驚異の乳首
満子の近くに来た寸止次郎は、いつものように指を急に前に突き出して、満子の服の直前で止める。
普通の人なら動揺してしまうところだが、満子は微動だにしない。
満子は寸止の指の動きをじっと見ている。
寸止の顔が満子の顔に超接近する。指を滑らせ顔を分析しながら乳首を探って行く。
「これがお前の技なのか。ユニークな技だ。新陳代謝の悪い婆の反応を見て、果たして乳首を見つけられるか寸止次郎?」
流石満子さんだ。直ぐに寸止の技の本質を見抜いたな。
寸止がいつもより長考している。うっすらと額に汗が滲んている。こんな機会はもう無いかもしれないから寸止も本気なんだろう。
満子は金ピカの腕時計に目をやる。
「公式戦は長考10分までだが、お前の熱意を買って30分やろう寸止次郎」
寸止はコクリと頷く。
飽きてしまったのか磁場流は畳で寝ていた。指子も源五郎丸さんから手渡された湯呑でお茶を飲んでくつろいでいた。
俺は試合をしている二人から目が離せなかった。
満子さんは寸止の本気に応えてくれている。全く動かない。普通なら同じポーズでこんなに長く立っているのは辛いだろう。
寸止はまだ乳首の位置がわからないんだろうか?
俺は時計を見る。そろそろ時間切れが近い。
源五郎丸が二人の近くに行き、ストップウオッチを見ながら「30秒」と言った。
「おい、寸止。もう時間が無いぞ。早く突け」
「40秒」
寸止は位置はわかっているようだ。しかし角度で迷っているように見える。
「50秒、1,2,3」
「満子さんの乳首はここです」
寸止の渾身の突きが、満子のへその位置辺りに刺さる。
ピンポンピンポン
畳に崩れる寸止次郎。額に汗が滲んでいる。
「やった。寸止。一本だぞ。お前の執念で当てたんだ」
俺は少し目が潤んだ。
それを見ていた指子が湯呑を落した。
「え?私の乳首はそんな下にあるの?」
俺は寸止のそばに行く。
「よくやったな寸止次郎」
寸止は立ち上がり
「いえ、満子さんの後攻がまだです。俺は満子さんが浮き輪を割った時の本気の必中の突きを受けてみたいんです」
「お前はドMだったのか?」
俺は冗談めいて言ったが、直ぐに真顔になる。寸止は本気だった。熱くなって眼がギラギラしていた。
満子は寸止を見て、残念そうに言った。
「お前の熱意に応えてやりたいが、あれを喰らったらお前は死んでしまう。大袈裟に言ってるのではなく、心肺停止で死んでしまう可能性がある。あれはあの時代だから出来たんだ。お前のような華奢な体にあれを打ち込む事は出来ない。浮き輪を破ったのはお前達を試す為にやった。期待させてしまったのならすまない」
寸止はがっかりした顔をしていた。
「いえ。いいんです満子さん。良く分かりました」
そして満子は俺の方を向き
「どうする父首中?もう私の乳首当ての難易度は下がってしまった。同じことをしても面白くないだろう。だから、お前には我々の最終兵器に挑んでもらいたい」
「最終兵器?」
「源五郎丸、あれを呼んできてくれないか?」
「はい女将」
少しすると、源五郎丸と一緒に中年男が入って来た。
「あーこれは私の息子の満男なんだ」
「母さん。急に呼び出して乳首相撲しろってどういうことなんだよ」
「このように息子は乳首当ての素人なんだ。しかし驚異の乳首を持っている。この息子から一本取れたら、海の家1年間無料食事券をやろう」
俺達は顔を見合わせる。
「今日から1年間なんですか?」
「そうだよ」
「明日の朝に俺達もう帰るんですけど」
「また来年ここに来たらいいじゃないか。何日間は使えるだろ?」
「まあそうですけど」
焦れてきたようで女将は言った。
「お前達は四の五の言わなくていいんだよ。何か貰えるものを馬鹿みたいに喜ぶのが若者の良い所だろ?」
なんという若者に対する偏見なんだ。
「そのくらいじゃ喜びませんよ」
指子が前に出て来る。
「じゃあ私がやるわ。なんか今日はスッキリしない事が多かったから。ばっちり最後は決めるわよ」
急に満子は不機嫌な顔になった。
「ふん。お前になんか絶対無理だと思うよ。うちの息子を舐めて貰っちゃ困るね」
「そんなのやってみなければわからないわ。お婆ちゃん」
指子にだけ異常に厳しいんだよな満子さんは。何かあるのかな。
「母さん、乳首を挟む洗濯ばさみはどこにあるんだよ?」
「お前は何もしないでそこに突っ立ってりゃいいんだよ」
「えー?なんだよそれ」
指子は満男の周りをぐるぐる回って見る。
「なんの変哲もない乳首の様な感じがするけど。驚異の乳首?なにそれ?」
「さあ定位置に戻ってさっさとやりな指子。どうせお前には無理なんだから」
「わかったわよ」
指子は片指指殺のポーズをした。
「まったく。これだけ言っても指ゴリラのパワー技かい」
「指子先輩を指ゴリラと名付けたのは俺が最初っすよ」
どうでもいい事を磁場流は言った。
満男と指子の距離は2メートルくらい。
指子はいつものようにゴリラ技を使う。
ドッドムッ
「おごあっ」
満男は涎を出して、前に崩れ落ちる。
ポーン
「有効だね。やっぱり、私の思った通り駄目だったようだね指子」
「ああっ。くそっ。今日は全くいいとこなしだわ」
畳を蹴って指子は奥に引っ込む。
満男が立ち上がる。
「いってー。誰だよ。俺の乳首にボウガン撃ったのは?」
「馬鹿だねお前は。ボウガンなら死んでるだろ」
そして満子は俺を見て「さあ。父首中、次行ってみるかい?」
「そうですね。でも俺は最後でいいです。部員達にやらせてあげてください。」
「指ゴリラと違って謙虚だねお前は」
俺は単に当てる自信が全くなかったから、少し様子を見ようと思っただけだった。
「じゃあ次は誰が挑戦するんだい」
満子は磁場流を見る。
「あー俺はもう棄権するっす。当てられる自信が全くないっす」
磁場流はすっから自信を無くしてしまったようだ。
「打たれ弱い奴だね。磁場流一族の名が泣くよ、情けない」
「そうなんです。俺は一族の落ちこぼれなんです」
「ああ、しょうがないねえ。自分で気が付かなければ意味が無いんだけど特別だよ」
満子は磁場流の所に行き、何かを話している。
磁場流は目をつぶり、指を上げて歩き出した。
そして、満男の前に来て、指を指す。
ポーン
有効だった。
外したのに何故か磁場流はすっきりした顔をしていた。そして戻って来た磁場流は意味深な事を言った。
「あの人に付いてるのは本当に乳首なんですか?」
「ほう。少しはわかってきたじゃないか」
どういうことだ?何を言ってるんだ彼は?
「じゃあ次は俺が行きます」と寸止次郎が出て来た。
「さっきの満子さんとの試合で疲れてるんじゃないのか寸止?俺が行ってもいいんだぞ」
「いえ。大丈夫です」
寸止は気合を入れ直し、満男の前まで行った。
指を出すと服のギリギリで止める。
「おっ」
驚いて思わず声が出る満男。
そして超接近タイム。
「どうしたんだ急に?今はそんなのが流行ってるのか?」
長考する寸止。満男がだんだん疲れてきて体が揺れて来る。
女将が来て、満男の尻を掌で思い切りひっぱたく。
「しゃきっとしな」
「無茶言うなよ母さん。俺もう疲れたよ」
「もう少しだから我慢するんだ」
寸止次郎がしゃがんで、斜め前に思い切り指を上げる。
「満男さんの乳首はここです」
ピンポン
「おおっ技ありだ」
「凄いな寸止次郎。技ありでも大したものだよ」
満子は思わず拍手した。
寸止は首をかしげて
「この乳首では公式試合に出れないんじゃないですか満子さん?」
「ああそうだよ。公式戦には出られない。でもよく当てたね。私は父首中以外は当てるのは無理だと思っていた」
俺以外は無理?何故か分からないが満子さんは俺を買いかぶっているようだ。
それじゃあ、トリは俺だな。




