もう一人
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チックルが指を構えた時、試合の終わりが近い事を皆が予感していた。
本気の指突が3メートル先に打ち込まれる。
一度目の衝撃を胸に受けた父首中は顔をしかめて前かがみに倒れかける。直後にきた二度目の衝撃で膝から床に崩れ落ちた。
ブッブー
「無効」
指子は唇を嚙んだ。チックルは一本を取る気はない。正確な指突が出来るのにわざと外した。あくまでも乳首を当てるという競技ではなく打撃で叩きのめし相手の時間切れで勝つつもりだ。
それは圧倒的な力で相手を潰して勝つ、かつてのチックネンのような戦い方だった。
チックルは腕を組み、仕留めた獲物を見下ろしじっと試合の終わりを待っている。
いつもならこれで終わるはずだったが今回は違った。
観客がざわめく。
父首中が目を開け、何事もなかったかのように立ち上がりチックルを睨みつける。
「どうゆうことだ。気持ちわりーな。ゾンビかお前は?」
チックルの本気の指突を喰らって今まで立ち上がった者はいない。チックルは驚き、動揺を隠せなかった。
父首中は突然腰を振り出した。フラフープを回す少女のように。次は尻を後ろに突き出し上下に腰を振り出した。手を組み人差し指を立てると、上下に振り出した。
「なんだこいつ。俺の指突でイカれてしまったのか?」
チックルは意表を突かれて笑った。チックネンも指をさして父首中の奇行を笑っている。
観客席がざわざわし出す。笑いが起こっている。
「どうしたんすか部長は?何であんな変な動きを?俺は同じチームだと思われたくないっす」磁場流は顔を隠して下を向いた。
指子はじっと見ていた。その動きを以前見たことがあった。
そうだ。小五の時、父首中は得意げにあんな行動をとっていた。立ち上がった父首にはかつての煌めきが溢れている。
指子はふと思う。
あの煌めきはいつ消えてしまったんだろうか。
小五の時、女子に乳首当てをした父首中は大人達に激しく叱られた。自分は悪い事をしたのだと強く思い込み、自責の念に駆られて自ら煌めきを消してしまった。それ以降はいくら練習しても上達しない、素振りするだけの凡人になっていた。熱い思いはいつも空回りして哀れなほどだった。
父首中の煌めきが、まだ消えていないとはっきり指子が気づいたのは高校生になって再戦した時だった。
危機がおとずれる時だけ奥底の乳首当ての天才が顔を出す。煌めきは最初は一瞬だけだった。それが徐々に長く出てくるようになった。だが、その時の記憶は無いと言っていた。あの時父首中は二人に分かれてしまったのだ。
そして今、目の前で腰を振ってる男は完全にあの煌めきの方だ。
急に動きを止めた父首はチックルを睨みつけた。
「俺は許さないと言ったよな」
「だから、お前に何が出来るってんだよボケ」
足を広げた父首中は乳首必中の構えをしている。
チックルはニヤけて「お前は打撃が出来ないんだろ。無理すんな」
寸止次郎が驚いて言った。
「あの構えは夏合宿の時に見た刈首満子の必中の構えです。指子先輩」
「彼はいつも自分は何も出来ないと嘆いていたけど、既に身につけていたんだわ」
その構えを見たチックネンは苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「ミツコヲコロセ。チックル」
「何を言ってるの。今はこっちが殺す番よ婆さん」
父首中は思い切りチックルに乳首必中の突きを放った。その時、試合場の周りに強い風が吹きつけた。
「うがあああ」
チックルの体がワイヤーアクションのように宙に浮き後方に3メートル程飛んだ。
「嘘でしょ」
指突で人が飛ぶなんてことは有り得ない。それぐらいの衝撃が当たったなら体に穴が開いていなくてはおかしい。突きは大きな力の塊となってチックルの体を飛ばしたのか。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
ピンポンピンポンピンポンピンポン
ピンポンピンポンピンポンピンポン
ピンポンピンポンピンポンピンポン
判定機械からの音が止まらなくなる。
副審は慌てて言った。
「一本」
激しく床に叩きつけられたチックルは仰向けになり動かなくなった。それを見ていたチックネンは慌てて椅子から立ち上がると急いでチックルの元に向かう。
「チックル。チックル」
混乱したチックネンはチックルの胸ぐらをつかみ往復ビンタをして目を覚まさせようとしていた。
それを見ていた大会スタッフ数人が慌ててチックネンの元に来た。
「動かさないでください。そのままにしておいて。救急車を呼びますから」
次の瞬間、大会スタッフはその場に次々と倒れた。邪魔されたと思ったチックネンが指突したのだ。
指子の体は勝手に動いていた。チックネンの前で片指指殺を連打していた。
攻撃され最初は戸惑っていたチックネンだったが、憤怒の表情で指子に超高速指突を繰り出す。防戦一方になる指子。
「何で踊ってんすか指子先輩?」
何が起こっているのか磁場流は全然わかっていなかった。
寸止がチックネンと指子の間に入る。寸止が指突を喰らい倒れる。指子はチックネンから距離を取った。
「本当に化物だわあの婆さん。あんな超高速で強烈な指突をするなんて」
そこに打撃が使える胸筋太郎らがチックネンの暴走を止める為に加勢にやって来た。チックネンに向かって指突する。激高したチックネンの指突の嵐が吹き荒れる。
岩永辰也がはすぐ気絶して倒れた。他の高校生達も倒れていく。
胸筋太郎はその胸筋の厚さでなんとか意識を保っていた。
「やっぱり俺達が止めるのは無理だ。世界女王の指突は凄まじい。現役だったら殺されてるかもしれない」
ふと父首中の方を見る胸筋太郎。
「何をしているんだあいつ?」
父首中は顔の前で前腕をクロスし手の甲をチックネンに向け指を立てていた。
「あれは霧笛の必殺技。ムテキスペシャル」
指子は目を細めて「ネーミングセンスが酷いわね。でも中君はその技がカッコいいから俺もやりたいと言ってたわ」
父首の腕が滑るように前に出る。指揮者の激しくも滑らかな腕の動きだった。最終ポーズは6メートル先のチックネンを両人差し指で捉えていた。
「ぐぼっ」
大きな音がしてチックネンが後ろに転がる。
「なんだと。1回見ただけでムテキスペシャルを完コピしたというのか父首中?」
胸筋太郎は目を丸くしていた。
チックネンは倒れていたが、すぐに起き上がり正気を取り戻したようだ。
チックルの所に行って泣き叫んでいる。
その時、父首中は力なく前に倒れて動かなくなった。
寸止の様子を見ていた指子と磁場流は父首の元に駆けつける。
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「というわけです部長」
「そうだったのか。全く記憶は無いが俺は大活躍だったようだな。それで寸止は大丈夫なのか?」
「大丈夫みたい。寸止が間に入ってくれなかったら私も危なかったわ」
指子は磁場流を横目で見て「お前は何の役にも立たなかったわね」
「しょうがないっすよ。俺は倒れる人を見て細菌兵器がばらまかれたのかと思ってましたから」
その後、会場に救急車が到着しチックルは担架に乗せられチックネンと一緒に病院に向かった。
俺は時折激しい胸の痛みがあったものの立ち上がれるまでには回復していた。
他の選手や大会スタッフも意識を取り戻し、大事には至らなかった。
俺はチックルに勝ちベスト8になったのだが、ダメージが大きく、これ以上試合をする事はもう出来そうもなかった。
多くの棄権者を出した大会は無名の選手が優勝することになった。
こうして波乱の全国大会は終わった。
地元の病院で検査すると俺の肋骨には何か所かヒビが入っていた。
チックルは全身複雑骨折で暫く入院生活になるということだ。轟霧笛は意識を取り戻し後遺症もなく元の生活に戻った。
高乳連は今回の出来事が大問題にならなくて良かったとほっと胸をなでおろしているという事を、乳狂治経由で指子に聞いた。
これからは高校生の試合に高速度カメラを導入する事が決定された。
審判も選手の安全を守る為に新たに研修を受けることになった。




