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棄権はしない

 昼食後の第三試合が始まる。俺の相手は乳首を動かし打撃が使える胸筋太郎だった。

 そろそろ打撃系が出るとは思っていた。俺はここまでかもしれない。

 スタッフに乳首チェックをしてもらい第4試合場に行く。

 胸筋太郎は中央ラインの近くに立ち、待ち構えていた。

 俺を見つけるとニヤニヤし出した。かなり余裕を持っている感じだ。

 礼をして、じゃんけんをする。俺が先攻になった。

「あんたは昨日早守と速突きして勝った父首選手だよな?」

「そうだが」

「俺と速突き対決しないか?」

 速突きか。打撃でこないなら俺にも勝算があるかもしれない。しかし。

 胸筋太郎の鍛えた胸筋を見る。服の上からでも微かに胸筋が動いているのが分かる。

「お前の動く乳首を速突きするだと?そんなの出来るわけないだろ」

「そうだな。普通の選手では無理だ。しかしあんたなら出来ると俺は思っている。霧笛が評価していたぐらいだしな」

 なんだ。おだてて俺を乗せようっていうのか?だが誘いに乗らない。当然じっくりと突いていくに決まってる。

「まあ。無理ならしょうがないな。俺は打撃であんたに勝つだけだ」

 俺が打撃を使えないのを知ってて言っているな。そうなったら俺はいくら頑張ってもジリ貧で負ける。一番恐れている展開だ。

 胸筋太郎は腕を組みニヤニヤと俺を見ている。

「それに、俺程度に苦戦してるんじゃ奴には絶対勝てないよな」

「奴って誰だよ?」

「霧笛を倒した小林チックルだ。俺は実はあんたなら奴に勝てると思ってるんだ」

 審判が注意してきた。

「試合中だから私語は謹んで」

 俺と胸筋は審判に頭を下げて向かい合う。

 そして一言「いいだろう。速突き対決を受けてやる」

 胸筋太郎は一瞬意外そうな顔をしたがニヤけて言った。

「そうか、それでなくっちゃな」

 もういいさ。お前の望み通り乗ってやる。速突きなら勝つ可能性が有る。それに俺は難易度が高い方が集中できるんだ。

 やけくそ気味に奴を指をさして言ってやった。

「俺の速さについて来いよ胸筋野郎」

 俺の集中力は最速でトップギアに入った。視界が狭くなり、胸筋太郎の乳首から発火したように光が吹き出す。

「いける」

 俺は思い切り突いた。胸筋太郎は驚いて俺の顔を見る。

 ピンポンピンポン

「一本」

「まじか」

 胸筋太郎も俺を突いてくる。

 ピンポンピンポン

「一本」

 すかさず俺も突く。

 ピンポンピンポン

「一本」

「俺は乳首を動かしてるんだ。一体どうして躊躇なく当てることが出来る?」

「どうした。速突きなんだろ。話してる余裕なんか無いはずだ」

 胸筋太郎はニヤけた顔から子供の様な笑顔になった。

「霧笛はお前との勝負はワクワクすると言っていた」

 そして俺を突いてくる。

 ピンポンピンポン

「一本」

「一本」「一本」

「一本」「一本」「一本」

「俺もワクワクしている」

 徐々にスピードは速くなる。

「一本」「一本」「一本」

「一本」「一本」「一本」

「一本」「一本」「一本」

「長引くと苦しくなるのは胸筋を動かし続けているお前の方だ胸筋太郎」

 胸筋太郎は息が上がってきた。しかし楽しそうな表情を浮かべている。

「一本」「一本」「一本」

「一本」「一本」「一本」

「一本」「一本」「一本」

 だんだんと余裕が無くなり胸筋太郎の指突が遅くなってきた。

「お前は凄い奴だ。だが俺も負けたくはない」

「一本」「一本」「一本」

「一本」「一本」「一本」

「一本」「一本」「一本」

 輝きと共に俺の意識は乳首に吸い込まれていった。

「技あり。勝負あり。的場高校父首」

 どれくらい突き合っていた?途中から時間感覚が無くなっていた。

 主審の声で、俺が勝ったことに気が付いた。

 歓声が一気に沸く。

 汗だくの胸筋太郎は崩れ落ちる。疲労困憊のようだ。

 暫く床に片膝を立てて喘いでいた。胸筋は立ち上がり俺を見た。

「完敗だ。俺は霧笛の評価なんか実はこれっぽっちも信じて無かった。しかしお前は本物だった」

 胸筋太郎は俺に握手を求めてくる。俺はがっちり握手してやった。

 観衆から拍手が起きる。礼をして離れ際に聞こえた。

「小林チックルを倒せるのはお前だけだ」

 俺は振り向き胸筋太郎に向かって親指を立てて言った。

「まかせとけ」

 今回俺はとても格好良かった。一番驚いているのは俺自身だ。


 不思議な高揚感に包まれて戻ろうとした時、一つの試合場の周りに人が集まっているのが見えた。またざわざわと嫌な雰囲気を醸し出していた。

「なんだ?」

 そこには指子と寸止も居た。近くに行って詳しく聞こうと声を掛けた。

 二人が俺の顔を見た時、何かタダならぬことが起こっている事はすぐわかった。顔色が青ざめて怯えたような顔つきをしていたからだ。

「何かあったのか?」

 人の間から試合場を見ると、小林チックルがそこに立って居た。

 チックルの目線の先にいる対戦相手の選手の首は垂れ、力なく座ったまま両腕は床に着いていた。選手の近くのスタッフが何人か真剣な顔をして話している。

「また怪我をさせたんだな。意図的に」

 轟霧笛の時の驚きではなく、怒りの感情が沸いてきた。

 寸止が俺の元に来て耳元で囁く。

「チックルが相手の腕を折ったんですよ」

 寸止は動揺しているのか距離感を間違えて俺に超接近していた。

 俺は寸止の方を見ると唇が重なってしまった。

「おい寸止、近すぎるぞ。今は試合中じゃないんだからもっと離れろよ」

「あっ。すいません部長」袖で唇を拭う。

「先に拭うのかよ。せめて俺に最初に拭わせてくれよ」

 今のを誰にも見られてなかっただろうな。俺は周りを見廻す。

 指子が目を細めてこっちを見ていた。

「今のはわざとじゃないんだ。指子」

「いや。それどこじゃないのよ。ほんとに」

 寸止が話し出した。

「チックルの対戦相手が腕を挙げて突こうとした時に両腕が垂れたんですよ。ぐにゃりと」

「ぐにゃり?」

「そのまま座り込んで動かなくなったんです」

「骨を4か所折ったのよ」指子が言った。

 俺は一瞬良く分からなくなった。

「2か所だろ。2本指で突いてるんだから」

「前腕は2本の骨があるのよ。左右で4本。全て折らないとあんな垂れ方しないわ」

「じゃあどうやって4か所攻撃したのか教えてくれよ」

「私のお馴染みの奥義を知ってるわよね」

「片指指殺だろ」

「それを両手でやったらどうなると思う?」

「まさか、奴は両指指殺をしたと?」

「4点を正確に狙って骨を折るほどの衝撃を与えた。私には絶対無理だわ」

 指子でも無理なのか。小林チックルは俺が思っていたよりずっと化け物だったようだ。こんな奴に勝てるのはここにはいないだろう。

「そうか。可哀そうに。試合相手に同情するよ」

 指子は悲壮感一杯の顔をして俺を見た。

「何言ってるの?次のチックルの相手はあなたなのよ」

「えええええ?」思わず叫んだ。

 周りが俺の方を一斉に見る。

「次の対戦相手ぐらい直ぐに確認しておきなさいよ」

 俺は血の気が引いてくる。

「いやいや。こんな危険な事をする奴は普通に退場になるだろ」

「ところが、高校生大会はこんな試合を想定していないから高速度カメラは導入されていないのよ。この危険な手技を見抜ける審判がここにいるかしらね」

「チックネン時代に逆戻りじゃないか。俺も轟霧笛みたいな感じになるのか?」

「棄権した方がいいわ」

「棄権?」

「相手にならないわ。こんな試合に意味なんかない」指子は絞り出すように言う。

 たしかに嬲り殺されるだけかもしれない。

「轟霧笛はまだ意識が戻らないと大会スタッフが言ってました。俺も棄権すべきだと思います」

 寸止は本当の強者を見て怯えてしまったのか、昨日の様な気勢は無くなっていた。

 チックルの奥の三本指高校の陣営には巨体のチックネンが杖をつきパイプ椅子に座っている。

 チックルは振り向き、後ろにいるチックネンに話しかけた。

「まったく張り合いがないぜ。ここにはくっそ弱いのしかいないよ、婆ちゃん」

 チックネン頷きながら拍手して、チックルに向かって両親指を挙げる。邪悪な顔がほころんでいる。

「俺、やっぱり出るわ」

「え?何言ってんの?打撃も出来ないのに死にに行くつもり?」

「部長、来年にしましょう。その時は高速度カメラが入って、彼は出場出来なくなってるかもしれません」

「俺の乳首当てが冒涜されている。ここで逃げるわけにはいかない」

 指子と寸止が顔を見合わせる。

「そんな顔をするなよ。俺だって無謀だと思ってる。本当は逃げたいと思っているんだ」

「じゃあ」

「だがな。絶対に逃げる事は有り得ないと言ってる奴がいるんだ」

「それは誰なの?」

「たぶん俺だ」

「一体何を言ってるんですか部長?」

 指子はじっと俺の顔を見て言った。

「煌めきの方ね」

「煌めき?いつもそれだな指子は」

 いや、でもそうだ。何故かいつも乳首が光り輝くと俺は勝てるようになる。トランス状態というか俺の意識は無くなっていくのに、別の何かが強くなっていくような不思議な感覚がしてくる。

「すいません。救急隊員が通ります。皆さんここから立ち去って下さい」

 大会スタッフの人が何人かが来た。

 俺達はその場を去る。

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