危うい二回戦
午前中でトーナメントは二回戦まで終わる。午後になるとベスト8まで決まり一気に決勝戦まで進み優勝者が決まる。
二回戦開始までは暫く時間があるので会場外で休憩しようという事になった。
前から歩いてきた男がすれ違いざまに声を掛けて来た。
「あれ?あなたは指子先輩じゃないですか?」
指子は声のした方を見ると「げっ」と言った。
個人戦の選手だろうか。ジャージを着ている。ハの字の眉をした華奢で気弱そうな男だった。
指子を見て嬉しそうに言った。
「眼鏡を掛けて随分雰囲気が変わっていたので違う人かもと思ったんですが、近くで見るとやっぱり指子先輩だ」
「対戦表であんたの名前を見つけたから、私は眼鏡をかけていたのに」
指子は目の前の男に会いたくなかったような口ぶりだ。
「中学の頃はマサイ族並みに視力がいいと自慢してたのに、そんなに直ぐに眼が悪くなるもんですか?」
「え?まあ。お勉強とかするとね」
その男子は怪訝そうな表情をして指子を見る。
「お勉強?まあそうですよね。難中から的場高校に入れたのは指子先輩だけですからね」
指子は何か落ち着かない。声を掛けて来た男と目を合わせようとしない。挙動不審だ。
その男はとんでもない事を言った。
「指子先輩は高校に入っても気に入らない奴を殺してるんですか?」
指子は目を丸くした。
「ちょっと君は何を言ってるの?向こうで話しましょうかアダムくん」
指子は男の手を引っ張り、出口の方に向かって行った。
「殺すってどういうことだ?」俺達3人は顔を見合わせる。
指子の中学時代について俺は何も知らない。今まで本人から話すこともなかった。
中学時代は荒れていたんだろうか?
それと疑問に思ったことがある。あの赤眼鏡は伊達なんじゃないのか。最近コンタクトにしたと言ってたが、あいつは裸眼で普通に見えてるんじゃないのか?
今思うと海水浴の時も眼鏡をしてなくても良く見えてる感じだった。
結局、指子は中学の時の知り合いとどこかに行ったきり戻ってこなかった。そろそろ第二試合が始まる。寸止と一緒に俺はスタッフの所に行った。
フィルムはもう付けてるので、上着を脱いでチェックしてもらうだけだった。
俺の相手は山形の高校の選手、三輪草太。トーナメント表で直前にチェックした。第7試合場に向かう。
向かい合って礼をする。三輪は体格がいい。もしかすると打撃系かもしれない。
じゃんけんして、俺が後攻になった。
三輪の初手は拍子抜けするほど普通の指突だった。
ポーン
「有効」
しかも思い切り外した。
俺の経験だとこういうタイプは特殊乳首系だ。相手がミスするのを待って勝つ。
だが、緊張していたのか向こうが最初にミスした。これで俺が一本か技あり取ったら勝ちだ。
相手の乳首に集中する。しかし今回は何故か乳首が光らない。駄目だ。三輪の気の抜けた指突で気が削がれた。俺はどうやら相手が強くないとスイッチが入らないらしい。
どこを突けばいい?珍しく5分も長考してしまう。いや。あれ?今までどうやって突いてたっけ?嫌な予感がしてくる。俺の負けるパターンがここに来て顔を出した。
思い切って指突する。
ポーン
「有効」
「あぶねー。乳首には触れていたか」
相手選手はじっと俺を見ている。しまった。余計な事をことを言った。
「なんだ。早守を倒したのはまぐれなのか」
俺がたいして上手くないとわかると三輪は首を左右に振りリラックスしているようだった。
まずいな。向こうは緊張して最初にミスが出たんだ。最初のターンで俺が一本出していれば簡単に勝てていたのに。
次のターン。相手の指突は凄くいい感じだった。
ピンポンピンポン
「一本」
負けるかもしれないと思い始めていた。俺には波があって、不調だと簡単に負けてしまう。どこを突いていいのか全然わからなくなる。長考して残りの5分も使ってしまった。持ち時間はもう無い。
焦って手汗が吹き出し、手が震えてくる。
「30秒」
審判がカウントし始めた。でも駄目だ。突いたら負ける気がする。
「40秒」
「部長。なにやってるんすか。集中してくださいよ」
磁場流の声が聞こえた。叫んでいるようだった。
「いつもブツブツ言ってるでしょ。部長はそれしかないんですよ」
「なんだそれは」
俺が相手選手の乳首に視線を戻した時に光っていた。
きた。とにかく集中するんだ。突かないと。
俺はその時しゃがんだような気がする。
ピンポンピンポン
「一本」
「あぶなかった。ぎりぎりだ」
相手選手は俺の顔を睨みつけている。
「なんで俺の乳首の位置がわかった?この全国大会の為に隠し続けてきたシークレット乳首なのに」
やはり特殊乳首系だったか。
動揺したのか次の三輪の指突は崩れた。
「技あり」
そして俺は光を突く。
「一本。勝負あり。的場高校父首」
「はあー」大きく息を吐く。
なんとか勝てた。向かい合って礼をする。三輪は首を傾げて納得いかないという顔をしていた。試合場を出る俺の方に磁場流が走って来る。
「やりましたね。部長」
「助かった。お前が応援に来てくれなかったらもう駄目だったと思う。負けたかと思ったよ」
戻ると指子は座って待っていた。寸止も試合が終わったようだ。
「どうだった寸止?」
「なんとか時間ギリギリで勝てました」
「そうか、やったな。俺は磁場流の応援のおかげで勝てたんだ」
指子は少し驚いていた。
「へー。あんたも役に立つことがあるのね」
磁場流はちょっと得意になっていた。
昼食時になる。みんなでコンビニ弁当を買いに行こうという事になった。
何気なく会場出口の近くの自販機に目をやると、先程、指子にアダムと言われていたジャージの男が飲み物を買っていた。
俺は中学時代の指子の話を聞くチャンスだと思った。
「俺、ちょっと急用が出来たから、三人で昼飯を買いに行ってくれ」
「部長はどうするんですか?」
「俺はなにか食べるから、気にしないでくれ」
「ふーん」指子は横目で俺を見て、後輩二人を引き連れ会場を出て行った。
俺はアダムを見失う前に慌てて追いかける。
「ああ、ちょっと君」
「はい?」アダムが振り向く。
「俺は指子と同じ高校の父首中という者だけど、ちょっと指子の話を聞きたいんだ。いいかな?」
「やっぱりか」
「えっ?どういうこと?」
アダムは視線を落とす。
「昔の事を父首さんに話すなと先程、指子先輩にきつく言われたんですよ」
何?指子は俺の動きを予測してたのか?相変わらず勘のいい奴だ。だが、こんなことで俺は諦めない。
「そうか。ならしょうがないな。でも、君は高校生になった指子を知らないんじゃないのか?今の指子のあだ名を知っているかい?」
「あだ名?」
アダムの表情が変わった。明らかに興味がありそうな反応だ。
「中学の時の指子話を一つ聞いたら教えてあげるよ」
アダムは腕を組んで暫くうーんと唸っていたが、顔を上げ俺の目をじっと見た。
「ここだけの話にして下さいね。指子先輩にばれたら殺されますから」
殺される?いくらなんでも大袈裟だな。
「ああ、もちろんだとも。二人だけの秘密だ」
「先ず、自己紹介がまだでしたね。僕の名前は安田努。アダムと呼ばれています」
そうか。アダムは名前から来てたのか。
「僕は指子先輩の後輩なので中学一年の時の話は後から知りました。違う先輩に教えて貰ったんです。指子先輩は転校してきた時は穏やかでまともな人だったそうです」
そういえば、指子の家に行く時、俺の住んでた地域から引っ越したと言ってたな。その後、指子はまともではなくなったということか。
「指子先輩は難中に乳首当て部を作ろうとしていたんです」




