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重要参考人

 私、朝霧あさぎり 杏里あんりは今、警察に連れてこられていた。


 自宅のマンションでは鑑識の人たちが現場検証を行っているためだ。


 近所の人たちも何事かと集まりだしてくる始末。


 時刻は三時過ぎ、夜明けまでまだ時間がある。


「朝霧さん、俺たちは別に君を犯人とは思っちゃいない……」


 厳つい刑事さんが私に話しかけてくる。

 

「……」


「君の友達は残念だったが」


「……なんで」


「俺たちも、今必死に犯人を追っているんだ」


「なんで、もっと早く来てくれなかったんですか!」


 私は刑事さんに怒鳴っていた。


 今は理解もできなければ納得もいかない……


 なんで彩芽があんな目に合わなければいけなかったの?


 ……なんで……


 私が落ち着くまで、刑事さんは黙って私を見ているだけだった。


 ついこの間まで元気な彩芽が目の前にいたのに……今はいない。


 彩芽はもうここへは帰ってこない。


 彼女は病院へ搬送されて行ってしまったのだ。

 

 思い出すだけで涙があふれてきて止まらない……


「……彩芽」


    *


 外から灯りが差し込み始めたころ、私も随分と落ち着いてきた。


「そろそろ、いいかな?」


 私が落ち着くまでずっと待っていてくれた刑事さんが口を開いた。


「……はい、取り乱してすみませんでした」


「そんなことはない。 それが普通だ」


 私は目の前に座る厳つい刑事さんを見つめた。


「単刀直入に聞くが、彼女が変わったのはいつなのか、何か気が付いたことはないか?」


「……刑事さんは私が彼女をやったとか言わないんですか?」


「それは君の答え次第だな。 でだ、どうなんだ?」


 私は野球観戦の後から刑事さんが来るまでの事を話した。


「……私、嘘は言っていません」


 刑事さんは一度ため息をついてから私を真っ直ぐ見てきた。


「誰も嘘だなんて言ってねーよ」


 本当なんだろうか……この手の話はテレビドラマとかでは犯人扱いとかされるんだ。


「おい、新人。 悪いけど缶コーヒー買ってきてくれ。 あんたも飲むだろ? 朝霧さん」


 私は無言で頷いた。


「新人、頼むぜ」


「わかりました」


 そして、若い刑事さんが部屋を出ていきました。


「お前さんには言っておく」


 いきなり話を振られた。


「俺たち警察がこんなこと言うのもおかしな話だが、これは人為的なもんじゃねーと思っている」


「……刑事さんがそんなことを言ってもいいんですか?」


「あぁ、駄目だ」


 厳つい顔をしているのに気を使ってくれているのだろうか。


「だが、薬物の可能性も捨てきれない。 聞くがお友達はそういうのに手を出していたとかは?」


 やはり刑事さん、疑いは掛けるんですね。


「私が知る限りありえません」


「あんたが盛ったとかは?」


「あるわけないでしょ!」


 この人は……


「怒鳴るなよ。 こっちも仕事なんだからよ」


 厳つい刑事さんが頭を掻いている所で、ドアが開いて先ほどの若い刑事さんが戻って来た。


「おう、わりぃな。 ほら、朝霧さんも飲め。 すっきりするぞ」


 私は缶コーヒーを受け取り、プルタブを開けてゆっくりと口を付け飲みだした。


 コーヒーの温かさが冷えた心と体に染みわたっていくようだ。


「もう少し話の続きをしよう」


 私は頷いた。


「朝霧さん。 あんたは着物を着た女というのを見た事は?」


「ありません。 まさか、彩芽は何かを見ていたんですか?」


「それは分からん」


「最後に、あんりってのは間違いなくあなたの名前なのか?」


「はい。 朝霧 杏里ですが、それが何か?」


「そうですか。 ありがとうございました」


「あ、あの」


「なにか思い出したのか?」


「今日、部屋には戻れますか?」


「……ああ、そうか。 朝霧さん、あんた今お金持っているのか?」


「仕送りが来週なので一万円なら」


「仕方ねーな。 安いホテルだが今回は俺が出しといてやる」


「新人、悪いが彼女に安いホテル取っておいてくれ」


「俺はちょいと出かけてくるからよ」


 随分とぶっきら棒な人だけど根は優しいのだろうと思った。


「わかりました。 朝霧さん、予約したら送りますのでこのままお待ちください」


「はい」


    *


「一昨日の報告者は……と、こいつか」


 午前二時四十分……。


 ここの場所は……神社か。


 なになに?


 被害者は着物を着た女性と会話をしていたと。


 男性は、夜中に女性の独り歩きは危ないと言ってから、名前を聞いたと。


 んで、女性の名前が……あんり……か。


 まったく……お化けじゃあるまいし、消えていたとか……ありえないだろ。


 走り去ったんじゃねーのか?


 ……


「あああああ! わからん」


 俺は報告書を見ながら頭を掻きむしった。


 しかしな……取調室で亡くなった深谷の時、新人も署内で着物姿の人物を見た気がすると言ってたな。


 ……偶然か?


「……現場、行ってみるしかねーか」


 その前に新人に連絡入れとくか。


    *


 昼間なのに物静かな神社の境内。


 太陽はまだ真上にも来ていないが、暑さで地面が焼けているようだった。


 しかし、林の中に入れば不思議なくらい涼しさに包まれる。


 そんな神秘的な空間に、古びた神社が建てられていた。


 柳神社――


 古くからこの地にある神社らしい。


 そんな神社の石畳の上で、俺は辺りを見渡していた。


「報告書の場所はこの辺りだな」


 そして、朝霧の嬢ちゃんから聞いた自動販売機を確認した。


 俺は境内から林を抜けて、自動販売機のある道へ出てみた。


 スタジアムの方からこの販売機まできて、林に入り、男と女の姿を隠れて見ていた……か。


 なら、この辺りか?


 俺はそれらしい場所で腰を屈めて、男性がいたと思われる場所を見る。


 続いて女性が立っていた草むらの方を見る。


 遮るものは無し。


 この位置なら男も女も見えそうだな……。


「先輩!」


 突然の新人の声に俺は内心焦った。


「バカやろう! 脅かすんじゃねーよ」


「あ、すんません」


 連絡しておいた新人である天音が冷たい缶コーヒーを差し出してきた。


「嬢ちゃんは送ってやったのか?」


「はい、駅の近くにあるビジネスホテルへ送りました」


「そうか」


 俺は話を聞きながら缶コーヒーを開けて一気に煽った。


 冷たいコーヒーが乾いた喉を潤し、熱をもった体を冷やしてくれる。


 頭もスッキリしたところで、女性が立っていたと思われる場所を調べてみた。


「なぁ、新人よ。 お前さんの目から見て、この辺りに人が立っていた痕跡、わかるか?」


「見た感じは何もなさそうですが……」


 天音は地面に向かって腰を屈めて痕跡を探していた。

 

「……足跡も……特には」


「お前から見てもそう思うか……」


「それがどうしたんですか?」


 ハンカチで、流れてきた汗を拭いながら話した。


「報告書から見て、被害者が見ていた場所はあそこで……まぁ間違いないな」


「……それって」


「真っ先に疑われるのは、あの嬢ちゃんだ」


「幻覚剤を使ったとか……ですか?」


「……だが、深谷の時のことが説明できない。 薬物反応は出ていなかったからな」


「……」


 二人の間に沈黙が流れ、林の中から冷たい風が流れていった。


「俺は一旦署に戻って、もう一度調べてくるわ。 お前はあの嬢ちゃんの側にいろ」


「わかりました。 行ってきます」


 俺は署へ、新人は嬢ちゃんの所へ向かった。


    *


 ホテルへ連れてこられた私は実家へ連絡を入れていた。


『……それで、杏里は無事なの?』


「うん。 私は大丈夫だけど……」


『なら、一旦家に帰っておいで』


「わかった。 明日にでも帰るね」


 ピッ……


 スマホの通話を終えた私はベッドは倒れ込んだ。


 彩芽の死は未だ受け入れられていない。


 横になっていると涙が出てくる。


 泣きながら朝の出来事を……刑事さんが変なことを言っていたのを思い出した。


「なんで最後に私の名前を確認したんだろう……」


 そして……着物を着た女って……


 彩芽と関係あるの?


 ……わからない。


 日差しが部屋の中を照らし、ベッドの上で横になっていた私は、いつしか深い眠りについていた――。


 ……


 目を覚ますと部屋の中は暗い闇に包まれていた。


 私は備え付けのテレビの電源をつけ、灯りを確保した。


 まだ意識がハッキリしないが体は正直で、お腹の虫が鳴り出した。


「今何時なのかな……」


 普段テレビなどあまり見ないので、今やっている番組が何時のものかわからない。


「……時計どこだっけ?」


 ベッドの上にあった時計をみつけ、時間を見る。


「……もう直ぐ一時になるんだ」


 どれだけ眠っていたんだ私は。


「とりあえずコンビニで何か買ってこよう」


 私はホテルを出て、近くのコンビニへ向かった。


「おや、朝霧さん。 こんな夜更けにどうしたんですか?」


 男の人が暗闇から私に声をかけながら現れた。


 私が警戒すると、


「僕ですよ。 浅見署の天音です。 ホテルまで送ったの忘れましたか?」


 思い出した。


 確かに送ってもらっていた。


「あ、あの時はありがとうございます」


「わかってもらえたならいいですよ。 それで、こんな夜更けにどこへ?」


 天音刑事は私に質問してくる。


「さっき目を覚ましまして、お腹が空いてしまったのでコンビニへ買い物です」


「そうだったんですか」


「えっと……刑事さんはここで何を?」


 天音刑事は一度空を見上げてから、


「最近夜は物騒なんでね、見回りですかね……」


「……大変なんですね」


「そこのコンビニ? 僕も小腹が空いたから何か買おうかな」


 そう言って、私と同じコンビニへ入って行く。


 ピンポンピンポン……


 明るい店内は涼しく、空調が効いて気分も良くなってくる。


 私はパンコーナーに向かっていく。


 天音刑事も同じくパンコーナーへやって来た。


「お、コッペパンのあずきあるじゃないか」


 天音刑事はコッペパンとカレーパンを手にした。


 私はミニパンと蒸しパンを手に、ドリンクコーナーへ移動した。


 天音刑事もドリンクを持ってレジの方へ歩いて行く。


 私もドリンクを手にして後を追って行く。


 レジに行くと天音刑事が手招きをしている。


 私は近くに寄ると、


「彼女の会計も一緒にしてくれ」と言って会計を済ませてくれた。


 私と天音刑事はコンビニを出て、私は天音刑事に、お礼を言った。


 天音刑事は構わないよと言ってくれた。


 その時、天音刑事の、スマホの着信が鳴った。


「もしもし、天音です。 なんだ先輩ですか」


 天音刑事の電話が終わるまで私は街灯の下で待っていた。


「……ええ、今一緒にコンビニを出た所です。 は? そんな事してないですよ」


 友達なのかな?


「え? 本当ですか!? はい……はい……わかりました。 連れていきます」


 天音刑事は通話を終えて、私の方に歩いて来ます。


「朝霧さん。 すまないが署まで一緒に来てください」


「え? 何故ですか?」


「詳しくは言えませんが、緊急なので引っ張ってでも連れていきます」


 どうやら何かあったようだ。


 それに私が連れていかれるという事は、彩芽の事にも関係があるはず。


「わかりました。 行きます」


 私は天音刑事と共に浅見署へと向かっていった。


    *


「先輩! 戻りました」


「おう、来たか」


 先輩は何かを見ながら手招きをしている。


 俺は朝霧さんと共に先輩の近くに移動した。


「まず、聞いておきたいがお前と朝霧の嬢ちゃんはずっと一緒だったのか?」


「俺が朝霧さんと会ったのは一時過ぎでした」


 朝霧さんも頷いて、


「夜中にお腹を空かせて目を覚ましたら一時前でした」


 その言葉を聞いて先輩は紙を見ながらコーヒーを一口飲んだ。


「新人、これ見てみろ」


 俺は先輩から受け取った紙を見た。


 発生時刻は……三十分前……被害者は……警邏中のパトカー……一名が意識不明の重体!?


 俺の驚いている姿を見て先輩が「現場には別の奴が向かっている」と言ってきた。


「でな、もう一人の報告なんだが、着物を着た女性が暗がりを歩いていたのを発見して、降りて職質を始めたら突然苦しみ出して倒れたんだと。で、待機してた方も急いで車を降りたらすでに女性の姿が消えていたそうだ」


 俺はそんな事あるのかと思いたいが、俺も前に署内で見かけた事がある。


「先輩、もしその女性を見たら死ぬかもしれないなら俺も少し見たから……」


 そこまで言って横を見たら、朝霧さんが青ざめた顔で倒れそうになっていたので、椅子に座らせた。


「お前が前に見たってやつか……だが、お前さんなんともないんだろ?」


「はい。 問題はありません」


「そういう事だな。 何かしらの方法で殺害に及んだか……」


「……何も手掛かりがありませんね」


「新人、お前しばらくその嬢ちゃんから離れるな。 いいな?」


「わ……私が犯人と思われているって事ですか?」


 青い顔をした朝霧さんが口を開いた。


「それもあるが……もし犯人がいたとしたらお前さんも狙われる可能性があるんだよ」


 先輩はこれでも気を使っている。


「……それにしてもなんなんですかね、この着物を着た女性は」


 その問いに答えるものは……誰もいなかった。


 重要参考人 終

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