丑の刻の名
——丑の刻、
童女を見ることあらば、
その名を問えば、災い招くべし——
某街――深夜のコンビニエンスストア。
道路にある街灯が幾つか点滅している。
三人の若い男達が、駐車場の一角を抑え、煙草をふかしながら談笑している。
「おい、あれ見ろよ」
一人の男が路地から出てきた少女を見ていった。
その少女は、今では珍しい着物姿をしていた。
髪の毛は背中まで伸びた黒髪。
顔は隠れて見えない——
男達は気がついていない。
少女の足音が聞こえていなかったことに——
三人はそんな事は関係ないとばかりに、少女に近づき、
「彼女、こんな時間に一人であぶないよ?」
「そうそう、危ない人がいるかも知れないから俺たちが送ってあげるよ」
「可愛い顔して、誰かに攫われるといけないから俺たちが送ってあげるよ」
二人はにやつきながら少女を舐めるように見て、もう一人は黒いミニバンを出してきた。
男達は半ば強引に少女をミニバンに押し込み、走り去っていく。
その間、少女は黙ったまま俯いていた。
*
少女を乗せたミニバンは人気のない埠頭まで走ってきた。
男達はなれた手つきで倉庫の鍵を壊し、中へと侵入する。
「ここなら誰も来ないぜ」
「おい、早くしろよ」
「今から可愛がってやるぜ」
男は少女を、乱暴にマットへ押し倒した。
一人はスマホで録画を開始した。
男達は上着を脱ぎ捨て、少女のきものをはぎ取ろうとし、
「おいお前、名前は何ていうんだ?」
「名前なんてどうでもいいだろ! 早くしろよ」
「うるせー! 名前言った方が高ぶるだろうが!」
二人が言い争いを始めようとしたとき、
少女が呟く。
「……あんり」
「ん? あんり? あんりちゃんて言うのか」
もう一人が口笛吹いて、
「あんりなんて、かわいい名前じゃん」
二人が名前を口にした直後、
辺りが急激に冷え始め、重苦しく、息苦しい空気に変わった——
「……っ」
口笛を吹いた男の顔が青ざめていき、
声にならない声を上げ、
喉を押さえ、口から泡を吹きながら白眼を剥いて倒れた。
少女を乱暴に押し倒した男も同じ様に、
喉や胸をかきむしりながら、
少女に手を伸ばしながら――
そのまま崩れ落ちた。
男二人の意識は、
深い闇の中へと沈んでいく——
少女はいつの間にか立ち上がっていた——
裾の乱れも無く。
少女は音もなく歩き出す――
スマホを持った男は、
スマホを投げ捨て逃げようとしたが。
足がもつれて転んでしまった。
男は恐る恐る顔を上げ、
周りを見回すが——
少女の姿は無かった。
扉は閉まったままなのに――
まるで最初から、
その少女は存在していなかったかのように——
建物の中に音もなく、冷たい風が吹き、纏わり付いてくる。
男はその場から逃げ去っていった――
*
『本部、こちら四号車。倉庫にて傷病者二名発見。反応無し。事件性の可能性あり。至急応援を要請します。』
この連絡を受けて一課からは、俺と先輩の二人で現場にやってきた。
すでに現場には他の職員が検証を行っていた。
表には乗ってきたであろうミニバンが停めてあった。
倉庫の中、若い男性が二名変死体で見つかった。
倉庫の鍵が壊されてはいるが、現場で争った形跡は無い。
死体の近くにはスマホが落ちていたとのこと。
「新人、どう思う?」
先輩に聞かれ、背筋を伸ばした。
——刑事一課、配属初日。
天音 陽太、それが俺の名前だ。
目の前にいるのは、砂原 鬼造。
その男が険しい顔でこちらを見てきた。
「現場は争った形跡はなし……苦しみながら亡くなった様子……薬物ですかね?」
俺が答えると、
「どうだかな……外れとも思えんがな」
先輩は少し考え込みながら、辺りを見回した。
「……厄介だな、こりゃ」
先輩の呟きは誰にも聞かれることはなかった。
先輩と俺が表にいる鑑識に声をかける。
「兄ちゃん、後で報告回してくれや」
そう言って立ち去ろうとする先輩に、
「え? それだけですか?」
俺が驚くと、
「馬鹿野郎、んなわけあるか」
そう言って車に乗り込み、
「ほれ、たらたらしてねぇで乗れ!」
言われるがまま、俺も車の助手席に滑り込んだ。
「後は他の奴らに任せてある」
険しい顔で言い放つ。
「それで……どこへ行くんですか?」
俺は気になって尋ねてみた。
「コンビニだよ」
先輩は一度こちらを見てから、顔色一つ変えずに答え、車を出した。
俺はあっけにとられて何も言えなかった。
*
道中一言の会話もなく、コンビニにやってきた。
先輩は車を降りてコンビニの中に入っていく。
俺も慌てて追いかけた。
先輩は缶コーヒー二本とパンを二つ手にレジへと向かった。
レジで先輩は店員に、
「なぁ……この車見たことあるか?」
いつの間にか倉庫前に止めてあった車を、先輩は自分のスマホに納めていた。
店員は怪訝な顔で先輩を見るが、
先輩は懐から手帳をちらりと見せた。
すると店員は態度を変えて、協力してきた。
「この車なら、夜になるとよく来ますね」
「昨日は?」
「はい、確かにいました。端の方に停めていましたよ」
「で?」
「店内から見えた感じだと——二人が歩いていき、もう一人が車を動かしてから、乗り込んで移動していきました」
「そうか……悪かったな、仕事中に」
「いえ」
先輩は小銭を募金箱に入れて店から出ていく。
俺も後を追った。
車に乗り込んだ先輩と俺は、
「食っとけ」
先輩は俺にパンとコーヒーを手渡してきた。
「すんません。いただきます」
先輩はパンをかじりながら言った。
「当たりだな」
「え? あたりですか?」
俺はコーヒーの缶を眺めていた。
「馬鹿か、三人目が居たんだよ」
「……っ!」
俺は恥ずかしさのあまり視線をそらし、
コーヒーを一口飲んで気を取り直した。
「聞き込みですか?」
「それもあるが、車の所有者がどうなっているかだな……」
そう言って先輩は残りのパンを口に押し込んだ。
「一度この辺りを回ってみるぞ」
「はい!」
返事をして、俺も残りのパンを口に放り込んだ。
*
昼過ぎ、俺と先輩は一度署に戻ってきていた。
「鬼さん、例の車の所有者がわかりました」
「……で、スマホは?」
「触れていません、令状待ちです」
鑑識の人が困った口調で先輩に告げる。
先輩は所有者の名前の書かれた紙を貰った。
「間怠っこしいな」
先輩は歩き出した。
「先輩!どこへ!?」
俺はまさかと思い声をかけた。
「決まってんだろ、鑑識にちょいと聞きに行くだけだよ」
俺は確信した。
絶対に嘘だ――
先輩の後ろに付いていき、証拠品が集められた鑑識までやってきた。
「邪魔するぜ」
「鬼さん! またですか!?」
先輩はいつもこうなんだろうか……。
「かてぇこと言うなよ」
「ちょっと中みるだけだ」
鑑識は呆れた溜め息をつくばかりだ。
「……新人、これ見ろ」
先輩は紙切れと、スマホに表示された名前を見た。
「……同じ名義」
「だろ」
スマホの電源を落とし、鑑識に返した。
「令状取るぞ」
先輩一言で慌ただしくないく。
「新人、お前こいつの家張り込め」
「はい!」
先輩から住所の書かれた紙を貰い、俺は現場に車を飛ばしていく。
*
俺は住所に書かれた容疑者宅の近くに車を停めて、アパートの部屋を確認する。
「カーテンは……閉められているか」
張り込みしてから何時間経過したのだろうか、
辺りは薄暗くなり始めてきた。
そんなとき、窓をノックする音が聞こえてきた。
コンッコンッ……
俺はノックが聞こえた助手席の方を向くと、
ドアが開かれ、
先輩が乗り込んできた。
「どうだ?」
「動きはありませんね」
そう答えると、
先輩はビニール袋を俺に手渡してきた。
「俺が見とく、食っとけ」
俺は先輩にお礼を言ってから、
パンにかじりついた。
俺は食べながら聞いた。
「令状の方は大丈夫何ですか?」
先輩の視線は部屋から動かさずに、
「問題ねぇよ、後から来る」
辺りはすっかり暗くなっている。
部屋にはカーテンが閉まっている。
そんなとき先輩は身を乗り出し、部屋を凝視した。
「居るな」
「え!?」
俺にはわからなかった、
「わかるんですか?」
こちらを見ずに、
「当たり前だ、どんだけ現場に出てると思ってるんだ」
俺は改めて先輩の凄さを見せ付けられた。
そんな先輩と共に部屋を見ていると、
先輩のスマホに着信が来た。
先輩がスマホを確認すると、
「出るぞ」と言って、車から降りてアパートの入り口に向かって行った。
俺も後を追う。
「令状お持ちしました」
それだけ聞くと先輩は容疑者の部屋をノックした。
「深谷さんいますか? 警察です」
コンッコンッ
暫くすると中から、
ゴソッ……バタン
物音が聞こえたが、
それ以降は物音一つしなくなった。
「……やべぇな」
先輩がドアこじ開け、
「入るぞ!」
「はい!」
俺も先輩の後を追って入っていく。
中にはいると部屋は散らかり放題。
衣類がハンガーに掛かっている。
衣類が詰まれた奥に、毛布を被って震えている男がいた。
先輩が声をかける。
「お前が深谷正春だな?」
男はただ震えているだけだった。
「ヤクでもやってんのか? おら、立て!」
先輩は強引に深谷を立たせたが、先輩の手を振り払って、再び毛布にくるまった。
「……構わねえ、連れてくぞ」
俺たちは深谷を連れ、署に戻るのだった。
――署に着いたので、男を一旦休ませた。
俺たちも一旦部屋に戻り、自分のデスクに座った。
「新人、お前も少し休んどけ」
「わかりました」
疲れや睡眠不足だっのか、すぐに眠りに落ちていった。
「――きろ、起きろ新人!」
頭を紙の束で叩かれた。
頭を押さえながら、どうしたのか聞いたところ、
「奴さん意識がはっきりしたみたいだ」
そう言って取調室へ向かっていく。
俺は腕時計で、時間を確認した。
00時49分
「もう直ぐ一時か……」
取調室へ入っていくと、
深谷が椅子に腰を掛けていた。
向に先輩がすわる。
「おまえさん、体調は大丈夫か?」
当たり障りのない事から入っていく。
「はい、……ここに来てから落ち着いてきました」
深谷は弱々しく答えた。
「なら、単刀直入に聞くぞ」
先輩は相手を威嚇するような、鋭い眼差しで睨みつけ、
「二人をやったのはお前かだな?」
「!? 違う! 俺じゃねぇ!」
深谷は大声を上げて否定した。
「だがな、お前しか考えられねーんだわ」
先輩は深谷の言葉を無視して睨みながら続ける。
「ならよ、お前が違うという事を証明出来るか?」
深谷は一度黙り込み、何かを思い出そうとテーブルにひじを突き、頭を抱えた。
先輩はその姿を見ながら黙っていた。
深谷が何かを思い出し、顔を上げた。
「……スマホ、俺のスマホだ! あれに動画を撮っていたんだ」
その言葉を聞いて先輩は俺に指示を出す。
「新人、悪いが鑑識行ってコイツのスマホ持って来い」
「わかりました」
「深谷、おめーさんも少し落ち着け」
先輩は一度深谷を落ち着かせている。
俺は取調室を出て、鑑識の元へ急いだ。
「すんませーん」
俺は鑑識の部屋に入り、先輩の指示ということで、深谷のスマホを借りた。
「お前も大変だな、天音」
「いえ、これも仕事のうちです」
「気張りすぎて倒れるなよ? もう1時回ってるんだからよ」
「そうですね。 ても、もう少しですから」
軽く会話をしてから取調室へと戻る。
戻る途中、廊下の蛍光灯が点滅し始めた。
「なんだ? LEDなのにもうだめになったのか? 安物使うからだ……」
少し愚痴りながら角を見ると、
着物を着た人影が――立っていた気がした。
不振に思い、駆け出して角をまかってみると、
――そこには誰も居なかった。
「疲れているのか……」
頭を降って、気を持ち直してから取調室へ向かった。
「戻りました」
俺は取調室へと入って先輩にスマホを渡した。
「ご苦労だったな」
先輩がスマホを操作して、動画の一覧を表示する。
「おまえさん、他にやることねーのかよ」
動画の一覧を見て、愚痴をこぼした。
そして、犯行時間と思わしき時間と一致する動画を開いた。
「どうです? 俺じゃないでしょ?」
深谷は動画を見ている先輩にそれが証拠と言わんばかりに前のめりになって聞いてきた。
「……なんだこりゃ」
そう言って先輩は深谷にスマホを向けて、
動画を再生した。
深谷は動画を見ながら震えだし、そして叫んだ。
「なんだよこりゃ! ふざけんな! あの女はどうした! 映ってねーじゃねーか!」
女という言葉に先輩は反応した。
男は叫び続けている。
「あの! あの着物を着た女! 確か、あんりとか言ったクソ女が!」
言った瞬間、取調室の気温が下がった感じがして、
蛍光灯が点滅しだした。
俺や先輩は一度天井を見上げてから直ぐに視線を深谷に戻した――
深谷は息を詰まらせ、
声が出せないのか――
横へ倒れ込んだ。
深谷は二度と動くことはなかった――
深谷の言った着物を着た女、
あんりとは誰なのか――
不審な点ばかりの事件となった――。
――丑の刻、
その名を呼んでは
ならない――
丑の刻の名 終




