成り上がり乳首女子
次の日の朝になり、俺達は朝食を食べ、帰り支度をして荷物を持ち受付に行く。女将に合宿のお礼を言い、挨拶をして旅館を出た。
帰りのバスで、俺は寸止が読んでいる本が目に入った。
「旅館に来る時はそんな表紙の本を読んでたか?」
「満子さんが帰り際にくれたんですよ。この本」
「なんでお前だけ?」
「俺が唯一、本を読みそうなタイプだったからだそうです」
その本のタイトルを俺は目を細めて見る。
「成り上がり乳首女子?なんだそれ?」
「チックネンの伝記のようですね。邦題は「成り上がり乳首女子」ですが原題は「乳首を破壊する女帝」だそうです」
「全然違うじゃないか。そしてその本、裏表紙にシールが張ってあるぞ」
近づいて見ると百円と書いてあった。中古の一番安いやつだ。
「寸止。読んだら大体の内容を俺に教えてくれ」
「わかりました」
指子が俺を見て
「なにそれ?次に読ませてじゃないの?」
「俺は文字がびっしり書いてあるのは駄目なんだよ」
俺は昨日の疲れがまだ残っているのか、バスに揺られて微睡んでいた。電車に乗り継いでも、うとうとと首を動かしていた。指子、磁場流もそんな感じだった。寸止は熱心に「成り上がり乳首女子」を読んでいるようだった。
次に目を開けた時、寸止は本を置いて窓の外の景色を眺めていた。
「寸止、本はどこまで読んだんだ?」
「全部読み終えましたよ」
「えっ、速すぎるだろ。速読とかやってんのかお前」
「いえ、大きい文字で平易な文章だったので直ぐに読めました」
「それで内容はどんな感じなんだ?」
「そうですね。チックネンの幼少期から乳首当て競技の選手になり優勝、その後いろいろあって引退、転職するみたいな流れですかね」
「短く、ぎゅっとして話してくれないか。情報量が多いと俺はまた寝てしまうかもしれない」
「じゃあ恋愛編。フードファイター編。抗争編は端折りますね」
「抗争編なんてあるのか?」
「はい」
成り上がり乳首女子
チックネンは両親がいない浮浪児だった。だが本人にその記憶はない。
後から孤児院の大人に聞いて自分の幼児期を知った。
チックネンが意識が芽生えたのは孤児院の中で生活している時だった。
隣の子と食べ物の取り合いをして泣いていたのが最初の記憶だ。
孤児院には子供達がたくさんいたが、全員満足食べるだけの食事の量は無かった。
大人たちは少ない食事を平等に分け与える事はせず、子供が食事を奪い合うのを容認していた。
チックネンは体が小さく、大きな子に食事を取られていつも泣いていた。
風邪を引いて体調を崩した時、何日もまともな食事をしていなかったチックネンはこのままでは本当に死んでしまうのではないかと危機感を覚えた。
チックネンは生きる為に食事を奪う手技を必死に磨いた。生まれ持った才能があったのかもしれない。それから力では到底かなわない子供達から手技の速さで食事を奪えるようになっていった。
かつて自分から食事を奪った子供から、食事のほとんどを奪ってやった。毎日やっていたらいつの間にかその子は居なくなり、後て亡くなったと聞かされた。
悪いとは思わない。それは自分だったかもしれないのだ。この世は弱肉強食。強い者が生き残る。
ほとんどの子供の食事を奪えるようになった頃、チックネンの体は大きく肥満体になっていた。他の子供達は痩せていくのにチックネンだけが大きくなっていく。施設の大人達はなにか変だと感じ始める。
ある日、子供達はほとんどの食事がチックネンに奪われていると施設の大人に泣き付いた。食事部屋を見て大人たちは驚愕した。
そこには皿の料理をほとんど奪い、一人で貪り食うチックネンの姿があった。
歯向かおうとする子供は返り討ちに遭い、小さな子供達は何も出来ずに泣き喚くだけだった。大人たちがチックネンを食事から遠ざけようとすると何故か手に激痛が走り触れる事が出来ない。もう誰もチックネンを止められる者はいなかった。
チックネンは13歳で孤児院を追い出された。
半年後、チックネンは子供窃盗団のボスになっていた。
手技はさらに高速になり、街の人混みに紛れて財布を盗んで暮らしていた。盗んだ金のほとんどがチックネンの食事代に消えた。
街を支配しているギャングは自分の縄張りで好き勝手盗みを働く子供窃盗団に目を付け、金を奪ったり殺したりするようになった。
ある時チックネンもギャングに囲まれ殺されそうになる。
その巨体では逃げも隠れも出来ない。チックネンはその時死を覚悟した。
ギャングを払いのけようと手を出した時、ギャングの一人が突然苦しみ倒れた。
ギャングを倒すほどに自分の腕力は強かったのか?とチックネンは驚いた。
しかしそれは腕力では無く指から出た何かの力だったのだ。
チックネンは良く分からなかったが、夢中で指を突いた。
囲んでいたギャングは皆倒れて動かなくなる。
当事者も傍観者も何が起こっているのか分かる者はいない。
偶然、通りかかった乳首当て競技の名コーチ、ハルフダンがその光景を目撃して言った。
「千年に一人の逸材がこんな所に居た」
千年前に乳首当て競技があったかどうかは定かではないが、すぐにハルフダンはチックネンをスカウトすることにした。
「乳首を制する者は世界を制す。共に乳頭を目指さないか?」
得体の知れない意味不明な競技にチックネンは難色を示した。それでもハルフダンはチックネンの元に足繁く通い口説いた。チックネンは首を縦には振らなかった。
ハルフダンは作戦を変え、高級料理店にチックネンを連れて行くことにした。
底なしの胃袋を持つチックネンは食べ続けた。財布の中身が心配になったハルフダンは注文するのを止めて言った。
「競技で優勝したら毎日これを腹一杯食べさせてやる」
その時チックネンは乳首当て選手になろうと決心した。
それから名コーチ、ハルフダンとチックネンの二人三脚が始まる。
毎日の厳しい訓練で指突の威力と命中率を上げていったチックネンはハルフダンの認める水準に達し、プロ選手としてデビューする。
この時チックネンは18歳だった。
最初は節制も出来ない豚が乳首当て選手だとは嘆かわしいと言っていた批評家達も、チックネンの指突の速さ、強さに魅了され評価が変わって来た。
世界女子乳首当て選手権、決勝戦まで勝ち進んだチックネンは、鋼の乳首を持つとされる女王ヤンネと対戦する。
ハルフダンは、インパクトのある勝ち方で優勝し、皆にチックネンを印象付けたいと思った。女王ヤンネを徹底的に痛めつけろとチックネンに言った。
しかしハルフダンは後に、この発言を後悔するようになる。
試合中チックネンの強烈な一撃で倒れ、意識不明で病院に運ばれたヤンネはそのまま帰らぬ人となった。
チックネンは初優勝し新女王になる。
その後チックネンの女王時代は暫く続いた。ヤンネの死後、自責の念で45歳のハルフダンは髪は白く、腰は曲がり老人のように老け込んでしまっていた。ハルフダンは相手をなるべく傷つけないように試合しろと言うだけになった。
ある年、無名の選手が女王チックネンに勝ち優勝した。
特筆すべき特徴もないその選手はただ普通の選手より体が頑強というだけだった。
5ターン目になった時、チックネンの集中力は切れ、指突が相手に当たらなくなり簡単に負けてしまった。観客は皆驚いた。八百長だという者もいた。
「チックネンは長期戦に弱い」
そう分析した女子選手達はチックネンとの試合を長期戦に持ち込む対策をし始める。
それ以降チックネンの勝率は下がり、負け続けるようになった。
チックネンはヤンネを倒した時の殺人級の指突を再び使わせて欲しいとハルフダンに頼み込むが、無視された。
ついに我慢が出来なくなったチックネンは全力の指突を使って、対戦選手を初手でノックアウトし女王に返り咲く。
それからは、指や腕の骨を折るという卑怯な手も使うようになった。
ハルフダンはチックネンのコーチを辞めた。
次のコーチ、クラースはチックネンに危険な技を積極的に出すように言った。
それからチックネンの女王の座は揺るぎないものになる。対戦相手は必ず酷い怪我をさせられ中には選手生命を絶たれた者もいた。
対戦相手を潰して勝つダーティな試合に競技ファンは離れ、競技人気も落ちていった。
チックネンの汚いやり方を特集した記事も出てきた。テレビは映像付きで悪辣なプレイを批判。試合だけでなくチックネンのだらしない私生活にまで内容は及んだ。
これを重く見た乳首当て競技委員会は、ルールを見直し、チックネンの危険な技を禁止し、反則負けを取るようにした。
こうして、チックネンは、世界女王から陥落。公式競技から消えて行った。
「という内容です部長」
「聞いてるだけで疲れた。でもよくわかったよチックネンについて。寸止ありがとう」
「いえ」
「一つ気になったんだが、共に乳頭を目指さないか?は日本語訳が悪乗りしてないか?」
「まあ原文と見比べてみないと何とも言えないですね」
寸止は再び窓の外に視線を向ける。
俺達は地元の駅で解散した。俺達の初めての夏合宿は終わった。




