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女将のレッスン

近くまで来た磁場流の手を女将は突然、思い切り上からはたいた。

バシィーーッ

「いった」

「お前、磁場の流れなんかちっとも読んでないだろ?無駄な動きしやがって。イライラしたよ」

「そうなことないっすよ。俺は磁場を読んでいたっす」

「本当にそれで乳首の形がわかるなら、源五郎丸の乳首はお前が当てていたはずなんだ」

「まあ、それはたしかに、そうかもしれないっすけど」

不貞腐れた顔をする磁場流。

「実戦に使えないなら何の役にも立たないよ磁場なんか。もうそんなの止めちまえ」

磁場を全否定される。

「ええっ?じゃあ一体俺はどうすればいいんすか?」

「知らないよ。磁場流の達人なら、乳首どころか、臓器や血管、ガン細胞まで見えるはずだ。お前がそうなら健康診断を頼もうかと思ってたんだけどね」

「俺はMRIじゃないっすよ女将さん。オンリー乳首ですから」

「まあいいや。じゃあ磁場で私の乳首を当ててみな。今のお前には無理だと思うけどね」

磁場流は指を左右に動かす。

「うーん。女将さんの乳首はここっす」

女将の胸を指で突くと

ブッブー

有効でもない、完全な外れだ。

「やっぱり磁場なんか感じて無かったんだよお前は。強くなりたかったらもっと真剣に考えるんだね」

磁場流は項垂れて言った。

「もう自信が無くなったっす」

しかし何かを思い出したらしく急に女将の胸を見て言った。

「女将さんはチックネンにデカい胸を破壊されたから俺が乳首を当てられないのは当然なんですよ」

「なんだい?あんたしょーもないこと言うね。あの試合は私の乳袋が衝撃波で斬られたんだよ。チックネンはダーティな試合が得意だったんだ。あれで胸が無くなる訳ないだろ」

「えっ?そうだったんすか?」

それを聞いていた俺は、あの映像で気になっていた事を質問してみた。

「ちょっと待って下さい満子さん。決勝戦で血だらけになったあなたが5ターン目で技ありだったのは何か理由があるんですか?」

 俺の方を見て満子が言った。

「チックネンは実は片指指殺で私の両乳首を突いて来ていた。奴のもう片方の指は私の人差し指を狙っていた。それで私の人差し指は骨折してしまったんだ」

そうか、だからあの時の満子さんは手を庇うようなポーズをしていたのか。

「チックネンは5ターン目以降の勝率が極端に落ちるんだ。奴は焦ると必ず汚い手を使って相手を潰しに来る。昔の機器はまだチックネンの速過ぎる手技を見抜けなかった。だから奴が女子選手歴代1位の実力というのは大嘘さ」

「なるほど」と寸止次郎が満子の言う事をメモっていた。

「じゃあ、あなたのデカい胸はどこに行ってしまったんすか?」

磁場流が素朴な疑問を満子にぶつける。

女将はニヤリとして、指子を見る。

「じゃあ私とそっくりのデカ乳を持つ指子に、今の私の胸がどこにあるのか当ててもらおうかね」

指子の顔色が悪い。

「まさか私の胸も将来あのようになるの?そんなことがあるはずがない」

「ああ、その前にこっちを片付けないとね」

そう言って満子は磁場流の方を一瞬だけ見て指で突いた。

ピンポンピンポン

向き合ってすらいなかった。ただ日常動作をするように乳首を当てた。

俺はふと、こんな凄い人に努力で追いつけるんだろうか、根本的に勘違いしているんじゃないかと思う。持って生まれた才能の差というのがあるのではないだろうか。


「さあ、ここに来てお前の未来の乳首と向き合ってみろ指子」

指子はゆっくりと女将の近くまで歩いて来て、じっと胸を見る。

そして呟く。

「いやいやまさか、あの位置には無いでしょう。いやいやそんな馬鹿な」

珍しく指子が長考している。らしくない、あまりにも長い長考に俺は焦れて来る。

「早くしろよ指子。後がつかえてるんだぞ」

「さあ、お前は未来の乳首を受け入れる覚悟があるのか?」

指子は自信なさげな必中の構えをし、力なく必中の突きを出した。

ブッブー

「おい、外れたぞ指子」

「私は満子さんの乳首がそこにあって欲しかったんです」

指子は顔を手で覆い下を向いた。

「希望で突いてどうすんだい。お前が指したのは全然上だよ。しかも乳首必中の突きで思い切り外すとはね。つくづくあんたには失望したよ指子」

指子は嘆息して満子に言った。

「じゃあ満子さんの番ね」

「私が外すことなんて絶対有り得無いよ。でもいいだろう。見ておきな」

乳首必中の構えをする満子。そして俺を見て言った。

「なんで必中なんて言葉が、この技に入ってるかわかるかい?父首中」

「必ず乳首に当たるからじゃないんですか?」

「さっきの指子は思い切り外したよ」

「そうですね。うーん」

暫く考えるが俺にはさっぱりわからなかった。

「まあいいや。教えてやろう。これは必中するという宣言なんだ。だから構えと突きがある。この突きを出す時は必ず一本取らなければならないんだ。ランクが上がる程にこの技を出すのは難しくなる。プロが必中の突きを外すと、その年の成績が良くても一気にランクが下がる。だからプロはこの技をなるべく使いたくない。これはプロとしての覚悟の突きでもあるんだ」

そう言われてみれば、プロ選手がこの技を使っているのをあまり見たことが無い。

「プロ選手は必ず当てる自信がなければこの必中の突きは使わない。だから難易度が高い試合で必中の突きを出して一本取ると称賛される」

「さっき見た女子世界戦のビデオで最初の4ターン、満子さんは必中の突きを使っていた。そして乳狂治も必中の突きを得意としている」

「そうだ。乳首必中の突きは一流の証なんだ。だから指子。お前みたいな半端な小娘が、この一流の突きをいい気になって使っているのが私は気に入らないのさ」

指子は視線を落とし悔しそうな表情をした。


「満子さん。さっきから指子にやたら厳しくないですか?」

「そうさ。この娘は女子競技では強くなれないとか、日本は恥の文化だからとか、いい訳ばっかりして全然試合に出ない。強くなりたかったら、男達に混じって勝負すればいいんだ。この私のようにね。私を見てみろ。世界戦で決勝まで行ったんだ。今よりもっと女性に厳しい時代でね。甘えるんじゃないよ指子」

指子が何か言うのを少し待っていたような満子だったが、何も言い返さないので続きを始めた。


「じゃあ行くよ。私の乳首必中の突き。見ておきな小僧共」

満子は必中の構えのまま、ずっと話していたが、中腰で微動だにしなかった。フォームも美しい。現役時代と変わらない姿に見惚れてしまう。

ついに世界ランクの必中の突きが間近で見れる。俺は汗ばむ手を握り締める。指子は顔がこわばり体を固くしていた。

そして指が思い切り前に出る。

だが――

ピンポンピンポン

「え?これで一本?」

いつもなら指子の胸が大きくへこむのだが全く変化が無かった。あの浮き輪に穴を開けた満子さんの突きの威力はどこに行った?

「指子先輩が絶叫するとこが見たかったんすけどね。つまんないっすね」

磁場流がつい余計な事を言ってしまう。磁場流を睨みつける指子。

「いや違うんです。指子先輩は男の指じゃないと、きっと感じないんです。だから反応しなかっただけっすね」

指子に蹴られる磁場流。

「いてっ。指子先輩は蹴りも結構強いんですね」


満子は俺のそばに来て言った。

「今の私の突きをどう思った?父首中?」

「いや、威力が全然無かったです。当たったかどうかもわからないくらい。正直拍子抜けです」

「そう。判定機械は、皆が思っているよりずっと少ない圧で反応するんだ。だからそんなに力任せに乳首を突くことは無い。長期戦に備えてプロはペース配分をする」

満子は判定機械を皆の前に持って来る。

「この画面を見て欲しい。今までの対戦のログが残っている。最低感圧は数字で1なんだ。今の私の突きは1.2だった。そして」

満子はボタンを押している。

「さっき指子が源五郎丸に片指指殺を使った時の圧は500ある」

「ええーーっ?」

「だから、指子はパワー押しだけの女だと言ったんだ。いつもいつも馬鹿みたいにそんな強い打撃は必要ないんだよ。格闘技やってるわけじゃないんだからね」

「うぐ」指子はやり込められて落ち込んでいる。

俺は指子が可哀そうになり、ちょっと助けてやりたいと思った。

「でも、それじゃあ満子さんが100メートル先の浮き輪を割った凄い威力の突きは何のためにあるんですか?チックネンにも4ターン目に強烈な必中の突きを使ってましたよね」

満子は余計な事を言うなという感じで俺を見た。

「ああそうだね。時には相手選手と実力が拮抗する時もある。試合に変化をもたらす為に打撃が必要なこともある。勝つ為には相手を痛めつけることもある。でもチックネン時代のように過激過ぎる技はもう許されないけどね」


満子は判定機械を元の場所に置いて戻ってくる。

「さあ次は誰が来るんだい?そろそろ私の乳首を当ててもらいたいもんだね」

「俺が行きましょう」寸止次郎が前に出る。

「お前か、寸止次郎。そのクレバーな感じは、私は嫌いじゃないよ」


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