、代々女性が生まれたら、本家である柳家に赴きその子の名前を授からなければいけないということらしい。


 そして、その子は巫女としての役目があるらしいと。


 巫女とは何なのか、私にはわかりませんでした。


 数日後、夫の両親と共に柳家の本家のある山奥へと私たちは赴きました。


 そこは完全に人里から離れた場所で、いかにも何かが出そうな感じの場所でした。


 鬱蒼とした森を抜けると、そこには大きな社が立っていて、私たちを迎え入れるように鳥居の飾りが揺れていました。


 私たちは社の奥へと案内され、その部屋には十名ほどの巫女と背広を着た男性が部屋の隅にいました。


 部屋の奥の中央には、かなりの高齢である当主の柳かな様が座っていました。


 そしてかな様は「その子の名は杏里。 よろしいですね」それだけを言ってかな様は二人の巫女に支えられて奥へ下がっていき、夫から聞いた巫女の役目とは何かもわからないままでした。


 朝霧家は本家には逆らえず、夫も黙ったままで……そのまま子供の名前が決まりました。


    *


「あの子から電話で話を聞いた時、今の話を思い出したのです。 柳家が巫女としてのあの子を連れて行くのではと……」


「……何なんですか……それは」


 今時、そんな事をしている所があるのかと思った。


 しかし、今回の事件と関わりがあるのか……とも。


 母親の早苗さんは、これ以上の事はわからないのだろう。


「刑事さん、あの子を守ってあげて下さい」


 母親はお願いしますと言いながら頭を下げてきた。


「大丈夫。 もとよりそのつもりですから」


 安請け合いな言葉だが、今は何も言わないよりはいいだろう。


 ――お風呂場の方で音がした。


「お母さん、上がったよ」


 どうやら朝霧さんが入っていたようだ。


 母親と話をしていたら、一時間は過ぎていたようだ。


「私も入るかな。 刑事さん、よろしくお願いします」


 母親はそれだけ言って居間を後にした。


「天音さん。 お母さんと何か話してたの?」


「うん。 昔話を少しね」


「お母さん、変なこと言ってなかった?」


「変なこととは?」


「私の小さい頃の話とか……」


「そういう話じゃなかったから、気にしなくても大丈夫だよ」


 そう、生まれる前の話だからね。


 その後俺たちはテレビを観ながら雑談をした。


 母親も風呂から上がり、それぞれの部屋へと戻っていった。


 部屋に戻ると、先ほどまでの賑やかな団欒から切り離され、急に静けさが襲いかかってきた。


「……寝るとするか」


 俺は部屋の電気を消して、布団に潜り込んだ。


 ……


 ……いつの間にか寝ていたが、妙な寝苦しさに目を覚ました。


 スマホで時間の確認をすると、夜中の二時二十五分。


 部屋の明かりをつけると、なぜか点滅している。


 俺は布団から起き上がり、部屋を出てから廊下の灯りをつけて見た。


「ここも点滅しているな……」


 その時、頭の中で深谷の時を思い出した。


 あの時も署内の電気が点滅していた。


 その時に着物の女性が見えたのを思い出した。


 俺は居間へ移動して、家の中から表を見てみた。


 暗がりの中、一つの人影が見えた。


 それは着物を着ている少女にも見えた。


 こんな夜中に着物姿の少女……。


 少女は神社の方を向き、歩き出した。


「天音さん?」


 突然後ろから話しかけられた俺は振り向き、咄嗟に構えた。


「……朝霧さんか」


「どうしたんですか? 部屋の明かりもつけずに」


「今、表に人がいたんだ。 今からそいつの後を追う」


「人……ですか」


「ああ、君は危ないから家から出るな。 いいね」


 俺は急いで靴を履き、神社の方へ歩いていった少女を追い始めた。


 俺はスマホの灯りを頼りに神社へ向かった。


 街灯は少なく、どれも点滅していた。


 鳥居が見えてきた。近くの街灯も点滅している。


「どうなっているんだ」


 俺はボヤきながら鳥居まで辿り着いた。


 鳥居をくぐろうとしたその時、


 後ろから足音が聞こえた。


 俺は振り向くと、そこには朝霧が追いかけてきていた。


「何で着いてきた」


 俺は小声で朝霧に言った。


「……ごめんなさい。 でも気になってしまって」


 今から戻しても、あの少女を見失う可能性が高い。


「……仕方ない。 だが、今から言うことだけは守れ」


 朝霧さんは頷いた。


「いいか、何も喋るな。 何があっても」


 不思議そうな顔をして俺の顔を見てくるが、


「……いいな?」


 俺は強めに言うと、朝霧さんは黙って頷いた。


「よし、離れるなよ」


 俺たちは境内に入り、目的の人物を探した。


 朝霧さんが俺の手を引いてきた。


「……どうした?」


 朝霧さんは「あそこに」と言って御神木の方を指差した。


 朝霧さんの指差した御神木の前に、彼女はいた。


 俺は朝霧さんにここに居ろと言って、着物を着た少女へ近づいた。


「……こんな夜更けにここで何をしている」


 俺は恐る恐る声をかけた。


 だが、彼女は振り向きもしない。


「ここで何をやっている」


 今度は強めに言ってみたが反応しない。


「おい!」


 俺は彼女の肩に手を触れ、振り向かせようとした。


 彼女の体は確かに動いた。


 しかし、体の中から何かが抜けそうな感覚が襲い、肩に触れていた手を素早く離した。


「な……なんだ……今の感覚は」


 再び彼女が立っていた場所を見ると、


 そこには誰もいなかった。


 俺の異常に気がついたのか、朝霧さんが走って来た。


「だ、大丈夫ですか!」


 喋るなと言ったのに……、


 俺は多少ふらつきながらも大丈夫と答え、辺りを見回した。


 俺が辺りを見回していると、朝霧さんが俺の手を引き、鳥居の方を指差した。


 俺は鳥居の方を見ると、点滅した街灯の灯りの下でこちらを見ている少女がいた。


 その時、冷たい風が俺たち二人に吹きつけ、目を逸らした瞬間――


 すでにその場には誰も居なかった。


 俺は手に残っている感触が気持ち悪かった。


 ――そう、触れた感触があったのに……触れた感覚が無いのだ。


 接触 終

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