1、ルビーとサファイヤ(サファイヤ、イネスに嫌われる)
アトラーナでも、へんぴな場所にある地の神殿。
そこは町には遠く、山深い場所にあり、参拝する人々も多少の苦労を要する。
そのために馬車の定期便が一日4往復あり、ふもとの村の観光に一役買っている。
神殿には巫子が住まい、毎日の神事と修行を行っているのだが、下級神職が神殿の受け付けで供物や奉納金の受け付けと神札の販売をやっているところがまた、神殿でまつられているヴァシュラムらしい。
神殿は清廉の地で身を清める場所とされ、朝から行われる神事に参加するために宿泊施設もあるので、一般に開放される表の一部はいつも賑わっていた。
イネスが10歳の誕生日を迎えた時、兄巫子のセレスと共にヴァシュラムに呼ばれた。
ヴァシュラムは滅多に神殿に姿を現さないので、聖域の奥の間もどこかいそいそとして落ち着かない。
頭を下げ、ひっそりとセレスについてヴァシュラムの居室を訪ねると、そこには先に見覚えのある二人の兄弟が待っていた。
「あっ、レニンだ。」
イネスが小さな方の少年ににっこり微笑む。
ヴァシュラムが二人を呼び、イネス達に紹介した。
「お前達も知っているな、レニンとグラハムの兄弟だ。
イスカの村より時々顔を出しておったであろう。」
「はい、幼少より良く一緒に遊んでおりました。」
セレスが二人に微笑む。
しかし二人は表情も硬く、レニンは暗い顔でうつむいている。
「このたび、二人はルビーとサファイアの名を継いだ。
ルビーはレニン、そしてサファイアはグラハムだ。」
「えっ、すると……」
「うむ、それぞれお前達の守護者となる。
共に育ち、共に勉学し、共にあれ。
ルビーはセレスに、サファイアはイネスに。」
二人が頭を下げ、それぞれ巫子の足下にひざまずく。
地の巫子にはそれぞれ、宝石の名を継いだ守護者が付く。
それは巫子を引退するまで、時には巫子を引退したあとも始終を共に暮らす。
守護者であり、そして家族以上のつながりを持つ者だ。
守護者はイスカ村という村からのみ選別され、その村は特殊な状況下にあると聞く。
あまり知られていない村だ。
守護者に選ばれると、彼ら自身も家族から離れてずっと地の神殿で暮らすことになる。
名を捨て、家族とも離別しなければならない。
「よろしく頼むよ、ルビー。」
「は、はい。まだ未熟者でございますが、よろしゅうお願いします。」
セレスが横で挨拶を交わすのを見て、イネスもサファイアを見下ろす。
俺もなんか言わなきゃ
もごもごしながら、腰に手を当て偉そうに言った。
「よろしく頼む、サファイア。」
「は、私も誠心誠意勤めさせていただきます。」
何か難しい言葉に、何を返されたかよくわからない。
「え??せえしんせえい??」
イネスが首をかしげると、サファイアがクスリと笑う。
恥ずかしさにカッと頭に血が上り、ぷいと後ろを向いた。
「俺はルビーがいい!」
駄々をこねて、サファイアに背を向ける。
「おや、振られたかサファイア。」
「はい、そのようです。」
ヴァシュラムが笑い、立ち上がる。
そしてイネスの頭をくるくるとなでた。
「何事も試練。そしてそれも運命。ではな」
言い残し、すうっとヴァシュラムの姿が消える。
「でもでも、ああっ!ヴァシュラム様!いじわる!」
イネスが地団駄踏んで半べそになる。
穏やかで話しやすい同年代のルビーが守護者になると思ったのに、まさか4つも上で、しかも嫌みたっぷりのサファイアなんて。
「さあ、私の部屋に行こう。互いのことを、菓子でも食べながら話そうか。」
セレスは早速ルビーを連れて部屋を出て行く。
部屋にはむくれたイネスとひざまずいたままのサファイアが残り、なんとも言えない気まずさが漂っていた。
「ではイネス様、私は神殿内を見て回りますので。」
立ち上がり、頭を下げて部屋を出るサファイアに、イネスがぷいと横を向く。
しかしその足音が遠ざかると、慌てて後を追い始めた。
カツカツカツ
コツコツコツ
付いてくる足音は、止まると止まり歩き出すと歩き出す。
サファイアは苦笑して気がつかない振りで、あちらこちらと見て回り顔見知りの巫子のそば付きに話を聞いて、食事の時間やイネスに関する決まり事を記憶にとどめて行く。
「じゃあ、夜はろうそくを一本立てて眠るのですか。」
「ええ、新しいろうそくに変えてお願いします。
たいそう暗闇をお嫌いなので、夜お泣きになる時はたいてい怖い夢か火が消えて真っ暗になった時です。
7歳頃まではお夜水(神殿の隠語、おねしょの事)をされていましたが、最近は夜に一度ご不浄へお連れして用を済ませております。」
「わかりました、今夜からは私がお連れするよういたします。」
「ではお願いします、サファイア殿の寝所はイネス様の続きの隣室に用意しましたので。
何か不足があればおっしゃって下さい。守護者の服は、そちらに準備してあります。」
「わかりました、ありがとう。」
時々訪ねて来てはいたけれど、住むとなると話は変わる。
しかし身の回りの荷物はほとんど持ってこなかったが、神殿から支給される物で事足りるようだ。
部屋に戻り支給された物をチェックしていると、イネスがそうっと部屋をのぞきに来る。
「イネス様、何かありましたらお気兼ねなく声をおかけになって下さいませ。」
「お前に用など無い!」
目が合うと慌てて姿を消すが、人に聞くとイネスはたいそう守護者が来るのを楽しみにしていたらしい。
可愛いじゃないか……
苦笑して、この突っ張りもイネスの性格かとほほえましくもある。
弟のルビーのことを気にかけながらも、こうして間に距離を置くイネスとの暮らしが始まり、サファイアはイネスの世話全体に合わせ、勉強や武道にと毎日を忙しく過ごしていった。
ルビーとサファイヤが守護者に就任した時の話です。
親元を離れて巫子の守護者の名を継ぐのは、たいそう名誉な事ではありましたが、重荷でもありました。
2話か3話くらいの予定




