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触れた者

 朝霧の嬢ちゃんは新人に任せたので、何かあれば連絡が来るだろう。


 俺は事件の洗い出しの途中だ。


 結局全ての遺体からは薬物反応は無く、外傷もない。


 全ての死因は窒息死。


 これ以前に似たような事件はあっただろうか……。

 

 コーヒーを飲みながら、パソコンを操作する。


「どうだ砂原、何か手掛かりはあったか?」


 俺に声をかけてきたのは、同期の佐世保だ。


「過去に同様、もしくはそれに近い事件を洗い直しているところだ」


「犯人は何考えてんだ、警察にまで手をかけてよ」


 何を考えてる……ねぇ。


「何も考えていないのかもな……」

 

「なんだ? 何か気になる事でもあったのか?」


 俺は佐世保の問いに、「少しな」と答え、ディスプレイに表示されている変死事件のファイルを開いた。


 類似している事件を調べていくと、数件似たような事件が見つかった。


 俺は一つ一つ事件を確認してから、一番日付が近いファイルに目をやった。


 “ 某市、柳神社建て替え中の作業員が朝方、現場近くの路上にて死亡しているのが見つかる。


 名前は、飯綱いいづな 省吾しょうご


 二十八歳。


 死因は窒息死……外傷や薬物反応は無し 〟


 管轄外の柳神社か……。


 事件発生日時は……俺たちが関わる二週間前か。


 ……行ってみるか。


「佐世保、ちょっと出てくるわ」


「……おう」


 デスクワークをしていた佐世保に声をかけて、俺は部屋を出て行った。


    *


 車を走らせて三十分。


 住宅街の外れに、目的の柳神社はあった。


 建て替え工事は続いている。


 社はすでに解体されていて、見通しが良くなっていた。


 横には立派な御神木がしめ縄を巻かれ、雄大に聳え立っている。


「今日は作業は休みなのか?」


 作業員の姿はどこにもない。


 近くの看板に日程が書いてあった。


 やはり休みらしい。


 俺はひとまず、遺体の発見現場へ足を運んだ。


 その場所は作業現場から百メートルほどの場所、見通しも悪くない。


 現場から神社の方を眺める。


 ここから御神木がよく見えるし、社が解体されていなければ見応えはあっただろう。


 俺は再び御神木の近くまで戻ってきた。


 すると、箒を持った男性が歩いてやってくる。


「こんにちは。 あなたはこちらの関係者ですか?」


 俺は男性に話しかけた。


「はい。 私はここの神主をしています、やなぎ 真人まことと申します」


 柳と名乗った男性に俺は身分証を見せ、事件当時の事を聞いてみた。


 当時、作業員は重機を扱っていた男性であり、特に問題を起こすような人物では無かったと、神主の柳さんは言う。


「詳しい事は、明日作業に来る主任さんに聞いた方が良いかもしれませんね」


 最後に俺は御神木を見ながら話した。


「しかし、随分と立派な御神木ですね」


 柳さんも御神木を眺めながら、


「樹齢千年は超えていますからね。 この地の守り神様ですよ」


 守り神様……ね。


 この時、御神木の紙垂が風もなく揺らいでいた……。

 

    *


 砂原たちが事件に関わる二週間前――。


 柳神社では建て替え作業が行われていた。


 夕日が御神木や、解体中の社を赤く染め上げていた。


 俺の仕事はあと二日で終わる。


 そうすれば妻と三歳の息子のいる我が家へ戻れるのだ。


 俺はショベルカーを操作して、社の土台を作る場所を掘り起こしていた。


 いつもの様に慎重に作業を進める。


 レバーを操作していた時、吊るしてあった無線機から声が聞こえて来た。


『飯綱さん、終了の時間です……ガガッ』


「今日の作業はここまでだな」


 俺は作業を終えるため、ショベルカーを移動しようとしたら、どこから飛んできたかわからない大きなハチが、俺の周りを飛んでいる。


 ハチに焦った俺は手を振って、追い払おうとした。


 ハチが俺に襲いかかって来たので思わず前屈みになったその時……。


 腕がレバーに当たり胴体が回り出し、バケットがしめ縄部分に当たり、紙垂を二枚ほど切り落とし、しめ縄が半分ほど切れてしまった。


 ハチはいつの間にかいなくなっていて、バケットの先端をしめ縄から離した。


 ——その時、冷たい風が吹いて来た感じがした。


 幸いというか、目撃者はおらず、俺はショベルカーから降りて、切り落としてしまった紙垂を懐にしまい、何食わぬ顔でショベルカーを戻した。


 俺は会社の連中と食事をし、雑談に花を咲かせていた。


 明日からの仕事がどうだ、この仕事が終わったら何処へ遊びに行こうかなどと酒を交えていた。


 そんな楽しかった時間も終わり、俺は宿へ戻っていた。


 風呂にも入り、着替えを終えて眠りにつくのだった。


 ――夜中、ふとした事で目を覚ました。


 作業服にしまっていた紙垂を取り出して見てみた。


 裏には印の文字が書かれていた。上は切れていてわからない。


「やっぱりまずいよな……」


 今更ながら罪悪感に囚われて、俺は着替えて表に出て行った。


 辺りは静寂に包まれて、街灯の灯りが何故か安心できる。


 途中でコンビニエンスストアに寄り、セロテープを購入し、俺は神社へ向かった。


 神社周辺は街灯が少なく、暗闇に包まれている。


 神社にたどり着いた俺は、神社の持つ独特な雰囲気と静寂に、包まれた空間に、何故か汗をかいていた。


「さっさと直しちまうか」


 資材が置いてあるところから脚立と針金を持ち出し、御神木の所まで来た。


 辺りは暗がりが広がっていて物音ひとつない。


「ビビるな俺、まずは灯りだ」


 独り言で気を紛らわせながらスマホの灯りをつける。


 スマホの時刻は一時を過ぎたところ。


 脚立を立てスマホを握り締めながらのぼっていった。


「切れたところは、針金で目立たなく出来るな」


 俺はスマホを胸ポケットに入れ、少しでも灯りが確保出来れば作業できると判断して、切れたしめ縄の縄目に沿って、目立たないように針金を巻きつけていく。


 スマホの灯りで確認をして、問題なさそうなので紙垂を貼り付けようとしたら――スマホの灯りが点滅し出した。


「……こんな時に故障か?」


 紙垂を取り付けるため、点滅する灯りの中で裏にテープを貼り、切れた部分に上手い事取り付けた。


「全ての作業が終わったら、謝ればいいか」


 それにしても、さっきから冷えてくるな。


 俺は急いで脚立を降りて地面に足をつけた。


 その時、俺の後ろに何やら気配を感じたので振り向くと――


 そこには着物を着た少女が佇んでいた。


 顔はよく見えないが、歳の頃は十代半ばだろうか。


 彼女は何もせず、何も語らず、ただこちらを見ているだけだった。


 そんな少女が暗闇にいるものだから俺は驚いて声を上げた。

 

「うわっ!」


 俺は尻餅をついて少し後ずさった。


 そんな俺を見ても彼女はただ……俺の事を見ているだけだった。


「お、お嬢さん……、こんな夜更けにど……どうしたのかな?」


 立ち上がりながら、なるべく平静を装いながら話しかけてみた。


 脚立を持ち、帰る準備をしながら俺は彼女に近づき、


「早く家に帰りなさい」と言いながら彼女の肩を叩いた。


 軽く肩を叩かれた彼女は少し揺らいだだけだった……が、何かが変だ。


 俺はその場を急いで離れた。


 彼女を残して……。


 確かに叩いた感触はした……、


 だが、触れた感覚が無いのだ。


 俺は脚立や針金を無造作に資材置き場に放り出し、速足でその場を離れ、鳥居をくぐり抜けて神社から離れるのだった。


「な……なんだったんだ? あの子は」


 幽霊とかなら足が無いとかって聞くし、彼女にはあったよな……。


 顔は……思い出せない。


 さっきまで見ていたよな……、


 俺は振り返る事をしないで歩みを進めた。


 少し進むと街灯の灯りが目に入るようになった。


「ようやく灯りだ」


 胸ポケットにしまっていたスマホは、いつの間にか灯りが消えていた。


 街灯に近づくと――


 そこには先ほどの少女がこちらを見ながら立っていたのだ。


 俺は怖くなりつつ、声を荒げた。


「き……君は何が目的だ!」


 少女は何も言わない……。


「なんなんだお前は!」


 この時少女は初めて言葉を口にした。


「……あんり」


 なんだそれは……俺は聞き返した。


「……あんり?」


 その瞬間、俺の中に冷たい風が吹き抜けた感触に襲われ……。


 呼吸が苦しくなってきた。


 俺は喉を押さえ、少女に助けを求めるように手を伸ばし、着物を掴んだ……はずだったが、手は何もない空間を虚しく漂い、俺はその場に倒れ込んだ――。


 テレビのニュース番組の中で、


『本日明け方、某市内の路上で男性が倒れているのを近所の住人により発見され……』


    *


 次の日、亡くなった飯綱省吾の話を聞くため、俺は再び神社を訪れた。


 神主に頼み、現場監督を紹介してもらう。


「現場監督の澤田と申します」


「砂原という者です」


 懐から身分証を見せた。

 

 澤田さんから当時の話を聞き、飯綱の人柄も聞かされた。


「後二日で彼の仕事は終わり、家族の元へ帰れるはずだったんですが……まさかあんな事になるなんて」


 帰れるって会社はこの辺りではないのか?

 

「お宅の会社はこの辺りではないのか?」


「私どもは京都から来たんですよ」


 現場監督はヘルメットに手をやり、飯綱の事を思い出したのだろう。


 現場監督が飯綱が最後に仕事をした場所まで案内をしてくれた。


 どうやら基礎を作るための穴を整えていたらしい。


 その後無線で作業を終える様に連絡を入れたそうだ。


 現場監督にお礼を言い、ここを調べさせてもらう事にした。


「さて……何が出るかな」


 御神木の後ろは木々が覆い茂っていて歩きづらそうだ。


 俺は御神木を一周回ってみた。


 特にこれといった物はなかったので、しめ縄を見上げた。


 そして、しめ縄を眺めながら一周回って、一部分に違和感を覚えた。


「すまないが脚立貸してくれないか?」


 俺は近くにいた若い作業員に頼み込むと、すぐに持って来てくれた。


「どうぞ」


「お、わりーな。 ちょっと借りるぜ」


 俺は若い作業員に礼を言うと、脚立を設置してしめ縄の近くまで上がってみた。


 そこは何かが当たって針金で目立たない様に補修されていた。


 そして、その下にある紙垂にも目を向けた。


「……破れているのか?」


 紙垂の裏側を見るため、めくってみた。


「セロテープ?」


 このセロテープはまだ新しいな……。


 俺は脚立を降りて、澤田さんに話しかけた。


「澤田さん。 あの御神木に何かを当てて補修とかしましたか?」


「いえ、そもそもしめ縄に何かあった場合神主様に言わないといけませんよ。 しめ縄にも手順がありますから、素人が手を出せません」


「そうなのか。 なら誰が……」


「なんでしたら柳さんに聞いてみましょうか? 御神木に関しては柳さんの方が詳しいですよ」


「そうか、なら自分で聞きに行ってみるわ。 ありがとな」


 俺は澤田さんに手をあげて柳さんが居る、鳥居まで向かった。


「柳さん。 少しいいですか?」


「これは砂原さん。 どうしましたか?」


 俺はしめ縄の事を話し出した。


「なんですって!?」


 柳さんは凄く驚き、大声を上げた。


「そんな補修なんてしませんよ……もし本当なら……」


 慌てて走り出した柳さんを、俺は後を追った。


 御神木まで来た柳さんは慌てて脚立に上がり、しめ縄と紙垂を確認している。


 しめ縄を見て紙垂をめくった時、柳さんの顔はみるみる青ざめていった。

 

「……なんて事を」


 しめ縄を眺めて呆然としている柳さんに声をかけた。


「柳さん! どうかしたんですか?」


 柳さんは俺の声が聞こえないのか、慌てて脚立から降りて来て走り出した。


 俺も後を追いかけていく。


 こりゃ何かあるな……


 柳さんは簡易社務所に駆け込み、慌てて電話をとり、どこかへ電話をかけだした。

 

「もしもし! 某市の柳です……はい。 それでしめ縄と紙垂が誰かの手で破損されていました」


 俺は黙って聞いている。


「……はい、今刑事さんが」


 話の内容はわからないが、しめ縄が切れたくらいで騒ぐことなのか?


「……朝霧 杏里ですか?」


 !? なんでその名前がここで出る……。


「探し出してみます」


 柳さんは電話を終わらせた。


「刑事さん、すみませんが本日はお引き取り願えますか」


 そう言ってきた柳に対して俺は、


「柳さん、今の電話の内容で、はいわかりましたという訳にはいかなくなりましてね」


「今はそれどころではないんです!」


 大声を上げる柳を気にせず、


「……朝霧……杏里。 この件に関係があるのか?」


「……」


 柳は悩むように口を閉ざした。


「なら事情を聞かせてもらう必要がありますね」


「砂原さん!」


「こっちも遊びじゃねーんだ! 既に死人も出ている!」


 柳の言葉に聞く耳を持たず、俺は署に連絡をして迎えに来させた。


 触れた者 終

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