刈首満子
世界ランカーの必中の突きを見た興奮冷めやらぬ俺と寸止、何事かよくわかっていない磁場流の三人は直ぐに海岸まで泳いで戻り簡易シャワーを浴びた後、服を着て旅館に戻る。
そしてフロントで女将を探すがどこにも居ない。
「どこにいるんだろうな女将は?」
「案内で忙しいんですよきっと」
「私をお探しかい?乳首当て部の坊やたち」
振り向くと女将が居た。
「私の指突に気が付いたようだね。お前等ぼんくらってわけじゃなさそうだ。今日は私が練習相手をしてやるよ」
今までの女将とは全然雰囲気が違う。
「浮き輪に乗ったぼんくら女は私の指突に全く気が付いてなかったようだね。あれは、ただのデカ乳乱暴女だ」
「そういえば指子はどこだ?」
俺達は旅館を出て海水浴場の方を見る。
指子はまた懲りもせずに浮き輪で沖の方に出て寝ていた。5人程の若い男が浮き輪で指子を囲んでいた。
「あの乳は撒き餌のようだな。寸止あいつを連れてきてくれないか。女将と試合すると言ってくれ」
「わかりました部長」
「ちょっと待ちな。私にも仕事があるんだ。あんたらの相手をしてやるのは夕食後だよ。あのデカ乳はそのままにしておいてやりな」
後ろに居た女将はそう言って旅館に戻って行った。
「なんだよ。やる気満々で海から戻って来たのにな」
俺はがっくり肩を落とす。
「もう昼になるんで、とりあえず何か食べに行きましょうよ部長」
スマホで旅館の近くの飲食店を探すことにする。
歩いて数分の場所に蕎麦屋がある。評価も高いようだ。そば粉の割合が多くておいしいというコメントがいくつか書いてある。
俺達はTシャツ、短パン、サンダル履きで旅館から歩いてすぐの蕎麦屋に向かう。
蕎麦屋の横扉をガラリと開けると、空いていた4人席に案内された。
俺達は、本日のセットのざるそばと子丼を注文した。
料理が出来るのを待っていると、俺達の座っている前の4人席で素振りをしている若い男がいる。
4人席に一人で座って、スマホを見ながら素振りをしている。
「あれは乳首当ての素振りだよな?」
隣の磁場流に俺は小声で言う。
「そうですね。こんなとこで素振りなんて意味がわかんないっすね」
俺はその変な奴を暫く見ていたが、我慢が出来なくなりつい隣に行って声を掛けてしまった。
「あなたは乳首当ての選手なんですか?」
「あっ?いえ違うんです。僕はただの競技のファンです。この辺りで乳狂治を見たという情報があったので、つい車を走らせて来てしまいました」
「乳狂治がここにきてる?」
「これを見て下さい。乳狂治がこの蕎麦屋でそば食べている写真を投稿した時刻を」
「え?10分前じゃないですか」
「そうなんですよ。乳狂治が僕が座っている席で少し前までそばを食べていたんです。僕がこの店に入ろうとした時に、店を出る乳狂治に出くわして声かけたらサインしてくれました」
Tシャツのすそを引っ張ると下の方に乳狂治のサインがある。
「あーいいなあ」
「その後、僕はお店の人に乳狂治が食べていたのと同じ席に座らせてもらい、嬉しくなってつい素振りが出てしまったんです」
「それは凄い。俺もなんか興奮してきた」
俺は思わず素振りをしてしまう。席の人もそれを見て一緒に素振りする。
店員が料理を俺の席に運んできた。
「あ、どうも情報ありがとうございます」俺は頭を下げる。
「いえ」
そして席に戻る。
「なにやってんすか部長?」
磁場流が怪訝そうな表情で俺を見ている。乳狂治がこの店に先程来ていた事を教えると二人共驚いていた。スマホで乳狂治の投稿を見た磁場流は「もう少し早く来てればよかったっすね」と残念そうに言った。
俺達はそばセットに舌鼓を打ち満腹満足して会計後、店の外に出た。歩いていると、海水浴場から旅館に戻ってくる指子が目に入る。
「なんで男共は私の周りばかりに群がってくるのかしらね?」
「あっ」
指子と目が合う。
「あんたら私を置いてどこに行ってたのよ?」
「蕎麦を食いに行ってたんだけど」
「なんで私も誘わないのよ?」
「お前は男子に囲まれて楽しそうにしてたから」
「全然楽しくなかったわよ」
「それで、さっきの浮き輪が破裂した原因がわかったんだよ」
「え?」
俺達は旅館の女将の話をした。
「あの女将が乳首当てのプロ?ほんとなの?」
「詳しくは聞けなかったけど今夜はプロと対戦だぞ。お前だけ気付いてなかったから、女将はお前をぼんくらと言ってたぞ指子」
「浮き輪で寝てただけなんだから、見えるわけないでしょ」
「ただのデカ乳乱暴女だって言ってたぞ女将が」
「なんですって?」
「なんで指子先輩を挑発するんですか?」
「本気の勝負じゃなければ面白くないだろ」
俺達は旅館の部屋に戻る。
磁場流は昼寝、寸止は文庫本を読んでいた。俺は今夜の事を考えると落ち着かない。とりあえず立ち上がり素振りを始めた。
指子は俺達が食べた蕎麦屋が美味かったと聞いて、そこに一人で食べに行っていた。暫くして部屋に戻って来る。
「そういえば蕎麦屋にさっき乳狂治が来てたみたいだぞ」
「え?父さんが?何かの仕事かしらね」
指子はバッグの中の小物を出したり入れたりしている。俺は素振りに疲れてやる事も無いので何となくそれを見ていた。何時まで経ってもバッグの中身をいじってるので、女子は色々な身だしなみのアイテムがあって面倒くさそうだなと思った。
その時ドアがコンコンとノックされる。
「どうぞ」
「失礼致します」
中に入って来たのは旅館のスタッフのようだ。
「私は女将に頼まれて、あなた達にこのビデオをご覧いただくようにと言われました」
VHSのテープを持って来た。それをビデオデッキにセットする。
今時ビデオテープか。今から見るのは随分昔の映像だということだな。
テレビの電源を入れて、再生する。
挨拶して旅館スタッフは部屋を出て行った。
少しして映像が映る。体育館のような広い室内に人が集まっているようだ。
画面の中の実況解説の人が喋っているようだが、日本語ではない。
カメラが引かれて館内の全体が映ると俺は何の映像なのかやっとわかった。
「これは女子の乳首当て競技の世界戦だ」
俺がそう言うと磁場流が目を覚ました。
「俺は女子競技を見たことが無いっす」
本を置いて、寸止次郎も画面の前にやってくる。
「俺も初めて見ますね」
バッグの物を触っていた指子も手を止めてテレビの方に来た。
俺は画面を指さす。
「日本の国旗が出てる。映っている選手は日本人だろう。そして見ろ。この乳のデカさは指子と同じぐらいだ」
磁場流がテレビ画面の選手の胸と指子の胸を何度も交互に見比べる。
「あっ本当だ」
磁場流のこめかみを拳で両側からぐりぐりする指子。
「お前の顔の動きがイラつくからやめなさいよ?」
「痛いっす。暴力反対」
「まあ、でも。確かに、胸だけ見たら映っているのは私なんじゃないかと思うわね」
指子は画面の胸を見てしみじみ言った。
「それで誰なんだこの選手は?」
「字幕は、日本語どころか英語ですらないようだ」
解説者は「ミツーコ、ミツーコ」と言っている。
「ミツーコ?もしかして満子か?」
寸止が俺の方を向き
「女子世界戦で決勝まで勝ち進んだ刈首満子じゃないんですか?」
「たしか乳首狩りの満子と呼ばれていた。世界戦で勝ち進んだ日本人女性は彼女だけだ」
「ねえ、この顔を見てよ」
「そうだな。俺ももうみんな気付いてると思ってた」
「ええ?俺はわからないすけど?」
「画面の日本人選手はここの女将だ」
「ええ?ほんとっすか?」
磁場流はテレビに顔を近づけて見ている。
「俺達が旅館に来た時、女将は自分の事を刈首って言ってたろ。お前が変な名前だと言ったんだ」
「なんで画面の女将のデカい胸が今は無くなってしまったんですか?」
「しるか」




