2、ルビーとサファイヤ(ルビーは家に帰りたい)
イネスが、木のスコップと小さな木の箱を手に、側近たちの目を盗んでそうっと部屋を出る。
サファイアに、変な意地を張ってしまって、なかなか仲直りのきっかけがつかめない。
こういう時は、やっぱり釣りだと思う。
川釣りで一緒に並んで座って、じっと釣り糸を眺めて、お魚が釣れた時に一緒にニッコリすると、いつも上手く行く。
「いつもの場所で沢山ミミズを捕ってこよう。
失敗しても、やり直せるように。
サファイアがビックリして、ニッコリするように捕ってこよう。」
いつもの場所は庭師が沢山肥料をまいて、土の肥えている、花のいっぱい咲いているところだ。
見つからないようにしないと、泥だらけで巫子服を汚すと怒られるからね。
いつもこっそり、こっそりと捕るんだ。
「うふふ……」
サファイアの喜ぶ顔を思い浮かべながら、嬉しそうに庭園の土を掘ってミミズを探していく。
土の中にミミズがにょろんと隠れた。
パッと指で押さえ、つまみ出して箱に入れる。
イネスは明日、サファイアと神殿の敷地内の川で川釣りをしようと思ったのだ。
神殿の敷地はたいそう広いので、森や川など山一つそっくり修行の場だ。
これでサファイアと仲直りできたらとても嬉しい。
きっと仲直りできる。
そうだ、お魚が取れたら焼いて食べてもいいな。
きっと二人でにっこり笑いあって、もう一度ちゃんと言うんだ。
これからよろしくねって。
僕に、ちゃんと付いてきてねって。
いつも、そばにいてねって。
サファイアが来たら、僕は一人じゃなくなる。
僕の、大事な家族になるんだから。
そうして、箱にはけっこうの量のミミズが取れた。
このくらいでいいかな?
なんて言おうか、明日釣りに行こうねって。
そうだ、今夜寝所に入って、サファイアが蝋燭に火を付けた時、思い切って……
くすん……
立ち上がろうとした時、近くですすり泣く声が聞こえたような気がした。
誰かいる。
くすん……
くすん……
心臓がドキッとして、イネスが身動きできずしゃがんでいると、サファイアの声が近づいてきた。
「ルビー!
ルビー、何でこんなところで……なんだお前、泣いているのか?!セレス様は?
泣いちゃ駄目だ、こんな……、人に見られたらどうする?!」
「兄ちゃん……」
「兄ちゃんじゃない、サファイアだ。」
「だって、兄ちゃんは兄ちゃんだ。僕、もうルビーじゃなくていい。」
「またそんなこと……
お前は守護者に選ばれたんだ、これはとても名誉なことなんだぞ。」
「名誉なんていらない!僕村に帰る!お母さんの顔が見たい、お父さんもきっと許してくれる!
兄ちゃんは村に帰りたくないの?
巫子なんか、なんで守らなきゃならないんだ。」
ぺちんっ!
サファイアが、ルビーの頬を叩く音が響く。
ビクッとイネスが身体を震わせて、そうっと木陰からのぞき込んだ。
サファイアが、ギュッと弟の身体を抱きしめている。
「帰りたいさ。でも、これは試練だ。ヴァシュラム様はそう仰った。
ルビー、がんばれ。俺もがんばる。みんなそうやってがんばってきたんだ。
お前は一人じゃ無いだろ?俺もここにいるじゃないか。
家族から離れても、一人じゃ無いから。」
「……うん、ごめん。二人なら、きっと頑張れる……
うん、二人なら……」
二人の足音が遠ざかり消える。
イネスは呆然と立ち上がり、手を握りしめた。
家族と離れて……二人……
僕は?兄様は?家族じゃないの?
“巫子なんか……”
ルビーの言った言葉が、何度も頭の中でぐるぐる回る。
お父さん……、お母さん……
そんな物、そんなもの知らない。
何かしら、言いようのない感情がわき上がった。
手に持った、ミミズの入った箱を見る。
その場にガチャンと落とした。
箱がひっくり返ると、ミミズは急いで逃げて行く。
泥だらけの手で上着を握りしめ、イネスが神殿の裏山に走り出す。
目から、ボロボロと涙がこぼれた。
僕は、僕は、なんのためにいるんだろう。
こんなきれいな服着て、
巫子様って言われて、
修行して、
他の子供を家族から引き離して、なんでそんな事をさせるんだろう、
そんなこと、僕は望んでない。
なんのために、誰のために……
お父さん!お母さん!
僕の、僕の!!お母さん!!!
僕の肌は、髪は、なんで真っ白なの?!!
だから僕を、きらいになったの?!
イネスは泣きながらその日、日が暮れるまで森を走り、彷徨い続けた。
宝石の名前の地の巫子の守護者は、同年代の子がミスリルの村から選ばれます。
選ばれると親元から離され、巫子にずっと添い遂げる夫婦のような感じです。
共に修行する巫子への守護者の必要性は、最初あまり感じられないので、親から離された子供の不満は大きいです。
イネスは楽しみにしていましたが、サファイアたちには大変な重荷でした。




