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夏合宿始まる

 的場高校の一学期が終了し、夏休みに入る。

どういう経緯で権田原が夏合宿する事に決めたのかわからないが、俺達は指示されるままに、とある旅館に向かってバス移動していた。

俺は権田原のワンボックスカーに乗って皆でワイワイやりながら旅館まで行くのだと思っていたが、また電車とバス移動だった。

「夏合宿を決めたのは奴なのに何で来ないんだ?顧問なんだから生徒を引率とか監督する責任があるんじゃないのか?」

「空手部と兼任しているから忙しいのよ先生も」

何故か指子はいつも権田原には好意的だった。俺は気にいらないのでもっと言ってやろうと思った。

「あいつは廊下で会った時くらいしか俺達に声を掛けてこないよな。顧問のくせに」

「部室に来てるのを見たことないっすね。最後に来たのはいつだったんですか部長?」

「奴が部室に来たことは一度たりともない。俺は誰も来ない部室でずっと一人で素振りをしていたんだ」

 磁場流は軽くため息を付いた。

「また部長の悲しいエピソードが出たっすね」

「だが、そんな可哀そうな俺を指子はいつも見守ってくれてたんだ」

「えっ?なんですかそれ?」

「俺が練習しない先輩を怒ったり、素振りしてる姿を指子はこっそり見て、陰ながら応援してくれていると言っていた」

「応援してるなんて言わなかったけどね」

 磁場流は少しニヤけて指子の顔を覗き込んだ。

「それは知らなかったっす。指子先輩、実は部長のことが?」

 指子は指で磁場流の鼻にデコピンした。

 バチーーーン

「痛ったー。指子先輩の指はゴリラ並みなんですからもう少し加減してくださいよ」

「いちいち、こいつの言う事は癇に障るわね」

 指子が腕を振り上げると磁場流が慌てだす。

「ちょっと。ここでゴリラ技を使うのは禁止っすよ指子先輩。周りに迷惑が掛かりますからね」

 指子は腕を寸止次郎に向け、文庫本を読んでる寸止を指さした。

「お前はいつも冷静な寸止次郎を見習いなさいよ」

「奴は冷静過ぎるんですよ。俺みたいに愛嬌がある方が楽しいでしょ指子先輩?」

「全然。イライラするだけだわ」

「えー?」

「もうすぐ着きますよ」文庫本を閉じて寸止が言った。

 スマホの時刻を見ると、12時10分だった。

 バス停に止まると俺達は荷物を持ってバスを降り、少し歩いて旅館の前まで来る。

道路と面して旅館の駐車場があり、数台の車と送迎用と思われるマイクロバスが駐車していた。

少し奥まって、古めかしいが立派な佇まいの旅館が建っていた。これぞ老舗旅館という感じだった。


 大きな自動扉が真ん中から開き、中に入ると、お年を召した旅館の女将が出迎えてくれた。

「的場高校乳首当て部の皆さんですね。ようこそいらっしゃいました。私は女将の刈首かりくびです。お部屋をご案内いたしますね」

俺達は靴を脱ぎ女将の後をついて行く。

「刈首?変な名前っすね」

「そうですね。よく言われます」女将は微笑む。

旅館の廊下を歩き、階段で2階にあがる。

 女将は指子の横に来て胸をまじまじと見た。

「私も昔はあなたと同じくらい胸が大きかったんですよ」

「はあ」

 少し困った顔をする指子。

「女将ジョークっすね部長」

「何がジョークなのかわからんが、指子のようにデカい奴はそういないだろう」

俺達が泊る部屋を案内される。部屋に入ると奥の窓から海が一望できる。俺達は荷物を置き、窓のそばに行くと、海風が磯の香りを運んでくる。

「うわー。海だ」

 テンションが上がる一同。

 砂浜には水着を着た人達が沢山いる。旅館から道路を挟んで、少し段差が低くなり海水浴場になっているようだ。

「泳ぎたいっすよね。せっかく海に来てるんだから」

 俺は指子の方を向いて言った。

「指子。今日の俺達の予定は一体どうなってるんだ?」

「さあ。私は知らないけど?」

「え?お前が知らないんだったら誰に予定を聞けばいいんだよ?」

「先生はこの旅館に行って、女将に聞けと言っていたわ」

「何で合宿内容をここの女将に聞くんだよ?」

「さあ」

 俺は階段を下りて、受付の所に立ってる女将の元に行ってみる。女将は俺の顔を見てにっこり微笑んだ。

「あのすみません。俺達の合宿について女将さんは何か知っているんですか?」

「そうですね。せっかく海に来たんだから、先ずは泳いでいらしたら?」

「は、はあ」

 俺はもやもやする感じで部屋に戻った。

「女将はとりあえず海で泳いどけと言っていたぞ」

「やった。すぐ行きましょう」磁場流がはしゃいでいる。

「まあ、いいか。みんな水着は持ってきてるんだよな」

 俺達は水着に着替えた。指子は日焼け止めを塗ってから行くということで、俺達男子3人は先に海岸に向かう。

「うわー日差しが強いな」灼熱の太陽が素肌に照りつける。

 俺達は少し波打ち際で波と戯れていたが、もう正午過ぎで腹が減っていたので、海の家に昼飯を食べに行くことにした。

「やっぱり焼きそばっすよね。紅ショウガたっぷりの」

「俺もそうだな」

 寸止次郎だけ不味そうなラーメンを食っていた。

 昼飯を食べ終えると、満腹になった俺達は海で泳ぐことにする。

 水面から顔出したまま平泳ぎとか犬かきみたいのをして、俺達は夏の海を楽しんでいた。


 海岸をふと見ると、ドでかい胸のビキニを着た女が歩いていた。それは指子だった。

 制服を着ている時、指子は腹が出てるぽっちゃりさんなのではと俺は勝手に思っていたのだが、指子の腹筋は割れていて結構やばい体をしていた。若い男二人がしつこく指子に纏わりついてきている。指子はガン無視で歩いているようだ。

「磁場流よ。俺は指子の体が凄すぎて恥ずかしい。体がドヤっているような感じが凄く恥ずかしいんだ」

「部長の気持ちがなんとなく分かります。家族連れに申し訳ない気分になるっすね」

「よし、ナンパとかは指子なら断れる。いざとなれば指で殺せばいいんだからな。俺達は指子の居ないあっちの海岸の方に行って遊んでいよう」

 だが、指子は泳いで海岸に辿り着いた俺達を直ぐ見つけて、胸を揺らしながらこっちに走って来た。

「うわっ来たぞ。逃げろ。奴と知り合いだと思われたくない」

「ちょっと、なんで逃げるのよ。待ちなさいよ」

 指子と俺達の追いかけっこみたいな感じになっていた。指子の方が体力があるらしく直ぐ追いつかれてしまう。全力疾走したので、俺達は暫く呼吸する事しか出来なかった。

 指子を見ると全然息が上がっていない。一体なんなんだこの女は。

「なんで逃げるのよ?私はナンパされてたのよ。助けなさいよ」

「お前は大丈夫だろ。なんでそんな小さなビキニを着てドヤってんだお前は。少しは恥じらいを覚えろ指子」

「何がいけないのよ。私は裸で泳ぎたいくらいなのよ。この海の開放感は最高でしょ」

 磁場流が指子の体をじっと見て、もじもじと変な感じになってくる。指子はそれを見て、磁場流の前に行き、思い切りビンタする。

 ビターーン

「ちょっと何じろじろ見てんのよあんた」

「お前もう無茶苦茶だよ。もっと隠せよ痴女」

 俺達は海に入り指子から逃げる。指子は追いかけて来る。そんなことをしてたら日が暮れてきた。

シャワー浴びて着替え、旅館の部屋に戻ることにする。海で泳いだ後の心地よい疲れで畳にうたた寝していると、いつのまにか窓の外が暗くなっていた。旅館スタッフが部屋に食事を運んでくる。何品目あるんだというような多彩な料理が並び俺達は旅館の美味しい料理に舌鼓を打つ。緑茶を啜りながら休憩すると大浴場へ向かった。ゆっくり浸かりながら今日一日の疲れをとって満足して就寝する。

 俺は起き上がり――

「おい。一体いつ乳首当ての練習するんだよ?合宿なんだろこれは?起きてんのか指子?」

「知らないわよ。女将に聞いてよ」

「まあいいじゃないっすか。楽しい旅行で。俺もう合宿はどうでもよくなってきたっす」

「どうでもよくないだろ磁場流」

「だから女将に聞いてよ」

「そうだな。あー。まあいいや。2泊だからな。明日だろうきっと練習は」

 電気を消して寝る。


 次の日、朝食を食べて俺は女将に聞きに行く。

「すみません女将さん。俺達の練習はいつなんですか?」

「せっかく海に来たんだから、今日も泳いでいらしたら?」

「またですか?俺達合宿に来たはずなんですけどね。他校の生徒は来てないんですか?」

「県外から来る予定だったのですが、食中毒で来れなくなってしまったとお聞きしております」

「じゃあ俺達だけなんですか?」

「そのようですね」

 俺達はまた着替えて海水浴場に泳ぎに行くことにした。

 ビキニの痴女が来る前に俺達は沖の方に泳いで行こうという話になった。

「おい磁場流、あのテトラポットまで競争だ」

「わかりました部長」

「寸止はどうするんだ?」

「俺は部長たちの近くで適当に浮いてます」

「そうか。じゃあ行くぞ磁場流」

 俺達はクロールでテトラポッド目指して競争した。ほとんど同時だったが磁場流の方が少し先に着いた。テトラポッドの上にあがりゼエゼエ息を切らしていた俺達は、テトラポッドの上に寝て暫く休んでいた。

 灼熱の太陽で水浸しだった体は直ぐに乾いた。

 俺は起き上がり、目に焼き付いた赤いフィルター越しに磁場流を見た。

「こういうのも悪くないな」

「そうっすね」

「ん?」

 寸止がテトラポッドの横10メートル程離れた所で水面に顔だけ出してぷかぷか浮いていた。

「あいつはほんとにいつもマイペースだな」

「俺は寸止が宇宙人なんじゃないかと思う事があるっす」

「なんか不思議な男だよな寸止は」

 そして海岸の方を見ると15メートル程先には指子が大きな浮き輪に座ってサングラスして寝ていた。

 指子もいつのまにか俺達の近くまで浮き輪で来ていたようだ。

 俺は視線を上げ旅館の方を見てみると、旅館の前の車道のガードレールの所に女将が立っていた。

「女将はこっちを見てないか?」

 女将が何かのポーズをしている。あれは乳首必中の構え?まさかな。海だぞここは。なんでそんな事をする必要がある?

 俺は目を凝らす。

 いや、見間違いではない。女将はこっちを向いて乳首必中の突きをしている。どういうことだ?

 突然、指子の寝ていた浮き輪が破裂した。

 パーーン。

 ドボンと水中に沈んだ指子は水面から顔を出して「うわっ。急にどうしたの私の浮き輪?」

 空気の抜けた浮き輪を手に取り、指子は慌てて海岸の方に泳いでいく。

「おい、今の見たか磁場流?」

「何をですか?」

「あの女将、乳首必中の突きをしたぞ」

 磁場流は呆れ顔をして俺を見ている。

「海にいる時くらいは乳首当ては忘れましょうよ部長」

 俺はテトラポッドから海に飛び込み、寸止次郎の所へ泳いでいく。

「寸止。ガードレールの女将を見たか?」

「乳首必中の突きですね。信じられないですが、衝撃で指子先輩の浮き輪に穴が開いたようです」

「やっぱりか。ガードレールから指子の浮き輪まで何メートルぐらいあると思う?」

「100メートル以上はありますね」

「寸止。あの女将はただ者では無いぞ。あんな芸当が出来るのは世界ランクだ」

「そうですね部長。俺もわかってきました。夏合宿の対戦者はおそらく彼女なんじゃないですか?」


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