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名を呼ぶもの

 歓声が沸くベースボールスタジアム。


 延長16回でようやく勝負がついた。


 既に帰りの電車は無く、タクシー乗り場には沢山の人が並んでいる。


 誰もが同じことを考えている。

 

「あやめ、どうする? タクシー待つにしても時間かかりそうだよ?」


 私、朝霧あさぎり 杏里あんりは、大学の友達、滝沢たきざわ 彩芽あやめと二人で野球観戦に来ていた。


 試合は両者共に譲らなく白熱した試合運びとなり、こんな時間になってしまった。


「今何時かな……二時、前かぁ」


 腕時計をみて彩芽は悩んで、顔をこちらに向けてきた。


「杏里、ここから1時間くらい歩けば帰れるけど、どうする?」


 私は悩んだが、タクシーを待つより早いと判断した。それに、私と彩芽は同じアパートだ。お互い一人になってしまうことはない。


「わかったよ。 歩いて帰ろうか」


 私と彩芽は今日の試合思い返し、話ながら歩いていく。


「今日の試合は緊張の嵐だったよね! あのピッチャーさ、土壇場強すぎ!」


 彩芽が興奮して握り拳を作って空を見上げている。


「わかる、わかる! あそこはもうだめだ! 終わった! って思ったよね」


 私も興奮していて、ボールを投げる仕草をした。


 そんな話をしていたら、いつの間にかアパートの近くまで来ていた。


 この先は、少し薄暗い。


「ねえ、何か飲む?」


 彩芽はのどが渇いたらしく先に見える自動販売機を指差した。


「私は大丈夫だよ」


「なら、ちょっと買ってくるね」


 別に走らなくてもいいのにと思いながら、走っていく彩芽を見ていた。


 自動販売機に近くの街灯が、


 不規則に点滅している。


 私は彩芽を見た。


 彩芽は自動販売機ではなく、反対方向に向かって歩き出していた。


    *


 私は杏里を置いて自動販売機まで走ってきたが、後ろの林の中から声が聞こえたので、気になってしまった。


 気がつけば自動販売機に背を向けて、声がするほうへ歩き出した。


「こんな時間に、しかもそんな格好で君は何をしているんだい?」


 声からしておじさんのようだ。


 向かいにいるのは——


 ……着物を着た人が見えた。


 私は息を潜め、二人のやり取りを見ていた。


「おじさんが送っていってあげるから、ここは暗くて危ないよ?」


 その人影は女の子だった。


 女の子は動く気配がない。


「ほら、ついておいで……えーと、君名前は?」


「……あんり」


(……あんり?)


「あんりちゃんね、ほらついておいで」


 歩き出したおじさんは、


 少し歩いていくと——


 突然もがきだした。


 苦しそうに手を伸ばして——


 ゆっくりと倒れていった。


 私は何かの冗談かと思ってみていたが、

 

 身体が言うことを聞かず、動けなかった。


 おじさんに気を取られていたが、女の子の方に目を向けると——


 そこには最初から誰もいなかったみたいに、


 ただ、草が揺れているだけだった——


「彩芽!」


 後ろから私を呼ぶ杏里の声が聞こえた。


 しかし、私は倒れたおじさんが心配で、歩き出す。


 先ほどとは違い、身体は動く。


「おじさん! 大丈夫ですか!?」


 おじさんはぐったりとしていて、白眼を剥いている。


 私は震える手で、スマホを操作して救急車を呼んだ。


『火事ですか、救急ですか?』


「救急です! 人が倒れていて、動かないんです!」


 私は動揺しながらも、この場所を伝え、救急車が来るまで、言われるままに状況を説明していた。


 夜中なので、救急車は直ぐに駆けつけてきた。


 腕時計を見ると、既に三時半を回っている。


「杏里……私、人が倒れるの……」


「彩芽……救急車きたから……もう、大丈夫だよ」


「うん、それで私も一緒に病院に行くことになったから、また後で連絡するね」


 こうして私は杏里と別れて救急車に乗り込んで行った。


 後を追うように、冷たい風が吹き抜けていく——


    *


 彩芽は救急車に乗って行ってしまった。


「彩芽、大丈夫だよね……」


 彩芽を乗せて走り去った救急車の方を一度見て、私はアパートへと向かった。


 アパートに着いた時は四時を回っていた。


 私は眠い目を擦りながら、シャワーを浴びる。


 壁に手を付け、彩芽の事を考えていた。

 

「彩芽、震えてた……」


 シャワーを終えて、パジャマに着替えてからベッドに倒れ込み、そのまま意識を手放した——



 日差しが顔を照らし、


 眩しさで目を覚ました。


 時刻は十三時十二分。


「……彩芽!」


 私はベッドから飛び起きて、


 パジャマ姿のまま、隣の彩芽の部屋へ向かった。


 ピーンポーン……


 ピーンポーン……


 部屋の中から物音が聞こえてきた。


『どちら様ですか?』


「彩芽! 私だよ、杏里」


『あんり! 今あけるね』


 ガチャリと鍵を開ける音がすると、


 扉が開いて、彩芽の顔が出てきた。


「あんり……その格好」


「あっ! 急いできたから」


「とりあえず入って」


 私は少し恥ずかしかったが、部屋へお邪魔する事にした。


「適当に座ってて」


 彩芽がキッチンに立ちながら私に声をかけてきた。


 言われた通り、適当に座って待つことにする。


 彩芽はコーヒーを持って手渡してくれた。


「ありがとう」


 私はお礼を言ってから一口飲んだ。


「それで、どうだったの?」


 私が口を開いて聞いてみると、彩芽はテーブルに突っ伏した。


「それがさ……あのおじさん、亡くなっちゃってたんだよ」


 私は驚いてしまった。


 人の死がこんな近くにある物なのかと、


「その後にさ、警察も着たんだよね……」


「警察も来るの?」


「そうみたいなんだよ。 死因が不自然だからってしばらく事情聴取されていたんだよね」


「もう……大丈夫なの?」


「……どうなのかな、何かあったらまた呼ばれるみたいなんだよね」


「彩芽は何もしていないから大丈夫だよね?」


 私は何と無く嫌な予感がした。


「そんなわけで、しばらく出かけられないかな」


 彩芽は笑っているが、よく見ると体が震えていた。


「……無理しないでね」


 その一言が彩芽の感情が崩してしまった。


「あんり……私怖いよ……」


 彩芽は声を殺しながら涙を流し始めた。


 そんな彩芽を抱き寄せて背中を撫でてあげた。


 彩芽はすすり泣いている——


 

 長い事泣いていたが、どうやら落ち着いてきたみたいだ。


「あんり、ありがとう」


「ううん、これくらいしか出来ないけど」


 彩芽は抱き着いてきた。


 耳元で、それでも助かるよと言ってくれた。


「そういえば彩芽は疲れていないの? 寝てないんでしょ?」


 彩芽は特に眠くな無いと言った。


 しかも、凄く調子がいいかもとも言った。


「無理はしないでね」


「ありがとう。さすがは私の友達……いや親友だよ」


 私もその言葉で笑顔になった。


「明日は講義出るんでしょ?」


 私は現実問題を彩芽に突き付けた。


「出るよ」


「私も出るけど、レポート途中だし……ね」


「!? レポート! 忘れてた!」


「……がんばれ親友」


「あんり~……見捨てないでよ~」


 私は手をふてコーヒーのお礼を言って自分の部屋に戻ろうとした時、


 何か——


 冷たい何かが私の横を通り抜けた気がした——


 (気のせいだよね……)


 どういうわけか、腕に鳥肌が立っていた。

 

 私は振り返り、彩芽を見た。


 何も変わりがないはず——


 なのに違和感だけがあった。


    *


 私は昨日、彩芽の部屋を出るときに感じたものを——


 教室の席に座っていたら、ふと頭をよぎった。


 関係が無いといいけど、彩芽が来ていない事と関係があるのかと勘ぐってしまった。

 

 今朝、一緒に行こうと誘ったんだけど、


「先に行ってて」と言われて来たものの当の本人は姿を見せない。


 講義が始まり、淡々と教授の言葉が流れていく。


 いつの間にか、講義も終わりを迎えた。


 (今日はこの講義だけだから、帰りに彩芽にケーキでも買っていってあげるかな)


 私は大学を後にして、近くのケーキ屋に寄ってから家路についた。


 辺りはまだ明るい。


 なのに何故かアパートのランプが不規則に点滅していた。


 私は彩芽の部屋に直接向かっていった。


 ピーンポーン……


 ピーンポーン……


 中から静かな物音が聞こえてきた。


『……どちら様ですか?』


 元気のない彩芽の声が聞こえてきた。


「彩芽、私だよ杏里だよ」


『あんり? ……今開けるね』


 ガチャリと鍵が開いて、ドアが開かれた。


 そこにいたのは昨日とは打って変わってげっそりとした彩芽が顔を覗かせた。


「あ、彩芽! 何処か具合が悪いの?」


「……うん、少しね」


 少しと言っているが、明らかにおかしい……


「病院行く? 一緒に行くよ」


「大丈夫だよ……横になっていれば良くなるよ」


「……本当?」


「うん、本当……」


「これ、ケーキ買ってきたんだよ。 後で食べて」


「ありがとう、嬉しいな……」


 とてもそうは見えないけど、


 明日もこんな調子なら無理にでも連れて行こう。


「……もし、何かあったら呼んでね? 隣なんだから」


「うん……その時は頼むね」


 それだけを言って、彩芽はドアを閉めた。


「……早く良くなってね」

 

   *


 ゴトン……


 バタン……


 夜中に物音で目を覚ました、


 時間は3時過ぎだ。


 耳を澄ますと。


 ゴトン……


 何かが倒れる音……


 バサッ……


 何かを投げる音……


 物音は彩芽の部屋から聞こえてくる。


 私は上着を羽織、彩芽の部屋へ向かった。


 ピーンポーン……


 ピーンポーン……


 中からガタタタと物音が聞こえてくる。


「彩芽……彩芽……」


 コンコン


 ノックをするが物音だけが聞こえてくるだけだった。


 彩芽が出てくる気配が無い。


「……どうしよう」


「何かあったのかな」


「……うん、警察に連絡入れておこう」


 大変な事になってるかもしれないので、私は警察に連絡を入れた。


 十五分くらいすると、パトカーが一台やってきた。


 二名の警察官が車から降りてこちらにやってきた。


「あなたが連絡を入れた人ですね?」


「はいそうです」


「状況は?」


「友達なんですけど、部屋の中から物音だけが聞こえてくるだけで、チャイムを押しても出てこないんです」


 私は警察官を連れて彩芽の部屋の前までやってきた。


 耳を澄ますと部屋の中から、物音がしている。


 何かを投げる音。


 たまにうめき声が。


「すみません、離れていてください」


「なにを?」


 警察は何も言わずにドアをこじ開けて中に入っていった。


「滝沢さん、滝沢彩芽さん、何処ですか?」


 警察官二人は部屋に入り中を見渡した。


 私も後を追って入っていった。


 部屋の中は昨日とは違い、凄く荒れていた。


「居ました!」


 もう一人の警察官が彩芽を見つけた。


 彩芽は部屋の隅で毛布に包まって震えていた。


「滝沢さん、もう大丈夫ですよ」


 警察官が安全だと言っても彩芽は首を振って怯えているだけだった。


「朝霧さん、彼女の身に何があったかご存じですか?」


 私は記憶を辿っても、おかしくなる様な事はなかった——が


「一つ、関係があるか分かりませんが」


「どんな事でも構いませんよ」


「一昨日の夜の事です。 私と彩芽が野球の試合を見に行った帰りの事なんですが、帰りに彩芽が男の人が死んでいる所に出くわしたんです」


「一昨日……確かに署の中で話がありましたね」


「それで私と彩芽は、そこで別れたんです、彼女は救急車にのって行ってしまったので」


「彩芽が帰って来たのは一昨日の昼頃だったと思います」


 警察官の一人が無線で確認を取っている。


「彩芽、病院行く?」


 彩芽はひたすら拒否をしている。


「どうしよう……」


「朝霧さんはここにお住まいなんですよね?」


「はい、隣の部屋です」


「彩芽、私と一緒にいる?」


 彩芽は私を見ながら弱弱しいが、しっかりと頷いた。


「あの、私の部屋で一日ゆっくりさせていようかと思いますが……」


 警察官が二人で何やら話している。


 無線で何か話している。


「わかりました。 明日、時間は遅くなると思いますが別の者が来ると思います」


「わかりました」


「それでは、我々は戻ります」


 そう言って警察官はパトカーに乗って戻っていくのだった。


「彩芽、私の部屋に行こう」


 震える彩芽を連れて部屋に戻っていった。


    *

 

 その日の夜。


 彩芽がまた怯えだした。


 彼女は私の部屋に来てから一睡もしていない。


 聞いてみたら、眠れないそうだ。


 もう直ぐ日付が変わる時間だ。


 結局代わりの警察の人が来ることはなかった。


 私は彩芽にコーヒーを差し出した。


 彩芽は震える手で受け取り、涙を流しながらコーヒーを飲みだした。


「ごめんね……ありがとう……」


 その呟きは何回も繰り返されていた。


「……もう……いやだよ」


 彩芽がどうしてこんな目に合うんだろう……


 憤りを感じていると、チャイムが鳴った。


 ピーンポーン……


 時間はまもなく一時になろうかという時間だった。


「はい、どちら様でしょうか?」


『浅見署の者です。遅くなって申し訳ありません』


「今開けます」


 私はドアを開け警察の人を見た。


 二人は制服ではなくスーツ姿の人だった。


「夜分遅くにすみません。 それで問題の方は奥ですか?」


「はい、こちらです」


 私は二人を部屋の中に招き入れ、彩芽の様子を見せた。


「先輩、彼女の様子……」


「あぁ、この間の奴と同じだな」


「彼女の様子がおかしくなったのは昨日からと伺っていますが間違いないですね?」


「はい、そうです」

 

 年配の人が彩芽の様子を見ている。


 彩芽は震えている。


「彩芽、大丈夫だよ警察の人も来たから大丈夫……」


 私は彩芽を抱き寄せて落ち着かせようとした。


「もういやだよ……あなた……いったいなんなのよ……」


「彩芽? 何を言っているの?」


 二人の警察の人を私は見た。


 二人も首を振っている。


「もう嫌だ……たすけて……たすけてよ……」


 泣きながら


「たすけてよ……あんり……」


 彩芽の一言が二人の警察の顔が強張った。


 彩芽が震えだした。


 私は抱き寄せたまま彩芽の名前を呼び続けた。


 しかし、彩芽は、


「……あ……ん…………り」


 私の耳元で、その言葉を最後に、


 彩芽の力が抜けていき——

 

 二度と動くことは無かった。



名を呼ぶもの 終

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